57 / 140
95日目
しおりを挟む
雑念を振り払うよう、剣を振るった。
「乱れているな」
フィルに見咎められた。
「……はい」
「正直だな。『悩むな』とは言えないから対処に困る。大丈夫か?」
優しく笑いかけられて、鼓動が速くなる。
あれからフィルは変わらない。
再会を果たす前に、妹さんを失ってしまったーーその事実を語り、微苦笑を浮かべた。それだけ。あとは、すっかりいつも通りだった。
もう十年も前のことだ。気持ちの整理はついているように見える。だけど……もう十年、まだ十年。死んで再び生を得た私は、彼の目にどう映るのだろう?
不安は拭えない。
「よっしゃあ!シロ、久々に勝負しようぜ!」
不意にカクカが話に割って入った。修練時、彼はいつも私の前に並んでいる。
「お前はまた……いきなりだな」
「うだうだ考えるより、体を動かす方がいいんすよ」
呆れるフィルに、カクカが返す。確かに、一理ある。
それで久しぶりに模擬試合を行ったのだけれどーー
結果、私の憂いは振り払われることはなく、その上カクカまで落ち込むこととなってしまった。
ずっと主上に、稽古をつけてもらっていたのだ。白雪は予想以上に剣技を上達させていた。
私とカクカの腕の差は、歴然だった。
✢
「陛下っ!俺、情けないっす!」
ダンッと、カクカがグラスを置く。
「飲め、飲め。じゃんじゃんいけ。飲んで男は強くなる!」
答える主上。
なりませんよ?
「チキショーッ!ついこないた剣持った奴に…それも女に…完膚なきまでに……負けたあ~っ!!」
男女差別だ。
「そんな日もある。敗北が男を強くする。さあ、飲め!」
主上…絶対、適当にあしらってますね?
悪夢だ。眼前でカクカに酒をなみなみ注いでいる主上を見て、そう思った。
なんなんだ?この有様は。
そうこうしている内に、カクカは酔い潰れた。バタリとテーブルに突っ伏したかと思うと、スウスウ寝息を立て始める。ちよっと待て。
ここは、私の部屋!
「出ていけ」と叫びたい。もちろん、できはしないのだけど。
就寝しようとしていたのだ。それがいきなり、けたたましいノックで静寂を破られたのだから、たまったものではない。
ダンダン叩かれる扉を開けてみたら、酒瓶片手にカクカが酔っ払って立っていた。その隣で主上が両手で酒瓶を振り回して、「たまには一緒に飲まないか?」と言って笑っているのだから、更にびっくりである。
それで、この始末。まさに悪夢。
「カクカ、大丈夫なんですか?」
横目でカクカを見やりながら、主上に問う。
「なあに、明日になればケロリとしている。心配するな。鍛えてある」
未成年と思ったが、ここではそんな規制はないのかと気付く。カクカの肩に上着を掛けていると、ごく自然に主上は切り出した。
「アケイルになんの研究をしているのか、尋ねたんだって?」
「はい。確認したくて」
「なにか掴んだようだな。しかし、なにも報告が上がってこないが?」
「憶測で報告はできませんから」
嫌な会話だ。
「そうか。……ノーツは近く、必ず動く。用心しろ」
「次は……どう動くでしょうか?アランサの命を狙う元執政官の一派は、あらかた取り押さえられています。ノーツは彼らに便乗して動こうとしていたようですが、それももう無理かと思われます」
「分からん。しかし、奴の持つ紅の破片はすでに尽き、それらを埋めるすべとして行った横流しも止めた。必ずなにかしらの動きを起こす」
主上が手にしたグラスの酒を仰いだ。
「……」
「……」
ノーツの持つ紅の破片が尽きた?
彼は紅の破片を手にする前に捕らえられ、称号を剥奪されたはずですけど?報告書では、確かにそうなっていましたけれど?
でも、そう。そうでなければ説明がつかない。資材管理官ディバルサ・ロウトが雫の横流しを行ったのはたった五回、ここ数ヶ月の話なのだ。
そして、私というホムンクルスの存在は、その横流しの規模ではあり得ない。式術に疎くとも、それくらいは解るというもの。
では、それまで彼はどうやって研究資源を得ていたのか?そうなるとやはり、その出処はーー
主上の失言だ。これは確証のないことなのだから。それに気付いているのか、いないのか、気まずい沈黙が続く。
やがてーー
「さて、邪魔したな」
そう言い残し、カクカを抱えて主上は部屋を出ていった。
「乱れているな」
フィルに見咎められた。
「……はい」
「正直だな。『悩むな』とは言えないから対処に困る。大丈夫か?」
優しく笑いかけられて、鼓動が速くなる。
あれからフィルは変わらない。
再会を果たす前に、妹さんを失ってしまったーーその事実を語り、微苦笑を浮かべた。それだけ。あとは、すっかりいつも通りだった。
もう十年も前のことだ。気持ちの整理はついているように見える。だけど……もう十年、まだ十年。死んで再び生を得た私は、彼の目にどう映るのだろう?
不安は拭えない。
「よっしゃあ!シロ、久々に勝負しようぜ!」
不意にカクカが話に割って入った。修練時、彼はいつも私の前に並んでいる。
「お前はまた……いきなりだな」
「うだうだ考えるより、体を動かす方がいいんすよ」
呆れるフィルに、カクカが返す。確かに、一理ある。
それで久しぶりに模擬試合を行ったのだけれどーー
結果、私の憂いは振り払われることはなく、その上カクカまで落ち込むこととなってしまった。
ずっと主上に、稽古をつけてもらっていたのだ。白雪は予想以上に剣技を上達させていた。
私とカクカの腕の差は、歴然だった。
✢
「陛下っ!俺、情けないっす!」
ダンッと、カクカがグラスを置く。
「飲め、飲め。じゃんじゃんいけ。飲んで男は強くなる!」
答える主上。
なりませんよ?
「チキショーッ!ついこないた剣持った奴に…それも女に…完膚なきまでに……負けたあ~っ!!」
男女差別だ。
「そんな日もある。敗北が男を強くする。さあ、飲め!」
主上…絶対、適当にあしらってますね?
悪夢だ。眼前でカクカに酒をなみなみ注いでいる主上を見て、そう思った。
なんなんだ?この有様は。
そうこうしている内に、カクカは酔い潰れた。バタリとテーブルに突っ伏したかと思うと、スウスウ寝息を立て始める。ちよっと待て。
ここは、私の部屋!
「出ていけ」と叫びたい。もちろん、できはしないのだけど。
就寝しようとしていたのだ。それがいきなり、けたたましいノックで静寂を破られたのだから、たまったものではない。
ダンダン叩かれる扉を開けてみたら、酒瓶片手にカクカが酔っ払って立っていた。その隣で主上が両手で酒瓶を振り回して、「たまには一緒に飲まないか?」と言って笑っているのだから、更にびっくりである。
それで、この始末。まさに悪夢。
「カクカ、大丈夫なんですか?」
横目でカクカを見やりながら、主上に問う。
「なあに、明日になればケロリとしている。心配するな。鍛えてある」
未成年と思ったが、ここではそんな規制はないのかと気付く。カクカの肩に上着を掛けていると、ごく自然に主上は切り出した。
「アケイルになんの研究をしているのか、尋ねたんだって?」
「はい。確認したくて」
「なにか掴んだようだな。しかし、なにも報告が上がってこないが?」
「憶測で報告はできませんから」
嫌な会話だ。
「そうか。……ノーツは近く、必ず動く。用心しろ」
「次は……どう動くでしょうか?アランサの命を狙う元執政官の一派は、あらかた取り押さえられています。ノーツは彼らに便乗して動こうとしていたようですが、それももう無理かと思われます」
「分からん。しかし、奴の持つ紅の破片はすでに尽き、それらを埋めるすべとして行った横流しも止めた。必ずなにかしらの動きを起こす」
主上が手にしたグラスの酒を仰いだ。
「……」
「……」
ノーツの持つ紅の破片が尽きた?
彼は紅の破片を手にする前に捕らえられ、称号を剥奪されたはずですけど?報告書では、確かにそうなっていましたけれど?
でも、そう。そうでなければ説明がつかない。資材管理官ディバルサ・ロウトが雫の横流しを行ったのはたった五回、ここ数ヶ月の話なのだ。
そして、私というホムンクルスの存在は、その横流しの規模ではあり得ない。式術に疎くとも、それくらいは解るというもの。
では、それまで彼はどうやって研究資源を得ていたのか?そうなるとやはり、その出処はーー
主上の失言だ。これは確証のないことなのだから。それに気付いているのか、いないのか、気まずい沈黙が続く。
やがてーー
「さて、邪魔したな」
そう言い残し、カクカを抱えて主上は部屋を出ていった。
0
あなたにおすすめの小説
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
【完結】あなたに知られたくなかった
ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。
5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。
そんなセレナに起きた奇跡とは?
龍王の番〜双子の運命の分かれ道・人生が狂った者たちの結末〜
クラゲ散歩
ファンタジー
ある小さな村に、双子の女の子が生まれた。
生まれて間もない時に、いきなり家に誰かが入ってきた。高貴なオーラを身にまとった、龍国の王ザナが側近二人を連れ現れた。
母親の横で、お湯に入りスヤスヤと眠っている子に「この娘は、私の○○の番だ。名をアリサと名付けよ。
そして18歳になったら、私の妻として迎えよう。それまでは、不自由のないようにこちらで準備をする。」と言い残し去って行った。
それから〜18年後
約束通り。贈られてきた豪華な花嫁衣装に身を包み。
アリサと両親は、龍の背中に乗りこみ。
いざ〜龍国へ出発した。
あれれ?アリサと両親だけだと数が合わないよね??
確か双子だったよね?
もう一人の女の子は〜どうしたのよ〜!
物語に登場する人物達の視点です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる