52 / 79
第3章
46・曳き波は末広がる
しおりを挟む
レンガ造りの街並みは水平線とほぼ同化し、出港の
余韻が落ち着き始めた頃。高く響いていた海鳥の声は
水の打ち付ける音に取って代わられ、繰り返される
単調な音だけが辺りを包んでいる。帆は風を受けて
丸みを帯び、甲板の木板は時折揺れに合わせてキィと
鳴いた。航路に残る水の足跡は、遠く離れる毎に広く
薄くなり、元の海面と徐々に一体化して行った。
港街ザバンを船が出てどのくらい経ったか。常に
バタバタとしていたでの滞在中から一転、船の上は
特に何が起こることもなく、穏やかで平穏で変化の
無い時間が流れていた。船員や客はかなり少なく、
船の主要な役割は荷物の運搬との事。数人の乗組員と
片手で数えられる程の乗客による渡海は、今のところ
なんの波乱も無く進行している。
僕は腰から提げた意思ある短刀、ダガーに話しか
ける。故郷ハディマルを出た時から少しずつ形を変え
意思疎通をしていた。
「しっかし、ダガーの声は何とかならねぇのか?それ」
ルアさんが不満の声を漏らす。彼女はエルフと
小人族の混血で、見た目は子供のエルフと言うのが
的確な表現だろう。その容姿から放たれる乱暴な言葉
は、なかなかにギャップがある。ダガーは"波長の
合う人にしか聞こえない声"で返事する。
『仕方なかろう。ワシとて好き好んでこんな面倒な
仕組みで喋っとる訳ではないわい』
彼女の声は、届く距離を調整できない。ダガーを
中心に、僕の歩幅で約30歩分の範囲にいる"波長の
合う人間"、全てに聞こえてしまう。調整出来るのは
"方向"のみ。何もしなければ全周囲に聞こえる声を、
角度を絞って放つことは出来るのだ。円で考えるの
なら、ホールケーキを切り分けた時の様な図を想像
すると、多少わかりやすい。
声もそうだが、ダガーは眼に関しても特殊だ。人間
と同じように絵として物を見ることはできない。生物
の魂を感知し、観ることの出来る魂の眼。それが彼女
の見る世界の全てだ。範囲も声の最大到達点より先は
見えないらしい。僕はこのダガーに、自ら動ける身体
を与える事を約束し、旅に出たのだ。空の青さ、草木
の生命力に溢れた緑、炎の暖かい赤、人の笑顔……
いつか僕は、それらの美しいものを彼女に直接見せて
あげたいと、強く願っている。ザバンであの"水龍"
を見れなかったダガーは、少し不憫だった。
ピエラという少女の"水龍の発見"依頼。人間と
人魚種の間に産まれた彼女が、両親の残した愛を
受け取るための依頼と言って差し支えなかった。
僕はその達成報酬として、この世界の宗教観から逸脱
した錬金術師が大昔にいた事を知る。魂の魔術師とも
呼ばれたその人物について書かれた文献や、その異端
な研究内容、実験方法なども記載があったが……
とにかく内容が難解で、ほとんど理解には至って
いない。確実に理解できたのは、その人物が人の"魂"
をどうにかして"別の器"に納めようとしていた、と
いう事だけだ。ダガーとの関連が無いはずがないと
確信できた。
「船にアタシら以外でダガーの声が聞こえるヤツが、
1人しかいなかったってのは、まぁ救いだな。方向を
多少絞りゃ問題なく話せる」
ルアさんは甲板の手すりに身を預け、空を見上げて
いる。ダガーは自分の声が通る人間を見ただけで、
だいたいわかる。出港の時には既に船上にどれくらい
声が聞こえそうな人がいるのか、確認済みだ。
ルアさんの姿の向こうには、鍛え上げられた肉体の
カイルが、力無く転がっている。顔面蒼白で、表情も
覇気が抜けきっている。
「デニスーー……気持ち悪いーー……吐きそうー……
俺、胃の筋肉足りてない……」
「カイル……さっき、吐いてたよね?」
どうやら彼の強靭な筋肉も、船の揺れには敵わない
ようだ。何に対しても筋肉で考えるカイルは物理的な
攻撃力としては規格外だ。大岩をも一撃で砕くその拳
は、軽く振り抜くだけで僕の身体を吹き飛ばすには
十分な威力を持っている。……現に1度、身をもって
体験した。
彼は元々、仇と呼ぶ黒い剣を追っていたが、ザバン
でその内の1本を偶然発見。目標としていた事の
"ちっぽけさ"に愕然とし、1度は道を見失いかけたが
ピエラによって新たな目標を示された。ただ現状、
何をどうして良いのか見当もつかないとの事で、一旦
