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92日目(2)
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私がメルミルに追いつくのは簡単だ。だけど、一定の距離を保って彼女を追った。
追いついたところで、かける言葉を持っていなかった。どうして私は、こうも不出来なのだろう?白雪ほどの、頭の回転の良い身体を得ながら、この体たらく。泣きたい。
学術塔へ向かう道を途中で折れ、メルミルは西門方向へ駆けてゆく。そこで反対側からやって来る人の姿に気が付いた。おそらく西門を通って今、城に帰ってきたのだろうその人は、フィルだった。駆けるメルミルの向こう、かなり距離があったが白雪の目は判別している。ましてや、あのフィルを見間違えるはずがない。思わず叫んでいた。
「ガッサ班長!彼女を止めてください!」
いきなり叫ばれたフィルは多分、私がなんと言ったかなど聞き取れなかっただろう。だけど状況だけでそれを判断してくれた。こちらに向けて駆け出したかと思うと、メルミルの正面に立ち、彼女の手を掴んだ。メルミルは突然の成り行きに、呆然と動けなくなっていた。
ひと安心。城から出るのは、拙いと思っていたから。
急いで二人に駆け寄ると、メルミルはぽかんとしてフィルを見つめていた。その目は赤く腫れていて、頬には幾筋もの涙の痕が。痛々しい。そして、フィルの方もぽかんとメルミルを見つめていた。その目に、動揺の色が浮かんでいる。
様子がおかしいーー即座に思った。
「あの…?」
私が問う前に、メルミルが疑問の声を上げた。自分の腕を掴んでいるフィルが、ただならぬ様子であることに彼女も気付いたらしい。
「何故、君がそれを持っている?」
フィルが厳しい口調で言った。
「え?」
メルミルが僅かに顔をしかめる。掴まれた腕に、痛みを感じたよう。
「その紅の破片は…俺がフィーナに贈ったものだ。何故、君がそれを持っている!?」
「え…それじゃ……フィル様が、フィーナの…?」
メルミルの胸で、彼女の友達が遺したペンダントがーー赤い石が、揺れた。
胸がざわめき、爪を立てられたような痛みを訴えた。
✢
また星が流れた。
空を仰ぎはしたが、星の行方などどうでもいい。ただ、星が落ちた。そう思った。
感じる。予感がする。
触れてはいけないものに触れてしまった、そんな気がする。
足を止めた。
「シロ?」
呼び声に振り向くと、リセルさんがいた。
「どうしたの?お風呂、行かないの?」
「あ……いえ、行きます」
視線を落とし、再び湯場へ向けて歩を進めた。
予想通り、メルミルはいなかった。今夜は来ない、そう確信していた。リセルさんが首を傾げる。一緒に入り始めてから今日まで、一日も欠かさずメルミルは来ていたからだ。
今夜、初めてメルミルが欠けた。
「メルミル…ずっと様子が変だったわね。シロ、貴女は貴女で、彼女が来ないことを知っていたみたいね。なにがあったの?」
リセルさんが言う。
鋭い。
メルミルが来ないことに、あえて疑問の声を上げなかったためでもある。リセルさんには、夕方なにがあったのか話すつもりだった。
「実はーー」
話した。なにもかも、というわけにはいかなかったけれど、話せる範囲の事柄は全部。
ギィと厨房に入ったこと。メルミルが意地悪をされていたこと。その後、逃げ出した彼女をフィルに止めてもらったこと。メルミルの失くした友人が、フィルの妹であったこと。
リセルさんは驚いた。同郷であることは知っていたが、まさかこんなに世間が狭いものとは思わず、である。私だってそうだった。知らなかった。
フィーナ。
メルミルの大切な友人だった人と、フィルの妹が同一であると判明したあの後、追って来たギィを交えて、フィルは話してくれた。彼女のことを。幼い時に両親を失くし、離れ離れになった経緯を。
