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98日目(2)
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じっ様に、ここ数日の出来事をすべて話した。
主上が信頼し、私が何者であるかを知っているこの人には、なにも隠す必要がない。気が楽だ。
「少し、スッキリしました」
話し終えると、幾分気持ちが軽くなった。なにも解決していないというのに。やはり私は、お気楽な性質らしい。
「こっちは頭がいてえ。チッ。ノーツの野郎…紅の破片だと?」
聞かされたじっ様は、不機嫌が増したようだ。まあ、普通にしていても、ものすごく不愉快だって顔をしているのだけれど。
「アケイルさんが主上に頼まれて研究を試みてはいるんですが、今すぐ立証は無理そうですね」
「……それで?シロガキ、お前はどうする?」
「どうしましょうか…」
些か投げやりになってきた。できることなら逃げ出したいくらいである。
「おい…」
「なんであんな性格破綻者が、天才なんでしょうかね?紅の破片の雫還元、アケイルさんにできなくて、ノーツには可能なんて悔しいですよ」
「……」
思わずこぼした私の愚痴に、じっ様は黙り込んだ。どうやら、なにか考え中の模様。
「はあ…」
ため息が漏れる。
しばらくして、じっ様は胡座をかいていたのを座り直し、片膝を立てた。話すために二人して、その場に腰を下ろしていたのだ。
隣に座っていた私も、居住まいを正す。
「いいか?見てろ」
おもむろに人差し指を立てながら、じっ様が言った。
黙ってその指を視線で追う。指は空中に、なにやら綴り始めた。どんな仕組みで空中に浮かぶのだろうか、不思議な光景。これはーー術式だ。
ややあって術式が形を崩しながら消え、指先で光の糸からなる小さな竜巻が起こった。ちっちゃな金色綿あめ製造過程だ。それが次第に凝縮していく。
竜巻は二センチ角ほどの光る立方体になったかと思うと、最後の残り火を燃やしたかのごとく、ポッと一瞬ひときわ強く光って、それからーー四角い木片となった。
そして、コロリとじっ様の手のひらに落ちる。
「…積み木?」
「ただの木片だ。これが、だ…」
じっ様は再び術式を綴った。今度は木片の真上で。すると木片はあっという間に光の渦へと転じ、渦は糸状となって指先へ吸い込まれていった。後にはなにも残らない。
「これって…」
「これが生成と還元。簡単なものだが、まあ錬金術だ」
なに?この男、黒魔術だけでなく錬金術までできたのか?そういえば、部屋に本が散乱していた。本業(?)は、元陽月下の召喚術師だったはずだけど?
「あの、じっ様って一体…」
「さて、ここからが本番だ。見てろ」
疑問の声は遮られる。それはどうでもいいということだろうか。
じっ様は私の戸惑いなどお構いなしで、また木片を生成した。そしてまたしても木片上に術式を綴ったのだがーー
なんと今度は、その木片が火を吹いた。
瞬く間に木片は燃えてゆき、今度は手のひらに灰が落ちる。
熱くないのだろうかと思いつつ灰を見つめていたら、その灰が鼻先に突き出された。そしてじっ様が言う。
「問題だ。コイツは還元可能か?」
「え?」
え?ええ、と…これは、元は錬金術で生成された木片で……その元は星の雫だよね?だけどたった今、燃えて灰になってしまって…え?あれ?
恐る恐る、答える。多分ーー
「不可?」
「正解。たとえ元が錬金術で生成したものでも、変質しちまったら還元はできない。それと同じで、劣化した雫は還元できない。それが常識だ」
じっ様がニヤリとする。
え?
