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41日目
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パンダがいた。目の前に。
「カクカ、その目どうしたの?」
「なんでもねえよ」
プイと、カクカは顔を逸した。真っ直ぐが取り柄の彼には珍しい。
三日ぶりに親衛塔に来てみれば、やはりというか当然というか、私への風当たりは以前にも増して厳しく感じられた。
そしてカクカの、両目の周りにできた青痣。これは?
「納得いかねえ」
聞こえよがしにそう言って、向き合う私たちの横を近衛の一人であるアウラが通り過ぎた。彼はギィ班でカクカとは同期。二人は仲が良かったのだけれど…。
「しつけえぞ、まだやるか?アウラ」
そんな声も出るのか?と驚くほどの低い声で呟いたかと思うと、カクカが前を行くアウラの肩を掴む。
アウラが振り返った次の瞬間ーー
いきなり殴り合いが始まった。
よく見るとアウラの方もすでにパンダ目で、口元にはテープが貼られている。
「お前、本気でそんな人形の肩を持つのか!?」
アウラが私を指差す。
「テメエの目は節穴かっ!人形が動き回るかよ、ざけんな!」
カクカが吼えた。
「ふざけてるのはお前の方だ!誰のせいで、あの錬金野郎が逃げたと思う?」
「勝手に決めつけんな!どうしてコイツがやったと判る?」
「決まってんだろ!ノーツはソイツの親とも言える存在だ!」
やめてくれ。あの失礼千万錬金術師が親だなんて。願い下げだ。
なんて言ってる場合ではない!喧嘩の原因は、やっぱり私だったか。あわあわ。
どうしようかとオロオロしている内に、周りにいた誰かに突き飛ばされた。ドスンと尻もちを無様につく。
ええっ?
そしてなんてこと!
どこからわらわら現れたのか、喧嘩の参加人数が増えていく。標的は見たところ、カクカ一人。もう、ボコボコだ。
お前ら近衛のくせに、多勢に無勢を平気でやるのか!?
もう、アッタマ来た!
私は団子状になった喧嘩の群れに飛び込み、すかさずカクカを引っ張り出して逃げた。
その間に、一人か二人、いや三人、四人…もっとか?殴り飛ばし、蹴り倒したけれど、知ったことではない。
さすが白雪。あれだけのもみくちゃ騒ぎが、スローモーションのように捉えられる。飛んでくる拳も、掴もうとする手も、すべて躱していった。
「お前はホントに可愛くねえ…」
ボロボロのカクカを背負って親衛塔を駆け出すと、耳元でそう呟かれた。私はもう、泣きそうになるのを堪えるのに精一杯で、なにも言葉を返せない。
そこに声がかかった。
「シロ?どうした…って、なんだ?負ぶさってるのは、カクカか?一瞬、『子泣き爺』かと思ったぞ?」
目に溜まった涙も瞬時に乾く、気の抜けた台詞。顔を上げると、そこに立っていたのはフィルだった。
驚愕の事実その三。ここにも『子泣き爺』と呼ばれる妖怪がいる?
✢
学術塔の白魔術研究室の一つ、『救護室』と呼ばれるところに来た。初めての部屋だった。私を連れて、フィルがカクカを背負いここまで来たのだ。
白魔術というのは、いわゆる回復魔法のようなものだと知ってはいたけれど、まさか傷を負って本当にここに来るだなんて。
なんでも人の治癒力の及ぶ範囲ならば、白魔術は医術より何倍も治りが速いのだそう。
裏返せば治癒力で治せないものは、効果は得られない。あくまで白魔術は回復のためのものであって、病気や怪我を取り去るものではないということだ。したがって、医療技術は別物。それに関しては技術塔へどうぞだ。
小柄で小太りな白魔術師に、意外にピンピンしていたカクカを引き渡した。
ひと安心だ。
「あの。子泣き爺ってなんですか?」
落ち着いたところで、フィルに質問をした。非常に、気になったので。側にある衝立の向こうでは、カクカがなにやら詰問されながら手当を受けている。ちよっとそちらも、気にならないではないが。
「そこに食いつくか?」
フィルが呆れた顔をする。まあそうだな、確かに。
だけどカクカは平気そうだったし、これが気になって仕方がないのだ。
子泣き爺だよ?妖怪だよ?そんな言葉が飛び出すなんて、まさか思ってもみなかった。
ここでの言語に関しては、私の中で一つの推論が出来上がっている。
『見える』『聞こえる』、それらの認識は、まず脳を通して伝達される。そしてその脳が、超の付く高性能だとしたら?
つまり、なにが言いたいかっていうと、言語は脳内で自動翻訳が行われているのでは?ということだ。
だから知らないはずの、ここの言葉も理解できるし、文字も読めるというわけ。
そしてそれは、私の意識が少なからず影響していて、私自身が理解しやすい言葉を選んでいる節がある。
ただ、目覚めてすぐにそれは可能だったのだろうかという疑問はある。解析データ皆無の状態で、いくら高性能とはいえ翻訳できただろうか?そこだけが解せない。
やはり、言葉が理解できるのには別な理由がある?
