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99日目(1)
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気勢を削がれた。それも、二度。
一度目は、意を決し厨房にメルミルを訪ねて行ったら、彼女は休みであったことで。二度目はその厨房で、マッド白魔術師ライトリィ・イーウィーと出くわしてしまったことにより。
「なにをしているんですか?こんな所で」
尋ねずにはいられなかった。何故、ライトリィさんが城の厨房をうろついている?
「つまみ食い」
ニッコリ微笑み、マッドは答えた。悪びれる素振りはまったくない。
「はあ?」
気の抜けた返事しかしようなない。なんだかなあ…脱力である。気追い込んでここまで足を運んだのに、肝心のメルミルは不在でマッドに出会うとは。
「君も食べる?美味しいよ?」
マッドが手にしていたものを差し出す。
かろうじて、悲鳴を飲み込んだ。
ライトリィさんの差し出したもの、それはどう見ても蛙の姿焼きだった。串に刺さった、磔の…蛙。
「それ…は?」
声が掠れる。
「ニビイログンジョウガエルの燻製」
ニビ…?とにかく蛙だ。しかも燻製にしてこのサイズ。元はもっと大きかったってこと?持っているマッドの顔よりもデカい。う…ちよっと苦手かも。
「この時期限定。コイツは前に会った、あの池にも生息しているはずだよ。見たんじゃないかい?灰色と青色の、まだら模様の大きな蛙」
…ニビイロは『鈍色』、グンジョウは『群青』か。食べ物の色としては、この上なく不味そうな組み合わせだ。まあ、皮は剥いでしまうのだろうけど。
「いえ、見たことは…」
見なくて結構だ。
「そう?この時期は、よく姿を見るんだけどね?ひょっとして、見なくて幸いだった?」
ひょいと前のめりになって、マッドは私の顔を覗き見る。
「ハハ…そうですね」
うわ。その蛙を持って、あまり近づかないで。目を逸らす。視線の先に、昼食時の戦闘を終え、いつもより少しだけ静かになった厨房が映った。これから僅かの間に、今度は夕食時の戦闘に向けて喧騒が戻ってくるのだろう。
「そうだねえ。見た目はよろしくないからねえ、コイツは。……ところで、僕になにか言うことはないかい?」
いっそうニッコリが深まった。
ギクリ。
おかしいと思ったら、ひょっとしてここで張っていたのだろうか?
「……主上から、聞いているのではないですか?」
「知らなかった?僕たちの中で、彼が一番食えない奴だってことを」
…僕たちとは、主上、フルルクス、ライトリィさんの幼馴染三人組を指す。そして彼とは、主上。つまりーー
「そうですか。主上はなにも言っていないんですね」
そうだな。なんの確証もないことを、主上が話すはずがない。そう納得していると、マッドは更にニッコリとした。
嫌な笑顔だ。
「知らなかった?僕たちの中で、彼が一番甘い奴だってことを」
ピンときた。この場合の彼とは、じっ様。ああ、もう。この人は何故、こんな言い方しかしないのだろう。昨夜あれから会ったんですね?
「……フルルクスさんから聞いたんですね。それならそうと言ってください」
「心外だよね。頼んだ僕にではなく、フルルクスに報告するなんてさ。『ガキの様子にちゃんと気を配れ』なんて叱られちゃったよ」
「それは…報告したというより、相談したという感じになってしまったから…。でも、報告するほどハッキリと言えることは、実はないんです」
フフと、マッドは笑った。珍しい、普通の笑顔。
「そのようだね」
真顔に戻り、顎に手を添え考える素振り。その手にしっかりとにぎられた、蛙の燻製がシュールだ。
「はい。憶測の域を出ていません」
「もしも…」
「もしも?」
「君と陛下が危惧している通りなら、慎重の上にも慎重を重ねなくてはね」
「……主上は近く、ノーツ自身が動くと見ています」
「そうなんだよねえ。それなのに、その相手の動きがまったく予想不可なんだ。困ったねえ」
今度は腕を組み、うんうんと一人頷く。燻製はもちろん手にしたまま。
「…はい」
「陛下が占者の託宣に、嫌な顔をするわけだよ。もう少し事態を静観して、出方を窺いたかったんだろうね。惚けられない、動かぬ証拠を押さえるためにも」
違う。主上は自分が間違っている証拠を、見つけたかったのだ。私はそう思う。
「主上は……」
「ところが託宣が下った途端、さっさとディバルサを切る。ホント、食えない奴だよ」
「あの時…すごく苦しそうでした。主上は…」
「だけど肝心なところで臆病だ。七年前、アールにも問い質せなかった。そして、今度も」
苦笑してマッドが私を見る。とことん人が悪いな。だけど長い付き合いだけあって、主上のことはよく解っている。ぐうの音も出ないほどの、キツい意見を述べてくれた。
「でも…」
続く言葉が見つからない。
「もっとも、今回の場合は冷静であるがゆえに、とも言えるね。慎重に動かなければ、逃げ道を与えてしまう」
マッドはニッコリ笑って、それから手にした燻製に齧りついた。
…食えない。絶対にこの人が一番。ついでにその蛙も、無理。食えない。
一度目は、意を決し厨房にメルミルを訪ねて行ったら、彼女は休みであったことで。二度目はその厨房で、マッド白魔術師ライトリィ・イーウィーと出くわしてしまったことにより。
「なにをしているんですか?こんな所で」
尋ねずにはいられなかった。何故、ライトリィさんが城の厨房をうろついている?
