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「怪我の具合はどうだったの?」
「擦り傷がいくらかあっただけでした」
ユーレリアさんの質問に、簡潔に答える。…見れば見るほど、綺麗な人だ。
しばし、眼前の麗人に見惚れた。
あれから数時間ほど眠りこけ、目を覚ますとすっかり日が傾いていた。見計らったかのように食事の用意ができたと呼ばれ、従業員用の食堂の席に着けば、ホワイト・ローズのオーナーである彼女が、向かいの席で食後のお茶を飲んでいたのだ。
「遠慮しなくていいのよ?」
気遣わしげに眉根を僅かに寄せ、頬に手を添える。その仕草すら、目を引き付けられた。
「いえ、本当に擦り傷だけでしたから」
「あら、そう?もっと酷そうに見えたのだけど」
「……」
苦笑いしかない。
掠り傷だけだったのは本当だ。服の破れ具合とは合っていないけれど。髪も所々切れてバサバサだけれど。とんでもなく疲弊していたけれど。
大きなところは修復した。細かいところはまあ、良いかーーそんな感じの状態だった。あの白い神様の性格が、まんま現れているのではないだろうか。
落ち着いたら神殿に出向いて、盛大に文句言ってやる。
密かに決意したところで、ユーレリアさんが席を立った。
「まあ、いいわ。貴女さえ良ければ、ゆっくりと、生活の目処が立つまで居て頂戴な」
婉然と微笑む様が、なんとも色っぽい。
う~ん。この人、何歳なんだろう?きっちり結い上げられた赤い髪はつややかで、三十代に見えなくもない。でもエメラルドの瞳は老練の光を湛えていて、五十代だと言っても納得できる。とにかく年齢不詳だ。娼館のオーナーという肩書きが、ハマりすぎる容姿だな。
ここへ来た私を部屋まで案内してくれたのがこの人だ。着替えを用意してくれたのも。風呂に湯を張ってくれたのも。もう感謝しかない。
「ありがとうございます」
改めて礼を言った。何度言っても足りやしない。
「ふふ。お構いなく。あ、そうだわーー」
ユーレリアさんが、更になにか口にしかけた時だった。
「まあっ!?貴女、無事だったのね!」
甲高い声が食堂に響いた。周りで食事中の美人さんたちが、一斉に声の方を見る。私もやはり、目を向けた。
視線を向けた先には、恰幅のいい御婦人が。こちらを見て、肩を震わせ立っている。どうやらたった今、食堂に入ってきたところのようだ。
「丁度良かったわ。彼女に貴女を紹介しようと思っていたの」
ユーレリアさんは私を見て微笑むと、婦人へ声をかける。
「ガラさん、こちらにどうぞ」
「あ、はい」
やや気後れした様子で返事をして、食堂の入り口に立っていた婦人はこちらへ足を向けた。
「貴女を知っているようね。話を聞くといいわ」
「あの…あの人は?」
「貴女と同じ避難者よ。ガラさんというの。どう?なにか思い出せそう?」
「あー、いえ…」
記憶がないことは、ここに来てすぐに話している。常識外れなことをしてもある程度見逃してもらうための、大事な予防線だ。
でも、そうか。私以外にも、受け入れた人がいるのは当たり前か。まったく考えていなかったことに呆れる。まいったな。どうやら、彼女ーーこの体の元の持ち主ーーの知り合いのようだ。いや、私は絶対知らんけどね。まあ、記憶喪失で押し通せばなんとかなるか。
「やっぱり!フランチェスカさん!」
ガラ婦人は近くに来るなり、私をまじまじと見てそう言い放った。
ーーフランチェスカ。それが彼女の名前なのか。
豪快で気風の良いおかみさん、というイメージを体現しているような姿のガラさんは涙ぐんでいた。促され、ユーレリアさんの隣、私の斜向いの席に着く。
「よく…よく、無事だったねえ」
「あ、あの…」
なんと言葉を返したものかと思っていると、見かねたユーレリアさんが話に入ってくれた。
「ガラさん、彼女は記憶を失っているの。よかったら、貴女が知っていることを話してあげてくれないかしら?」
「え?ま、まあ!?」
ガラさんは目を丸くし、それからなんとも気の毒そうな顔をして私を見た。