自分は、遠縁に当たるガッサ家へ。そしてフィーナは、故郷の子供がいない家庭へと。それぞれの家の経済的な理由から、そうせざるを得なかったらしい。
フィーナは当時まだ三つになるかならないかの歳で、フィルの方は十三歳。妹を養い育てるなど適わず、別離するしかなかった。そして別れ際、兄と離れるのを泣いて嫌がるフィーナに、フィルは紅の破片のペンダントを手渡した。高価なその石がいざという時、妹の役に立つだろうと思い。必ず、必ず、迎えに行くという誓いの言葉とともに。
果たせなかったけれど。
そして、続くメルミルの話から、フィーナのもらわれた先の家の隣が、彼女の生家だったことが分かった。
二人はすぐに仲良くなり、本当の姉妹のように育った。ほんの数年という短い期間ではあったけれど、かけがえのない親友となるには十分な時間だった。
当然のように、フィーナはメルミルにペンダントを託した。
「そう……。それで?ガッサ班長はメルミルになんと?」
一通りの話を聞き終えて、リセルさんが問うてきた。
「大事にしてくれてありがとうって。これからも大事に持っていて欲しいって……」
「……すごく。彼女が喜びそうな言葉ね。あの、憧れの『フィル様』から、そんなことを言われるなんて。それで?何故、今夜は来ないの?喜々として、話してくれそうな内容だと思うのだけど?」
まったくだ。
「そうガッサ班長に言われた時は、本当に嬉しそうな表情になったんです。でも…その瞬間だけ。すぐに曇ってしまいました。原因は……多分、この間泣いたことにあるんじゃないかと思います。それがなんなのかは、分かりませんが……」
あの時ーー差し出した手を拒んだ時から、メルミルは私と目を合わそうとしなくなった。
話しかけても俯くばかり。結局、あの場を取り仕切ったのは、後から駆けつけたギィだった。私はフィルとメルミルの話を黙って聞き、事の成り行きを見ていただけ。
メルミルは、明らかに私を避けていた。理由は分からない。でも今夜は来ない、それは察せられた。
「憧れのフィル様でも、彼女に笑顔を取り戻してあげられない、か…」
リセルさんの呟きが痛かった。
追いついたところで、かける言葉を持っていなかった。どうして私は、こうも不出来なのだろう?白雪ほどの、頭の回転の良い身体を得ながら、この体たらく。泣きたい。
学術塔へ向かう道を途中で折れ、メルミルは西門方向へ駆けてゆく。そこで反対側からやって来る人の姿に気が付いた。おそらく西門を通って今、城に帰ってきたのだろうその人は、フィルだった。駆けるメルミルの向こう、かなり距離があったが白雪の目は判別している。ましてや、あのフィルを見間違えるはずがない。思わず叫んでいた。
「ガッサ班長!彼女を止めてください!」
いきなり叫ばれたフィルは多分、私がなんと言ったかなど聞き取れなかっただろう。だけど状況だけでそれを判断してくれた。こちらに向けて駆け出したかと思うと、メルミルの正面に立ち、彼女の手を掴んだ。メルミルは突然の成り行きに、呆然と動けなくなっていた。
ひと安心。城から出るのは、拙いと思っていたから。
急いで二人に駆け寄ると、メルミルはぽかんとしてフィルを見つめていた。その目は赤く腫れていて、頬には幾筋もの涙の痕が。痛々しい。そして、フィルの方もぽかんとメルミルを見つめていた。その目に、動揺の色が浮かんでいる。
様子がおかしいーー即座に思った。
「あの…?」
私が問う前に、メルミルが疑問の声を上げた。自分の腕を掴んでいるフィルが、ただならぬ様子であることに彼女も気付いたらしい。
「何故、君がそれを持っている?」
フィルが厳しい口調で言った。
「え?」
メルミルが僅かに顔をしかめる。掴まれた腕に、痛みを感じたよう。
「その紅の破片は…俺がフィーナに贈ったものだ。何故、君がそれを持っている!?」
「え…それじゃ……フィル様が、フィーナの…?」
メルミルの胸で、彼女の友達が遺したペンダントがーー赤い石が、揺れた。
胸がざわめき、爪を立てられたような痛みを訴えた。
✢
