53 / 140
92日目(1)
しおりを挟む
なるほど…。
何故ギィが適任だと、マッド白魔術師が言ったのかは、すぐに判明した。私は正直に内通者捜しのためになにを調べればいいのか、自分でも解っていないことをギィに告白した。すると彼は少し考えた末、理事部に連れてきてくれたのだった。
理事部は、城の雑多の一切を取り仕切る部署。そこが抱える『書類管理室』には、すべての部署の決裁済み案件書類、報告書、その他、過去に起こった時事記録のたぐいが余さず保管されている。以前、主上に案内されて来たことがあった。
なるほど、ここならば手掛かりを得られるかもしれない。たとえなにもなくても、一連の流れを掴むことができる。無駄にはならないだろう。
書類管理室の扉をくぐり、二年前の執政官罷免に関する調査、報告書に目を通しながら、隣の棚の列から、他の関連資料を下ろそうとしているギィを盗み見た。
ここまで、いとも容易く入ることができた。
前に主上と来た時とは、大違いだった。
入室目的を告げる事細かな書類記入を要した上、それが担当理事官の目を通り、許可が下りるまでにずいぶんと待たされたのだ。王様が相手だというのに。「規定は変えられない」と、お役所的な言い分を口にされた挙げ句。
それがどうだろう。
今回はフリーパス。ギィがニッコリ微笑んで、そこにいた女性事務官にそっと耳打ちしただけで。
お陰で彼の隣に立っていた私は、すごい目でその事務官さんに睨まれてしまった。辛い。
なんにしても、便利な男だ。
結局、白雪の勘に引っかかる事項は、目を通した限り見当たらなかった。
ただ、二年前に罷免された執政官たちの残念な職務ぶりや、その三人の内の二人が今回の件ですでに捕まっていること、六年前にノーツが称号剥奪された時の経緯などは知れた。やはり刺客を送り込んだ連中と、ノーツは無関係と見ていいようだ。接点、まるでなし。
一人残っている元執政官の行方も、確認済みだった。鄙で大人しく田畑を耕しているらしい。自重して真面目にやり直している、そんな人もいることに安堵した。
✢
待ち合わせをした中庭に戻ってくると、すっかり辺りは暗くなっていた。
夜の帳の下りた白銀城は美しい。そこかしこにある灯りの光が窓から漏れ、白い城壁に影を作る様は幻想的だ。子供の頃に見た影絵を連想させる。
「綺麗ですね…」
ぐるりと城壁を見回し、呟いた。外灯はなかったが、内から漏れる光が適度に視界を保っている。薄闇に風情を感じられた。
「ああ。見慣れた景色も、隣りにいる相手によって違って見えるものだな。また一緒に来るか?」
笑ってギィが返してくる。他意はない。ここで聞くべきは、最後の言葉のみ。「なにも得るものがなかったので、また改めて調べるか?」という意味だ。だんだん解ってきたぞ。この天性たらしめ。
「すみません。時間を取ってもらったのに…」
「なに、気にするな。と、そういえば腹減ったな」
申し訳なさそうな表情を浮かべた私を見て、さっさと話題を他へ移す。いや本当、感心する。
「あ、そうですね。お腹空きましたね」
「だろう?厨房でなにか見繕ってもらおう」
そんな流れで、二人して本宮の厨房に入り込んだ。
ギィが言うには親衛塔の食堂で出される食事よりも、味付けが上品でお勧めなのだそう。
普通ならそんな思い付きで出向いて、ご飯を出してもらえるはずはない。だけどそこは、流石というか、やっぱりと言うべきか。ギィが頼むと、厨房の女性陣はこぞって腕を振るい始めた。
ありがたいのだけれど…怖い。私に向けられた視線が。
まさか、毒を盛られたりしないだろうな?
