白雪日記

ふたあい

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100日目(3)

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「なるほど。互いに情が移ったか。フッ」
 ノーツが感心したような声を上げ、鼻で笑った。どこまでも、人をコケにした態度だ。
「なにが可笑しいんですか?」
「フッ、知らぬだけだ。その裏切り者は、たしかにお前を慈しんだ。お前が創造される過程で、何度となく話しかけ、笑顔を向けた。しかし、それはすべてお前が妹であると信じたがゆえ。完成に近づいたお前が妹ではないと知った時の、その男の顔を見せてやりたいよ」
 ノーツは嗤う。

 心が、凍りつきそうだ。

 こんな、こんな心ない奴が、この世にいるなんて。震えが止まらない。
 そんなこちらの様子を気に留めるでもなく、なおも狂った式術師は喋る。
「挙句の果てに、私をその手で捕らえた。騙されてよほど悔しかったのだろう」
 両腕を開き、呆れたというような仕草。そしてフィルを見据える。
「……」
 フィルは黙って睨み返した。
「すべては勘違いというものだ。貴君の妹を、暗殺の手駒に使うわけにはいかないではないか。私の気遣いだ。占者を手に入れ、複製を成す。さすれば、妹は戻ってくる。どうだ?解ったら私にーー」

「黙れ」

 穏やかな声だった。だが、ノーツの言葉を止める威力は、十分にあった。
「ガッサ班長…」
「占者の複製、ましてや暗殺など、望んでいない。その意図に気付いて、俺はお前を野放しにできないと思った。それだけだ。妹のことは、関係ない」
 フィルが私を見た。そして、震えの止まらぬ私の手に、彼の手がそっと重なった。

 震えが止まった。

「班長…」
 フィルが優しく微笑む。
「ノーツが逃亡してからここまで、空きを見ては奴の隠れ家を張っていた。俺自身の手で、決着をつけるために。それが…人影が見えて飛び込んだらお前だったとは、皮肉もいいとこだ。まったく、無茶をする。シロ、お前は奴に逆らえない。そう造られている。だから…逃げろ」
「え……?」

 おかしい。

 ノーツはフィルに妹の生成を約束し、協力を得た。だけど、その真の狙いに気付いたフィルは、奴を捕らえた。彼が彼の意志で、その手で決着をつけるために。
 辻褄は合う。まだなにも事を起こしていないあの段階でノーツを捕らえるに至ったのは、フィルが意図的に情報を流したからだ。ノーツが紙一重馬鹿というだけでなく。

 それでは、そのノーツを牢から逃したのは誰だ?

 雫の横流しに関しては?あれはノーツ捕縛の、前後に行われていたはず。配分前の星の雫をノーツに流したのは、フィルではない。

 ……これは一体?

「もう遅い」
 私の思考は中断させられた。ノーツの言葉に。視線を移すと、奴が私に向け手のひらを突き出していた。
「ーーっ!」
「有効範囲内だ。だから、この狭い場所を選んだ。学術塔の裏から私の隠れ家の一つへ。そして、ここ。よくできた罠だっただろう?」
 クスクスと笑うノーツの手のひらがぼんやりと光り始め、術式が浮かび上がる。不可思議で綿密な文字の羅列。式術師の言葉を借りるなら、緻密に組み上げ確立された一つの理。
 最初にノーツが私の魂を抜くと言って、手を伸ばした時の感覚が蘇った。フワリと、意識が浮かぶようなあの感覚。拙い。逃げられないーー

 パチンッ。

 不意に、なにかが弾けた。同時に、意識が元へ戻る。
「え?」
 声が出た。異常がなくなった?

 なに?今のは?術を…跳ね返した?

「なに!?」
 ノーツが顔を歪め、声を上げる。そして慌てて、突き出していた自身の手のひらを見つめた。
「なにが…?」
「……まさか?クッ、あのジジイかっ!?」
「ジジイ…?」

 って、ああ!そうか!

「畜生がっ!」
 悲鳴にも似た叫び声が、狭い空間に響いた。

 そして、続けて地団駄を踏む音。

 ダンッ、ダンッ。

 体が竦むほどの狂気。それを発するノーツは、肩を怒らせ、髪を振り乱し、ひたすら上下する己の足先を睨みつけている。承知していたが、やっぱりこの男は狂っている。
「クソッ!」
「……」
「クソがっ!」
「……」
 ひとしきり石畳を踏み鳴らすと、ノーツは慄く私を見た。冷や汗が体を伝う感覚。
 僅かの間。 奴は唇の端を、ゆっくりと上げた。

 なにを、思いついた?

 突然、背後にある通路目がけて、ノーツが駆け出した。
「待てっ!」
 思わず叫ぶ。
 追いかけようとして、動きを止めた。駄目だ、と。振り向き、フィルを見る。放っては行けない。だけどーー
「行け。奴をここで逃すわけにはいかない」
 フィルが言った。
「班長…ですが…」
「俺は大丈夫だ。奴を前にお前が動けるというなら、行け。近衛の務めを果たせ!」
「ーーは、はい!」

 駆け出すと同時、再びじわりと涙が滲んだ。

 私の胸の術式を見て不快をあらわにした、フルルクス爺様の顔が思い浮かぶ。奴の意のままに魂が抜けぬよう、爺様が術式に手を加えてくれていたのだ。
「ありがとうございますっ」
 声になった。
 そして、「すまない」という主上の言葉を思い出す。最悪、フィルと剣を交えることになるだろうと想定して、私をここまで鍛えてくれた。「そうはなりませんでしたよ!」と、声を大にして伝えたい。

 私は、私の務めを果たす。そのための力を、皆がくれた。

 大丈夫!
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