白雪日記

ふたあい

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98日目(1)

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 目が冴える。

 事態の膠着状態にいい加減擦り減っていた神経は、安眠不可という形となって不調を訴えた。
 ここ数日、よく眠れない。ようやくうとうとしかけると、空が白んでくるということが続いていた。

 眠れないなら起きていよう。

 多くが寝静まった真夜中、月夜なのをいいことに開き直り、こっそり城を抜け出した。
 いつの間にやら隠密行動が得意となっている。木をよじ登り、壁に飛び移って、躊躇なく飛び降りる。ずいぶん、普通とはかけ離れてきたように思う。
 夜の闇に白い髪が目立たないよう頭から布を被り、街外れまで歩いて、小高い丘の上に立った。今は暗くて視界が悪いが、昼間なら街道が一望できそうな処だ。
 いいな。この場所。
 吹く風の暖かさが、気持ち良く感じられる。そのお陰で少し、気持ちが上向いた。よし、と空を仰ぐ。俯いても始まらない。
 明日は、メルミルに会いに行こう。それからーー

 星が流れた。

 ここでの流れ星は、貴重な資源に他ならない。三度唱えて祈るよりも、よほど現実的に望みを叶える手段となりうる。
 だからこそ、問題は尽きない。それが星の雫というものだ。
 また、陽月下が追うのだろう。灯りになり、金になり、傷を癒し、空間を縫うーー千変万化の不思議な光。
 ぼうっと、光の消えた空を眺めていると、不意にバタバタと足音が響いた。

 え?人の気配なんて、あった?

 驚いて振り向くと肩で息をする男が一人、数メートル先で立っていた。見知った顔のその相手は、ずいぶん急いでここまで駆け上がってきた様子。相変わらず、サンダル履きだった。
「じっ様?」
「テメエは……こんな時間に、フラフラ出歩いていい立場じゃねえだろ」
 呆然、といった様子で、フルルクスは私を見て言った。そういえばこの時間は、彼の活動時間だった。もしかして…徘徊する私を見て、慌てて追ってきた?気配を消すのが上手すぎて、実際のところがよく分からない。
「眠れなかったもので。一応、疑われている身という自覚はあったので、布を被ってみましたが…」
「驚かせんな」
 じっ様が眉間に皺を寄せ、ガリガリと頭を掻く。
「驚きましたか?」
「うるせえ。人の活動時間にウロチョロしてんじゃねえ。目障りだ」
 一段と不機嫌そうに見える。
 昼間、爺様がいる間、じっ様は時空の狭間に閉じ込められる。少し聞きかじったところによると、それは自分以外のすべてが静止した世界らしい。
 爺様とじっ様は同時に存在できない。それゆえ爺様がこの『時』に召喚された瞬間、じっ様の世界は時の流れを止めるのだ。
 いっそ自分自身も時が止まれば楽なのだろうけど、そうならないのが辛いところ。世界の時間は止まっても、じっ様の時間は止まらない。
 自身が世界を取り残してゆく中に独り置かれた挙げ句、そこから抜け出してみれば、知らぬ間に周囲の時間は経過し、取り残されていたのは己だったと悟らされる。かなり遠慮したい状況と言える。

「……すみません」

 じっ様にとって、この夜の時間がどれだけ貴重なものなのかを考えると、もう謝るしかない。必要があってならともかく、こうして勝手に出歩いたために、その貴重な時間を無駄に割かせたとあっては。ようやく上向いてきた気持ちが、倍になって下降した。情けない。
「ーーなっ!?」
「すぐに帰ります」
 ペコリと頭を下げ、その場を後にしようとした。
「ちょっと待て!」
「はい?」
 足を止め、振り向く。
「なにか悪いモンでも食ったか?」

 は?

 なにを言うんだ、この男は?じっ様の顔をまじまじと見ると、ひどく戸惑った表情を浮かべていた。
「それ、どういう…?」
「どうもこうも、妙にしおらしいじゃねえか。気味わりいな」
 ああ、なるほど。そういえば私はこの人に対して、言いたい放題だった。それが今夜はやけに大人しい。それが変だと言いたいのか。
 だけど仕方ない。今はとても、そんな気分ではないのだから。それに本来、腹の中で思いはしても口には出さない方だ。これまでのじっ様に対する態度が、例外だったと言える。
「まあ…その、私でも悩む時があるというだけです」
 苦笑して、再びその場を後にしようと向きを変える。すると、再び後ろから声がかかった。
「話せないことか?」

 足が止まる。本当はーー

 聞いてほしい。じっ様に、時間を費やさせるのは本意ではない、けれど。

 ……いいだろうか?甘えてしまっても。
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