白雪日記

ふたあい

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92日目(1)

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 なるほど…。

 何故ギィが適任だと、マッド白魔術師が言ったのかは、すぐに判明した。私は正直に内通者捜しのためになにを調べればいいのか、自分でも解っていないことをギィに告白した。すると彼は少し考えた末、理事部に連れてきてくれたのだった。
 理事部は、城の雑多の一切を取り仕切る部署。そこが抱える『書類管理室』には、すべての部署の決裁済み案件書類、報告書、その他、過去に起こった時事記録のたぐいが余さず保管されている。以前、主上に案内されて来たことがあった。
 なるほど、ここならば手掛かりを得られるかもしれない。たとえなにもなくても、一連の流れを掴むことができる。無駄にはならないだろう。
 書類管理室の扉をくぐり、二年前の執政官罷免に関する調査、報告書に目を通しながら、隣の棚の列から、他の関連資料を下ろそうとしているギィを盗み見た。

 ここまで、いとも容易く入ることができた。

 前に主上と来た時とは、大違いだった。
 入室目的を告げる事細かな書類記入を要した上、それが担当理事官の目を通り、許可が下りるまでにずいぶんと待たされたのだ。王様が相手だというのに。「規定は変えられない」と、お役所的な言い分を口にされた挙げ句。
 それがどうだろう。
 今回はフリーパス。ギィがニッコリ微笑んで、そこにいた女性事務官にそっと耳打ちしただけで。
 お陰で彼の隣に立っていた私は、すごい目でその事務官さんに睨まれてしまった。辛い。

 なんにしても、便利な男だ。

 結局、白雪の勘に引っかかる事項は、目を通した限り見当たらなかった。
 ただ、二年前に罷免された執政官たちの残念な職務ぶりや、その三人の内の二人が今回の件ですでに捕まっていること、六年前にノーツが称号剥奪された時の経緯などは知れた。やはり刺客を送り込んだ連中と、ノーツは無関係と見ていいようだ。接点、まるでなし。
 一人残っている元執政官の行方も、確認済みだった。鄙で大人しく田畑を耕しているらしい。自重して真面目にやり直している、そんな人もいることに安堵した。

   ✢

 待ち合わせをした中庭に戻ってくると、すっかり辺りは暗くなっていた。
 夜の帳の下りた白銀城は美しい。そこかしこにある灯りの光が窓から漏れ、白い城壁に影を作る様は幻想的だ。子供の頃に見た影絵を連想させる。
「綺麗ですね…」
 ぐるりと城壁を見回し、呟いた。外灯はなかったが、内から漏れる光が適度に視界を保っている。薄闇に風情を感じられた。
「ああ。見慣れた景色も、隣りにいる相手によって違って見えるものだな。また一緒に来るか?」
 笑ってギィが返してくる。他意はない。ここで聞くべきは、最後の言葉のみ。「なにも得るものがなかったので、また改めて調べるか?」という意味だ。だんだん解ってきたぞ。この天性たらしめ。
「すみません。時間を取ってもらったのに…」
「なに、気にするな。と、そういえば腹減ったな」
 申し訳なさそうな表情を浮かべた私を見て、さっさと話題を他へ移す。いや本当、感心する。
「あ、そうですね。お腹空きましたね」
「だろう?厨房でなにか見繕ってもらおう」

 そんな流れで、二人して本宮の厨房に入り込んだ。

 ギィが言うには親衛塔の食堂で出される食事よりも、味付けが上品でお勧めなのだそう。
 普通ならそんな思い付きで出向いて、ご飯を出してもらえるはずはない。だけどそこは、流石というか、やっぱりと言うべきか。ギィが頼むと、厨房の女性陣はこぞって腕を振るい始めた。
 ありがたいのだけれど…怖い。私に向けられた視線が。

 まさか、毒を盛られたりしないだろうな?

 料理ができあがるまでの間、あっちへフラフラ、そっちへフラフラ。ギィは厨房内の女の人に、話しかけて回る。気遣い細やかである。
 私はというと、隅で小さくなっていた。当然だ。
 厨房内を見回す。以前、主上に案内されて足を踏み入れた時も思ったけれど、ここは本当に『ごちゃごちゃ』という言葉が似合う場だ。
 壁には所狭しと、鍋だのフライパンだの。頭上にはダルメ豚やフンモコなどの食材が吊り下がっている。更にその合間に、香草やタオル、ついでにエプロンまで下がっていて、下をバタバタ行き交う人たちがそれらに手を伸ばしながら、「皿を用意しろ」「野菜を洗え」などと喚いている。
 常に空気が揺れていて、動きの止まっているものが、なに一つない感じだ。特に今は夕食時、戦場だな。

 そんな中、金色の巻き毛が目についた。

 ジャガイモの入った大きな袋を抱えて、ヨタヨタと厨房を横切っている女の子。
 メルミルだった。
 彼女は先日お風呂場で泣き出して以来、元気がない。リセルさんと私が交互に「どうした?」「なにがあった?」と、問い質したけれど、「なんでもない」の一点張り。心配な状態が続いていた。
 駆け寄ろうと一歩踏み出して、動きを止める。夜更けの風呂場以外でメルミルと話したことはない。そして、私は周囲から気味悪がられている存在だ。私と親しいなんて、彼女の立場を悪くしてしまわないだろうか?そんな考えがよぎった。そうでなくても彼女は周囲から浮いているようだし、これ以上それを悪化させるわけにはいかない。

 ーーあ。

 ためらっていると、メルミルは視線の先で転んだ。いや、正確には転ばされた。たくさんの人が行き来して、映るものは雑然としていたけれど、白雪の目は見逃さなかった。一人の女の子が、すれ違いざまに足をかけたのを。
 ジャガイモが散らばり、周囲にいた皆が集中してメルミルに白い目を向ける。思わず駆け出していた。
「メルミル!」
「あ…シ…ロ?」
「大丈夫?」
 駆け寄って、メルミルに手を差し出す。彼女は私の手を取りかけてーー
「ーーっ」
 急に手を引き、自分で立ち上がってその場を駆け去った。
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