白雪日記

ふたあい

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93日目

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 深呼吸を一つ。それから扉を叩いた。

 ややあって、アケイルさんがのそりと部屋から出てくる。ノックしたのは、彼の研究室の扉だった。
「やあ、久しぶり。もしかして…リセル君に様子を見てくるよう頼まれた?」
 そうか。私とリセルさんが懇意にしているのを、アケイルさんは知っているか。ひょっとしたら彼の差し金で、リセルさんは夜中に入浴なんて真似をし始めたのだろうか?
 そうだよなあ。誰も好き好んで、無愛想なホムンクルスとなんて親しくなりたくはないだろうな…。

 あ、いかん。めり込んでいる場合ではない。

「いえ。心配はしていましたが、邪魔はしたくないと彼女は言っていました」
「そう……え、と…?」
 戸惑っている。「ならば、なにをしに来たのか?」そうハッキリと問わないのは、この人らしい。それは、聞きようによっては邪険に聞こえる。
「ちょっと確認に来ました」
「確認?」
「はい。アケイルさんが今、進めている研究というのは、還元術についてですか?それも、紅の破片に応用するという」

 鳩が豆鉄砲を食ったような、という顔をアケイルさんはした。ビンゴだ。

「何故…それを?陛下から聞いたのかい?」
「いえ。昨日偶然、紅の破片を目にすることがあって、それで気付いたんです。あの石も、元は星の雫だった、と」

 それは突然の閃きだ。還元術は生成物となった星の雫を、元の状態に戻す術。そして、紅の破片は劣化した星の雫。どちらも同じ、元は星の雫。応用できるのでは?と気付いたのだ。
「そうか。君は本当に勘がいい。でも、せっかく来てくれたのに悪いのだけど、研究は思わしくないんだ」
 自嘲の笑みを浮かべるアケイルさんを見て悟った。言うほど易くはないのだということを。それはそうだ。それが可能なら、皆やっている。雫確保は、式術師の最重要課題だ。

 それでもーー

「ノーツは完成させていたと思いますか?」
「もちろん。だからこそ彼は金を生成した。あの石は星の雫が凝縮した後、劣化したもの。成功すれば、資源として得られる規模が桁違いなんだ。……なんて偉そうに言ったけれど、陛下にこの研究を依頼されて、初めて気付いたんだよ、私は。おまけに…現状、立証できそうにない」

 ここへ来て改めて、ノーツを忌々しく思った。

 何故、あんな奴が天才なのだろう?

 そう。あの傲慢錬金術師は、市場に出回る紅の破片を買い占めるため、金を生み出し換金した。そしてその彼を偶然、市で見かけ捕らえたのがーー

 グッと、拳を握りしめた。

 書類管理室で見た、ノーツの称号剥奪の経緯を記す資料の内容を辿る。……やはり、間違いない。白雪が記憶を違えるはずもない。胸が、ザワつく。
 このザワつきは、不安だ。これで主上の曖昧な物言いにも説明がついた。

 もしも、この不安が的中ならばーー

「シロ?」
 黙り込んだ私を、アケイルさんが心配そうに見ている。『シロ』か。彼は私の名前を、もう考えてくれたのだろうか?

 今はどうでもいい疑問がよぎった。
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