「つまみ食い」
ニッコリ微笑み、マッドは答えた。悪びれる素振りはまったくない。
「はあ?」
気の抜けた返事しかしようなない。なんだかなあ…脱力である。気追い込んでここまで足を運んだのに、肝心のメルミルは不在でマッドに出会うとは。
「君も食べる?美味しいよ?」
マッドが手にしていたものを差し出す。
かろうじて、悲鳴を飲み込んだ。
ライトリィさんの差し出したもの、それはどう見ても蛙の姿焼きだった。串に刺さった、磔の…蛙。
「それ…は?」
声が掠れる。
「ニビイログンジョウガエルの燻製」
ニビ…?とにかく蛙だ。しかも燻製にしてこのサイズ。元はもっと大きかったってこと?持っているマッドの顔よりもデカい。う…ちよっと苦手かも。
「この時期限定。コイツは前に会った、あの池にも生息しているはずだよ。見たんじゃないかい?灰色と青色の、まだら模様の大きな蛙」
…ニビイロは『鈍色』、グンジョウは『群青』か。食べ物の色としては、この上なく不味そうな組み合わせだ。まあ、皮は剥いでしまうのだろうけど。
「いえ、見たことは…」
見なくて結構だ。
「そう?この時期は、よく姿を見るんだけどね?ひょっとして、見なくて幸いだった?」
ひょいと前のめりになって、マッドは私の顔を覗き見る。
「ハハ…そうですね」
うわ。その蛙を持って、あまり近づかないで。目を逸らす。視線の先に、昼食時の戦闘を終え、いつもより少しだけ静かになった厨房が映った。これから僅かの間に、今度は夕食時の戦闘に向けて喧騒が戻ってくるのだろう。
「そうだねえ。見た目はよろしくないからねえ、コイツは。……ところで、僕になにか言うことはないかい?」
いっそうニッコリが深まった。
ギクリ。
おかしいと思ったら、ひょっとしてここで張っていたのだろうか?
「……主上から、聞いているのではないですか?」
「知らなかった?僕たちの中で、彼が一番食えない奴だってことを」
…僕たちとは、主上、フルルクス、ライトリィさんの幼馴染三人組を指す。そして彼とは、主上。つまりーー
「そうですか。主上はなにも言っていないんですね」
そうだな。なんの確証もないことを、主上が話すはずがない。そう納得していると、マッドは更にニッコリとした。
嫌な笑顔だ。
「知らなかった?僕たちの中で、彼が一番甘い奴だってことを」
ピンときた。この場合の彼とは、じっ様。ああ、もう。この人は何故、こんな言い方しかしないのだろう。昨夜あれから会ったんですね?
「……フルルクスさんから聞いたんですね。それならそうと言ってください」
「心外だよね。頼んだ僕にではなく、フルルクスに報告するなんてさ。『ガキの様子にちゃんと気を配れ』なんて叱られちゃったよ」
「それは…報告したというより、相談したという感じになってしまったから…。でも、報告するほどハッキリと言えることは、実はないんです」
フフと、マッドは笑った。珍しい、普通の笑顔。
「そのようだね」
真顔に戻り、顎に手を添え考える素振り。その手にしっかりとにぎられた、蛙の燻製がシュールだ。
「はい。憶測の域を出ていません」
「もしも…」
「もしも?」
「君と陛下が危惧している通りなら、慎重の上にも慎重を重ねなくてはね」
「……主上は近く、ノーツ自身が動くと見ています」
「そうなんだよねえ。それなのに、その相手の動きがまったく予想不可なんだ。困ったねえ」
今度は腕を組み、うんうんと一人頷く。燻製はもちろん手にしたまま。
「…はい」
「陛下が占者の託宣に、嫌な顔をするわけだよ。もう少し事態を静観して、出方を窺いたかったんだろうね。惚けられない、動かぬ証拠を押さえるためにも」
違う。主上は自分が間違っている証拠を、見つけたかったのだ。私はそう思う。
「主上は……」
「ところが託宣が下った途端、さっさとディバルサを切る。ホント、食えない奴だよ」
「あの時…すごく苦しそうでした。主上は…」
「だけど肝心なところで臆病だ。七年前、アールにも問い質せなかった。そして、今度も」
苦笑してマッドが私を見る。とことん人が悪いな。だけど長い付き合いだけあって、主上のことはよく解っている。ぐうの音も出ないほどの、キツい意見を述べてくれた。
「でも…」
続く言葉が見つからない。
「もっとも、今回の場合は冷静であるがゆえに、とも言えるね。慎重に動かなければ、逃げ道を与えてしまう」
マッドはニッコリ笑って、それから手にした燻製に齧りついた。
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