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35日目
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え?今ここで?
「な、な?昨日の美人、ギィの昔の女?」
カクカの台詞に、齧りついたフンモコの足を落としそうになった。技術塔の熊の言葉通り、フンモコは美味しい肉だった。
そうだよね。ヒヨコをいくら可愛いと思っても、チキンは食べるもんね。フンモコだって、食べちゃうよ。
と、イカン、イカン。話が逸れている。
醤油と味噌が恋しい今日このごろ…って、これも違う。カクカ!なんてことを言い出すんだ、お前は!
確かに私も、気にはなってる。昨日のギィの様子。あの清楚な美人との関係を。でもまさか、ここまでストレートに訊くなんて。子供の好奇心とは恐ろしい。
「久しぶりに会ったって感じだったけど、あの人、あの店の奥さんなんだって?」
更に畳み掛けてる。ちょっとカクカ、それくらいにしておいた方が、いいんじゃない?ギィの顔つき変わってきたよ?
私たちは親衛塔内食堂にて、昼食の真っ最中。隣にカクカ。その向かいには、ギィが座っている。この面子でテーブルを囲むことは、珍しくない。いや、常と言ってもいい。
これにフィルがいる時は、加わっている。彼は忙しいため、今日のように不在である方が多いが。
しかし、こんなに気まずいのは初めてかも。そして、こんなに周囲が聞き耳を立てているのが窺えるのは、私が初日にここへ座った時以来だ。
「なんだよ、だんまりか?あ、さては、こっぴどく振られたな?そうだよな。結構年上だろうしな、あの奥さんじゃーー」
「違う」
しつこいカクカに、ついに我慢しきれなくなったギィが一言返した。
「けどよ、昨日のあの動揺ぶり。なんかあんだろ?な、シロもそう思うだろ?」
げ!カクカ、こっちに振るな。知らんぷり決め込んでるってのに。私はノーコメント、ノーコメント。フンモコの足を咥えたまま、目を逸らす。
それでもカクカは止まらない。
「見栄はるなって。振られたことないって言ってたのなんてさ、忘れてやるって」
なるほど?
ああ、そうか。ギィは振られたことないのか。まあ、解らなくもないな。それで、カクカはやけに絡むと思ったら、それをちょっと面白くないと思っていたわけね。
「だから、違うと言っているだろうが。彼女は、陛……」
堪らず返そうとした言葉を、ギィは既のところで飲み込んだ。
へい…なんだって?
……。って!ああ、なるほどね。
「ああ、振られたのは主…ぐっ…」
私が思わず口走りそうになったその時、頭の上になにかが乗った。舌を噛みそうになって、むぐむぐと口を噤む。
「お前ら、楽しそうな話をしているなあ?」
そのまま頭を動かせなくて固まっていると、頭上から主上の声がした。
心なしか、ドスが効いているような、そうでないような…。
どっち?
テーブルを囲っていた面子はすぐさま、主上により揃って外へ連れ出された。
修練場の隅まで来たところで皆、腰を下ろすとしばし無言の間が続く。気まずい。何故こうなった?
昨日のギィと菓子屋の奥様ーーアールクレイさんだったか?紅茶の名前みたいなーーその人との様子を思い返す。
商品を包装する間に、二言、三言、言葉を交わしただけだった。「元気ですか?」とか、「変わりないですか?」とか、そんなもの。
最後に彼女は自分が店主の奥方であることをギィに告げ、寂しそうに笑った。それから私たちを、外まで見送ってくれた。
あの笑顔の意味。それは?
