滑って転んで突き刺して

とえ

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第2章番外編

エピソード・ピエラ

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 窓から差し込む日の光は散乱し、水やり直後の葉に
滴る水滴を、無数の金属粉の様に煌めかせた。硝子の
破片板を寄せて貼り合わせた細工窓。外の景色を観る
には適さないが、それ故に採光率を高めながら私生活
を守る盾となる。

 いつも通り朝の家事を済ませ、首から金装飾の眼鏡
を提げる。読みかけの本を荷物袋に入れ、日課である
宿の手伝いへ赴いた。雲の流れが少し速い。風の温度
が時折変わる。もしかすると、近いうちに時化が来る
のかもしれない。

 宿に着くと、倉庫のような従業員用待機室に自分の
荷物を置き、支給品の前掛けをつけた。自らの鱗が
剥がれ落ちぬよう、注意深く確認する。お客様の前
でそのような失態を犯す訳にはいかない。女将さんに
迷惑をかけてしまうから。

 食堂には、既に数人の宿泊客の頭が、ぽつぽつと
飛び石のように並んでいる。私の姿は大抵、奇異の目
に晒される。地元の者でなければ尚更だ。それなら
何故、宿などという流れ者の巣窟に身を置くのか。
別に私に被虐癖がある訳では無い。単純に、私を受け
入れてくれた女将さんの力になりたかったから。

 ふと窓から外を見ると、同世代の子供達が木の枝を
振り回して駆け回っている。私はどうも、あの輪に
入ることが出来ない。彼らの使う言葉は酷く直情的で
場合によって、私は疲弊してしまう。人が水面越しに
魚を見るように、私もまた水中から彼らを見ている
のかもしれない。果たして水槽は、窓の外か、内か。

 お客様の1人が明らかに怪訝な顔でこちらを見る。
いいわ。慣れているもの。物心ついた時には既に、
この容姿は呪いなのだと理解していた。

 人間の父、人魚種の母。その両親の子である私が、
半人半魚に産まれる事は想像に難くない。なのに、
何故、両親はそれを良しとしたのか。存命中には、
ついぞ聞くことは出来なかった。

 テーブルに放置された、お客様の食事の痕跡。
ポツンと残された食器に自らを重ねながら、手早く
重ね纏め流し台に引っ込める。木製の食器を洗い終え
他の食器と重ね収める事で、少し心が落ち着いた。

 固く絞った布でテーブルを拭いていると、宿の扉を
開いて、顔見知りの男性が現れた。近所の食事処で
給仕するその人は、開口一番こう言った。

「ピエラ。お前の依頼を請けるって客が、現れたぞ」





 女将さんに途中抜けの許可を得て、私は食事処へ
と向かう。期待は、正直あまりしていない。私の掲示
させてもらっている依頼書は、"水龍の発見"。文字
だけの依頼書も多い中、人の目を引くために慣れない
絵も描いた。家にある資料の丸写しとはいえ、依頼書
を1枚作成するだけでもそれなりの時間がかかったの
を覚えている。宿に掲示してもらった後、女将さんに
促されて更にもう1枚作成した。それが今回、請負人
目に止まった。

 "両親が生前に目撃したという水龍を、私も
一目見てみたいです。よろしくお願い致します"

簡素に見えるかもしれないが、それ以上でもそれ以下
でもないのだ。そうとしか記しようがない。意図的な
空白でなく、突き詰めたら削ぎ落とす物が無かった。

 報酬として大金を渡せる程、裕福ではない。私が
差し出せるものが何か、それはひとつしか無かった。
両親の遺した大量の簡易写本。そこに眠る膨大な知識
の泉。父が価値ある物・・・・・として遺し、私が他と乖離した理由・・・・・・・・
として受け継いだ、情報という金銭。そこに価値を
見出す人がそもそも少ないと気づいたのは、依頼書を
作成してしばらく経ってからだった。

 依頼書の掲示直後は、それなりに人が声をかけて
きた。だけどその度にひとつ、またひとつと、期待の
高鳴りに水を浴びせられてきた。ある者は私の姿を
見るや否や血相変えて逃げ出し、またある者は依頼
内容や報酬の詳細を聞くと、嘲笑に肩を竦め呆れ顔で
席を立った。依頼書の汚れと釘穴が増える度に、私の
心にも同じだけ傷が増え、細かい棘が刺さる。最早、
私の中で請負人へ抱く希望など、無に等しかった。

