白雪日記

ふたあい

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100日目(2)

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 再び視界が歪んだ。

 そう思ったら、その視界が極めて悪くなった。暗い。その上、足場がーーない?
「へ、ええっ!?」
 思わず間抜けな叫び声を上げる。

 今度はいきなり、空中に放り出された!?

 次の瞬間、誰かに抱きすくめられた。続いて、強い衝撃。
 落ちたのだ、地に。それから私と、私を抱きすくめた誰かは、更にそのままゴロゴロと転落を始めた。
 この感じ…視界が遮られているため定かではないけれど、階段か?
 学術塔の裏からどこかの小屋へ。そして空中に放り出され、落ちた先で階段を転げ落ちる。この不可解な展開ーー
 間違いない。召喚術だ。
 転がりながら冷静に分析できるのは、私を抱きかかえてくれている誰かのお陰。私が受けるはずの衝撃を、この誰かが一切引き受けてくれている。

 大丈夫なのだろうか?

 しばらくして、転落は止まった。というより、最下層まで落ちきったという方がよさそう。
 落ちた先は薄暗い、四方を石煉瓦で囲まれた狭い空間だった。壁に小さなランプが一つだけ灯っていて、どうにか視界を保っている。奥へと続く、細い通路を確認した。おそらくここは、地下だろう。
 うう。頭がクラクラする…

「……う…」

 うめき声に、我に返った。倒れたまま無意識に辺りを探っていた視線を、自分が下敷きにしていた相手に向ける。

 赤い髪。

 誰かとは、フィルだった!
「は、班長!大丈夫ですか!?」
 慌ててフィルの上から退き、肩を掴んで顔を覗き込む。
「う…そっちは…大丈夫…か?」
「あ、当たり前です!私は庇ってもらったんですから!」
 この期に及んで、人の心配などしている場合か?ほとんど無傷ですよ!受けるダメージは全部、自分が被ったくせに。なにを言ってくれている!?ああ、腹立たしい!泣きそうだ。
「そんな…顔をするな……自業自得だ」
「ーー!ガッサ班長…」
 涙で視界が曇る。自業自得。その言葉の意味を、聞かせないでほしい。そんな私の表情を見て、フィルは悟ったようだ。自嘲の笑みを見せた。
 一粒。私の涙が、フィルの頬に落ちた。その時だったーー

「まさに自業自得。いいや。この私を裏切った報いだな」

 背後から声がした。
 この状況で妙に落ち着いた、不快な、聞き覚えのあるこの声の持ち主はーー
 勢いよく振り向いた。
「ディルモア・ノーツ!」
「久しぶり、私の〈完璧な作品〉。傷など付いていないだろうな?そういう点では、そこの裏切り者に感謝しなくてはな」
 人を見下すような嫌な笑みを浮かべて、その男は立っていた。
 これがが…ノーツ。己の望みのためだけに白雪を創り、アランサの命を狙う、狂った式術師。初めて、まともに顔を見た。意外にも整った、女性的な顔立ち。そして、白。白い髪、白い肌、黒目も白く濁っている。白内障か?

 ああ…デジャヴ。

「逃げ…ろ…」
 フィルが呻くように言う。
「戯言を。今からでも遅くはない。どうだ?私にまた、協力してくれないか?そうすれば貴君の妹もーー」
「黙れ!もう……騙されない。フィーナは…返って来ない」
 フィルは起き上がろうとするが、「うっ」と一言呻いて動きを止める。おそらく肋骨が数本折れている。下手に起き上がるのは危険だ。私は彼の肩を抑え、首を振った。
「だからその返らぬ魂を、召喚してやろうと言っている。生成してやろうという当初の話とは少々異なるが、妹が返ってくるのに変わりはない。どうだ?丁度良い器が目の前にある。そうだろう?」
 ノーツがしれっと言う。
 よくもそんなことを。戯言を言っているのは、お前の方だ。知っているくせに。フィーナの魂は召喚できない。だから私がここにいる。フィルの肩を掴む手が震えた。
「……すまない。俺が、奴の言葉に惑わされたばかりに…」
 フィルが私を見た。優しい目。優しい声。
「ガッサ班長…」
「気付いていたんだな?俺がノーツの協力者だということを」
「確証はありませんでした。間違っている証拠をみつけたかった。私も、主上も……」
「そうか…陛下も。だからお前を、俺の下に置いた、か」
 吹っ切れたように、フィルが笑う。

 そうだ。

 主上はわざと目に留まるように、私を連れ回った。そうした上で、フィルの様子を一挙手一投足、窺っていた。フィルがノーツの研究の過程で、私を見知っていると推測し、召喚されて間もない私が「記憶が曖昧だ」と言った言葉を利用した。真実を見極める、手段の一つとして。
 ライトリィさんの言葉通り、なかなかどうして食えない王様だ。

 胸が痛い。

 メルミルの持っていたあの赤い石が、元はフィルからフィーナに贈られたものだと知った時ーー彼が故郷の紅の破片があるという島へ渡ったことがあると気付いた時、その事実は自ずと浮かんできた。
 ノーツの研究資源が、フィルの手引きにより、島の紅の破片から得られていた事実。
 なんの証拠もなかった。ただ、生成金を市場に流したノーツを捕らえたのはフィルで、二人が顔見知りであるということだけが、確かだっただけ。違う可能性だって、あったのだ。
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