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「…激しく違和感しかない」
鏡を見ての感想だった。
少し前に遡る。身分証を得た私は、他数名の避難者と共に町に入り、馬車に乗せられた。
神殿らしき所で二人、小さな商店らしき所で一人が降りて、私が最後に残った。その間、目にした町並みにひたすら驚いていたのだけれど、降りろと言われた建物を見て更に驚いた。
高い塀の瀟洒なお屋敷。敷居が高そうで「え?ここですか?」と思わず訊くと、「心配するな。ここで働くわけではない」と返された。
いや、タダ飯食いは申し訳ないんで働きますよ?と思ったのだけど、中に案内されて開きかけた口を噤んだ。
娼館だった。
金持ちの大きなお屋敷ではなかったのだ。店名を『ホワイト・ローズ』という。
非常に艶やかなお姉様方がわらわらと寄ってきて、「大変だったわね」なんて声をかけてくれるものだから、益々閉口してしまった。そう言ってくれる貴女たちは、もっと大変な人なのでは?なんて返せやしない。
今回の魔物の大量発生という災害に対して、町全体で逃げのびてきた者の支援をするという方針となっていて、ホワイト・ローズも協力を申し出たらしい。そして、私が割り振られたというわけだ。まあ場所柄、男の避難者はあまりよろしくないので、必然とも言える。
運が良かったのではないだろうか。しばらく避難場所で碌に風呂も入れず、雑魚寝を余儀なくされると思っていた。それがどうだろう。
ひとまず休めと通された部屋は、個室で風呂まで付いていた。
…いや、ね。部屋の真ん中に大きなベッドがあって、風呂付きって…なんのための部屋なのかは、一目瞭然なのだけどね。そこは考えないようにした。
とにかく清潔な着換えを渡され、湯がすでに張ってある風呂があるとなれば、ありがたい以外の言葉はない。断じてそれ以外を言ってはいけない。
そうして風呂に入ろうとして、脱衣所に掛けられた姿見を目にしてーー
冒頭の言葉になった。
誰だよ、コレ?…でも私、記憶がないよね?なのに、コレは絶対に違う、私ではないと感覚のすべてが訴えている。
女、黒い髪、ここまでは違和感がなかった。だけど…この目。この青い瞳!?違和感しかない!
鏡に映る己のはずの姿は、長い黒髪に青空色の目をした、客観的に見て中々の美人。客観的とか言える時点で、もう違う。どう見ても他人の姿に対する感想だ。
「…どうなってるの?」
呟き眉根を寄せると、鏡の向こうの自分らしき姿も眉根を寄せた。やっぱり違和感しかない。
しばらくほっぺたをつねったり、イーッと歯を出して見たりしていたが、なにかが変わるわけもなし。体にあるあちこちの傷が痛むのを思い出し、さっさと風呂に入り、手当することにした。用意周到で、サイドテーブルに包帯など一式置いてあったのだ。自分で処置できないようなら、申し出るようにとも云われている。至れり尽くせりだ。
ドロドロの服を脱いでいく。そこでまた、手を止め鏡を見た。
「……?」
意外に長かった髪を肩に掛け、背を向け首をひねって見る。ーー特に大きな傷は…ない?
だったらこの、ブラウスの背中部分に空いている大きな穴はなんだ?泥まみれで黒ずんだ、おびただしい血の跡は?泥と髪で隠れ、ここまで気付かれなかったけれど…これは…相当深傷であってもおかしくないのでは?と、いうかーー
コレ、普通は死んでない?
…誰か別の人が着ていた物なのだろうか?それを被災時に失敬した?
……いいや、違う。
サイズは合ってる。着ていることに違和感がない。考えを巡らせること、しばし。ひとつの予想に行き着いた。
あの白い神、私の魂を死体に入れて蘇生した?
それだと辻褄が合う。今の状況も。自分の姿に違和感しかないことも。ブラウスの穴も。魂に刻まれているはずの名前がないことも。
となると、出身地はーー先に耳にしていたからか?ホルルカ島から逃げてきたと、身分証を作る時点でミネリさんがすでに口にしていたはずだ。そこで刻まれたと考えるのが妥当か。歳の方は、魂よりも肉体に刻まれていたか。
うんーー違和感はないな。あの白い神様のやりそうなことだ。そこまで考え、苦笑する。もう違和感という言葉の大安売りである。
脱いだブラウスから、作ったばかりの身分証を取り出した。前身頃の裏側に誂えたようなポケットが付いていて、そこに入れておいたのだ。多分…この身分証の為の、ポケットなのだろうと思われる。誰もが持っているもののようだから。
…まるでゲームのような仕様の身分証。
ゲームのような世界を盤ーー球だったけどーーに、神がゲームを行っている。いや、ゲームをしているからこその仕様なのか?どちらにしろ、私はそれに巻き込まれた。ふざけるなっての。
…腹を立てても、もう戻れない。引き受けてしまった。…強制だが。どうする?これから。手にしているのは身分証ひとつだけ。
まじまじと身分証を眺める。コレ、どういう仕組みなんだろう?まあ、魔法がある世界らしいから、なんでもありなのか?
ルルルエラーラの子の証とか言ってたな?だとすると…この身分証は、白い神の駒であることを表している?
私の適性が白い神の言っていたものと一致することから、そう考えられるのだけれど。…そう言えば、非表示の適性があって、技能の方は確認してなかったな。あれは?
急に気になって身分証の適性、『※※※※』部分をなぞってみる。けれどーー表示は変わらなかった。
「……」
これは…この適性に付随する技能は現状ない、ということか?
