灰色の旅人

ふたあい

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4ー3

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 治療院の職員が一人、帰ってきた。おりしも退院するエイデンさんを、見送っていたタイミングで。これはもう、私に傭兵をやってみろということ。そう思えた。

 その二日後。申し送りを終えた治療院を後にして、私は傭兵ギルドへ足を向けていた。

 だんだんと、人通りが減ってゆく。裏通りの寂れた道。しまった。すれ違う相手に、過剰な警戒心を抱いてしまう。この間のような男には、絶対に遭遇したくない。イーディスに、一緒に来てもらえばよかった。
 そのイーディスは、今頃なにをしているのだろう?今日は依頼を受けていなかったようだけど。依頼のない日、昼間はなにをしているのやら。まあ、子供ではないのでーーそれどころか三百歳超だーーいちいち関知はしないけれど。

 トン、と。

 前方に注意しながら歩いていると、いきなり肩を軽くたたかれギョッとした。背後からだ。アカン。私、傭兵の才能ないわと、眉尻を下げ振り返る。するとそこにはーー

「あ…なあ、アンタどこかで…?」
 困惑気味に問うてくる男が立っていた。え?この人…

 出たーっ!この間の、言いがかり魅了男!張本人っ!

「あ…うあ、な、なにか?」
 口ごもり、どもる。今日はぶつかってないぞ?
 やっぱり、この通りは一人で歩いてはいけなかった。いや、でも傭兵になろうってんならそんなことは言ってられない。
「ああ?いや、なんだ。アンタ、前に会ったこと…」
「知りません!人違いです!」
 そそくさと踵を返す。
「あ、おいーー」
 背後から声がかかったが素知らぬふりして歩を進め、ビクビクしながら数メートル。すれ違う人を躱し、角を曲がった。
 どうやら追ってきてはいないと、そうっと建物の陰から男の方を覗き見る。すると魅了男は首をひねりながら、周辺をキョロキョロしていた。

 …んん?

 なんだろう。あの男、かなり挙動不審。まるで誰かを探しているよう。…私、ではないよな。目の前で角を曲がったのだから。
 いきなり人探しを始めた男を訝しく思ったが、まあなにか仕事中だったのだろうと、傭兵ギルドへそのまま向かった。ここまで来たのだ、ままよ。

 その後は何事もなく、無事に傭兵ギルドへ着いた。そうそう絡まれては堪らない。空気になりきったつもりで歩いた。今後のためにも、それが功を奏したと思いたい。

 傭兵ギルドは酒場の様相を呈していた。

 こぢんまりと、薄汚れた、場末の、安い酒の出てきそうな、そんな場所。
 一つ違いを上げるならば、壁。窓のない壁側の一面が掲示板となっている。そしてその壁には、様々な仕事依頼が書き出され貼ってあった。
 そこにいる厳つい人たちは、真っ昼間だというのに酒を呷っている。まあ~私の存在の浮いてること、浮いてること。

 と、思ったのだけど…

 私の存在は完全スルーされていた。入口の扉を開け、入った時から。目を向けた人も数人いた。だけどすぐに視線を元に戻し、無関心となった。え?若い女がここに来るって、珍しくないの?
 意外だった。気を張る必要などなかったのかもしれない。よくよく考えれば、必要とされ町にいる人たちだ。失礼しました。
 な~んだ、二の足を踏んで損したわと、安堵したところで気付いた。隅の席でちびりちびりと酒を飲む、私同様浮いている、というか、やたらと目立つ者の存在に。
 そこへとまっすぐ行く。席の手前まで来たところで、私に見向きもせず手酌しているその男に声をかけた。
「イーディス」
「ーー…っ!?」

 ガタンッ。

 え?

 胡乱な目でこちらを見上げてきたイーディスは、驚愕の顔へと変貌した後、馬鹿みたいに勢いよく立ち上がった。拍子に座っていた椅子が倒れ、派手な音を立ててしまうほどに。

「なっ?フラー!?」
「え、ええと?…来ました。傭兵になりに…」
「いや、待て!?お前、どこから来た?」
「へ?」
「どこからここに入ってきたか訊いてるんだ」
「え…?入口から、だけど…」
 なんだなんだ?こんなに焦ったイーディスは初めて見るぞ?私なにかやらかしたのか?

 ざわりと、周囲の空気が変わった。

「おい…」
「ん?なんだあ?」
「は?いつの間に」
「おい?イーディス、そこの嬢ちゃんはーー」
 方々から疑問の声が上がってくる。しかしーー

「うっせえ。俺が連れ込んだ。文句あるか?」

 周囲のざわめきに対しイーディスが声を低めて答えると、ピタリと収まり静寂が訪れた。え?なにコレ。なんか恐れられてない?
「ちょっと、イーディス?」
 小声で尋ねる。
「初日に人の顔見て、馬鹿にしてきやがったんでな。軽くシメといた」
 しれっと答えが返ってくる。あー、なんか想像つくわ。見た目は上品そうだもんなあ、この聖剣サマは。
「それよりこっちに来い」
「え?」
 いきなり私の手を引いたかと思うと、イーディスはカウンターに向けて声をかけた。
「部屋、借りるぞ」
「ここでいかがわしいことは、ご遠慮くださいよ?」
「わーってるよ」
 カウンターに立っていたバーテンふうの男が、とんでもない返事をしてくれるのに対し、イーディスが軽く流す。そしてあれよあれよという間に、私は奥の個室に連れ込まれてしまった。

 なるほど。個人的なことを話すための部屋なのか。

 応接セットの置かれただけの部屋を見て、納得した。依頼によっては、人に聞かれてはいけないものもあるだろう。そのための部屋だと理解した。ということは、なにか聞かれては拙い話があるとーー

「身分証を見せてみろ」

 部屋を見回す私に、イーディスが言った。
「え?」
「お前、またおかしな技能を発動させていただろう?」
「ええっ?なに言ってーー」
「あそこまで近付かれて、俺が気付かなかったんだぞ?間違いねえ。なにかしら力が働いてる」
「え?気付かなかったって、さっき声をかけた時のこと?」
「そうだ。誰もお前の存在に気付いてなかった。本来なら、お前みたいな女が入ってくれば騒ぐんだよ、アイツらは。さっさと身分証出せ」
「…」
 あー、なんかまた厄介事が起こった?嫌だなあと思いつつ、身分証を取り出す。言われるままに表示を変えてみればーー


 技能   技能拒絶 認識阻害


 …あ。空気になりきって歩いたの、反映されてた。
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