先程、私の頭の上に乗せられたのは、主上の分の昼食の皿だった。王様のくせに、しょっちゅう親衛塔にやって来ては、私たちと同じものを食べるんだよね、この人。それで今日も、絶妙のタイミングでやって来て、私たちを手にした皿ごと連れ出したというわけだ。
沈黙の後、笑顔で主上がギィに拳骨を落とした。
どうしたものかと考えて、取り敢えずそれで溜飲を下げようって?ギィも災難である。
申し訳なさそうに頭をさするギィ。その隣に座ったカクカは、好奇心丸出しで二人を交互に見ていた。
カクカの興味を逸らすのはもはや不可能と悟ったのか、主上はアールクレイさんとのことをあっさり白状した。
「つまり。あの奥さんに振られたのは、陛下だったんすね」
「ああ、そうだ」
容赦ないカクカの言葉に、主上は諦めたように答える。子供の無邪気さは、時に残酷だ。
「俺は当時のお二人を知っている。本当に上手くいっていたんだ。けれど、陛下が陛下になってしまったから…」
ギィがフォローした。主上が観念したのを見て、これ以上黙っておく必要はないと見たのだろう。彼は主上の直接の部下だったので、彼女にもお世話になっていたらしい。
でも、今の話。それってーー
「婚姻の日取りまで、決まってたんだがな。間の悪いことに王に選出されちまって、破談になった」
苦笑して主上が、ギィの話を継ぐ。
「なんだよ?それ。王になったら、なんで破談になるわけ?いいじゃん、王妃だぜ?なにが駄目なんだ?」
カクカが敬語も忘れ、眉を釣り上げた。
あー、まあそうだね。カクカの言い分も、解らないではないね。
でもやっぱりね?それって気楽な公務員の妻に収まろうと思っていたら、相手がいきなり総理大臣になっちゃったって話なんだよ。
なんの前触れもなくファーストレディなんて、少なからず引くわ。特に女の結婚に打算は付きものだし。
「王妃なんて自信がないーーそう言われて、それきりだ」
ため息混じりに呟いて、それから主上はフンモコの足に齧りついた。
それきり、ね。
アールクレイさんの儚げな笑顔が、さっきからやけにチラつく。引くのは当然と考える一方、カクカ同様、私も納得しかねている。それきり…それきり…?
駄目だ。解せない。
「主上、それきりと言いましたが、その後に彼女とは会わなかったんですか?」
いらん世話と思いつつも、口を挟んでしまった。やめとけって。
「おい、シロ?」
ここまでだんまりを決め込んでいたのに、急に割って入った私に、カクカがきょとんとする。
「ああ、そうだ。会わなかった。どうしろと?占者の言葉は絶対で、断る術はなしなんだ」
返す主上は、諦めの苦笑。
……癇に障ったかも。
「会って、なにも言わなかったと?もしかしたら彼女は…『一緒に苦労してほしい』という、主上の言葉を待っていたかもしれないのに。…押しが足りない」
スルッと言葉がでてしまった。あ、コレやっちまった、だ。
言ってしまった、いまさらなことを。しかも最後の一言は、明らかに余計。
恐る恐る主上を見上げる。
なんとも言えないーーしいて言うなら、飼い犬に噛まれたような?ーー顔をして、こちらを見ていた。
多分、いや、絶対。私は主上の傷口に塩を塗り込んだ、と思う。
「な、な?昨日の美人、ギィの昔の女?」
カクカの台詞に、齧りついたフンモコの足を落としそうになった。技術塔の熊の言葉通り、フンモコは美味しい肉だった。
そうだよね。ヒヨコをいくら可愛いと思っても、チキンは食べるもんね。フンモコだって、食べちゃうよ。
と、イカン、イカン。話が逸れている。
醤油と味噌が恋しい今日このごろ…って、これも違う。カクカ!なんてことを言い出すんだ、お前は!
確かに私も、気にはなってる。昨日のギィの様子。あの清楚な美人との関係を。でもまさか、ここまでストレートに訊くなんて。子供の好奇心とは恐ろしい。
「久しぶりに会ったって感じだったけど、あの人、あの店の奥さんなんだって?」
更に畳み掛けてる。ちょっとカクカ、それくらいにしておいた方が、いいんじゃない?ギィの顔つき変わってきたよ?
私たちは親衛塔内食堂にて、昼食の真っ最中。隣にカクカ。その向かいには、ギィが座っている。この面子でテーブルを囲むことは、珍しくない。いや、常と言ってもいい。
これにフィルがいる時は、加わっている。彼は忙しいため、今日のように不在である方が多いが。
しかし、こんなに気まずいのは初めてかも。そして、こんなに周囲が聞き耳を立てているのが窺えるのは、私が初日にここへ座った時以来だ。
「なんだよ、だんまりか?あ、さては、こっぴどく振られたな?そうだよな。結構年上だろうしな、あの奥さんじゃーー」
「違う」
しつこいカクカに、ついに我慢しきれなくなったギィが一言返した。
「けどよ、昨日のあの動揺ぶり。なんかあんだろ?な、シロもそう思うだろ?」
げ!カクカ、こっちに振るな。知らんぷり決め込んでるってのに。私はノーコメント、ノーコメント。フンモコの足を咥えたまま、目を逸らす。
それでもカクカは止まらない。
「見栄はるなって。振られたことないって言ってたのなんてさ、忘れてやるって」
なるほど?
