灰色の旅人

ふたあい

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 目の前には鞘に収まった一本の剣。私はその柄を握る。グッと力を込め、腕を上げたーーが…

 手にした剣は、すっぽ抜けた。

「ああっ、やっぱり?」
 思わず漏らした呟き。周りから声がする。
「ハハッ、嬢ちゃんにゃあ、無理だって」
「ここに来たなら、一度は試してみようってのが人情だよな」
「分かるわ~。私も何度か試したのよ」
「ママー、僕もやるー」
「あなたにはまだ早いわよ」
「ヤダー!やるー」
 おっと。いつまでもここを陣取っていては駄目だな。早く退けよう。周囲の人にペコリと頭を下げて、その場から離れる。人の少ない端の方へ行き、柵にもたれ掛かった。そして、そこからさっきいた場所を見る。

 小さな男の子が、地面に突き刺さった一本の剣にしがみつき、必死に引き抜こうとしていた。

「やっぱり、そんな都合よく抜けたりしないか…」
 呟いた。
 あの子供と同じことを、さっき私も試したのだ。結果はご覧の通り。すっぽ抜け。まあ、端から抜けるとは思っていなかった。なにせあの剣は、三百年前に勇者が手にしていたという聖剣なのだからーー

 …って、どこのゲームだよ?

 今、私は『ファシオの広場』に来ている。リズの町で最も賑わう通りに面する、この国で存在を知らない人はいないだろうと言われるほどの有名な広場だ。
 その有名たる所以がアレ。あの剣だ。なんでも勇者ファシオが、魔王を倒した時に手にしていた伝説の剣で、引き抜いた者を主と定めるのだとか。広場のど真ん中に刺さっていて誰でもお試し可という、客寄せパンダ的な存在と成り下がっている。

 頭痛がしてきた。

 魔王いたのかよ、目眩してきたわーー案内され、初めて話を聞いた時の感想を再び。
 柵にもたれ掛かる体を反転し、今度は肘をつく。町の様子が目に映った。
 目の前の大通りは商店が立ち並び、人で賑わっている。この町の光景を初めて見た時は驚いた。とても。
 一言で言うならファンタジー。物語の中に入り込んでしまったような…そんな錯覚を起こしていた。
 石畳の道。行き交う馬車。中世ヨーロッパを思わせる、建物と人々の装い。

 生前の記憶がないのに、己がいた場所とあまりにも違うと、驚く自分に驚いた。

 私の頭のリセット具合が妙に中途半端なのは、やっぱり、あの神様たちとの記憶のせいなのだろう。いっそのこと、一から生まれ変わらせてくれたら良かったのに。なんだか十九年分、損した気分だ。
 そう。この体はフランチェスカとして十九年生きていた。そしてそれを私が引き継いだ。
 ポケットから身分証を取り出し見つめる。


 フランチェスカ 十九歳
 人族
 ホルルカ島


 非表示となっていた名前の部分は、彼女の名を知った後で確認すると、きっちり表示されていた。
 違和感しかない。絶対違う。私の名前ではない。だけど、元の名前を思い出すことはもうないことも、何故か理解している。だから、これでいいのだ。
 フランチェスカとして生きていくーーのはいいとして、どうするこれから? 

 リズの町に来て三日経った。 

 身動きできないでいた。いつまでもホワイト・ローズに世話になるわけにはいかない。仕事を見つけなければ。とはいえ…
 手にした技能が当てにならない。ホント、なんなの?あの技能。働くにあたって、まったく役立ちそうにない。それどころか、お断りされそうな内容だ。そもそもあれは技能なのか?
 私が持っている技能は三つ。『他力本願』というふざけた適性に付随するもので『庇護』『魅了』『擬人化』という、使い所のまったく分からないものばかり。

 …神殿行くか。

 身の振り方が決まり落ち着いてからと思っていたが、どうにも気が収まりそうにない。この三日で町中は案内された。神殿の場所も把握している。ふと過ぎった考えが、とてもいい案のように思えてくる。

 待ってろよ!白い神。祭壇前で暴言吐きまくってやる。

 とりあえずの行動指針が決まり、意気揚々と広場を後にした。しかしーー
 それが悪かったのだろう。ケチをつけようとした相手は、曲がりなりにも神だったのだから。バチも当たるというもの。
 迷子になった挙げ句、あまり近付かないようにと言われていた通りに出てしまう。方向音痴ではなかったと思うのだけれど。呪いかなにかに思えてくる。
「早く抜けないと…」
 不安が声になった。女一人で、来る場所ではない。

 よりにもよって、傭兵ギルド界隈に行き着いてしまった。

 リズは比較的、治安の良い町だと聞いている。それでも、どこでもとはいかない。魔物のいるような世界だ。とある人々の需要があるのだ。
 それが、傭兵。
 荒くれ者も少なくない、傭兵ギルドがある付近はそんな場所柄だ。あきらかに私は場違いで浮いていた。すれ違う厳つい人たちに、不信の目を向けられる。「何故、お前みたいな小娘がいる?」と。すみません。すぐ立ち去りますので、ご容赦ください。歩調を速めた。
 無骨な盾や剣の看板の下がる店を通り過ぎ、見るからに怪しい道具屋に差し掛かる。一瞬、店内に意識が向いた。いや、だって、なにを売っているんだろうって、気になったもので。
 それが拙かった。
 余所見したのは一瞬。だけど私はすれ違う相手に、肩をぶつけてしまった。

「イテッーーおい、姉ちゃん」

 いかにもな濁声が響いた。あ、嫌な予感。
「すみません。不注意でした」
 穏便に済ませたい。けど、謝ったらダメな気も…恐る恐る足を止め、相手の男を見る。かろうじて二十代か?無精ひげにヨレヨレのシャツと、清潔とか爽やかという言葉とは無縁の姿だ。
「俺は今、虫の居所が悪くてなあ…」
 言いながら男は、私の顔を覗き込んできた。うわあ、期待を裏切らない人相。あまり近付かないでほしい。
 無言で後退った。すると相手は一歩近付いてくる。
「おい、ぶつかってきたのはそっちだろうが。失礼なんじゃねえか?」
 下卑た笑い顔で、更に一歩近付く。
「す、すみません…」
「そう思うならーー……」
 前へ乗り出し品定めするように、私の顔を見て口を開く男。
「…思うなら?」
「……」

 言いかけた言葉が途切れ、突然男の動きが止まった。

「え?あの…?」
 口を開いたまま、こちらをただ見ている。それが数秒続いた後ーー
「……た」
「え?」
「惚れた!結婚してくれっ!!」
 は、はい~っ!?
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