灰色の旅人

ふたあい

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 『庇護』にしろ『性別反転』にしろ。着ている物は、そのまま姿に合わせて伸び縮みする。ここしばらく、スカート姿をやめておいたのは正解だった。
 いくら爽やか王子でも、それはいただけない。ましてやローレッタさんが『ラチェ』にとくれた、彼女のお下がりのゴスロリなどもってのほかーー


「ありえねえっ。ありえねえっ!」
 ラズロが喚きながら、短剣を繰り出してくる。
「いや、これが現実」
 軽くあしらいながら、しれっと返した。
「いいやっ!ありえねえっ!どストライクの女だと思ってたのによっ。男だと!?」

 …そんなことを思っていたのか。不審者として、すぐに殺そうとしたくせに。

 女の身としては非常に悔しい話なのだが、『性別反転』して男となった方が実力が数段上がる。だから私はこの男を叩くにあたり、『フランチェスカ』ではなく『フランツ』の姿をとった。なんかすっごく、不評を買ってるけれど。そんなモン、知ったこっちゃない。
「テメエはゼッテーぶっ殺す!」
「…」
 殺気を放ち、おそらく渾身の力で向けられたであろう攻撃を、なんなく止めてやった。もう力負けすることもない。それにしても…

 男に姿を変えたからといって、本当に男であるとは限らないだろうに。

 やはり勇者イコール、男のイメージなのだろう。まあいいけど。
「くそっ、なんなんだよ、お前は!」
 ラズロが私の反撃を受けて、距離を取る。さすっているところをみると、腕に痺れがきたようだ。
「なにって?勇者。分かっていて何故訊く?」
 鼻で笑ってやる。実力はこっちが上。但し、魔法がなければ。
「イヤミかよ」
 ラズロが視界から消えた。

《右後ろ》

 響く声の通りに瞬時に振り向き、刀を構える。同時にキィンと刃を弾く音。
「くっ!」
 歯噛みする声とともに、滑りながら後退る姿をラズロが晒した。
「空間を跳んでも無駄ですよ。イーディスには魔力の流れが見えている」
「うるせえっ」
 ラズロが顔を歪めるが、同様に私の方も顔が険しくなった。

 ああ、腹立たしい。本来なら、イーディスがこんな奴に傷を負わされることなどないはずなのに。

 イーディスは私の危機を感じて、あの瞬間遮るようにラズロとの間に立った。私の落ち度だ。私は私に腹が立って、仕様がない。

 だというのにーー

「お前が勇者だってんなら、何故俺たちの邪魔をする!?」
 右に左に。瞬間移動して短剣が襲う。
「容認できるわけないだろう!どれだけの人がそのために、命を落としたと思っている!?」
 既で攻撃をすべて受け止めた。
「必要な犠牲だ」
「必要な犠牲なんてない!」
「あるね!魔族がいる限り、魔物は消えねえ。放っておいても人は死ぬ。だったらそれを利用して、なにが悪い」
「そもそもそれが!」
「ーーっ!」
 受けた攻撃の反動を利用して、そのまま刀を返す。ラズロの手から、短剣が飛んだ。
「間違っている。魔物が生まれる原因は、魔族だけではなく人にもある」
「なんだと?」
「自分だって魔法を使うくせに、そんなことも分からないのか?」
 切っ先を向かい合う男の鼻先に向けた。
「テメエ…勇者のくせに、魔族の肩を持とうってのか?」
「勇者は…聖剣イーディスは、誰の味方でもない。ただ、自分の正しいと思うことを成すだけだ。そして私たちは、お前の行いを認めない!」

 背中を汗が伝うのが分かる。この男は見過ごせない。叩かなければならない。分かっているのに、これほどまでに怒っているというのにーー私は躊躇っている。

 いや、本当は分かっている。私に人は斬れない。

「くそっ!仕方ねえ」
 悪態をついたラズロの足元に魔法陣が光った。逡巡は僅かの間。だけどその僅かで転移魔法を完成させたらしい。
《クソが逃げんぞ!》
「え?いや、待て!それは駄目ーー」
 焦るイーディスと私。
「アッタマにくるが、プライドなんて持ち合わせてないんでな!逃げさせてもらう」
 勝ち誇った笑顔を、ラズロがこちらに向けた。
「ーー待て!」
 咄嗟に叫ぶ。
「あばよ!」
 ありきたりな捨て台詞。そしてーー

 が消えた。

「……」
「……」
 ラズロはそのまま、そこにいた。目を剥いて無言。
 私の方も絶句した。あれ?失敗してくれた?
《…魔法が打ち消された?》
 イーディスの声。打ち消された?
「なっ?おいっ?どうなってんだ!?魔法が使えねえっ」
 ラズロが足を踏み鳴らす。どうやら再度試みるも、失敗したらしい。
 そこでなにが起こったのか、思い当たった。

 『技能拒絶』だ。

 適性『努力次第』に付随する技能は、どれも汎用性が高い。私自身の持つ『魅了』を拒絶しただけでなく、ラズロの『空間魔法』も拒絶したようだ。
「逃しません」
 言い放ち、最初から発動しろよと、心中で舌打ちしながら刀を構える。だけど、どうする?斬り捨てることができない。意識を奪うだけというのは、この男相手には厳しいがーー

《問題ねえ。斬れ》
 響く。いつだって気弱になると、私を支えてくれる声が。

「イーディス…」
《忘れんな。斬れ味はお前の気持ちひとつだ》
「そう…か」
《俺に任せろ》
「…分かった!」
 前へ踏み込んだ。狼狽えながらも、ラズロが構えの姿勢を見せる。さすが傭兵、得物は一つではなかったか。クナイのような小型の刃物を手にしている。だけどーー

 そんなもの関係なく、刀を振り払った。

「ぐ、あ…」
 確かな手応えを感じた後、ラズロが呻いて倒れる。息をつく間もなく、屈んで確かめた。
「…血も出て、ない。生きてる」
《当然だろ。斬ったのはこのクソの気概だけだ。ま、当分目覚めないだろうから、然るべき所に突き出してやれ》
「そうですか。ふう」
 ようやく息をつき、『性別反転』を解く。フランチェスカに戻った。どうにもフランツの姿は落ち着かないのだ。
「妙に手応えがあったものだから、少し怖かったです。いや、信用してるけどね?」
《……》
「イーディス?」

 なんの音もなかった。いや。耳が拒絶していただけで、実際にはピキピキと音を立てていたのかもしれないが。

 イーディスが返事をしてくれないのを訝り、刀を掲げてみる。それからもう一度呼びかけようとしてーー

 手にした刀に、亀裂が入った。



12 勇者と聖剣
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