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50日目
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なんの進展もないまま、十日近く経った。
なにもさせてもらえないまま、ダラダラと時が過ぎてゆく。さすがに焦燥感が募らなくもない。
擦り傷だの打ち身だの、それだけが日増しに増えていた。なんかもう、踏んだり蹴ったりだ。
だけど、それが気晴らしになっているのは事実だった。
「もう降参か?」
手にした剣を軽く払い、主上が口の端を上げる。その顔が憎たらしい。
「いえ、まだです!」
返して私は、再び主上に斬りかかった。真剣で。我ながらよくやる。
剣を交え、私たちは対峙する。そこには物騒にも、殺気に似た空気が漂っていた。
この数日、毎日こうして主上に稽古をつけてもらっていた。
とにかく身の潔白を晴らしたい、だけど自分ではなにもできないのが現状。それを愚痴ったら、こうなった。「とりあえず、今できることをしておくか」なんて言って、私に剣を突きつけたのだ。一瞬、殺されるのかと思ったよ。
部屋から広い庭へと続いている、主上の居住スペース。そこを稽古場としていた。
さすが王様、良い居室を持っている。ここならば、誰の目にもつかない。刺客の疑いがかかっている私が主上と剣を交えるのは、やっぱり拙いもんなあ。
ややあって、ピタリと刃を首筋スレスレにつけられた。
本日三度目。白雪の運動能力、センスをもってしても、このザマとは情けない。中身の私が悪いのか、それとも主上がすごすぎるのか。
折半としておこう。それなら精神的打撃も半分だ。今はこれ以上、落ち込みたくない。
「時間だ。今日はここまで」
「はい」
終りと言うか言わないか、主上は足早にその場を去っていく。忙しい時間の合間を縫って、私に付き合ってくれているのだろう。言うほどヒマではないのだ、王様業というやつは。
✢
主上がこっそり教えてくれた、秘密の抜け道。と言っても、茂みに穴を開けただけのものなのだけど。そこを通って庭を抜け出る。出るとその先に小さな池があった。
そこは私の密かなお気に入り。
王樣の庭園裏とあって人が来ないし、一帯が緑に囲まれていながら日当たり良好で、居心地がいいのだ。
ヒマを持て余しているものだから、そこで水面をボケッと小一時間ほど眺めるのが日課となっていた。ものぐさな私らしいと言える。
「わあああああんっ」
泣き声が聞こえ、驚いた。今日もいつも通り池のほとりで呆けようと思ったら、なんと先客がいるではないか。
「ゔあああ…」
それも子供だ。幼い、七、八歳くらいの。男の子?女の子?どっちか区別がつかないけれど、激しく泣いている。
どうしよう。
子供は苦手だ。どう扱っていいのか分からないから。
大体、何故こんなところに子供?誰か下働きの人の子供かな?辺りを見回してみたけれど、誰もいない。
本当にどうしよう。恐ろしいほど泣いている。怪我か?腹痛か?いや、ただの迷子か?とにかく放っておけない。
「あの、どうしたの?」
意を決して、声をかけた。
一瞬だけ、そう、本当に一瞬だけ、その子供は泣き止んだ。だけど私の顔をチラリと見ただけで、すぐにまた泣き始めた。手に負えない。
「ゔわああああんっ」
どうすればいいんだ?途方に暮れかけた時、子供の足元に落ちていたものに気付いた。あれはーークッキー?
クッキーだ。それも『砂糖の雫』の。一緒に落ちている薄桃色の包装紙は、間違いない!そうか。お菓子を落っことして泣いていたのか。
原因は解ったけれど、どうしよう?