僕の旅に同行しつつ、残っている黒い剣の捜索、及び
破壊を当分続けるそうだ。
『そんな事では身が持たんぞ、カイル。これから数日
は海の上じゃ。胃の筋肉とやらを鍛えんとのう』
「あーーー、うん、修練するーー……」
正直僕も、この揺れは苦手だ。以前戦ったクローケ
に強制転移させられた時の感覚に似ている。平衡感覚
がゆっくりと蝕まれていくような、そんな不快感。
数日間、海の上……目的地であるエイシスに辿り
着くのは、どのくらい先になるだろうか。この船は
海の向こうの港、ルディアダに向かっている。そこ
から更に進んだところに、人形村エイシスがある。
ダガーの事を知り、身体を与える方法を見つける。
ダガーに埋め込まれた宝石と似た物を見たという目撃
情報と、"意志ある人形"を作る職人ギルドがある、
という事実。エイシスは現段階で、これ以上なく目標
に近いところにある村だと思っている。
牧歌的な村ハディマルを出て、もう10日以上経つ。
この世界に転生してから15年、こんなに長く村を
離れた事は、1度たりともなかった。リサイドや
ザバンを経て、自分が如何に閉鎖的に育ち、如何に村
や家族の庇護下にあったのかを痛感した。
それはそうと、出港してから微妙に気になっていた
人がいる。僕らと少し離れたところで、ぽつんと1人
居る男性乗客。手荷物を大事そうに胸元で抱え、
キョロキョロと周りを見回しており、妙に挙動不審
だ。街の中でもないのにそこまで警戒をする理由も
よく分からない。トリトンの1件のせいで、何か後ろ
めたい部分があるのかと疑ってしまう。……あまり
良くない傾向かもしれないな。何でもかんでも疑う
のは。単に船が怖いだけかもしれないじゃないか。
ルアさんも先程その男性をちらりと見て、また興味
無さそうに上を向いている。気のせいか、少し彼女の
機嫌が悪くも見える。何かあったのだろうか。出港時
どころか、その少し前からずっと、時折この様な様子
を見ている。話しかければ普通に返してくれるの
だが、気がかりといえば気がかりだ。「何かありま
したか?」と聞いても、「別に」しか返って来ないし。
転がっているカイルに、船員らしき人が声を
かけた。服装からして船長だろうか。やや背が低く、
がっちりとした体格。大きな団子っ鼻をしていて、
どことなくハディマルの村長、フーじいさんを彷彿
とさせる容姿だ。
「おめぇさん、身体はデキてても海には勝てねぇ
ようだな。ホレ、口に入れとけ。多少気分が良くなる
ハズだ」
そう言って船長と思しき男性は、小さな果実を
差し出す。カイルは仰向けに寝転んだまま口を
あんぐり開き、そのまま餌付けされていた。
「……おっちゃん、これ、不味い」
「そりゃそうだ。気付け薬みてぇなモンだからな」
ルアさんがそのやり取りに口を挟む。
「あー、そこのおっさん、ありがてぇが、あんまうち
のバカ筋肉に餌与えねぇでくれるか。そいつなんでも
食っちまうからよ」
「そうか、スマンな。船長としては客がユカイな船旅
だったと思ってくれんのがイチバンなんでな」
「感謝はしてるぜ」
どかどかと足音を立ててくる船長。頭の帽子を軽く
持ち上げ、小さく頭を下げつつ言った。
「アイサツが遅れたな。船長のドンテルだ。今、
ようやく舵を交代してな」
「カイルだ!……そっちはししょ……うぷ」
「大人しくへばってろ全く……」
ばっと立ち上がり、そのままうつ伏せに倒れる
カイルと、それを呆れた顔で見るルアさん。2人の
やり取りをやや困惑気味に見ている船長ドンテルに、
当たり障りのない挨拶した。
「ドンテルさん、よろしくお願いいたします」
「おう、良い船旅を」
立派な髭の隙間から歯を見せ笑うドンテル。ルア
さんはそんな彼に、軽く問いかける。
「船乗りのドワーフなんて珍しいな」
ドワーフ……この人が……?言われてみれば、ほん
の僅かに耳の先に尖りが見える気もする。ただ、何も
気にせず見たら、ただの身長の低い筋肉質な男性だ。
「まぁな。昔から洞穴はどうにも、気が滅入って
仕方ねぇんだ」
彼の特徴は、やはりどう見てもフーじいさんのそれ
とよく似ている気がする。……これまで気にもした
事ないが、ひょっとして、ハディマルの村長は、
ドワーフだったのか……?僕は村から出る前から
