白雪日記

ふたあい

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56日目

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 湯の中で右手の甲をジッと見つめる。

 昨日まで刻まれていた行動を制限する召喚の術式は、跡形もなく無くなっていた。昼間、フルルクスに解いてもらったのだ。
 それは表向き、行方不明の占者を見つけた功として。ぶっちゃけるとその占者が「やだやだ、シロと外に出る~」と、駄々をこねたためだ。それが通ってしまうのが恐ろしい。いいのか?それで!
 主上曰く「せっかくの自由のチャンスだ、利用できるものは利用しておけ」なのだそう。

「よかったね、シロ」
 隣で湯に浸かっていたメルミルが言った。今日の彼女は上機嫌だ。なにか良いことでもあったのかと思ったら、それもそのはず。彼女の胸元に、壊れたという友達の形見が戻っていた。赤い石の付いたペンダントは、彼女の大切な思い出だ。
「メルミルも、よかったね。ペンダントが直って」
「ええ、そうなの。それもこれも…ありがとう。リセルさん」
「お役に立ててよかったわ」
 反対隣に腰を下ろすリセルさんが微笑んだ。

 やっぱり、『真夜中お風呂で女子トーク』は和むなあ。

 子供に野郎の集団。昼間は苦手なものとばかり、顔を突き合わせているからなあ。
 ホっと息をつく。
「綺麗な石だね。その赤いの」
 メルミルの胸元で揺れる、ペンダントトップを指差す。見たところ加工されたものではない。自然のままの、歪な赤い石。それが反って美しい、そう思った。
「これはね、フィーナの…死んだその子のお兄さんが、彼女に贈ったものらしいの。すごく大事にしていたわ。私も、大事にしなくちゃね」
 そう話すメルミルの顔は、どこか寂しげだった。

 もう十年。まだ十年。人の死はーー悲しい。

 しんみりと。リセルさんも私も黙り込むと、吹っ切るようにくるりと表情を変え、メルミルはいたずらっぽい笑顔を浮かべた。
「それにね…」
 上目遣いに私たち二人を、交互に見る。そうして一拍おいてから続きを口にした。
「この石って、地味だけど実はすごく高価なのよ。私の故郷のね、簡単には行けないところでしか採れないものなの」
「…『あかの破片』。やだ、ちゃんと価値を知ってたのね」
 リセルさんが呆れたように肩をすくめた。あかの…はへん?なんだそれ?と思うと、彼女は首を傾げた私に気付いてくれた。
「星の雫が結晶化したものよ。式熱としては、劣化してもう使えない形なのだけれど、宝石としての希少価値は高いわ。加工すると、限りなく透明な赤になるのよ」
「落ちた雫がね、大地に吸収されて長い年月放置されると、こうなっちゃうんだって。だけど近年では陽月下が回収して、すぐにエネルギー活用されちゃうでしょ?もう本当、珍しいのよ、この石」
 メルミルが補足してくれる。
 はあ、なるほど。星の雫は放置すると、ただの鉱物になってしまうのか。
「故郷にある…あ、海辺の小さな町なんだけど、その近くの小さな島で密かに採れる場所があったの。でも残念ながら、危険な海流に阻まれていてね」
 懐かしむように、メルミルが笑みを浮かべる。
「それじゃあ、採りには行けないね」
「そうなの!小さな頃は石欲しさにそこまで泳ごうとして、よく叱られたわ。『子泣き爺が出るぞ~』ってね」

 ん?あれ?また子泣き爺?

「やだ、『子泣き爺』って、なにそれ?」
 リセルさんは知らないよう。突然妙な単語が飛び出したものだから笑っている。だけど私は、当然のごとく受かんだ疑問を、口にせずにはいられない。あ、またドキドキし始めた。

「メルミルって、ガッサ班長と同郷なの?」

 私の質問に、メルミルが目を見開いた。
「ええ?なに、それ?初耳だよ?」
「いや、ガッサ班長も、子泣き爺の話をしていたから…」
「ええっ!?そうなの?私、フィル樣と同郷なのっ!?」

 ……フィル、樣?

 そこからどんどん話は逸れた。実に女の子らしい話題に。まさに女子トーク。
 どうやら、近衛フィル・ガッサ班長とギィ・レヴン班長、両名は城の女の子の人気を二分して得ているらしい。振られたことのない男、ギィよ。なるほど、浮名を馳せている。

 でも、そうか。

 やっぱりフィルも人気があるのか。まあ、分かってはいたけど。
 …なんでこんなに、気分が沈んでしまうのだろう。
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