 今回もまた、請負人は目を泳がせている。私の容姿
に狼狽えているのが手に取るようにわかる。逃げ出さ
ないだけ幾分か良い。私は少し視線を落とした。この
鱗をまじまじと見つめる他人の目線が、私の目に入ら
ないように。どれほど私を値踏みすれば、この人は
気が済むのだろうか。私から話を進めよう。余所行き
の鎧は、私にとって普段着に等しい。物怖じする事
など、何も無い。

「初めまして。ピエラと申します。この度は依頼を
ご覧いただきありがとうございます」

「は、はい……よろしくお願いします」

 私の言葉を受け、彼はそう返した。私より少し歳上
に見える請負人は、僅かな挙動不審と必死の取り繕い
で平静を装おうとしている。正面に座る彼の両横には
幼い少女と、鍛え上げられた肉体を持つ青年。一見
すると随分と妙な取り合わせと感じた。

 少女の髪の隙間から尖った耳が覗いている。これ
は、思った以上に不思議な一行かもしれない。彼女は
おそらくはエルフ。でもこの容姿は通常のエルフの
それとはやや違う。単に成熟前という可能性も無くは
ないが、それにしては纏っている雰囲気が矛盾する。
彼女の目は、私の鎧の隙間を見透かしているかの
如く、狙い澄まして放たれる寸前の矢のように尖って
いた。……押されるな、私。

「すみません。まず、お名前を伺ってもよろしいで
しょうか。依頼には直接関係ありませんが、お呼び
する際に少々不都合ですので」

 私の言葉に、少女がほんの僅かに笑みを浮かべた
ように見えた。この一行はそれぞれ、デニス、ルア、
カイルと名乗った。声を発した印象でわかる。カイル
さんは、おそらく単純だ。迷いの無い自己紹介からは
それが滲み出ていた。デニスさんはやや消極的。攻め
には引いて対処する性格だと思う。問題は、ルアさん
だ。口を開いた瞬間に理解する。この人に幼さは欠片
も残ってはいない。依頼の説明を通してこの人達が
どう反応するのか、少し観察してみた方がいい。

「依頼の内容は書面の通りです。両親はここザバン
の港で、"水龍"としか呼びようのないモノを目撃
したと言っていました。この依頼書の絵は、父の
描き遺した絵を私が写したものです」

「その水龍ってのは、ドラゴンとは違うのか?」

 ルアさんの質問は、大抵の人が初期に抱く疑問だ。
何度も依頼の話をするうちに、私の中でも返答の
定型文が出来上がっている。

「ええ、おそらく。身体の長さや足が確認できない
事から、大蛇やワームに近い姿をしています」

 依頼書の絵を眺めるデニスさん。その横から、拳を
構えたカイルさんが、謎の熱量で問い掛けてくる。

「その水龍って奴を倒して持ってけば良いのか!?」

 え、と。依頼書には何処にも討伐や退治と表記は
なかったはずなのだけど、この人は何を見てそう
思ったのだろうか。いや、確かに、書面上、水龍の
生死について、厳密な取り決めは記載していな
かった。その点は私の不備だ。胸の奥に僅かな動揺が
芽生えてしまったのは、おそらく、カイルさんが笑顔
で水龍を引き摺って来る様子が、まざまざと目に
浮かんでしまったから。少し吹き出しそうな妄想を
必死に振り払い、私は首を横に振った。

「生きている姿を、"私が見る"事を、依頼達成条件と
させて頂きます」

 何かを考え込んでいたデニスさんが口を開く。

「……この依頼ですが、具体的な期限はありますか?」

 期限、か。思えば考えた事もなかった。私はただ、
見れるものなら見てみたい、両親が綺麗だ、素晴ら
しい、と褒め称えていたものがどれほどの物なのかを
見てみたかった。家を空ける事が多く、いつも傷跡を
増やして帰ってくる父や、人間の生活に馴染もうと
努力しては打ちひしがれていた母。その2人が共に
夢中になったモノ。それが水龍だ。

「期限は特にございません。もし、無理だと判断した
場合は、この店の店主さんにお伝えください。あなた
達の依頼放棄に対し、私が何かを請求する事もあり
ません。ご安心ください」

 きっと、断る理由を探していたのだろう。理由なく
断るのも気が引けるから、明確な期限を設けてそこを
境に放棄。お互い"仕方なかったですね"と半笑いで
後腐れなくサヨウナラ。そんな腹積もりなのだろう。

 ……その時は、そう思っていた。
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