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ここで会うとは思ってなかった。

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獰猛な獣の咆哮に一斉に臨戦態勢に入る。
自分達を守る様に護衛達の陣形が変わり、武器を構える。
如月も冷静に拳銃手に構えるのが見え緊張してきた。

薄暗い部屋の中を見回してみても、姿は見えない。
先ほどの部屋とは違い、大きな水槽もないのだが、音が反響しどこにいるのか分からなかった。
唸る声だけでも皮膚がびりびりとして体がすくみ動けなくなりそうだ。
この床が揺れているのも、この鳴き声の主がしているのだろうか。
思わずルボミールに掴まっていた指先に力がこもると、京の不安に気づいたのかこちらに心強く微笑んだ。

「大丈夫だ、キョウ」
「っ・・・、あぁ」

姿を現さず獣はこちらを捕捉しようとしているのだろうか。
周りを見渡すが京の視力に追い付くものではなかった。
せめて冷静になろうと心を落ち着けようとする。怯えているだけでは何も解決にならないからだ。

「安心しろ。お前は守る」
「・・・、ルルも一緒だ。自己犠牲なんて絶対だめだ」

『運命』補正で京を何が何でも守ろうとする。・・・そんな気がしたのだ。
ルボミールを見上げると、視線が交わりフッと微笑みを浮かべた。

「勿論だ」
「心配かけてごめん。・・・俺がハカセを」
「駄目だ」
「俺は戦うことも出来ないから」

守ってもらっていて自分でも勝手なことを言っているのは分かっている。
自分が出来ることは少なくて、京が出来るのは逃げることくらいしかできない。
ルボミールは帯剣をしていて、戦う事が出来るならそれに専念してもらいたかった。

「この男くらい軽いものだ」
「私がハカセをかs」
「殿下。この者については我らにお任せください。・・・誰かあの男を担げ」

如月が手を差し伸べようとしたところダンが手で止めると、護衛を1人よんだ。
京はその人間と目があい、思わず会釈をすると驚いたように固まったがハカセを担ぎあげる。
 
「・・・ありがとう」

この場で謝るのは違うと思った京は、言葉を飲み謝礼だけ口にした。

「殿下。キョウ様はお任せしますよ」
「勿論だ」
「キサラギ。あまり無茶はしないで下さいね」
「・・・。わかってます」

皆で無事に戻らなければ。
恐怖で震えそうになる体を抑えながら、先ほどの部屋に向かった。



☆☆☆



ピシリッ


そんな音が響くと次々に似た音を立てた。
逃げながら壁に目をやれ大小さまざまな亀裂が走る。

その尋常じゃない数の多さに息を飲む。



「ッ・・・キョウ!!!」



次の瞬間。
壁がバキバキと音を立てて崩れ落ちた。




☆☆☆




目の前に出来た瓦礫の壁を呆然と見上げる京。
信じたくなくて手を伸ばそうとした手を取られる。

「っ・・・」
「あの男達なら大丈夫だよ」

白銀の髪の男がニコリとほほ笑んだ。
京はそのオッドアイを見上げながら、首を小刻みに横に振った。

「でもっ・・・こんな・・・!」

再び瓦礫を見ると今度はその視界をふさがれる。

「落ち着いて?」
「っ落ち着けるわけないだろっ」

その手を振り払おうとしたががっしりと抑えつけられた体は動きそうもなかった。
ルボミールよりも小さい男だが、京よりも断然大きい。

「っ・・・ルル!」
「・・・」
「ルル・・・!返事をしてくれっ」


どうしてこんなことになってしまったのだろうか。
猛獣の気配に図書館に戻ることにした一行は、先ほどの道を戻っている最中だった。
咆哮が間近で聞こえたかと思った時だった。
急に壁が吹っ飛び京はこの男に引き寄せられてしまった。

「あっちの向こうは図書館なんだから、どちらかと言えばこっちの方が危険だよ?」
「っ・・・そう、か」

この男の言う通りだった。
ルボミールが安心だと聞いて安心したように息を吐いた。

「よかった・・・」

正直離れるのは不安だが、あちらの方が安全なのはホッとする。
京は額に手を当てて目を閉じた。
ピアスに呼び掛けても全く反応しないのは、この建物の影響の所為なのだろうか。

「・・・そう言えば、貴方怪我は?」
「ボクの心配?あはは。大丈夫だよ~。ボクこう見えて強いんだから」
「そうなのか・・・?」

そんな風には見えなくて思わず見返せばニコリとほほ笑む。

「うん。さっきの位だったら朝飯前だよ~」
「え?・・・ならなんで」
「だって言わなかったでしょう?」

言わなかったら手を出さなかったということなのだろうか。
先ほどは黙っていたのは恐怖に慄いてたのかと思っていた。

「でも、魔法・・・」
「その封印式はボクが作ったからね」
「!?」

その言葉に京は思わず体を引くががっちりと腕を掴まれてしまう。

「っ・・・離してくれないか」
「えー?」
「逃げても無駄なのはわかった」
「ふふふ♪・・・そうだよ。察しが良いね」

そういうと手を離した男に京はため息をついた。

「俺は東雲 京。・・・貴方は?」
「ボク?・・・あ。そうかこの姿で名乗ってなかったね。モイスだよ」
「・・・。・・・。・・・え?」
「モイスだよ。三賢者の1人として有名人なんだけど、知らない?」

同じ名前にもしかして?と、疑いの眼差しを送ると、あっさりとネタ晴らしをしてくれる男を凝視する。


「青の大魔法使い・・・」

しかし、そういうと男の笑みがピシリと固まる。
そして、完全にその笑みは消える。

「その呼び名は好きじゃないな」
「え・・・?」
「ボクはどこかの国に所属しない。ボクを動かせる王はこの世界には誰もいないよ」

なぜそんなことを言いだしたのか分からなかったが、少し考えてわかった。
青の大魔法使いの恋人は、アステリア帝国の皇帝と『運命の番』だった。
愛しい恋人を奪う切っ掛けになった国を名乗りたくないだろう。

「・・・。・・・その、モイス様は何故こんなことをしたのですか」
「ボクがこんな事をしたわけじゃないよ??あくまでも手伝ってって言われなかったから手を貸さなかっただけ」
「・・・。ならこの瓦礫をどけて合流したいのですが」
「『様』もいらないし敬語もやめてよ~。この瓦礫をどけるのは簡単だけどねぇ。
少しお話しようか?」
「合流してからでは」
「2人きりで話したいんだ」
「・・・、」
「君、あの男と『運命の番』なんだって?」


そう言う彼の笑みは目が笑っていなかった。


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