こういう時、気の利いた言葉の一つも思いつかないというのは歯がゆい。だけど私という奴は、思いついたためしがないのだ。情けない。困った。
困った挙げ句、落ちていた包装紙を拾い上げた。
思った通り、いい具合に正方形に近い。泣いている子供の隣に座り込んで、鶴を折り始める。深く考えてのことではなかった。だけどーー
泣き止んだ。嘘のように。そして食い入るように、私の手元に見入っている。緊張するなあ。
記憶を頼りにーー折り紙なんて実に何年ぶりだろう?と、鶴を折る。ちゃんと折れるか心配だったけれど、それは無用だった。白雪は器用さも持ち合わせていた。
紙が柔らかくて少し不細工だけれど、紛れもない折り鶴の完成。よし。それを隣で目を皿のようにしていた子供に、差し出した。
「はい。どうぞ」
「え?あ……いいの?」
子供は更に目を見開く。
私がこくりと頷くと、子供は破顔した。よ、良かった!笑った。
「僕、アランサ!」
「え?あ、ああ…私は、シロ」
まさか、この呼び名を名乗ることになろうとは。
「シロ?……シロ!ありがとう!」
どうやら男の子らしいアランサと名乗った子供は、感心にも礼を言った。良くできた子供だ。お母さんの躾がいいんだな。よく見ると可愛い子供だ。栗色の丸い頭がキノコみたい。
「シロ、お礼する」
アランサが言う。
「え?いいよ、そんなの」
「ううん。お礼する。コッチ来て!」
突然、アランサが私を引っ張った。そして、茂みをかき分ける、かき分ける。まるで猫の散歩道を、強引に通行しているよう。
目的地に着いた時には、小枝まみれになっていた。アランサはというとーーいつも通っているのだろう、彼のサイズで道は開けていたからーーいくらか葉っぱが付いているだけだ。どうやら猫のではなく、彼の秘密通路だったよう。
そこはフンモコの飼育場だった。
ということは…ここは技術塔の裏側か。
「アランサ、ここって?」
「うん、あのねシロ。二十六日の真夜中過ぎに、ここに来て」
「え?」
「あそこに立ってね」
アランサは、フンモコの群れなす柵の中を指さした。
「え?え?」
「お礼!絶対受け取ってね、シロ」
「え?」
言うことを言って満足したのか、アランサは来た道を駆けていった。大事そうに、折り鶴を手にして。
✢
夜になって。
「あの…つかぬことを。今日って何日ですか?」
「二十三日だよ」
アケイルさんは答えてくれた。さらりと。
暦…どうなっているんだろう?
迂闊なことが訊けない。特に常識的なところが。出自を黙っているだけに。困ったな。
研究室の窓から空を見上げると、星が瞬いていた。暦といえば、やっぱり星の動き?
そういえば、流れ星をここに来てすぐの頃見たなと思いつつ、じっくりと夜空を見つめる。
毎夜見ている見慣れた空。だけど、かつて見ていたものとは違う、見慣れない空。
太陽も月もある。だけどそれでも違う空。二度と見ることのかなわない空がある。
白雪の記憶は鮮明だ。だけど、私の記憶はそうじゃない。
寂しさが込み上げる。まいったな。
大丈夫、大丈夫まだ。自身に言い聞かせる。するとーー
トクン、と。
心臓が大きく一度振動したかと思うと、胸が温かくなった。何故だが解らないけれど、気持ちが持ち直した。
図太いってことだろうか。
気を取り直して考える。
今日が二十三日なら、アランサが言ったのは三日後だ。
なにもさせてもらえないまま、ダラダラと時が過ぎてゆく。さすがに焦燥感が募らなくもない。
擦り傷だの打ち身だの、それだけが日増しに増えていた。なんかもう、踏んだり蹴ったりだ。
だけど、それが気晴らしになっているのは事実だった。
「もう降参か?」
手にした剣を軽く払い、主上が口の端を上げる。その顔が憎たらしい。
「いえ、まだです!」
返して私は、再び主上に斬りかかった。真剣で。我ながらよくやる。
剣を交え、私たちは対峙する。そこには物騒にも、殺気に似た空気が漂っていた。
この数日、毎日こうして主上に稽古をつけてもらっていた。
とにかく身の潔白を晴らしたい、だけど自分ではなにもできないのが現状。それを愚痴ったら、こうなった。「とりあえず、今できることをしておくか」なんて言って、私に剣を突きつけたのだ。一瞬、殺されるのかと思ったよ。
部屋から広い庭へと続いている、主上の居住スペース。そこを稽古場としていた。
さすが王様、良い居室を持っている。ここならば、誰の目にもつかない。刺客の疑いがかかっている私が主上と剣を交えるのは、やっぱり拙いもんなあ。
ややあって、ピタリと刃を首筋スレスレにつけられた。
本日三度目。白雪の運動能力、センスをもってしても、このザマとは情けない。中身の私が悪いのか、それとも主上がすごすぎるのか。
折半としておこう。それなら精神的打撃も半分だ。今はこれ以上、落ち込みたくない。
「時間だ。今日はここまで」
「はい」
終りと言うか言わないか、主上は足早にその場を去っていく。忙しい時間の合間を縫って、私に付き合ってくれているのだろう。言うほどヒマではないのだ、王様業というやつは。
✢
主上がこっそり教えてくれた、秘密の抜け道。と言っても、茂みに穴を開けただけのものなのだけど。そこを通って庭を抜け出る。出るとその先に小さな池があった。
そこは私の密かなお気に入り。
王樣の庭園裏とあって人が来ないし、一帯が緑に囲まれていながら日当たり良好で、居心地がいいのだ。
ヒマを持て余しているものだから、そこで水面をボケッと小一時間ほど眺めるのが日課となっていた。ものぐさな私らしいと言える。
「わあああああんっ」
泣き声が聞こえ、驚いた。今日もいつも通り池のほとりで呆けようと思ったら、なんと先客がいるではないか。
「ゔあああ…」
それも子供だ。幼い、七、八歳くらいの。男の子?女の子?どっちか区別がつかないけれど、激しく泣いている。
どうしよう。
子供は苦手だ。どう扱っていいのか分からないから。
大体、何故こんなところに子供?誰か下働きの人の子供かな?辺りを見回してみたけれど、誰もいない。
本当にどうしよう。恐ろしいほど泣いている。怪我か?腹痛か?いや、ただの迷子か?とにかく放っておけない。
「あの、どうしたの?」
意を決して、声をかけた。
一瞬だけ、そう、本当に一瞬だけ、その子供は泣き止んだ。だけど私の顔をチラリと見ただけで、すぐにまた泣き始めた。手に負えない。
「ゔわああああんっ」
どうすればいいんだ?途方に暮れかけた時、子供の足元に落ちていたものに気付いた。あれはーークッキー?
