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夕方、部屋に戻ると、イーディスはまだ帰っていなかった。おそらくそこいらで、魔物を狩っているんだろう。依頼が跡を絶たないらしいから。
ここ数年、魔物の数は増加傾向であるという。
部屋を横切り、浴室の扉を開けた。中に入り湯を張ろうと、作り付けの棚に並んだ瓶から豆つぶほどの青い結晶を取り出し浴槽へ放り込む。途端に湯が底から湧き上がってきた。便利だな。これを初めて見た時は驚愕したっけ。そしてその私の様子に、ユーレリアさんが驚愕した。拙い。自分、思った以上に非常識だーーと気付いた瞬間だ。
電気もなければガスもない。だけど、不自由を感じない生活レベル。
ここでは魔法を結晶化して、生活に利用している。『結晶化』の技能持ちは一定数いるので、どこの家にも瓶詰めの結晶は、数種置いてあるという。
この部屋は、宿が長期滞在者用に貸し出していて、家具付き。魔法の結晶ーー『魔結晶』も定期的に補填してくれる。二人で住むには狭いということを我慢すれば、非常に快適な暮らしである。
便利であるということ、それは魔法を多用しているということだ。そうなるとーー
「まあ、当然と言えば当然なんだけど。魔素が薄まるんだよね」
漏れた心の声は、自分で思うより冷ややかに聞こえた。魔物の増加は必至なのだ。
バタンと扉の開閉音が響いた。イーディスが帰ってきたようだ。
「おかえり。私も今、帰ったばかりなんですよ」
「…」
…今日も無言で顔を見られた。
まだ数日にしかならないが、イーディスはこうして私が「おかえり」と迎えると、しばし黙り込んで顔を見つめてくる。毎回。そうしてしばらくするとーー
「エイデンのオッサンは明日、退院だったよな?」
普通に話し始める。その前の妙な間などなかったかのように。多分、無自覚。
「そうなんですよ。特に不具合もなさそうで、ホッとしてます」
「そいつは結構なことだ。しかし…あのオッサン、ついに何者か知れなかったな」
「プライバシーがありますからね。患者さんに個人的なことは聞けませんよ。まあ、治療院の個室を使っていたことから、良い家柄の人であることは想像つきますが」
「…どうにも胡散臭え。お前は面倒を引き込む傾向にあるしな…」
「聞き捨てなりませんね。自分だって同じでしょうに」
「ハッ、違いねえ。あのクソババア、今度死んだらぶっ潰す」
「無茶苦茶なこと言ってるって、分かってます?それよりお湯を張ってあるから、風呂へ入って。汗をかいてますよね?それから晩御飯を食べに出ましょう」
ここでは外食が一般的だ。実際、この部屋に台所はない。
「ああ…どうだ?一緒にーー」
「入るかーっ!」
つかつかと近づいて、その頬を抓ってやる。
「イテえっ」
イーディスが頬をさすりながら眉をひそめ、それでも口の端を上げた。器用な表情をするものだ…
面倒なのですぐ隣の宿の食堂で、夕飯は済ませることにした。早い、安い、そこそこ美味い、良い食事処だ。
イーディスと向かい合って食べる。目の前のこの男が実は聖剣だと思うと、とても不思議な気持ちに毎度なる。
…食べるの?そもそも、剣に栄養は必要なの?
湧き上がる疑問。イーディスに訊いたら、人の間は「腹も減るし、糞もでる」だそうだ。「コレ、『擬人化』ではなく、ただの『人化』なのでは?」と思わず返すと、「ただの人は剣には戻らねえだろ?」と言われた。ううむ、確かに。若干、屁理屈に聞こえなくもないが。
それにしてもよく食うな。肉の皿、三枚目だよ。っていうか、この肉なんの肉?甘辛ダレで美味しいけれど。あ~、米食いたい。ちなみに主食は味のない蒸しパンだ。肉まんの皮のトコ。
「これ、なんの肉ですかね?」
「猪豚だろ」
「…」
それは、普通なのだろうか?…よく食卓に上がるところをみると、普通なんだろうな。だったら家畜として育てている?ここの食糧事情どうなってるんだろ?
