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100日目(5)
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私は…剣の柄に手を掛けはしたものの、抜くことができない。彼女を相手に、剣は振るえない。
「駄目よ!行かせない」
メルミルがナイフを突き出す。
視界の端で、ノーツが更に嗤った。手出しできないと知っていて、メルミルを私に差し向けたのだ。狡猾な奴。身動きできないまま、彼女と対峙する。
「ノーツが言うの…。フィーナを取り戻すには、星の雫が足りないって。どうしてなの…?」
メルミルは俯く。
「メルミル…もう…」
「目の前に、こんなに雫はあるのに……どうしても、何度試みても、取り出せない。だから…だから……」
「メル…ミル?」
「シロ、貴女を還元する必要があるの!」
「ーー!」
「貴女は大きな雫の塊だって。貴女の血が…肉が…内蔵の一つ一つが…髪の毛一本一本が……すべてが星の雫だって……得た雫の大半を、貴女に注ぎ込んだって……」
メルミルがナイフを振り回し、襲いかかってきた。手出しできない私は、防戦一方。
何故、今になってノーツが私に接触してきたのかーーようやく悟った。
そうだった。私は、白雪は、ホムンクルス。錬金によって創り出された、いわば生成物。還元、可能なのだ。
紅の破片が尽き、横流しも止められ、国庫も開かない。そんなノーツが研究資源を手に入れる次なる手。それは私という生成物の還元化だった。役に立たない手駒と資源回収、この男の考えそうなことだ。
完全に失念していた。この…倫理観ゼロ術師め!
「貴女の魂が邪魔なの!魂は妨げになる……変質だって!還元できないって!だから…だから…」
ナイフが上に下にと振られる。
「やめて!メルミル!」
躱すのはわけない。白雪の運動能力を持ってすれば。取り押さえるのも、おそらく。だけど、メルミルの攻撃を止められないでいた。
どうすればいい?
攻防がしばらく続く。
戸惑いながら、一直線に前に突き出されたナイフを僅かな動きで避けた。その時、頬に冷たいなにかが触れた。
涙、だった。
メルミルは涙で、顔をグシャグシャにしていた。
「どうして?なんで?フィーナだけだったのに!」
泣き叫ぶ。
「メルミル…」
「皆、私に意地悪で……フィーナだけだったのに……なんで?貴女は…偶然だった、のに……あの晩、お風呂で会ったのは……なんで…なんでシロなの!?」
メルミルは錯乱していた。
「メルミル!落ち着いて!」
「なんで……?……仲良くなったのを見計らったかのように……なんでノーツは…?……私は…フィーナに…返ってきて欲しいだけなのに……!」
「メルミル!」
「なんでシロが、邪魔なの?なんで?なんで私は……あ……あ…」
ここで踏み切った。メルミルが震えて、その動きを止めたから。
力ずくのつもりだったけれど、力は必要なかった。拘束しようと腕を掴んだら、あっけないほどに力が抜けて、彼女は手にしたナイフを落とした。
カシャンッ、という金属音が響くと同時に、メルミルの両手をギュッと握る。気の利かない私は、すぐに言葉が出てこない。こうするしかできなかった。
「シ…ロ…」
しゃくり上げながら、メルミルが呟く。
「ごめん。もっと早くに、もっとちゃんと、話を聞くべきだったのに…」
ようやく、謝れた。
ここで私は、完全に気を抜いた。拙かった。それは、一瞬の出来事だった。
「違う。私がーー」
ようやく少し落ち着きを取り戻し、言葉を返そうとするメルミルの目が突然、見開かれる。息を呑む表情の変化が、スローモーションに見えた。
衝撃に胸を見る。
「クッ……」
遅かった。油断だ。
背中から刺された私の胸から、細い剣の刃が突き出ていた。
「ひっ…い、いやああああああ」
メルミルの悲鳴がこだまする。私は胸から突き出た血みどろの刃に軽く触れ、ゆっくりと振り向いた。
「さすが〈私の作品〉。致命傷は避けたか」
背後にノーツが薄笑いを浮かべて立っていた。刺さったまま血の伝う、剣の柄からその手を離し、いっそう微笑む。
ビー玉の向こう側にいたのに。
一瞬で間合いを詰めるのだから、本当に召喚術師というのは性質が悪い。
ノーツの言う通り、メルミルの表情で察知した私は、あの一瞬の間に急所は避けていた。刃は貫通してしまったけれど、さすが白雪と言える。でもーー
「肉体的には致命傷を避けている。しかし、お前の胸に刻まれた召喚の術式は、致命的な損傷を受けた」
嬉しそうにノーツが笑った。