クッキーだ。それも『砂糖の雫』の。一緒に落ちている薄桃色の包装紙は、間違いない!そうか。お菓子を落っことして泣いていたのか。
原因は解ったけれど、どうしよう?
こういう時、気の利いた言葉の一つも思いつかないというのは歯がゆい。だけど私という奴は、思いついたためしがないのだ。情けない。困った。
困った挙げ句、落ちていた包装紙を拾い上げた。
思った通り、いい具合に正方形に近い。泣いている子供の隣に座り込んで、鶴を折り始める。深く考えてのことではなかった。だけどーー
泣き止んだ。嘘のように。そして食い入るように、私の手元に見入っている。緊張するなあ。
記憶を頼りにーー折り紙なんて実に何年ぶりだろう?と、鶴を折る。ちゃんと折れるか心配だったけれど、それは無用だった。白雪は器用さも持ち合わせていた。
紙が柔らかくて少し不細工だけれど、紛れもない折り鶴の完成。よし。それを隣で目を皿のようにしていた子供に、差し出した。
「はい。どうぞ」
「え?あ……いいの?」
子供は更に目を見開く。
私がこくりと頷くと、子供は破顔した。よ、良かった!笑った。
「僕、アランサ!」
「え?あ、ああ…私は、シロ」
まさか、この呼び名を名乗ることになろうとは。
「シロ?……シロ!ありがとう!」
どうやら男の子らしいアランサと名乗った子供は、感心にも礼を言った。良くできた子供だ。お母さんの躾がいいんだな。よく見ると可愛い子供だ。栗色の丸い頭がキノコみたい。
「シロ、お礼する」
アランサが言う。
「え?いいよ、そんなの」
「ううん。お礼する。コッチ来て!」
突然、アランサが私を引っ張った。そして、茂みをかき分ける、かき分ける。まるで猫の散歩道を、強引に通行しているよう。
目的地に着いた時には、小枝まみれになっていた。アランサはというとーーいつも通っているのだろう、彼のサイズで道は開けていたからーーいくらか葉っぱが付いているだけだ。どうやら猫のではなく、彼の秘密通路だったよう。
そこはフンモコの飼育場だった。
ということは…ここは技術塔の裏側か。
「アランサ、ここって?」
「うん、あのねシロ。二十六日の真夜中過ぎに、ここに来て」
「え?」
「あそこに立ってね」
アランサは、フンモコの群れなす柵の中を指さした。
「え?え?」
「お礼!絶対受け取ってね、シロ」
「え?」
言うことを言って満足したのか、アランサは来た道を駆けていった。大事そうに、折り鶴を手にして。
✢
夜になって。
「あの…つかぬことを。今日って何日ですか?」
「二十三日だよ」
アケイルさんは答えてくれた。さらりと。
暦…どうなっているんだろう?
迂闊なことが訊けない。特に常識的なところが。出自を黙っているだけに。困ったな。
研究室の窓から空を見上げると、星が瞬いていた。暦といえば、やっぱり星の動き?
そういえば、流れ星をここに来てすぐの頃見たなと思いつつ、じっくりと夜空を見つめる。
毎夜見ている見慣れた空。だけど、かつて見ていたものとは違う、見慣れない空。
太陽も月もある。だけどそれでも違う空。二度と見ることのかなわない空がある。
白雪の記憶は鮮明だ。だけど、私の記憶はそうじゃない。
寂しさが込み上げる。まいったな。
大丈夫、大丈夫まだ。自身に言い聞かせる。するとーー
トクン、と。
心臓が大きく一度振動したかと思うと、胸が温かくなった。何故だが解らないけれど、気持ちが持ち直した。
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気を取り直して考える。
今日が二十三日なら、アランサが言ったのは三日後だ。
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