ああ、そうか。ギィは振られたことないのか。まあ、解らなくもないな。それで、カクカはやけに絡むと思ったら、それをちょっと面白くないと思っていたわけね。
「だから、違うと言っているだろうが。彼女は、陛……」
堪らず返そうとした言葉を、ギィは既のところで飲み込んだ。
へい…なんだって?
……。って!ああ、なるほどね。
「ああ、振られたのは主…ぐっ…」
私が思わず口走りそうになったその時、頭の上になにかが乗った。舌を噛みそうになって、むぐむぐと口を噤む。
「お前ら、楽しそうな話をしているなあ?」
そのまま頭を動かせなくて固まっていると、頭上から主上の声がした。
心なしか、ドスが効いているような、そうでないような…。
どっち?
テーブルを囲っていた面子はすぐさま、主上により揃って外へ連れ出された。
修練場の隅まで来たところで皆、腰を下ろすとしばし無言の間が続く。気まずい。何故こうなった?
昨日のギィと菓子屋の奥様ーーアールクレイさんだったか?紅茶の名前みたいなーーその人との様子を思い返す。
商品を包装する間に、二言、三言、言葉を交わしただけだった。「元気ですか?」とか、「変わりないですか?」とか、そんなもの。
最後に彼女は自分が店主の奥方であることをギィに告げ、寂しそうに笑った。それから私たちを、外まで見送ってくれた。
あの笑顔の意味。それは?
先程、私の頭の上に乗せられたのは、主上の分の昼食の皿だった。王様のくせに、しょっちゅう親衛塔にやって来ては、私たちと同じものを食べるんだよね、この人。それで今日も、絶妙のタイミングでやって来て、私たちを手にした皿ごと連れ出したというわけだ。
沈黙の後、笑顔で主上がギィに拳骨を落とした。
どうしたものかと考えて、取り敢えずそれで溜飲を下げようって?ギィも災難である。
申し訳なさそうに頭をさするギィ。その隣に座ったカクカは、好奇心丸出しで二人を交互に見ていた。
カクカの興味を逸らすのはもはや不可能と悟ったのか、主上はアールクレイさんとのことをあっさり白状した。
「つまり。あの奥さんに振られたのは、陛下だったんすね」
「ああ、そうだ」
容赦ないカクカの言葉に、主上は諦めたように答える。子供の無邪気さは、時に残酷だ。
「俺は当時のお二人を知っている。本当に上手くいっていたんだ。けれど、陛下が陛下になってしまったから…」
ギィがフォローした。主上が観念したのを見て、これ以上黙っておく必要はないと見たのだろう。彼は主上の直接の部下だったので、彼女にもお世話になっていたらしい。
でも、今の話。それってーー
「婚姻の日取りまで、決まってたんだがな。間の悪いことに王に選出されちまって、破談になった」
苦笑して主上が、ギィの話を継ぐ。
「なんだよ?それ。王になったら、なんで破談になるわけ?いいじゃん、王妃だぜ?なにが駄目なんだ?」
カクカが敬語も忘れ、眉を釣り上げた。
あー、まあそうだね。カクカの言い分も、解らないではないね。
でもやっぱりね?それって気楽な公務員の妻に収まろうと思っていたら、相手がいきなり総理大臣になっちゃったって話なんだよ。
なんの前触れもなくファーストレディなんて、少なからず引くわ。特に女の結婚に打算は付きものだし。
「王妃なんて自信がないーーそう言われて、それきりだ」
ため息混じりに呟いて、それから主上はフンモコの足に齧りついた。
それきり、ね。
アールクレイさんの儚げな笑顔が、さっきからやけにチラつく。引くのは当然と考える一方、カクカ同様、私も納得しかねている。それきり…それきり…?
駄目だ。解せない。
「主上、それきりと言いましたが、その後に彼女とは会わなかったんですか?」
いらん世話と思いつつも、口を挟んでしまった。やめとけって。
「おい、シロ?」
ここまでだんまりを決め込んでいたのに、急に割って入った私に、カクカがきょとんとする。
「ああ、そうだ。会わなかった。どうしろと?占者の言葉は絶対で、断る術はなしなんだ」
返す主上は、諦めの苦笑。
……癇に障ったかも。
「会って、なにも言わなかったと?もしかしたら彼女は…『一緒に苦労してほしい』という、主上の言葉を待っていたかもしれないのに。…押しが足りない」
スルッと言葉がでてしまった。あ、コレやっちまった、だ。
言ってしまった、いまさらなことを。しかも最後の一言は、明らかに余計。
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