あの…ホントすみません。皆さんの想像するような苦労は、一切しておりません。ハイ。
それからすぐに食事が運ばれてきて、食べながらガラ婦人はフランチェスカのことを話してくれた。
曰く、フランチェスカは天涯孤独。カロという村のはずれで、薬師として生計を立てていた。薬師としての腕は上々で、ホドという隣村に住んでいたガラ婦人も、世話になっていたーーとのことらしい。
この話を聞いて、私が安堵したのは言うまでもない。彼女の家族に会うことを少なからず危惧していたし、なにより申し訳ないと思っていた。私は彼女の体を、勝手に自分のものにしてしまったのだから。
まあ、やったのは白い神なんだけど。あ、なんだかまた、怒りがぶり返してきた。
腹立たしい気持ちを食欲へ変換させ、ひたすら話を聞きながら口と手を動かした。ありがたいことに、コチラの食事は問題なく私の舌に合うようだ。ただ、まあ、和食がそのうち恋しくなるのだろうなとは思う。
「なんだか以前と印象が違うけど…元気そうで良かったわ」
食い気に走る私にガラ婦人が微笑んで、私は喉を詰まらせた。やっぱり?やっぱり、以前と違うと分かってしまう?
「ぐっ、ごほっ…」
「あらあら、落ち着きなさいな。意外とそそっかしいのね、貴女って」
ユーレリアさんがむせて咳き込む私を見て、呆れたように言う。ううっ、すみません。
「失礼しました」
そう言って頭を下げると、二人は笑った。う~ん…タイプは違えど、どちらもお母さんを思わせる。この二人、実は同年代?
その後、ガラ婦人のことを聞いた。彼女の旦那さんと息子さんは、現在行方が知れないらしい。男衆はギリギリまで島に残り、女子供を逃したので散り散りになってしまったのだ。そういえば最初に私が並んでいた列も、女子供、お年寄りばかりだった。
魔物の大量発生というのは、この世界の人にとってまさに災害なのだと実感した。
どれだけの命が失われたのだろう?神様よ。ゲームなんてしている場合か?
1 気付けば避難民だった
「擦り傷がいくらかあっただけでした」
ユーレリアさんの質問に、簡潔に答える。…見れば見るほど、綺麗な人だ。
しばし、眼前の麗人に見惚れた。
あれから数時間ほど眠りこけ、目を覚ますとすっかり日が傾いていた。見計らったかのように食事の用意ができたと呼ばれ、従業員用の食堂の席に着けば、ホワイト・ローズのオーナーである彼女が、向かいの席で食後のお茶を飲んでいたのだ。
「遠慮しなくていいのよ?」
気遣わしげに眉根を僅かに寄せ、頬に手を添える。その仕草すら、目を引き付けられた。
「いえ、本当に擦り傷だけでしたから」
「あら、そう?もっと酷そうに見えたのだけど」
「……」
苦笑いしかない。
掠り傷だけだったのは本当だ。服の破れ具合とは合っていないけれど。髪も所々切れてバサバサだけれど。とんでもなく疲弊していたけれど。
大きなところは修復した。細かいところはまあ、良いかーーそんな感じの状態だった。あの白い神様の性格が、まんま現れているのではないだろうか。
落ち着いたら神殿に出向いて、盛大に文句言ってやる。
密かに決意したところで、ユーレリアさんが席を立った。
「まあ、いいわ。貴女さえ良ければ、ゆっくりと、生活の目処が立つまで居て頂戴な」
婉然と微笑む様が、なんとも色っぽい。
う~ん。この人、何歳なんだろう?きっちり結い上げられた赤い髪はつややかで、三十代に見えなくもない。でもエメラルドの瞳は老練の光を湛えていて、五十代だと言っても納得できる。とにかく年齢不詳だ。娼館のオーナーという肩書きが、ハマりすぎる容姿だな。
ここへ来た私を部屋まで案内してくれたのがこの人だ。着替えを用意してくれたのも。風呂に湯を張ってくれたのも。もう感謝しかない。
「ありがとうございます」
改めて礼を言った。何度言っても足りやしない。
「ふふ。お構いなく。あ、そうだわーー」
ユーレリアさんが、更になにか口にしかけた時だった。
「まあっ!?貴女、無事だったのね!」
