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No.8 妖精:ピクシー
しおりを挟む「ぐぅ~すぴぴぴぃ~‥‥‥ぐぅ~‥‥‥フガっ」
うー‥‥‥あれ?いつの間にか、寝ちゃってたか。
変な夢だったな‥‥‥
目に付いた祖父の写真は、豪快に笑っていた。
「さて、今日は何か売れるかな~」
両手を伸ばし、大きくあくびをした。
「やっと起きよったか、いつ叩き起こしてやろうか考えていたところだ」
店番をしていた玄次郎が仏間を覗き込んだ。
「ひぇ!やっぱり夢じゃなかったか!」
「早く支度をせぬか!おれがこの姿でいられる刻は、限られておる」
「玄次郎‥‥‥これからどうするの?」
「おぬし、宇佐美の話を聞いてなかったのか?」
うさ耳男こと、宇佐美の姿は無かった。宇佐美から京子への依頼は、竹取カグヤの月への送還。報酬は《うちでの小槌》宇佐美から玄次郎への依頼は、京子の助力だ。
「思い出してきた、これで大金持ちになれる!!」
「ぬかせっ!妖力解放は済んだが、”妖術”を使いこなせねば意味がない。それに”相手の戦力”も、確かめておかねばならぬぞ」
京子はあらためて自分の両手を見た。普段通り、変わり映えしない手だった。
「あたし、人間じゃないの?」
「おぬしは人間だ。妖の血は”混ざっている”がな。妖と人間はいわば《陰と陽》である」
そう言うと、玄次郎は一冊の本を京子へ投げ渡した。
「ちょ、危な!こんな分厚い本投げないでよ!!」
「《虎の子図鑑》と言うらしい。当面のおぬしの役目は、カグヤの配下となった時越者”虎の子”を退治し、力をつけることだ」
「何となく思い出してきた‥‥‥ん?この本、履歴書みたいだ」
開かれた図鑑のページには、玄次郎の情報が記載されていた。
しばらく白紙のページを送り進めると、地図のような見開きページを見つけた。指で触れると拡大と縮小ができるようだ。
マップアプリみたいだな‥‥‥ん?これは?
「玄次郎、ここ。黄色い点が1つ、それと赤い点が1つあるよ」
玄次郎は地図を覗き込んだ。
「宇佐美曰く、虎の子図鑑には時越者を”捜索”する力が備わっているとの事。【苔色(緑)は図鑑を持つ者】【紅(赤)は時越者】だそうだ。【山吹(黄)】は‥‥‥おそらく、おれと京子を現しているのであろう」
緑と赤が合わさって”黄色”って事か‥‥‥
京子は赤い点に指を触れてみた。「ひぇ!!」
図鑑がひとりでにページを遡ると、すぐに止まった。他所の時越者詳細ページが開かれている。
「妖精:ピクシー‥‥‥虎の子か?」
「此奴が近くにおる時越者だ。果たして虎の子なのか‥‥‥探りに参るぞ」
玄次郎は仏間を出ると、サンダルを履いた。
「まさかいきなり戦‥‥‥ぶっ!」
京子は顔面に革ジャンを投げつけられた。
‥‥‥
‥‥‥‥
《ねぇねぇ、キツネ探そうよ、キツネ‥‥‥》
また変な声が聴こえる‥‥‥
疲れてるのかも。
ちょっと早いけど、昼休憩にしよう。
私の名前は藤田ジュンコ。食品メーカーの営業職。
毎日同じ事の繰り返し。勤続5年を迎え、この仕事のやり甲斐も薄れてきた。
今日も外回りで、お得意先の御用聞き。
同じ事の繰り返し‥‥‥休日も呼ばれたら現場に行く。忙しいけど、退屈だ。
こんな仕事のせいか、学生時代から付き合っていた彼氏に、先月フラれた。27歳になってから、下腹部と二の腕に付いた脂肪という名の荷物を指摘された矢先にだ。悲しくは無かった。惰性で付き合ってたんだろうな。
唯一の楽しみと言えば、一日に一食だけ摂取する炭水化物だ。さぁ、今日は何を食べようか。
ジュンコはふらっと牛丼チェーン店に入ると、大盛り牛丼を注文した。
《ねぇねぇ、楽しい事しようよ‥‥‥》
ジュンコは紅生姜が入る陶器を手に取ると、山盛りになるまで牛丼に盛りつけた。
それは、もはや紅生姜丼だった。
ガツ、ガツ、ガツガツ‥‥‥‥ガツ、ガツ、ガツ
『ゲップぅ~、ご馳走でした~』
恍惚とした表情でジュンコは箸を乱暴にテーブルに置くと、手提げバッグを手に取り、席を立った。
「ちょ、ちょっとお客さん!会計まだですよー!」
《逃げちゃおうよ、きっと楽しいよ‥‥‥》
頭の中で悪魔の囁きが聴こえる‥‥‥
ここで逃げたら、どうなるかなぁ~。楽しそう!