そう、なのだ。私の魂は、自然の法則に逆らってここに存在している。それを可能としているのは、ひとえに胸に刻まれた術式の賜物。その術式が損傷したとなると……私の魂と…白雪の身体は……剥…離………………
「駄目よ!行かせない」
メルミルがナイフを突き出す。
視界の端で、ノーツが更に嗤った。手出しできないと知っていて、メルミルを私に差し向けたのだ。狡猾な奴。身動きできないまま、彼女と対峙する。
「ノーツが言うの…。フィーナを取り戻すには、星の雫が足りないって。どうしてなの…?」
メルミルは俯く。
「メルミル…もう…」
「目の前に、こんなに雫はあるのに……どうしても、何度試みても、取り出せない。だから…だから……」
「メル…ミル?」
「シロ、貴女を還元する必要があるの!」
「ーー!」
「貴女は大きな雫の塊だって。貴女の血が…肉が…内蔵の一つ一つが…髪の毛一本一本が……すべてが星の雫だって……得た雫の大半を、貴女に注ぎ込んだって……」
メルミルがナイフを振り回し、襲いかかってきた。手出しできない私は、防戦一方。
何故、今になってノーツが私に接触してきたのかーーようやく悟った。
そうだった。私は、白雪は、ホムンクルス。錬金によって創り出された、いわば生成物。還元、可能なのだ。
紅の破片が尽き、横流しも止められ、国庫も開かない。そんなノーツが研究資源を手に入れる次なる手。それは私という生成物の還元化だった。役に立たない手駒と資源回収、この男の考えそうなことだ。
完全に失念していた。この…倫理観ゼロ術師め!
「貴女の魂が邪魔なの!魂は妨げになる……変質だって!還元できないって!だから…だから…」
ナイフが上に下にと振られる。
「やめて!メルミル!」
躱すのはわけない。白雪の運動能力を持ってすれば。取り押さえるのも、おそらく。だけど、メルミルの攻撃を止められないでいた。
どうすればいい?
攻防がしばらく続く。
戸惑いながら、一直線に前に突き出されたナイフを僅かな動きで避けた。その時、頬に冷たいなにかが触れた。
涙、だった。
メルミルは涙で、顔をグシャグシャにしていた。
「どうして?なんで?フィーナだけだったのに!」
泣き叫ぶ。
「メルミル…」
「皆、私に意地悪で……フィーナだけだったのに……なんで?貴女は…偶然だった、のに……あの晩、お風呂で会ったのは……なんで…なんでシロなの!?」
メルミルは錯乱していた。
「メルミル!落ち着いて!」
「なんで……?……仲良くなったのを見計らったかのように……なんでノーツは…?……私は…フィーナに…返ってきて欲しいだけなのに……!」
「メルミル!」
「なんでシロが、邪魔なの?なんで?なんで私は……あ……あ…」
ここで踏み切った。メルミルが震えて、その動きを止めたから。
力ずくのつもりだったけれど、力は必要なかった。拘束しようと腕を掴んだら、あっけないほどに力が抜けて、彼女は手にしたナイフを落とした。
カシャンッ、という金属音が響くと同時に、メルミルの両手をギュッと握る。気の利かない私は、すぐに言葉が出てこない。こうするしかできなかった。
「シ…ロ…」
しゃくり上げながら、メルミルが呟く。
「ごめん。もっと早くに、もっとちゃんと、話を聞くべきだったのに…」
ようやく、謝れた。
ここで私は、完全に気を抜いた。拙かった。それは、一瞬の出来事だった。
「違う。私がーー」
ようやく少し落ち着きを取り戻し、言葉を返そうとするメルミルの目が突然、見開かれる。息を呑む表情の変化が、スローモーションに見えた。
衝撃に胸を見る。
「クッ……」
遅かった。油断だ。
背中から刺された私の胸から、細い剣の刃が突き出ていた。
「ひっ…い、いやああああああ」
メルミルの悲鳴がこだまする。私は胸から突き出た血みどろの刃に軽く触れ、ゆっくりと振り向いた。
「さすが〈私の作品〉。致命傷は避けたか」
背後にノーツが薄笑いを浮かべて立っていた。刺さったまま血の伝う、剣の柄からその手を離し、いっそう微笑む。
ビー玉の向こう側にいたのに。
一瞬で間合いを詰めるのだから、本当に召喚術師というのは性質が悪い。
ノーツの言う通り、メルミルの表情で察知した私は、あの一瞬の間に急所は避けていた。刃は貫通してしまったけれど、さすが白雪と言える。でもーー
「肉体的には致命傷を避けている。しかし、お前の胸に刻まれた召喚の術式は、致命的な損傷を受けた」
嬉しそうにノーツが笑った。
そう、なのだ。私の魂は、自然の法則に逆らってここに存在している。それを可能としているのは、ひとえに胸に刻まれた術式の賜物。その術式が損傷したとなると……私の魂と…白雪の身体は……剥…離………………
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