甲高い声が食堂に響いた。周りで食事中の美人さんたちが、一斉に声の方を見る。私もやはり、目を向けた。
視線を向けた先には、恰幅のいい御婦人が。こちらを見て、肩を震わせ立っている。どうやらたった今、食堂に入ってきたところのようだ。
「丁度良かったわ。彼女に貴女を紹介しようと思っていたの」
ユーレリアさんは私を見て微笑むと、婦人へ声をかける。
「ガラさん、こちらにどうぞ」
「あ、はい」
やや気後れした様子で返事をして、食堂の入り口に立っていた婦人はこちらへ足を向けた。
「貴女を知っているようね。話を聞くといいわ」
「あの…あの人は?」
「貴女と同じ避難者よ。ガラさんというの。どう?なにか思い出せそう?」
「あー、いえ…」
記憶がないことは、ここに来てすぐに話している。常識外れなことをしてもある程度見逃してもらうための、大事な予防線だ。
でも、そうか。私以外にも、受け入れた人がいるのは当たり前か。まったく考えていなかったことに呆れる。まいったな。どうやら、彼女ーーこの体の元の持ち主ーーの知り合いのようだ。いや、私は絶対知らんけどね。まあ、記憶喪失で押し通せばなんとかなるか。
「やっぱり!フランチェスカさん!」
ガラ婦人は近くに来るなり、私をまじまじと見てそう言い放った。
ーーフランチェスカ。それが彼女の名前なのか。
豪快で気風の良いおかみさん、というイメージを体現しているような姿のガラさんは涙ぐんでいた。促され、ユーレリアさんの隣、私の斜向いの席に着く。
「よく…よく、無事だったねえ」
「あ、あの…」
なんと言葉を返したものかと思っていると、見かねたユーレリアさんが話に入ってくれた。
「ガラさん、彼女は記憶を失っているの。よかったら、貴女が知っていることを話してあげてくれないかしら?」
「え?ま、まあ!?」
ガラさんは目を丸くし、それからなんとも気の毒そうな顔をして私を見た。
あの…ホントすみません。皆さんの想像するような苦労は、一切しておりません。ハイ。
それからすぐに食事が運ばれてきて、食べながらガラ婦人はフランチェスカのことを話してくれた。
曰く、フランチェスカは天涯孤独。カロという村のはずれで、薬師として生計を立てていた。薬師としての腕は上々で、ホドという隣村に住んでいたガラ婦人も、世話になっていたーーとのことらしい。
この話を聞いて、私が安堵したのは言うまでもない。彼女の家族に会うことを少なからず危惧していたし、なにより申し訳ないと思っていた。私は彼女の体を、勝手に自分のものにしてしまったのだから。
まあ、やったのは白い神なんだけど。あ、なんだかまた、怒りがぶり返してきた。
腹立たしい気持ちを食欲へ変換させ、ひたすら話を聞きながら口と手を動かした。ありがたいことに、コチラの食事は問題なく私の舌に合うようだ。ただ、まあ、和食がそのうち恋しくなるのだろうなとは思う。
「なんだか以前と印象が違うけど…元気そうで良かったわ」
食い気に走る私にガラ婦人が微笑んで、私は喉を詰まらせた。やっぱり?やっぱり、以前と違うと分かってしまう?
「ぐっ、ごほっ…」
「あらあら、落ち着きなさいな。意外とそそっかしいのね、貴女って」
ユーレリアさんがむせて咳き込む私を見て、呆れたように言う。ううっ、すみません。
「失礼しました」
そう言って頭を下げると、二人は笑った。う~ん…タイプは違えど、どちらもお母さんを思わせる。この二人、実は同年代?
その後、ガラ婦人のことを聞いた。彼女の旦那さんと息子さんは、現在行方が知れないらしい。男衆はギリギリまで島に残り、女子供を逃したので散り散りになってしまったのだ。そういえば最初に私が並んでいた列も、女子供、お年寄りばかりだった。
魔物の大量発生というのは、この世界の人にとってまさに災害なのだと実感した。
どれだけの命が失われたのだろう?神様よ。ゲームなんてしている場合か?
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