駄目だ。深く考えるのは、今はやめよう。
そんな考えがあって、今の私は白雪の脳が『子泣き爺』と翻訳したなにかが、気になっている。
考えすぎて眉尻を下げた私に、フィルがクスリと笑みをこぼした。うっ、動悸が。
「子泣き爺っていうのは、俺の故郷にいると云われる海の番人だ。言い伝えの、架空の生き物だな。人型で子供と同じ身の丈、手足が長く水かきがある」
呆れながらもフィルは答えてくれた。
そして私は考える。しかしそれでは、河童か半魚人だ。なんだってまた、『子泣き爺』と呼ばれている?
「海の、番人ですか?」
「そうだ。子供が一人で沖に出ようとすると、波打ちまで引きずり戻し、浜に上がるまで覆いかぶさって離れない。それでも海に入ろうとすると、その身はどんどん大きく重くなり、子供の声を真似、大音量で泣きわめき人を呼ぶと云われている。小柄なお前に、どっしりとカクカが負ぶさっているのを見て、咄嗟に連想してしまった」
「は…あ?」
なんと返してーー大音量が洒落にならん、とは思ったがーーよいのやら。
なんだろう?事態の捉え方に温度差があるような気がする。カクカの状態はここに運ばれるまで、私的に深刻なものだったのだけれど。フィルの方は、そこまで思っていない?あのカクカの状態を見て、出てくる感想がそれ?
まあ、ここでこんな質問をしている私も大概か。
でも、何故『子泣き爺』なのかは理解した。
「子供の頃、よく言われたよ。海で悪さをしたら、子泣き爺が来るぞってな」
フィルが笑う。
思考停止。私の心臓が、またドクンと音を立てた。
「へえ、初めて聞いた。俺の故郷には、そんなものいなかったっすよ」
いつの間に治療を終えていたのか、カクカが突然話に入ってきた。
あれ?パンダではなくなっている。すごいな。白魔術というやつは。
「危険な海流が近くにあった、俺の故郷特有の言い伝えだ。むやみやたらと海に入らぬよう、子供を戒める必要があったためだろう」
「ふうん。面白いっすね」
そう言いながら頷くカクカの、元気そうなこと。
いろいろ引っかかるものはあるけれど、とりあえず安心した。
「カクカ、その目どうしたの?」
「なんでもねえよ」
プイと、カクカは顔を逸した。真っ直ぐが取り柄の彼には珍しい。
三日ぶりに親衛塔に来てみれば、やはりというか当然というか、私への風当たりは以前にも増して厳しく感じられた。
そしてカクカの、両目の周りにできた青痣。これは?
「納得いかねえ」
聞こえよがしにそう言って、向き合う私たちの横を近衛の一人であるアウラが通り過ぎた。彼はギィ班でカクカとは同期。二人は仲が良かったのだけれど…。
「しつけえぞ、まだやるか?アウラ」
そんな声も出るのか?と驚くほどの低い声で呟いたかと思うと、カクカが前を行くアウラの肩を掴む。
アウラが振り返った次の瞬間ーー
いきなり殴り合いが始まった。
よく見るとアウラの方もすでにパンダ目で、口元にはテープが貼られている。
「お前、本気でそんな人形の肩を持つのか!?」
アウラが私を指差す。
「テメエの目は節穴かっ!人形が動き回るかよ、ざけんな!」
カクカが吼えた。
「ふざけてるのはお前の方だ!誰のせいで、あの錬金野郎が逃げたと思う?」
「勝手に決めつけんな!どうしてコイツがやったと判る?」
「決まってんだろ!ノーツはソイツの親とも言える存在だ!」
やめてくれ。あの失礼千万錬金術師が親だなんて。願い下げだ。
なんて言ってる場合ではない!喧嘩の原因は、やっぱり私だったか。あわあわ。
どうしようかとオロオロしている内に、周りにいた誰かに突き飛ばされた。ドスンと尻もちを無様につく。
ええっ?
そしてなんてこと!
どこからわらわら現れたのか、喧嘩の参加人数が増えていく。標的は見たところ、カクカ一人。もう、ボコボコだ。
お前ら近衛のくせに、多勢に無勢を平気でやるのか!?
もう、アッタマ来た!