「待ってください?でも、ノーツは可能にしていたと思われます」
「ああ。式術研究は続けていると、理論上は可能でも、まったくその通りに作用しないという壁にぶつかることが多々ある。お前になら解るだろう?境界だ。変質物還元化もそれに当たる」
両手をパタパタはたき、灰を落としながら、じっ様が私を見る。
ーー境界。
首を捻る。神様の気まぐれと言えばそれまでだが、それだけではないように思える。
「なにか……違いが?」
呟くように言葉が出た。
「ホント、勘は悪くねえようだな。ノーツは既存の理論とは、まったく違う着想を得た。境界上に立つ第一条件だ」
「奴は…境界を認識している?」
「テメエの存在を考えてみろ。それどころか、奴の方が俺たちよりも先を行っている」
じっ様は実に不愉快だと言わんばかりに、ガリガリと頭を掻く。よく頭に巻いた布はズレないものだ。妙なところで感心してしまった。
アケイルさんの研究はどうなるのだろう?
もちろん、今のままでは駄目だ。彼にこれまでの理論を、捨てる真似ができるだろうか?いや、じっ様は第一条件だと言った。たとえ捨てられたとしても、それだけではまだ足りないということだ。
ああ、もう。そもそも境界上になど、立つべきではないのだ。紅の破片のもたらすエネルギーは多分、人には過分。そんなことが普通に可能となったならば、ノーツのようにイカれた者が他にもきっと現れる。
ため息を吐き、膝を抱えた。
「アケイルさんに、なんと言ったらいいんでしょう?」
「阿呆。いらん世話だ」
隣を見ると、じっ様は話しながらまた術式を綴っている。今度はなにをするつもりだ?
「アケイルさんなら大丈夫?」
術式が消え、光る小さな金色竜巻が渦巻く。
「無理と判断したなら、自分でその時は見極める。それが式術研究者だ」
「そう…ですね。余計な心配、か…確かに」
じっ様の手の上で、光の凝縮が収まりかけていた。なんだか、小さくて丸いもののようだけど?
固唾を呑んで見つめていると、じっ様はその出来上がったなにかを、ギュッとたちまち握りしめてしまった。
「あっ!」
思わず声を上げる。
まだなにか判別できていない。意地悪だと思ったらーー
「ほらよ」
ずいっと、その握りこぶしを差し出してきた。
「え?」
「やるよ。質問に正解したからな」
手の中にあったそれは、小さな一粒の真珠だった。
単純なもので。
「ありがとうございます」
すっかり気持ちは浮上して、私は笑っていた。
主上が信頼し、私が何者であるかを知っているこの人には、なにも隠す必要がない。気が楽だ。
「少し、スッキリしました」
話し終えると、幾分気持ちが軽くなった。なにも解決していないというのに。やはり私は、お気楽な性質らしい。
「こっちは頭がいてえ。チッ。ノーツの野郎…紅の破片だと?」
聞かされたじっ様は、不機嫌が増したようだ。まあ、普通にしていても、ものすごく不愉快だって顔をしているのだけれど。
「アケイルさんが主上に頼まれて研究を試みてはいるんですが、今すぐ立証は無理そうですね」
「……それで?シロガキ、お前はどうする?」
「どうしましょうか…」
些か投げやりになってきた。できることなら逃げ出したいくらいである。
「おい…」
「なんであんな性格破綻者が、天才なんでしょうかね?紅の破片の雫還元、アケイルさんにできなくて、ノーツには可能なんて悔しいですよ」
「……」
思わずこぼした私の愚痴に、じっ様は黙り込んだ。どうやら、なにか考え中の模様。
「はあ…」
ため息が漏れる。
しばらくして、じっ様は胡座をかいていたのを座り直し、片膝を立てた。話すために二人して、その場に腰を下ろしていたのだ。
隣に座っていた私も、居住まいを正す。
「いいか?見てろ」
おもむろに人差し指を立てながら、じっ様が言った。
黙ってその指を視線で追う。指は空中に、なにやら綴り始めた。どんな仕組みで空中に浮かぶのだろうか、不思議な光景。これはーー術式だ。
ややあって術式が形を崩しながら消え、指先で光の糸からなる小さな竜巻が起こった。ちっちゃな金色綿あめ製造過程だ。それが次第に凝縮していく。
竜巻は二センチ角ほどの光る立方体になったかと思うと、最後の残り火を燃やしたかのごとく、ポッと一瞬ひときわ強く光って、それからーー四角い木片となった。
そして、コロリとじっ様の手のひらに落ちる。
「…積み木?」
「ただの木片だ。これが、だ…」
じっ様は再び術式を綴った。今度は木片の真上で。すると木片はあっという間に光の渦へと転じ、渦は糸状となって指先へ吸い込まれていった。後にはなにも残らない。
「これって…」
「これが生成と還元。簡単なものだが、まあ錬金術だ」
なに?この男、黒魔術だけでなく錬金術までできたのか?そういえば、部屋に本が散乱していた。本業(?)は、元陽月下の召喚術師だったはずだけど?