他種族とあまりにも自然に触れ合っていたのかも
しれない。今は確認のしようがないが、ちょっとした
衝撃だった。
ドンテルは他の乗客にも挨拶をして回っている。
と言っても、僕ら3人と、挙動不審な男、それに、
その他1人だけ。やはり人より荷物の方が多い。挙動
不審な男はドンテルに声をかけられただけで腰が
引けている。……やっぱり妙な人だ。
平穏だった船旅は、甲板の少し大きな揺れと共に、
突然終わりを迎えた。
海面から何かが飛び出してくる。ザバンで見た、
レヴィアタンの幼体程の黒い塊。砲弾のように撃ち
込まれたそれは、目のギョロつく魚のようなもの
だった。大きな口からは鋭い歯は剣山のように並び、
ずんぐりした体の後方には太いトカゲの脚のような
ものが生えている。1度ビタンと甲板に横倒しで着地
した巨大な深海魚を思わせるそれは、発達した後脚に
よって器用に起き上がり、船上の僕らを舐めまわす
ように見回した。
1体との遭遇を皮切りに、同じ魚影がバタバタと
甲板に打ち上げられる。あっという間にその場は緊張
と焦りに支配された。
「なんか気持ちわりぃのが出てきたな、おい」
不愉快そうに魚を見つめるルアさん。船員達は
流石に慣れているようで、各々護身用と思われる
棍棒やハンマーの様なものを手に取る。僕もダガーを
構えようと腰に手を伸ばし、ルアさんに制止された。
「ダガーはやめとけ。わかるだろ」
その言葉に促され、周囲を観察する。船員たちの
武器、場の状況、周囲の物……なるほど。僕は即座に
理解し、鞘に納めたままのダガーを手に取った。
ここは帆船。周囲にはロープが数多くある。もし
仮にそれを切ってしまえば、船は操縦不能になる。
だから水夫の武器は打撃武器のみだったのか。意図を
把握した僕の行動に、ルアさんは無言で頷いた。
魚の魔物は脚を踏み込み、突撃してくる。これは、
レヴィアタンの幼体の様な温厚な種族ではない。明確
な悪意を牙に乗せ、大口を開いて襲い来る。やらな
ければ、やられる。
敵の襲来と共に何とか立ち上がっていたカイルは
既に拳を固めている。直線的な魚の突進を身を捻って
躱し、横っ腹に強力な拳を叩き込んだ。だが、カイル
の一撃にしては浅い。魔物の体はよろめくが、それ
だけだ。体勢を崩すもすぐに立て直し、次の突進に
むけて重心を落とす。
「こいつ……滑る!」
カイルが叫ぶ。確かに魔物の体表は、ヌメリによる
光沢に覆われている。脂なのか粘液なのか、それは
カイルの一撃を逸らす程の滑面として機能していた。
まさかの性質一致。念じる事で物体同士の"接触を
拒絶"し滑らせる、僕の力と同じ特性を持つ敵。
しかもこちらの一過性能力に対して、相手は常時展開
された滑る膜を持つ魔物。船員たちも必死に打撃を
与えているが、それらは虚しく魔物の体表に弾かれ、
滑り抜けている。
ルアさんが動いた。彼女は光の刃を用いた接近戦を
扱うが、船上のロープを考えると無闇に多用はでき
ないはずだ。素早く魔物に接近すると、揃えた指先で
魚の体表に触れ、横を駆け抜ける。光った指の通過
した軌道には細いスジが走り、浅い切り傷を残す。
あの光刃、長さの調整自由自在なのか。
「んだよコイツ、イマイチ斬れねぇな」
ルアさんは振り向きながら、愚痴をこぼした。
魚の身は切りにくい。驚異的な切れ味を持つ刃物で
職人的な手捌きを持ってして初めて綺麗に切断が
可能となる。実際に魚を捌いたことの無い僕でも、
そんなことは百も承知だ。この魔物は刃物や斬撃と
極端に相性が悪いのだろう。
1匹にグズグズ時間をかければ周りの人達も危ない。
船員たちも応戦しているが、挙動不審な男などは
完全に腰を抜かしている。
『さて、どうしたもんかのう』
僕はいくつかの策を頭の中で纏め、やや余裕気味な
鞘付きダガーを構え直して、言う。
「やれるだけ、やってみましょう」
余韻が落ち着き始めた頃。高く響いていた海鳥の声は
水の打ち付ける音に取って代わられ、繰り返される
単調な音だけが辺りを包んでいる。帆は風を受けて
丸みを帯び、甲板の木板は時折揺れに合わせてキィと
鳴いた。航路に残る水の足跡は、遠く離れる毎に広く
薄くなり、元の海面と徐々に一体化して行った。
港街ザバンを船が出てどのくらい経ったか。常に
バタバタとしていたでの滞在中から一転、船の上は