どうにもよく分からない。
うーん。これ以上は、いくら考えても答えは得られなさそう。そう結論付けて、風呂に入りさっさと休むことにした。
この体は、とても消耗している…
鏡を見ての感想だった。
少し前に遡る。身分証を得た私は、他数名の避難者と共に町に入り、馬車に乗せられた。
神殿らしき所で二人、小さな商店らしき所で一人が降りて、私が最後に残った。その間、目にした町並みにひたすら驚いていたのだけれど、降りろと言われた建物を見て更に驚いた。
高い塀の瀟洒なお屋敷。敷居が高そうで「え?ここですか?」と思わず訊くと、「心配するな。ここで働くわけではない」と返された。
いや、タダ飯食いは申し訳ないんで働きますよ?と思ったのだけど、中に案内されて開きかけた口を噤んだ。
娼館だった。
金持ちの大きなお屋敷ではなかったのだ。店名を『ホワイト・ローズ』という。
非常に艶やかなお姉様方がわらわらと寄ってきて、「大変だったわね」なんて声をかけてくれるものだから、益々閉口してしまった。そう言ってくれる貴女たちは、もっと大変な人なのでは?なんて返せやしない。
今回の魔物の大量発生という災害に対して、町全体で逃げのびてきた者の支援をするという方針となっていて、ホワイト・ローズも協力を申し出たらしい。そして、私が割り振られたというわけだ。まあ場所柄、男の避難者はあまりよろしくないので、必然とも言える。
運が良かったのではないだろうか。しばらく避難場所で碌に風呂も入れず、雑魚寝を余儀なくされると思っていた。それがどうだろう。
ひとまず休めと通された部屋は、個室で風呂まで付いていた。
…いや、ね。部屋の真ん中に大きなベッドがあって、風呂付きって…なんのための部屋なのかは、一目瞭然なのだけどね。そこは考えないようにした。
とにかく清潔な着換えを渡され、湯がすでに張ってある風呂があるとなれば、ありがたい以外の言葉はない。断じてそれ以外を言ってはいけない。
そうして風呂に入ろうとして、脱衣所に掛けられた姿見を目にしてーー
冒頭の言葉になった。
誰だよ、コレ?…でも私、記憶がないよね?なのに、コレは絶対に違う、私ではないと感覚のすべてが訴えている。
女、黒い髪、ここまでは違和感がなかった。だけど…この目。この青い瞳!?違和感しかない!
鏡に映る己のはずの姿は、長い黒髪に青空色の目をした、客観的に見て中々の美人。客観的とか言える時点で、もう違う。どう見ても他人の姿に対する感想だ。
「…どうなってるの?」
呟き眉根を寄せると、鏡の向こうの自分らしき姿も眉根を寄せた。やっぱり違和感しかない。
しばらくほっぺたをつねったり、イーッと歯を出して見たりしていたが、なにかが変わるわけもなし。体にあるあちこちの傷が痛むのを思い出し、さっさと風呂に入り、手当することにした。用意周到で、サイドテーブルに包帯など一式置いてあったのだ。自分で処置できないようなら、申し出るようにとも云われている。至れり尽くせりだ。
ドロドロの服を脱いでいく。そこでまた、手を止め鏡を見た。
「……?」
意外に長かった髪を肩に掛け、背を向け首をひねって見る。ーー特に大きな傷は…ない?
だったらこの、ブラウスの背中部分に空いている大きな穴はなんだ?泥まみれで黒ずんだ、おびただしい血の跡は?泥と髪で隠れ、ここまで気付かれなかったけれど…これは…相当深傷であってもおかしくないのでは?と、いうかーー
コレ、普通は死んでない?
…誰か別の人が着ていた物なのだろうか?それを被災時に失敬した?
……いいや、違う。
サイズは合ってる。着ていることに違和感がない。考えを巡らせること、しばし。ひとつの予想に行き着いた。
あの白い神、私の魂を死体に入れて蘇生した?
それだと辻褄が合う。今の状況も。自分の姿に違和感しかないことも。ブラウスの穴も。魂に刻まれているはずの名前がないことも。
となると、出身地はーー先に耳にしていたからか?ホルルカ島から逃げてきたと、身分証を作る時点でミネリさんがすでに口にしていたはずだ。そこで刻まれたと考えるのが妥当か。歳の方は、魂よりも肉体に刻まれていたか。
うんーー違和感はないな。あの白い神様のやりそうなことだ。そこまで考え、苦笑する。もう違和感という言葉の大安売りである。
脱いだブラウスから、作ったばかりの身分証を取り出した。前身頃の裏側に誂えたようなポケットが付いていて、そこに入れておいたのだ。多分…この身分証の為の、ポケットなのだろうと思われる。誰もが持っているもののようだから。
…まるでゲームのような仕様の身分証。
ゲームのような世界を盤ーー球だったけどーーに、神がゲームを行っている。いや、ゲームをしているからこその仕様なのか?どちらにしろ、私はそれに巻き込まれた。ふざけるなっての。
…腹を立てても、もう戻れない。引き受けてしまった。…強制だが。どうする?これから。手にしているのは身分証ひとつだけ。
まじまじと身分証を眺める。コレ、どういう仕組みなんだろう?まあ、魔法がある世界らしいから、なんでもありなのか?
ルルルエラーラの子の証とか言ってたな?だとすると…この身分証は、白い神の駒であることを表している?
私の適性が白い神の言っていたものと一致することから、そう考えられるのだけれど。…そう言えば、非表示の適性があって、技能の方は確認してなかったな。あれは?
急に気になって身分証の適性、『※※※※』部分をなぞってみる。けれどーー表示は変わらなかった。
「……」
これは…この適性に付随する技能は現状ない、ということか?
どうにもよく分からない。
うーん。これ以上は、いくら考えても答えは得られなさそう。そう結論付けて、風呂に入りさっさと休むことにした。
この体は、とても消耗している…
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