「あの、じっ様って一体…」
「さて、ここからが本番だ。見てろ」
疑問の声は遮られる。それはどうでもいいということだろうか。
じっ様は私の戸惑いなどお構いなしで、また木片を生成した。そしてまたしても木片上に術式を綴ったのだがーー
なんと今度は、その木片が火を吹いた。
瞬く間に木片は燃えてゆき、今度は手のひらに灰が落ちる。
熱くないのだろうかと思いつつ灰を見つめていたら、その灰が鼻先に突き出された。そしてじっ様が言う。
「問題だ。コイツは還元可能か?」
「え?」
え?ええ、と…これは、元は錬金術で生成された木片で……その元は星の雫だよね?だけどたった今、燃えて灰になってしまって…え?あれ?
恐る恐る、答える。多分ーー
「不可?」
「正解。たとえ元が錬金術で生成したものでも、変質しちまったら還元はできない。それと同じで、劣化した雫は還元できない。それが常識だ」
じっ様がニヤリとする。
え?
「待ってください?でも、ノーツは可能にしていたと思われます」
「ああ。式術研究は続けていると、理論上は可能でも、まったくその通りに作用しないという壁にぶつかることが多々ある。お前になら解るだろう?境界だ。変質物還元化もそれに当たる」
両手をパタパタはたき、灰を落としながら、じっ様が私を見る。
ーー境界。
首を捻る。神様の気まぐれと言えばそれまでだが、それだけではないように思える。
「なにか……違いが?」
呟くように言葉が出た。
「ホント、勘は悪くねえようだな。ノーツは既存の理論とは、まったく違う着想を得た。境界上に立つ第一条件だ」
「奴は…境界を認識している?」
「テメエの存在を考えてみろ。それどころか、奴の方が俺たちよりも先を行っている」
じっ様は実に不愉快だと言わんばかりに、ガリガリと頭を掻く。よく頭に巻いた布はズレないものだ。妙なところで感心してしまった。
アケイルさんの研究はどうなるのだろう?
もちろん、今のままでは駄目だ。彼にこれまでの理論を、捨てる真似ができるだろうか?いや、じっ様は第一条件だと言った。たとえ捨てられたとしても、それだけではまだ足りないということだ。
ああ、もう。そもそも境界上になど、立つべきではないのだ。紅の破片のもたらすエネルギーは多分、人には過分。そんなことが普通に可能となったならば、ノーツのようにイカれた者が他にもきっと現れる。
ため息を吐き、膝を抱えた。
「アケイルさんに、なんと言ったらいいんでしょう?」
「阿呆。いらん世話だ」
隣を見ると、じっ様は話しながらまた術式を綴っている。今度はなにをするつもりだ?
「アケイルさんなら大丈夫?」
術式が消え、光る小さな金色竜巻が渦巻く。
「無理と判断したなら、自分でその時は見極める。それが式術研究者だ」
「そう…ですね。余計な心配、か…確かに」
じっ様の手の上で、光の凝縮が収まりかけていた。なんだか、小さくて丸いもののようだけど?
固唾を呑んで見つめていると、じっ様はその出来上がったなにかを、ギュッとたちまち握りしめてしまった。
「あっ!」
思わず声を上げる。
まだなにか判別できていない。意地悪だと思ったらーー
「ほらよ」
ずいっと、その握りこぶしを差し出してきた。
「え?」
「やるよ。質問に正解したからな」
手の中にあったそれは、小さな一粒の真珠だった。
単純なもので。
「ありがとうございます」
すっかり気持ちは浮上して、私は笑っていた。
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