特に何が起こることもなく、穏やかで平穏で変化の
無い時間が流れていた。船員や客はかなり少なく、
船の主要な役割は荷物の運搬との事。数人の乗組員と
片手で数えられる程の乗客による渡海は、今のところ
なんの波乱も無く進行している。
僕は腰から提げた意思ある短刀、ダガーに話しか
ける。故郷ハディマルを出た時から少しずつ形を変え
意思疎通をしていた。
「しっかし、ダガーの声は何とかならねぇのか?それ」
ルアさんが不満の声を漏らす。彼女はエルフと
小人族の混血で、見た目は子供のエルフと言うのが
的確な表現だろう。その容姿から放たれる乱暴な言葉
は、なかなかにギャップがある。ダガーは"波長の
合う人にしか聞こえない声"で返事する。
『仕方なかろう。ワシとて好き好んでこんな面倒な
仕組みで喋っとる訳ではないわい』
彼女の声は、届く距離を調整できない。ダガーを
中心に、僕の歩幅で約30歩分の範囲にいる"波長の
合う人間"、全てに聞こえてしまう。調整出来るのは
"方向"のみ。何もしなければ全周囲に聞こえる声を、
角度を絞って放つことは出来るのだ。円で考えるの
なら、ホールケーキを切り分けた時の様な図を想像
すると、多少わかりやすい。
声もそうだが、ダガーは眼に関しても特殊だ。人間
と同じように絵として物を見ることはできない。生物
の魂を感知し、観ることの出来る魂の眼。それが彼女
の見る世界の全てだ。範囲も声の最大到達点より先は
見えないらしい。僕はこのダガーに、自ら動ける身体
を与える事を約束し、旅に出たのだ。空の青さ、草木
の生命力に溢れた緑、炎の暖かい赤、人の笑顔……
いつか僕は、それらの美しいものを彼女に直接見せて
あげたいと、強く願っている。ザバンであの"水龍"
を見れなかったダガーは、少し不憫だった。
ピエラという少女の"水龍の発見"依頼。人間と
人魚種の間に産まれた彼女が、両親の残した愛を
受け取るための依頼と言って差し支えなかった。
僕はその達成報酬として、この世界の宗教観から逸脱
した錬金術師が大昔にいた事を知る。魂の魔術師とも
呼ばれたその人物について書かれた文献や、その異端
な研究内容、実験方法なども記載があったが……
とにかく内容が難解で、ほとんど理解には至って
いない。確実に理解できたのは、その人物が人の"魂"
をどうにかして"別の器"に納めようとしていた、と
いう事だけだ。ダガーとの関連が無いはずがないと
確信できた。
「船にアタシら以外でダガーの声が聞こえるヤツが、
1人しかいなかったってのは、まぁ救いだな。方向を
多少絞りゃ問題なく話せる」
ルアさんは甲板の手すりに身を預け、空を見上げて
いる。ダガーは自分の声が通る人間を見ただけで、
だいたいわかる。出港の時には既に船上にどれくらい
声が聞こえそうな人がいるのか、確認済みだ。
ルアさんの姿の向こうには、鍛え上げられた肉体の
カイルが、力無く転がっている。顔面蒼白で、表情も
覇気が抜けきっている。
「デニスーー……気持ち悪いーー……吐きそうー……
俺、胃の筋肉足りてない……」
「カイル……さっき、吐いてたよね?」
どうやら彼の強靭な筋肉も、船の揺れには敵わない
ようだ。何に対しても筋肉で考えるカイルは物理的な
攻撃力としては規格外だ。大岩をも一撃で砕くその拳
は、軽く振り抜くだけで僕の身体を吹き飛ばすには
十分な威力を持っている。……現に1度、身をもって
体験した。
彼は元々、仇と呼ぶ黒い剣を追っていたが、ザバン
でその内の1本を偶然発見。目標としていた事の
"ちっぽけさ"に愕然とし、1度は道を見失いかけたが
ピエラによって新たな目標を示された。ただ現状、
何をどうして良いのか見当もつかないとの事で、一旦
僕の旅に同行しつつ、残っている黒い剣の捜索、及び
破壊を当分続けるそうだ。
『そんな事では身が持たんぞ、カイル。これから数日
は海の上じゃ。胃の筋肉とやらを鍛えんとのう』
「あーーー、うん、修練するーー……」
正直僕も、この揺れは苦手だ。以前戦ったクローケ
に強制転移させられた時の感覚に似ている。平衡感覚
がゆっくりと蝕まれていくような、そんな不快感。
数日間、海の上……目的地であるエイシスに辿り
着くのは、どのくらい先になるだろうか。この船は
海の向こうの港、ルディアダに向かっている。そこ