料理ができあがるまでの間、あっちへフラフラ、そっちへフラフラ。ギィは厨房内の女の人に、話しかけて回る。気遣い細やかである。
私はというと、隅で小さくなっていた。当然だ。
厨房内を見回す。以前、主上に案内されて足を踏み入れた時も思ったけれど、ここは本当に『ごちゃごちゃ』という言葉が似合う場だ。
壁には所狭しと、鍋だのフライパンだの。頭上にはダルメ豚やフンモコなどの食材が吊り下がっている。更にその合間に、香草やタオル、ついでにエプロンまで下がっていて、下をバタバタ行き交う人たちがそれらに手を伸ばしながら、「皿を用意しろ」「野菜を洗え」などと喚いている。
常に空気が揺れていて、動きの止まっているものが、なに一つない感じだ。特に今は夕食時、戦場だな。
そんな中、金色の巻き毛が目についた。
ジャガイモの入った大きな袋を抱えて、ヨタヨタと厨房を横切っている女の子。
メルミルだった。
彼女は先日お風呂場で泣き出して以来、元気がない。リセルさんと私が交互に「どうした?」「なにがあった?」と、問い質したけれど、「なんでもない」の一点張り。心配な状態が続いていた。
駆け寄ろうと一歩踏み出して、動きを止める。夜更けの風呂場以外でメルミルと話したことはない。そして、私は周囲から気味悪がられている存在だ。私と親しいなんて、彼女の立場を悪くしてしまわないだろうか?そんな考えがよぎった。そうでなくても彼女は周囲から浮いているようだし、これ以上それを悪化させるわけにはいかない。
ーーあ。
ためらっていると、メルミルは視線の先で転んだ。いや、正確には転ばされた。たくさんの人が行き来して、映るものは雑然としていたけれど、白雪の目は見逃さなかった。一人の女の子が、すれ違いざまに足をかけたのを。
ジャガイモが散らばり、周囲にいた皆が集中してメルミルに白い目を向ける。思わず駆け出していた。
「メルミル!」
「あ…シ…ロ?」
「大丈夫?」
駆け寄って、メルミルに手を差し出す。彼女は私の手を取りかけてーー
「ーーっ」
急に手を引き、自分で立ち上がってその場を駆け去った。
何故ギィが適任だと、マッド白魔術師が言ったのかは、すぐに判明した。私は正直に内通者捜しのためになにを調べればいいのか、自分でも解っていないことをギィに告白した。すると彼は少し考えた末、理事部に連れてきてくれたのだった。
理事部は、城の雑多の一切を取り仕切る部署。そこが抱える『書類管理室』には、すべての部署の決裁済み案件書類、報告書、その他、過去に起こった時事記録のたぐいが余さず保管されている。以前、主上に案内されて来たことがあった。
なるほど、ここならば手掛かりを得られるかもしれない。たとえなにもなくても、一連の流れを掴むことができる。無駄にはならないだろう。
書類管理室の扉をくぐり、二年前の執政官罷免に関する調査、報告書に目を通しながら、隣の棚の列から、他の関連資料を下ろそうとしているギィを盗み見た。
ここまで、いとも容易く入ることができた。
前に主上と来た時とは、大違いだった。
入室目的を告げる事細かな書類記入を要した上、それが担当理事官の目を通り、許可が下りるまでにずいぶんと待たされたのだ。王様が相手だというのに。「規定は変えられない」と、お役所的な言い分を口にされた挙げ句。
それがどうだろう。
今回はフリーパス。ギィがニッコリ微笑んで、そこにいた女性事務官にそっと耳打ちしただけで。
お陰で彼の隣に立っていた私は、すごい目でその事務官さんに睨まれてしまった。辛い。
なんにしても、便利な男だ。
結局、白雪の勘に引っかかる事項は、目を通した限り見当たらなかった。
ただ、二年前に罷免された執政官たちの残念な職務ぶりや、その三人の内の二人が今回の件ですでに捕まっていること、六年前にノーツが称号剥奪された時の経緯などは知れた。やはり刺客を送り込んだ連中と、ノーツは無関係と見ていいようだ。接点、まるでなし。
一人残っている元執政官の行方も、確認済みだった。鄙で大人しく田畑を耕しているらしい。自重して真面目にやり直している、そんな人もいることに安堵した。
✢
待ち合わせをした中庭に戻ってくると、すっかり辺りは暗くなっていた。
夜の帳の下りた白銀城は美しい。そこかしこにある灯りの光が窓から漏れ、白い城壁に影を作る様は幻想的だ。子供の頃に見た影絵を連想させる。
「綺麗ですね…」
ぐるりと城壁を見回し、呟いた。外灯はなかったが、内から漏れる光が適度に視界を保っている。薄闇に風情を感じられた。
「ああ。見慣れた景色も、隣りにいる相手によって違って見えるものだな。また一緒に来るか?」
笑ってギィが返してくる。他意はない。ここで聞くべきは、最後の言葉のみ。「なにも得るものがなかったので、また改めて調べるか?」という意味だ。だんだん解ってきたぞ。この天性たらしめ。
「すみません。時間を取ってもらったのに…」
「なに、気にするな。と、そういえば腹減ったな」
申し訳なさそうな表情を浮かべた私を見て、さっさと話題を他へ移す。いや本当、感心する。
「あ、そうですね。お腹空きましたね」
「だろう?厨房でなにか見繕ってもらおう」
そんな流れで、二人して本宮の厨房に入り込んだ。
ギィが言うには親衛塔の食堂で出される食事よりも、味付けが上品でお勧めなのだそう。
普通ならそんな思い付きで出向いて、ご飯を出してもらえるはずはない。だけどそこは、流石というか、やっぱりと言うべきか。ギィが頼むと、厨房の女性陣はこぞって腕を振るい始めた。
ありがたいのだけれど…怖い。私に向けられた視線が。
まさか、毒を盛られたりしないだろうな?
料理ができあがるまでの間、あっちへフラフラ、そっちへフラフラ。ギィは厨房内の女の人に、話しかけて回る。気遣い細やかである。
私はというと、隅で小さくなっていた。当然だ。
厨房内を見回す。以前、主上に案内されて足を踏み入れた時も思ったけれど、ここは本当に『ごちゃごちゃ』という言葉が似合う場だ。
壁には所狭しと、鍋だのフライパンだの。頭上にはダルメ豚やフンモコなどの食材が吊り下がっている。更にその合間に、香草やタオル、ついでにエプロンまで下がっていて、下をバタバタ行き交う人たちがそれらに手を伸ばしながら、「皿を用意しろ」「野菜を洗え」などと喚いている。
常に空気が揺れていて、動きの止まっているものが、なに一つない感じだ。特に今は夕食時、戦場だな。
そんな中、金色の巻き毛が目についた。
ジャガイモの入った大きな袋を抱えて、ヨタヨタと厨房を横切っている女の子。
メルミルだった。
彼女は先日お風呂場で泣き出して以来、元気がない。リセルさんと私が交互に「どうした?」「なにがあった?」と、問い質したけれど、「なんでもない」の一点張り。心配な状態が続いていた。
駆け寄ろうと一歩踏み出して、動きを止める。夜更けの風呂場以外でメルミルと話したことはない。そして、私は周囲から気味悪がられている存在だ。私と親しいなんて、彼女の立場を悪くしてしまわないだろうか?そんな考えがよぎった。そうでなくても彼女は周囲から浮いているようだし、これ以上それを悪化させるわけにはいかない。
ーーあ。
ためらっていると、メルミルは視線の先で転んだ。いや、正確には転ばされた。たくさんの人が行き来して、映るものは雑然としていたけれど、白雪の目は見逃さなかった。一人の女の子が、すれ違いざまに足をかけたのを。
ジャガイモが散らばり、周囲にいた皆が集中してメルミルに白い目を向ける。思わず駆け出していた。
「メルミル!」
「あ…シ…ロ?」
「大丈夫?」
駆け寄って、メルミルに手を差し出す。彼女は私の手を取りかけてーー
「ーーっ」
急に手を引き、自分で立ち上がってその場を駆け去った。
0
あなたにおすすめの小説
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
【完結】あなたに知られたくなかった
ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。
5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。
そんなセレナに起きた奇跡とは?
龍王の番〜双子の運命の分かれ道・人生が狂った者たちの結末〜
クラゲ散歩
ファンタジー
ある小さな村に、双子の女の子が生まれた。
生まれて間もない時に、いきなり家に誰かが入ってきた。高貴なオーラを身にまとった、龍国の王ザナが側近二人を連れ現れた。
母親の横で、お湯に入りスヤスヤと眠っている子に「この娘は、私の○○の番だ。名をアリサと名付けよ。
そして18歳になったら、私の妻として迎えよう。それまでは、不自由のないようにこちらで準備をする。」と言い残し去って行った。
それから〜18年後
約束通り。贈られてきた豪華な花嫁衣装に身を包み。
アリサと両親は、龍の背中に乗りこみ。
いざ〜龍国へ出発した。
あれれ?アリサと両親だけだと数が合わないよね??
確か双子だったよね?
もう一人の女の子は〜どうしたのよ〜!
物語に登場する人物達の視点です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる