白雪日記

ふたあい

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91日目(2)

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 結局、午後から休みをもらった。フィルのあの笑顔に逆らうすべを、私は持ち合わせていなかった。
 思いがけず空いた時間。ここは一つ、ライトリィさんの頼みのために費やしてみよう、そう思った。ノーツの内通者捜しだ。休みとしてもらったのだから休むべきなのだろうけど、他の皆が休んでいないと思うと気が引けるのだ。
 思ったはいいが、なにをどうすればいいのかサッパリ思いつかない。意味もなく城内をウロウロしながら考えてみたが、名案は得られなかった。
 そもそも今回の一件、私は途中参加なのだ。事の起こりは二年前、アランサが三人の執政官をクビにしたところから。
 私が召喚された時点で、すでに幾人かの暗殺首謀者は捕まっていた。しかもノーツの計画は駄々漏れで、彼自身直後に捕まった。まあすぐに、逃げだしたけれど。その間と後、実際に刺客が二度に渡り入り込んで撃退、捕縛。私が関与したのは、最後に上げた部分だけ。

 さて、この出遅れを取り戻すにはどうしたものか。

 下手に動くと、他の班や左右軍と摩擦を起こしかねない。大体、城内で聞き込みをしようにも、敬遠される立場。疑われてもいる。お手上げだ。
 マッドめ。「私ならば」などと持ち上げてくれたが、考えてみたら無理に決まっているではないか!

「ああ、いた。シロ!」

 憤っているところを、不意に呼ばれて驚いた。遠巻きにされる私に、気安く話しかける者は限られている。中庭を横切る私に声をかけた変わり者は、ギィだった。
「レヴン班長。どうしたんですか?アランサのところでは?」
「どうしたも、こうしたも…その占者のところに、厄介な二人組が現れてな…」
 ギィが心底まいったという顔をする。
「厄介な二人組?」
「ああ、お前は知らなかったか?近衛の脅威、筆頭式術師コンビだ」

 筆頭式術師コンビ?

 それってやっぱり、あの二人、か?眉根を寄せて見上げると、ギィはコクリと頷いた。
「そう。フルルクスの爺さんと、イーウィー術師だ」
 何故なのか、想像がつくような、つかないような……。
「理由を訊いてもいいですか?」
 もちろんだと、ギィが笑う。

 はたして、笑える内容なのだろうか。

「イーウィー術師は負傷して出向いた時、運が悪いと新しい治癒術の実験をされる。傷は治るが大抵の場合、変な副作用が付いてくるもんだから、たまったものではない。救護室へは、よほどの怪我でない限り、誰も近づかなくなった」

 …ある意味、期待を裏切らない人だ。実験好きは、マッドのお約束である。

「フルルクスさんの方は?」

「以前、近衛の班同士でちょっとした諍いがあってな。例によって拳で決着をつけることになったんだが、運悪くそこにあの爺さんが通りかかって巻き込まれちまった。で、手にしていた術書が破れてしまったとかで、爺さんキレちまい、その場にいた全員がのされた。……八人いたウチの精鋭が、たった一人の老人相手に」

 …じっ様はこの先の人生で、仙人に転身する瞬間を迎えるに違いない。

「……大変、参考になりました」
 思わず目を伏せる。もうどこを突っ込んだものなのか、判りゃしない。
「とんでもない話だろ」
 楽しげにギィは笑っている。なんだかんだで、面白がっているのでは?
「それで、その二人が現れて、何故レヴン班長が私を探すんですか?」
 ようやく本題。あの二人の碌でもない逸話は、さっさと切り上げよう。ちょっと面白いのは確かだけれど。
「それなんだがお前、なにか調べ物をしているのか?」
「え?あ、はい。そうですね。していると言えばしています」

 ただ、どうやって調べたものか思いつかなくて、手を付けていないのだけれど。

「イーウィー術師が手を貸してやれと言う。なんでも俺が適任なんだそうだ」
「え?ライトリィさんが?」
 そうか、押しつけっぱなしというわけではなかったか。だけど何故、ギィが適任?
「で、『時間が空けば』と答えたら、『今すぐ行け』と、爺さんの方に怒鳴られた。そういう経緯だ」
「はあ、それはとんだご迷惑をおかけしました」
 とばっちりもいいところである。
「気にするな。あの二人に頼まれなくても、お前が困っているなら助けてやるさ」
 実に爽やかに、ギィは笑ってそう答えてくれた。天然?いや、天性。
 明日の夕刻なら時間が取れるだろうとギィが言うので、この場所で待ち合わせる約束をした。

   ✢

 例えば、道端に転がっている石ころを金に変える。それが、私が持っていた錬金術のイメージだ。
 だけどこの世界の錬金術は違う。石ころではなく、星の雫という形なきエネルギーが金へと変わる。それゆえ、錬金術は他の術よりも雫を多量に要することが多い。
 白、黒、召喚は事象を、錬金は事象と変換物質の両方を術式に書き換える、この違い。
 つまり、他の術が発動するための式熱として消費されるだけーーもちろん事象が大きいほど、消費量も増えるがーーなのに対し、錬金術ではそれプラス、物質生成の材料として使用されるのだ。
 そして、その材料として使われた部分のみを、元の雫に戻すことができる。これが、いわゆる還元術。
 パタンと、手にした本を閉じた。古びた臙脂に金文字の装丁、『生成と還元』の書。

 学術塔の図書室に来た。

 ギィのお陰で、おそらく調べ物の目処はたった。ならば内通者捜しと同じくらいの気掛かりである、還元術について調べようと思ったのだ。
 だけど、じっ様の言う通り、私の知る以上の内容は書いていない。もう一度読めば、なにか勘に引っかからないかと期待をしてみたのだが、それもない。

 はあ…と、ため息が漏れる。

「またお前か、小娘」
 諦めて別の本を取ろうとしたところ、出し抜けに声をかけられて飛び上がった。
「あ、じ…いや、フルルクスさん」
 声の主はフルルクスの爺様。そうだった、図書室は遭遇率が高かった。
「…………」
 自分から声をかけてきたくせに、爺様は黙り込んだ。その間、約五分。

 気まずい。

 逃げ出したいのに、逃げられない。爺様は半眼で私をジッと見据えて……いや、睨んでいる。蛇に睨まれた蛙の気分だ。

「あの…」
「爺様、とは呼ばんのか?」

 堪りかねて声を出しかけると同時だった。ギョッとする言葉。
 え?ええ!?どうして私が、フルルクスのことを「爺様」と呼んでいるのを知っているの?怖くて本人の前では、絶対に呼べなかったのに。

「しおらしくされると気色悪い。いつも通りに呼べばいい」
 爺様が更に続けた言葉で気づいた。とんだ間抜けだ、私は。じっ様と爺様は同一人物なのだ。これまで私がじっ様に吐いた数々の暴言(?)、それはこの爺様に筒抜けだった!
 気づけよ、私!爺様は四十七年後のじっ様であることを、見事に失念していた。

 青くなる。

「お前…本当に阿呆だな」
 ガリガリと頭を掻きながら、心底呆れた様に言う爺様。あれ、この仕草に物言い。やっぱり、爺様はじっ様なのだ。当たり前だけれど。

 不思議だ。爺様を怖く感じなくなった。
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