から更に進んだところに、人形村エイシスがある。
ダガーの事を知り、身体を与える方法を見つける。
ダガーに埋め込まれた宝石と似た物を見たという目撃
情報と、"意志ある人形"を作る職人ギルドがある、
という事実。エイシスは現段階で、これ以上なく目標
に近いところにある村だと思っている。
牧歌的な村ハディマルを出て、もう10日以上経つ。
この世界に転生してから15年、こんなに長く村を
離れた事は、1度たりともなかった。リサイドや
ザバンを経て、自分が如何に閉鎖的に育ち、如何に村
や家族の庇護下にあったのかを痛感した。
それはそうと、出港してから微妙に気になっていた
人がいる。僕らと少し離れたところで、ぽつんと1人
居る男性乗客。手荷物を大事そうに胸元で抱え、
キョロキョロと周りを見回しており、妙に挙動不審
だ。街の中でもないのにそこまで警戒をする理由も
よく分からない。トリトンの1件のせいで、何か後ろ
めたい部分があるのかと疑ってしまう。……あまり
良くない傾向かもしれないな。何でもかんでも疑う
のは。単に船が怖いだけかもしれないじゃないか。
ルアさんも先程その男性をちらりと見て、また興味
無さそうに上を向いている。気のせいか、少し彼女の
機嫌が悪くも見える。何かあったのだろうか。出港時
どころか、その少し前からずっと、時折この様な様子
を見ている。話しかければ普通に返してくれるの
だが、気がかりといえば気がかりだ。「何かありま
したか?」と聞いても、「別に」しか返って来ないし。
転がっているカイルに、船員らしき人が声を
かけた。服装からして船長だろうか。やや背が低く、
がっちりとした体格。大きな団子っ鼻をしていて、
どことなくハディマルの村長、フーじいさんを彷彿
とさせる容姿だ。
「おめぇさん、身体はデキてても海には勝てねぇ
ようだな。ホレ、口に入れとけ。多少気分が良くなる
ハズだ」
そう言って船長と思しき男性は、小さな果実を
差し出す。カイルは仰向けに寝転んだまま口を
あんぐり開き、そのまま餌付けされていた。
「……おっちゃん、これ、不味い」
「そりゃそうだ。気付け薬みてぇなモンだからな」
ルアさんがそのやり取りに口を挟む。
「あー、そこのおっさん、ありがてぇが、あんまうち
のバカ筋肉に餌与えねぇでくれるか。そいつなんでも
食っちまうからよ」
「そうか、スマンな。船長としては客がユカイな船旅
だったと思ってくれんのがイチバンなんでな」
「感謝はしてるぜ」
どかどかと足音を立ててくる船長。頭の帽子を軽く
持ち上げ、小さく頭を下げつつ言った。
「アイサツが遅れたな。船長のドンテルだ。今、
ようやく舵を交代してな」
「カイルだ!……そっちはししょ……うぷ」
「大人しくへばってろ全く……」
ばっと立ち上がり、そのままうつ伏せに倒れる
カイルと、それを呆れた顔で見るルアさん。2人の
やり取りをやや困惑気味に見ている船長ドンテルに、
当たり障りのない挨拶した。
「ドンテルさん、よろしくお願いいたします」
「おう、良い船旅を」
立派な髭の隙間から歯を見せ笑うドンテル。ルア
さんはそんな彼に、軽く問いかける。
「船乗りのドワーフなんて珍しいな」
ドワーフ……この人が……?言われてみれば、ほん
の僅かに耳の先に尖りが見える気もする。ただ、何も
気にせず見たら、ただの身長の低い筋肉質な男性だ。
「まぁな。昔から洞穴はどうにも、気が滅入って
仕方ねぇんだ」
彼の特徴は、やはりどう見てもフーじいさんのそれ
とよく似ている気がする。……これまで気にもした
事ないが、ひょっとして、ハディマルの村長は、
ドワーフだったのか……?僕は村から出る前から
他種族とあまりにも自然に触れ合っていたのかも
しれない。今は確認のしようがないが、ちょっとした
衝撃だった。
ドンテルは他の乗客にも挨拶をして回っている。
と言っても、僕ら3人と、挙動不審な男、それに、
その他1人だけ。やはり人より荷物の方が多い。挙動
不審な男はドンテルに声をかけられただけで腰が
引けている。……やっぱり妙な人だ。
平穏だった船旅は、甲板の少し大きな揺れと共に、
突然終わりを迎えた。
海面から何かが飛び出してくる。ザバンで見た、
レヴィアタンの幼体程の黒い塊。砲弾のように撃ち
込まれたそれは、目のギョロつく魚のようなもの
だった。大きな口からは鋭い歯は剣山のように並び、
ずんぐりした体の後方には太いトカゲの脚のような
ものが生えている。1度ビタンと甲板に横倒しで着地
した巨大な深海魚を思わせるそれは、発達した後脚に
よって器用に起き上がり、船上の僕らを舐めまわす
ように見回した。
1体との遭遇を皮切りに、同じ魚影がバタバタと
甲板に打ち上げられる。あっという間にその場は緊張
と焦りに支配された。
「なんか気持ちわりぃのが出てきたな、おい」
不愉快そうに魚を見つめるルアさん。船員達は
流石に慣れているようで、各々護身用と思われる
棍棒やハンマーの様なものを手に取る。僕もダガーを
構えようと腰に手を伸ばし、ルアさんに制止された。
「ダガーはやめとけ。わかるだろ」
その言葉に促され、周囲を観察する。船員たちの
武器、場の状況、周囲の物……なるほど。僕は即座に
理解し、鞘に納めたままのダガーを手に取った。
ここは帆船。周囲にはロープが数多くある。もし
仮にそれを切ってしまえば、船は操縦不能になる。
だから水夫の武器は打撃武器のみだったのか。意図を
把握した僕の行動に、ルアさんは無言で頷いた。
魚の魔物は脚を踏み込み、突撃してくる。これは、
レヴィアタンの幼体の様な温厚な種族ではない。明確
な悪意を牙に乗せ、大口を開いて襲い来る。やらな
ければ、やられる。
敵の襲来と共に何とか立ち上がっていたカイルは
既に拳を固めている。直線的な魚の突進を身を捻って
躱し、横っ腹に強力な拳を叩き込んだ。だが、カイル
の一撃にしては浅い。魔物の体はよろめくが、それ
だけだ。体勢を崩すもすぐに立て直し、次の突進に
むけて重心を落とす。
「こいつ……滑る!」
カイルが叫ぶ。確かに魔物の体表は、ヌメリによる
光沢に覆われている。脂なのか粘液なのか、それは
カイルの一撃を逸らす程の滑面として機能していた。
まさかの性質一致。念じる事で物体同士の"接触を
拒絶"し滑らせる、僕の力と同じ特性を持つ敵。
しかもこちらの一過性能力に対して、相手は常時展開
された滑る膜を持つ魔物。船員たちも必死に打撃を
与えているが、それらは虚しく魔物の体表に弾かれ、
滑り抜けている。
ルアさんが動いた。彼女は光の刃を用いた接近戦を
扱うが、船上のロープを考えると無闇に多用はでき
ないはずだ。素早く魔物に接近すると、揃えた指先で
魚の体表に触れ、横を駆け抜ける。光った指の通過
した軌道には細いスジが走り、浅い切り傷を残す。
あの光刃、長さの調整自由自在なのか。
「んだよコイツ、イマイチ斬れねぇな」
ルアさんは振り向きながら、愚痴をこぼした。
魚の身は切りにくい。驚異的な切れ味を持つ刃物で
職人的な手捌きを持ってして初めて綺麗に切断が
可能となる。実際に魚を捌いたことの無い僕でも、
そんなことは百も承知だ。この魔物は刃物や斬撃と
極端に相性が悪いのだろう。
1匹にグズグズ時間をかければ周りの人達も危ない。
船員たちも応戦しているが、挙動不審な男などは
完全に腰を抜かしている。
『さて、どうしたもんかのう』
僕はいくつかの策を頭の中で纏め、やや余裕気味な
鞘付きダガーを構え直して、言う。
「やれるだけ、やってみましょう」
0
あなたにおすすめの小説
現代社会とダンジョンの共生~華の無いダンジョン生活
シン
ファンタジー
世界中に色々な歪みを引き起こした第二次世界大戦。
大日本帝国は敗戦国となり、国際的な制約を受けながらも復興に勤しんだ。
GHQの占領統治が終了した直後、高度経済成長に呼応するかのように全国にダンジョンが誕生した。
ダンジョンにはモンスターと呼ばれる魔物が生息しており危険な場所だが、貴重な鉱物やモンスター由来の素材や食材が入手出来る、夢の様な場所でもあった。
そのダンジョンからモンスターと戦い、資源を持ち帰る者を探索者と呼ばれ、当時は一攫千金を目論む卑しい職業と呼ばれていたが、現代では国と国民のお腹とサイフを支える立派な職業に昇華した。
探索者は極稀にダンジョン内で発見されるスキルオーブから特殊な能力を得る者が居たが、基本的には身一つの状態でダンジョン探索をするのが普通だ。
そんなダンジョンの探索や、たまにご飯、たまに揉め事などの、華の無いダンジョン探索者のお話しです。