私は団子状になった喧嘩の群れに飛び込み、すかさずカクカを引っ張り出して逃げた。
その間に、一人か二人、いや三人、四人…もっとか?殴り飛ばし、蹴り倒したけれど、知ったことではない。
さすが白雪。あれだけのもみくちゃ騒ぎが、スローモーションのように捉えられる。飛んでくる拳も、掴もうとする手も、すべて躱していった。
「お前はホントに可愛くねえ…」
ボロボロのカクカを背負って親衛塔を駆け出すと、耳元でそう呟かれた。私はもう、泣きそうになるのを堪えるのに精一杯で、なにも言葉を返せない。
そこに声がかかった。
「シロ?どうした…って、なんだ?負ぶさってるのは、カクカか?一瞬、『子泣き爺』かと思ったぞ?」
目に溜まった涙も瞬時に乾く、気の抜けた台詞。顔を上げると、そこに立っていたのはフィルだった。
驚愕の事実その三。ここにも『子泣き爺』と呼ばれる妖怪がいる?
✢
学術塔の白魔術研究室の一つ、『救護室』と呼ばれるところに来た。初めての部屋だった。私を連れて、フィルがカクカを背負いここまで来たのだ。
白魔術というのは、いわゆる回復魔法のようなものだと知ってはいたけれど、まさか傷を負って本当にここに来るだなんて。
なんでも人の治癒力の及ぶ範囲ならば、白魔術は医術より何倍も治りが速いのだそう。
裏返せば治癒力で治せないものは、効果は得られない。あくまで白魔術は回復のためのものであって、病気や怪我を取り去るものではないということだ。したがって、医療技術は別物。それに関しては技術塔へどうぞだ。
小柄で小太りな白魔術師に、意外にピンピンしていたカクカを引き渡した。
ひと安心だ。
「あの。子泣き爺ってなんですか?」
落ち着いたところで、フィルに質問をした。非常に、気になったので。側にある衝立の向こうでは、カクカがなにやら詰問されながら手当を受けている。ちよっとそちらも、気にならないではないが。
「そこに食いつくか?」
フィルが呆れた顔をする。まあそうだな、確かに。
だけどカクカは平気そうだったし、これが気になって仕方がないのだ。
子泣き爺だよ?妖怪だよ?そんな言葉が飛び出すなんて、まさか思ってもみなかった。
ここでの言語に関しては、私の中で一つの推論が出来上がっている。
『見える』『聞こえる』、それらの認識は、まず脳を通して伝達される。そしてその脳が、超の付く高性能だとしたら?
つまり、なにが言いたいかっていうと、言語は脳内で自動翻訳が行われているのでは?ということだ。
だから知らないはずの、ここの言葉も理解できるし、文字も読めるというわけ。
そしてそれは、私の意識が少なからず影響していて、私自身が理解しやすい言葉を選んでいる節がある。
ただ、目覚めてすぐにそれは可能だったのだろうかという疑問はある。解析データ皆無の状態で、いくら高性能とはいえ翻訳できただろうか?そこだけが解せない。
やはり、言葉が理解できるのには別な理由がある?
駄目だ。深く考えるのは、今はやめよう。
そんな考えがあって、今の私は白雪の脳が『子泣き爺』と翻訳したなにかが、気になっている。
考えすぎて眉尻を下げた私に、フィルがクスリと笑みをこぼした。うっ、動悸が。
「子泣き爺っていうのは、俺の故郷にいると云われる海の番人だ。言い伝えの、架空の生き物だな。人型で子供と同じ身の丈、手足が長く水かきがある」
呆れながらもフィルは答えてくれた。
そして私は考える。しかしそれでは、河童か半魚人だ。なんだってまた、『子泣き爺』と呼ばれている?
「海の、番人ですか?」
「そうだ。子供が一人で沖に出ようとすると、波打ちまで引きずり戻し、浜に上がるまで覆いかぶさって離れない。それでも海に入ろうとすると、その身はどんどん大きく重くなり、子供の声を真似、大音量で泣きわめき人を呼ぶと云われている。小柄なお前に、どっしりとカクカが負ぶさっているのを見て、咄嗟に連想してしまった」
「は…あ?」
なんと返してーー大音量が洒落にならん、とは思ったがーーよいのやら。
なんだろう?事態の捉え方に温度差があるような気がする。カクカの状態はここに運ばれるまで、私的に深刻なものだったのだけれど。フィルの方は、そこまで思っていない?あのカクカの状態を見て、出てくる感想がそれ?
まあ、ここでこんな質問をしている私も大概か。
でも、何故『子泣き爺』なのかは理解した。
「子供の頃、よく言われたよ。海で悪さをしたら、子泣き爺が来るぞってな」
フィルが笑う。
思考停止。私の心臓が、またドクンと音を立てた。
「へえ、初めて聞いた。俺の故郷には、そんなものいなかったっすよ」
いつの間に治療を終えていたのか、カクカが突然話に入ってきた。
あれ?パンダではなくなっている。すごいな。白魔術というやつは。
「危険な海流が近くにあった、俺の故郷特有の言い伝えだ。むやみやたらと海に入らぬよう、子供を戒める必要があったためだろう」
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