また星が流れた。
空を仰ぎはしたが、星の行方などどうでもいい。ただ、星が落ちた。そう思った。
感じる。予感がする。
触れてはいけないものに触れてしまった、そんな気がする。
足を止めた。
「シロ?」
呼び声に振り向くと、リセルさんがいた。
「どうしたの?お風呂、行かないの?」
「あ……いえ、行きます」
視線を落とし、再び湯場へ向けて歩を進めた。
予想通り、メルミルはいなかった。今夜は来ない、そう確信していた。リセルさんが首を傾げる。一緒に入り始めてから今日まで、一日も欠かさずメルミルは来ていたからだ。
今夜、初めてメルミルが欠けた。
「メルミル…ずっと様子が変だったわね。シロ、貴女は貴女で、彼女が来ないことを知っていたみたいね。なにがあったの?」
リセルさんが言う。
鋭い。
メルミルが来ないことに、あえて疑問の声を上げなかったためでもある。リセルさんには、夕方なにがあったのか話すつもりだった。
「実はーー」
話した。なにもかも、というわけにはいかなかったけれど、話せる範囲の事柄は全部。
ギィと厨房に入ったこと。メルミルが意地悪をされていたこと。その後、逃げ出した彼女をフィルに止めてもらったこと。メルミルの失くした友人が、フィルの妹であったこと。
リセルさんは驚いた。同郷であることは知っていたが、まさかこんなに世間が狭いものとは思わず、である。私だってそうだった。知らなかった。
フィーナ。
メルミルの大切な友人だった人と、フィルの妹が同一であると判明したあの後、追って来たギィを交えて、フィルは話してくれた。彼女のことを。幼い時に両親を失くし、離れ離れになった経緯を。
自分は、遠縁に当たるガッサ家へ。そしてフィーナは、故郷の子供がいない家庭へと。それぞれの家の経済的な理由から、そうせざるを得なかったらしい。
フィーナは当時まだ三つになるかならないかの歳で、フィルの方は十三歳。妹を養い育てるなど適わず、別離するしかなかった。そして別れ際、兄と離れるのを泣いて嫌がるフィーナに、フィルは紅の破片のペンダントを手渡した。高価なその石がいざという時、妹の役に立つだろうと思い。必ず、必ず、迎えに行くという誓いの言葉とともに。
果たせなかったけれど。
そして、続くメルミルの話から、フィーナのもらわれた先の家の隣が、彼女の生家だったことが分かった。
二人はすぐに仲良くなり、本当の姉妹のように育った。ほんの数年という短い期間ではあったけれど、かけがえのない親友となるには十分な時間だった。
当然のように、フィーナはメルミルにペンダントを託した。
「そう……。それで?ガッサ班長はメルミルになんと?」
一通りの話を聞き終えて、リセルさんが問うてきた。
「大事にしてくれてありがとうって。これからも大事に持っていて欲しいって……」
「……すごく。彼女が喜びそうな言葉ね。あの、憧れの『フィル様』から、そんなことを言われるなんて。それで?何故、今夜は来ないの?喜々として、話してくれそうな内容だと思うのだけど?」
まったくだ。
「そうガッサ班長に言われた時は、本当に嬉しそうな表情になったんです。でも…その瞬間だけ。すぐに曇ってしまいました。原因は……多分、この間泣いたことにあるんじゃないかと思います。それがなんなのかは、分かりませんが……」
あの時ーー差し出した手を拒んだ時から、メルミルは私と目を合わそうとしなくなった。
話しかけても俯くばかり。結局、あの場を取り仕切ったのは、後から駆けつけたギィだった。私はフィルとメルミルの話を黙って聞き、事の成り行きを見ていただけ。
メルミルは、明らかに私を避けていた。理由は分からない。でも今夜は来ない、それは察せられた。
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リセルさんの呟きが痛かった。
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