たまに有り得ない方向に話が飛びます。
一話短めです。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜
かの
ファンタジー
世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。
スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。
偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。
スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!
冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!
至れり尽くせり!僕専用メイドの全員が溺愛してくる件
こうたろ
青春
普通の大学生・佐藤健太は目覚めると、自宅が豪華な洋館に変わり10人の美人メイドたちに「お目覚めですか、ご主人様?」と一斉に迎えられる。いつの間にか彼らの“専属主人”になっていた健太は戸惑う間もなく、朝から晩までメイドたちの超至れり尽くせりな奉仕を受け始める。
【完結】モンスターに好かれるテイマーの僕は、チュトラリーになる!
すみ 小桜(sumitan)
ファンタジー
15歳になった男子は、冒険者になる。それが当たり前の世界。だがクテュールは、冒険者になるつもりはなかった。男だけど裁縫が好きで、道具屋とかに勤めたいと思っていた。
クテュールは、15歳になる前日に、幼馴染のエジンに稽古すると連れ出され殺されかけた!いや、偶然魔物の上に落ち助かったのだ!それが『レッドアイの森』のボス、キュイだった!
クラス転移したら種族が変化してたけどとりあえず生きる
アルカス
ファンタジー
16歳になったばかりの高校2年の主人公。
でも、主人公は昔から体が弱くなかなか学校に通えなかった。
でも学校には、行っても俺に声をかけてくれる親友はいた。
その日も体の調子が良くなり、親友と久しぶりの学校に行きHRが終わり先生が出ていったとき、クラスが眩しい光に包まれた。
そして僕は一人、違う場所に飛ばされいた。
断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜
深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。
処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。
なぜなら彼女は――
前世で“トップインフルエンサー”だったから。
処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。
空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。
タイトルは――
『断罪なう』。
王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。
すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、
国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。
そして宣言される、前代未聞のルール。
支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。
処刑台は舞台へ。
断罪はエンタメへ。
悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。
これは、
処刑されるはずだった悪役令嬢が、
“ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。
支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、
それとも――自由か。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる