白雪日記

ふたあい

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95日目

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 雑念を振り払うよう、剣を振るった。

「乱れているな」
 フィルに見咎められた。
「……はい」
「正直だな。『悩むな』とは言えないから対処に困る。大丈夫か?」
 優しく笑いかけられて、鼓動が速くなる。

 あれからフィルは変わらない。

 再会を果たす前に、妹さんを失ってしまったーーその事実を語り、微苦笑を浮かべた。それだけ。あとは、すっかりいつも通りだった。
 もう十年も前のことだ。気持ちの整理はついているように見える。だけど……もう十年、まだ十年。死んで再び生を得た私は、彼の目にどう映るのだろう?

 不安は拭えない。

「よっしゃあ!シロ、久々に勝負しようぜ!」
 不意にカクカが話に割って入った。修練時、彼はいつも私の前に並んでいる。
「お前はまた……いきなりだな」
「うだうだ考えるより、体を動かす方がいいんすよ」
 呆れるフィルに、カクカが返す。確かに、一理ある。

 それで久しぶりに模擬試合を行ったのだけれどーー

 結果、私の憂いは振り払われることはなく、その上カクカまで落ち込むこととなってしまった。
 ずっと主上に、稽古をつけてもらっていたのだ。白雪は予想以上に剣技を上達させていた。
 私とカクカの腕の差は、歴然だった。

   ✢

「陛下っ!俺、情けないっす!」
 ダンッと、カクカがグラスを置く。
「飲め、飲め。じゃんじゃんいけ。飲んで男は強くなる!」
 答える主上。

 なりませんよ?

「チキショーッ!ついこないた剣持った奴に…それも女に…完膚なきまでに……負けたあ~っ!!」

 男女差別だ。

「そんな日もある。敗北が男を強くする。さあ、飲め!」

 主上…絶対、適当にあしらってますね?

 悪夢だ。眼前でカクカに酒をなみなみ注いでいる主上を見て、そう思った。
 なんなんだ?この有様は。
 そうこうしている内に、カクカは酔い潰れた。バタリとテーブルに突っ伏したかと思うと、スウスウ寝息を立て始める。ちよっと待て。

 ここは、私の部屋!

 「出ていけ」と叫びたい。もちろん、できはしないのだけど。
 就寝しようとしていたのだ。それがいきなり、けたたましいノックで静寂を破られたのだから、たまったものではない。
 ダンダン叩かれる扉を開けてみたら、酒瓶片手にカクカが酔っ払って立っていた。その隣で主上が両手で酒瓶を振り回して、「たまには一緒に飲まないか?」と言って笑っているのだから、更にびっくりである。

 それで、この始末。まさに悪夢。

「カクカ、大丈夫なんですか?」
 横目でカクカを見やりながら、主上に問う。
「なあに、明日になればケロリとしている。心配するな。鍛えてある」
 未成年と思ったが、ここではそんな規制はないのかと気付く。カクカの肩に上着を掛けていると、ごく自然に主上は切り出した。

「アケイルになんの研究をしているのか、尋ねたんだって?」
「はい。確認したくて」
「なにか掴んだようだな。しかし、なにも報告が上がってこないが?」
「憶測で報告はできませんから」

 嫌な会話だ。

「そうか。……ノーツは近く、必ず動く。用心しろ」
「次は……どう動くでしょうか?アランサの命を狙う元執政官の一派は、あらかた取り押さえられています。ノーツは彼らに便乗して動こうとしていたようですが、それももう無理かと思われます」
「分からん。しかし、奴の持つ紅の破片はすでに尽き、それらを埋めるすべとして行った横流しも止めた。必ずなにかしらの動きを起こす」
 主上が手にしたグラスの酒を仰いだ。
「……」
「……」

 ノーツの持つ紅の破片が尽きた?

 彼は紅の破片を手にする前に捕らえられ、称号を剥奪されたはずですけど?報告書では、確かにそうなっていましたけれど?
 でも、そう。そうでなければ説明がつかない。資材管理官ディバルサ・ロウトが雫の横流しを行ったのはたった五回、ここ数ヶ月の話なのだ。
 そして、私というホムンクルスの存在は、その横流しの規模ではあり得ない。式術に疎くとも、それくらいは解るというもの。

 では、それまで彼はどうやって研究資源を得ていたのか?そうなるとやはり、その出処はーー

 主上の失言だ。これは確証のないことなのだから。それに気付いているのか、いないのか、気まずい沈黙が続く。

 やがてーー

「さて、邪魔したな」
 そう言い残し、カクカを抱えて主上は部屋を出ていった。
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