「なにを考えてんのか知らねえが、どうすんだ?」
「え?」
肉を凝視して考えていると、イーディスに呆れたように問われた。え?なにを?
「傭兵。なるのか?エイデンが退院したら、治療院に拘る必要もねえだろ?」
「その口ぶりだと、なって欲しいようですね?」
「まあな。お前、いかにも平和ボケした感じだが、ここでそれでは生き残れねえぞ?町を出て旅をしようってんなら」
「ーー!どうして私が旅に出たいなんて…そりゃあ、この町に定住するのは、なにか違うかなって感じてますけど」
「終の住処を探そうってんなら、放浪は当然だろ。俺はお前を守る立場だが限度がある。テメエで最低限、身を護る術を持て」
「そのための傭兵、ですか?」
「そうだ。俺の勘が確かならーー」
「確かなら?」
肩をすくめイーディスは苦笑しただけで、その先の言葉は口にしなかった。
夕飯を食べ部屋に戻ると、私は『庇護』を発動する。狭い部屋なので縮むのは理にかなっていると思うのだがーー
「おい。また縮むのかよ。何度も言うが、俺にそんな趣味はねーんだよ」
イーディスが不満あらわに言い募る。
「だから、ちぢむんじゃないですか。ちいさいほうが、ばしょをとらなくていいですし」
「チッ」
「けんにもどるよりは、いいんですよね?」
「…はあ。まあな」
そんなため息混じりに、肩を落とさなくても。
こんな調子だが、イーディスは私を本気でどうこうするつもりはない。それは分かっている。だけど、あわよくばという考えも、同時に透けて見える。悲しいかな男の性よ。簡単に絆されてはやらんよ。
「やってらんねえっ」
ボスンッと音を立て、イーディスはベッドに横になった。ベッドは一つ。ここ数日、私はイーディスにへばり付いて寝ている。もちろん幼児化したままで。
ブスは三日で慣れ、美人は三日で飽きるなどと言うがーー
偉いもので。美人だって三日で慣れるのだ。でも今のところ、飽きてはいないな。やっぱり眼福だ。
ここ数年、魔物の数は増加傾向であるという。
部屋を横切り、浴室の扉を開けた。中に入り湯を張ろうと、作り付けの棚に並んだ瓶から豆つぶほどの青い結晶を取り出し浴槽へ放り込む。途端に湯が底から湧き上がってきた。便利だな。これを初めて見た時は驚愕したっけ。そしてその私の様子に、ユーレリアさんが驚愕した。拙い。自分、思った以上に非常識だーーと気付いた瞬間だ。
電気もなければガスもない。だけど、不自由を感じない生活レベル。
ここでは魔法を結晶化して、生活に利用している。『結晶化』の技能持ちは一定数いるので、どこの家にも瓶詰めの結晶は、数種置いてあるという。
この部屋は、宿が長期滞在者用に貸し出していて、家具付き。魔法の結晶ーー『魔結晶』も定期的に補填してくれる。二人で住むには狭いということを我慢すれば、非常に快適な暮らしである。
便利であるということ、それは魔法を多用しているということだ。そうなるとーー
「まあ、当然と言えば当然なんだけど。魔素が薄まるんだよね」
漏れた心の声は、自分で思うより冷ややかに聞こえた。魔物の増加は必至なのだ。
バタンと扉の開閉音が響いた。イーディスが帰ってきたようだ。
「おかえり。私も今、帰ったばかりなんですよ」
「…」
…今日も無言で顔を見られた。
まだ数日にしかならないが、イーディスはこうして私が「おかえり」と迎えると、しばし黙り込んで顔を見つめてくる。毎回。そうしてしばらくするとーー
「エイデンのオッサンは明日、退院だったよな?」
普通に話し始める。その前の妙な間などなかったかのように。多分、無自覚。
「そうなんですよ。特に不具合もなさそうで、ホッとしてます」
「そいつは結構なことだ。しかし…あのオッサン、ついに何者か知れなかったな」
「プライバシーがありますからね。患者さんに個人的なことは聞けませんよ。まあ、治療院の個室を使っていたことから、良い家柄の人であることは想像つきますが」
「…どうにも胡散臭え。お前は面倒を引き込む傾向にあるしな…」
「聞き捨てなりませんね。自分だって同じでしょうに」
「ハッ、違いねえ。あのクソババア、今度死んだらぶっ潰す」
「無茶苦茶なこと言ってるって、分かってます?それよりお湯を張ってあるから、風呂へ入って。汗をかいてますよね?それから晩御飯を食べに出ましょう」
ここでは外食が一般的だ。実際、この部屋に台所はない。
「ああ…どうだ?一緒にーー」
「入るかーっ!」
つかつかと近づいて、その頬を抓ってやる。
「イテえっ」
イーディスが頬をさすりながら眉をひそめ、それでも口の端を上げた。器用な表情をするものだ…
面倒なのですぐ隣の宿の食堂で、夕飯は済ませることにした。早い、安い、そこそこ美味い、良い食事処だ。
イーディスと向かい合って食べる。目の前のこの男が実は聖剣だと思うと、とても不思議な気持ちに毎度なる。
…食べるの?そもそも、剣に栄養は必要なの?
湧き上がる疑問。イーディスに訊いたら、人の間は「腹も減るし、糞もでる」だそうだ。「コレ、『擬人化』ではなく、ただの『人化』なのでは?」と思わず返すと、「ただの人は剣には戻らねえだろ?」と言われた。ううむ、確かに。若干、屁理屈に聞こえなくもないが。
それにしてもよく食うな。肉の皿、三枚目だよ。っていうか、この肉なんの肉?甘辛ダレで美味しいけれど。あ~、米食いたい。ちなみに主食は味のない蒸しパンだ。肉まんの皮のトコ。
「これ、なんの肉ですかね?」
「猪豚だろ」
「…」
それは、普通なのだろうか?…よく食卓に上がるところをみると、普通なんだろうな。だったら家畜として育てている?ここの食糧事情どうなってるんだろ?
「なにを考えてんのか知らねえが、どうすんだ?」
「え?」
肉を凝視して考えていると、イーディスに呆れたように問われた。え?なにを?
「傭兵。なるのか?エイデンが退院したら、治療院に拘る必要もねえだろ?」
「その口ぶりだと、なって欲しいようですね?」
「まあな。お前、いかにも平和ボケした感じだが、ここでそれでは生き残れねえぞ?町を出て旅をしようってんなら」
「ーー!どうして私が旅に出たいなんて…そりゃあ、この町に定住するのは、なにか違うかなって感じてますけど」
「終の住処を探そうってんなら、放浪は当然だろ。俺はお前を守る立場だが限度がある。テメエで最低限、身を護る術を持て」
「そのための傭兵、ですか?」
「そうだ。俺の勘が確かならーー」
「確かなら?」
肩をすくめイーディスは苦笑しただけで、その先の言葉は口にしなかった。
夕飯を食べ部屋に戻ると、私は『庇護』を発動する。狭い部屋なので縮むのは理にかなっていると思うのだがーー
「おい。また縮むのかよ。何度も言うが、俺にそんな趣味はねーんだよ」
イーディスが不満あらわに言い募る。
「だから、ちぢむんじゃないですか。ちいさいほうが、ばしょをとらなくていいですし」
「チッ」
「けんにもどるよりは、いいんですよね?」
「…はあ。まあな」
そんなため息混じりに、肩を落とさなくても。
こんな調子だが、イーディスは私を本気でどうこうするつもりはない。それは分かっている。だけど、あわよくばという考えも、同時に透けて見える。悲しいかな男の性よ。簡単に絆されてはやらんよ。
「やってらんねえっ」
ボスンッと音を立て、イーディスはベッドに横になった。ベッドは一つ。ここ数日、私はイーディスにへばり付いて寝ている。もちろん幼児化したままで。
ブスは三日で慣れ、美人は三日で飽きるなどと言うがーー
偉いもので。美人だって三日で慣れるのだ。でも今のところ、飽きてはいないな。やっぱり眼福だ。
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