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62日目(1)
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朝から主上がやって来た。
これからカクカと連れ立って、街へ情報を拾いに行こうとしていたところを足止めされた。
「悪いな、シロを借りていく」
いきなりやって来てそんなことを言うものだから、フィルが困った顔をする。
「陛下、前もって言ってくださらないと困ります」
「いや、悪い、悪い。急な用事でな」
「こちらはそうでなくても、人手不足なんですから」
「すまん」
主上は頭を下げた。
よく頭を下げる王様である。そんなところが、良いのだが。
そんなわけで、今日は主上と行動をともにすることとなった。
占者塔へ向けて進んで行ったので、アランサに会いにゆくのだと予想する。なるほど、また彼が駄々をこねたのだろうと。
あれから占者たっての願いで、主上や護衛役のギィを交え何度か会っていたのだ。
だから占者塔を通り抜け、北門の前で主上が足を止めたことに驚いてしまった。
「え?街に出るんですか?」
通常、外へ出る時は、西門か正門脇通用口を利用する。なのに何故、今日は北門?北門は占者塔敷地内を通らなければならないので、普段は利用されないはずなんだけど。
「ちょっと、な。目立ちたくないんだよ」
主上が笑う。
目立ちたくないもなにも、今ここって滅茶苦茶警備が厳重で、人がわんさかいるんですけど?逆に目立ってないか?王様がわざわざ裏門通るなんて。
そんな私の疑問を察したのか、主上が付け加える。
「ギィの部下ばかりだ。大丈夫」
そうかなあ?人の口に戸は立てられないぞ?と思ったけれど、あえてなにも言わないことにした。
口は災の元だ。
思うところはあったけれど、通用門をくぐった。門を抜けた先は、一の郭と呼ばれるところ。そこには、お偉い執政官たちの住居が並んでいる。その一の郭を抜けると二の郭。貴族や、式術師、軍部上官の住まうところ。言ってみれば、一の郭と二の郭は、閑静な高級住宅地だ。
そして、その先がようやく城下。ちなみに正門は、この二つの外郭をぶった切って直接街に出られる。
主上は真っ直ぐに街へと抜けていった。どこへ向かう気なのやらと、思っていたのだけれどーー
ん?あれ?この方向って、まさか。
まさか?
そのまさかだった。目の前にぶら下がる看板に、軽いめまいを覚える。嘘でしょう?
ここって…『砂糖の雫』ではないか!
✢
「ごめんなさいね、忙しいのに呼び立ててしまって」
菓子店『砂糖の雫』奥にある一室。おそらくは居間と呼ばれるところ。
「それにしても…女の子のだったのね。どうりで、綺麗な子だと思った」
暖炉にマントルピース上の小鳥の置物。簡素な木製家具に手作りクッション。誰の似顔絵なのやら、額に入った子供の落書き。
温かい場所。住む人の人柄が窺えるような、そんな。
「さあ、どうぞ。新作の試作品なの」
目の前に、お茶とお茶菓子。紅茶とナッツの乗ったパウンドケーキ。勧められるままに、ぱくりと一口。
味がしない。ああ、逃げたい。
「こんなことでしかお礼できなくて、心苦しいのだけど…」
機械的にケーキを口に運ぶ。
ああ、帰りたい。
「本当にありがとう」
いえいえ、どういたしまして……って、え?ええっ!?なに?なんでお礼なんて言われちゃってるの、私?
「あの?一体、なにを?」
ようやく我に返った私は、向かいに座るアールクレイさんに問うた。
どういうことだ、この状況?
主上に連れられ『砂糖の雫』へ来て、この部屋に通されて、アールクレイさんにお礼を言われる。
わけが分からない。おまけに主上は私を置いて、さっさと帰ってしまうし。
「解らない?貴女は私の七年来の心残りを、取り除いてくれたのだけれど」
「心、残り…?」
「そう。七年前、あの人が王に選ばれた時、『王妃が私でも構わないですか?』と、素直に問えなかった私の」
なんと!?
ああ、やっぱりそうだったのか。アールクレイさんは、主上について行きたかったんだ。
だけどそれは、他人がどうこう言うものではない。私は要らんことを言っただけ。そのため、気まずいばかり。礼を言われる筋合いはない。
「そんな困った顔をしないで。本当に感謝しているの。貴女が私の本当の気持ちを言い当ててくれたから、陛下は私に会いに来てくれた。私はようやく、あの人に謝ることができたの。そして、それはあの人も同じ」
だから口が滑っちゃっただけなんです。礼なんて言わないで。どうしよう。返す言葉が見つからず、視線を泳がせた。
「困らせてしまったわね。ごめんなさい」
「いえ…そんな。謝らなければならないのは、私で…。余計なことを言ったと…」
もう、しどろもどろ。頭が回らない。そんな私に、アールクレイさんは微笑む。だけど次の瞬間、一転して表情を変えた。
え?なに?