そんな忌まわしい考えが頭をよぎると、店内の食器や調理器具が、音を立てて落ち始めた。カウンターのレジからは小銭が吹き出している。
ジュンコは慌てる店員を横目に、店を飛び出した。
白昼堂々、食い逃げをしたのだ。
‥‥‥‥
『はぁ、はぁ、はぁ‥‥ふふっ‥‥‥ふっふっふ!』
あの店員さんの驚いた顔、傑作だったなぁ!
はっ‥‥‥!ここは、何処だ?
ジュンコは我に還ると、辺りを見回した。
まただ‥‥‥牛丼屋に入ってからの記憶が無い。
記憶障害を起こしたのは、これで何度目だろう。
お腹は空いていない、食事は済ませたみたいだ。
深く溜息を吐くと、腕時計を見た。
次のアポまで1時間もある、この公園で休むか‥‥
目に付いた自販機で缶コーヒーを買うと、公園のベンチに腰を下ろした。園児たちと保育士が遊んでいるの様子が見える。
ジュンコの社用スマホが、けたたましく鳴った。
昼休みに掛けてこないでよ‥‥‥
「ちっ‥‥‥はい!藤田です!」
営業部の上司からだ。単身赴任で上京。田舎に妻子を置いている身でありながら、大の女好き。また、しつこい食事の誘いだ。
こんな上司のサジ加減で、私の賞与は決められてしまう。断るにも、邪険には出来ない‥‥‥
このハラスメントのせいで、胃に穴が開きそうだ。
「はい、またの機会で、すみません。失礼します」
電話を切ると、またあの声が聴こえてきた。
《ねぇねぇ、楽しい事しようよ‥‥‥》
「楽しい事なんてないよ!私だって、思いっきり遊びたいよ!」
耳を塞いでうずくまると、その声はより鮮明に頭の中に響いた。
『やっと話してくれたね、じゃあ遊ぼっか!』
「え‥‥‥‥?」
ジュンコはベンチから立ち上がった。
幼児の輪に向かって歩きだすと、恍惚とした表情を浮かべながら園児に声をかけた。
『楽しそうだねー、私も混ぜてよー』
「あのぉ、もう私たち園に戻りますので‥‥‥」
ジュンコに気がついた保育士が園児を抱き上げようとすると、ジュンコは指を鳴らした。
《ズバーーーーンッ!!》
突然、砂場が噴火したように音を立て、膨大な量の砂が宙を舞った。
保育士は腰を抜かし、尻もちをつくと、園児たちは怯えて泣き始めた。
『ほら見て~?ここは危ないから、お姉ちゃんが楽しい所へ連れてってあげるよ~~!』
ジュンコの背中から、小さな羽根が現れると、甘い香りが公園周辺を覆った。
保育士と園児たちは、次々と眠るように倒れ始めた。ジュンコは満面の笑みで、眠る園児に手を伸ばした時、後方から声がした。
「ほぅ、これは幻術の類か」
「玄次郎。やばいよ、こいつ‥‥‥」
『眠くないの?‥‥君たちから妖気を感じるな‥‥あーー!さては”木常”でしょ?探してたんだ~~!』
「お尋ね者になった記憶は無いんだけど‥‥‥」
「おぬしが眠っている間、宇佐美が言っておった」
{天の羽衣はカグヤ様にとって”脅威”になり得ます♪もしかしたら”虎の子”は、既にお二人を探しているかもしれませんよ♪}
「それって、カグヤから狙われてるって事じゃん!あたし達、今日会ったばかりなのに!?」
「話は後だ、来るぞ!!」
ジュンコが小さい羽根を羽ばたかせたと思うと、鈍い音が響き渡った。腹部を殴打された京子は、ジャングルジムまで吹き飛んだ。
何という速さだ‥‥‥
玄次郎の目が蒼く光った。右手で印を結ぶと、口に指を当て、ゆっくり息を吐いた。
《妖術:猫手借流:ビャクシュカリュウ》
落ち葉が風にさらわれ、渦を巻いて集まると、仮初の玄次郎が姿を現した。
「刻を稼いでもらうぞ、分身よ」
玄次郎の分身は髪を逆立たせると、陽気に踊っているジュンコ目掛けて、飛びかかった。
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