これからカクカと連れ立って、街へ情報を拾いに行こうとしていたところを足止めされた。
「悪いな、シロを借りていく」
いきなりやって来てそんなことを言うものだから、フィルが困った顔をする。
「陛下、前もって言ってくださらないと困ります」
「いや、悪い、悪い。急な用事でな」
「こちらはそうでなくても、人手不足なんですから」
「すまん」
主上は頭を下げた。
よく頭を下げる王様である。そんなところが、良いのだが。
そんなわけで、今日は主上と行動をともにすることとなった。
占者塔へ向けて進んで行ったので、アランサに会いにゆくのだと予想する。なるほど、また彼が駄々をこねたのだろうと。
あれから占者たっての願いで、主上や護衛役のギィを交え何度か会っていたのだ。
だから占者塔を通り抜け、北門の前で主上が足を止めたことに驚いてしまった。
「え?街に出るんですか?」
通常、外へ出る時は、西門か正門脇通用口を利用する。なのに何故、今日は北門?北門は占者塔敷地内を通らなければならないので、普段は利用されないはずなんだけど。
「ちょっと、な。目立ちたくないんだよ」
主上が笑う。
目立ちたくないもなにも、今ここって滅茶苦茶警備が厳重で、人がわんさかいるんですけど?逆に目立ってないか?王様がわざわざ裏門通るなんて。
そんな私の疑問を察したのか、主上が付け加える。
「ギィの部下ばかりだ。大丈夫」
そうかなあ?人の口に戸は立てられないぞ?と思ったけれど、あえてなにも言わないことにした。
口は災の元だ。
思うところはあったけれど、通用門をくぐった。門を抜けた先は、一の郭と呼ばれるところ。そこには、お偉い執政官たちの住居が並んでいる。その一の郭を抜けると二の郭。貴族や、式術師、軍部上官の住まうところ。言ってみれば、一の郭と二の郭は、閑静な高級住宅地だ。
そして、その先がようやく城下。ちなみに正門は、この二つの外郭をぶった切って直接街に出られる。
主上は真っ直ぐに街へと抜けていった。どこへ向かう気なのやらと、思っていたのだけれどーー
ん?あれ?この方向って、まさか。
まさか?
そのまさかだった。目の前にぶら下がる看板に、軽いめまいを覚える。嘘でしょう?
ここって…『砂糖の雫』ではないか!
✢
「ごめんなさいね、忙しいのに呼び立ててしまって」
菓子店『砂糖の雫』奥にある一室。おそらくは居間と呼ばれるところ。
「それにしても…女の子のだったのね。どうりで、綺麗な子だと思った」
暖炉にマントルピース上の小鳥の置物。簡素な木製家具に手作りクッション。誰の似顔絵なのやら、額に入った子供の落書き。
温かい場所。住む人の人柄が窺えるような、そんな。
「さあ、どうぞ。新作の試作品なの」
目の前に、お茶とお茶菓子。紅茶とナッツの乗ったパウンドケーキ。勧められるままに、ぱくりと一口。
味がしない。ああ、逃げたい。
「こんなことでしかお礼できなくて、心苦しいのだけど…」
機械的にケーキを口に運ぶ。
ああ、帰りたい。
「本当にありがとう」
いえいえ、どういたしまして……って、え?ええっ!?なに?なんでお礼なんて言われちゃってるの、私?
「あの?一体、なにを?」
ようやく我に返った私は、向かいに座るアールクレイさんに問うた。
どういうことだ、この状況?
主上に連れられ『砂糖の雫』へ来て、この部屋に通されて、アールクレイさんにお礼を言われる。
わけが分からない。おまけに主上は私を置いて、さっさと帰ってしまうし。
「解らない?貴女は私の七年来の心残りを、取り除いてくれたのだけれど」
「心、残り…?」
「そう。七年前、あの人が王に選ばれた時、『王妃が私でも構わないですか?』と、素直に問えなかった私の」
なんと!?
ああ、やっぱりそうだったのか。アールクレイさんは、主上について行きたかったんだ。
だけどそれは、他人がどうこう言うものではない。私は要らんことを言っただけ。そのため、気まずいばかり。礼を言われる筋合いはない。
「そんな困った顔をしないで。本当に感謝しているの。貴女が私の本当の気持ちを言い当ててくれたから、陛下は私に会いに来てくれた。私はようやく、あの人に謝ることができたの。そして、それはあの人も同じ」
だから口が滑っちゃっただけなんです。礼なんて言わないで。どうしよう。返す言葉が見つからず、視線を泳がせた。
「困らせてしまったわね。ごめんなさい」
「いえ…そんな。謝らなければならないのは、私で…。余計なことを言ったと…」
もう、しどろもどろ。頭が回らない。そんな私に、アールクレイさんは微笑む。だけど次の瞬間、一転して表情を変えた。
え?なに?
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