白雪日記

ふたあい

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二年目

生命月14日

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 占者塔へ足を運んだ。

 見合い話の返事は、まだ待ってもらっている。一も二もなく断りたいところなのだが、アケイルさんの顔を立てるべきでは?という考えが拭えない。
 それ以前に、私に選択権は本当にあるのだろうか?という疑問もある。リセルさんは、好きにすればいいと言ってくれたけれど。
 アランサの元へ行ったのは、ひょっとしたら彼ならばその能力で、なにか助言をしてくれるのではないだろうかと、淡い期待を抱いたからだった。
 占者、アランサ・ファンスランス。託宣により、人事の一切を取り仕切る権限を持つ者。現在、八歳。やんちゃ盛りの男の子。
 非常に不思議なことに、わたしは彼のお気に入りとなっている。お陰様で、占者塔の出入りは自由となった。尤もこの塔には、出入り口の要所、要所に、警備が立っていて、その都度声をかけて扉をくぐることになるのだけれど。

「あら、まあ。しばらくぶりだこと。学ぶだけ学んだら、すっかり疎遠になってしまった教え子さん」

 アランサの個室に入るなり、手厳しい挨拶が飛んできた。
「すみません、先生。ですがーー」
 相手に言い訳をしようとしたのだけれどーー
「シロッ!」
 いきなりドカッと、何者かが叫ぶと同時、腹にぶつかってきた。「ぐえっ」と声が漏れる。私の胸までの高さしかない相手、それはもちろんアランサだ。
「ア、アランサ…お手柔らかに…」
 思いっきり体当たりしてきたな。子供というものは、まったく、加減を知らない。
「シロッ、久しぶりっ。あのね、あのねーー」

「アランサ。計算の途中ですよ」

 私を見上げ、話したいことを捲し立てようとするアランサ。そこにピシャリと背後から、容赦ない言葉が割って入った。
 恨めしそうにアランサは、声の主を振り返り見る。すると、先程同様その人は、アランサにも手厳しく言った。
「今は勉強の時間です。シロと話をする時ではありません」
 取り付く島もない。アランサは諦めて、渋々と机に戻った。相変わらず厳しいな、先生は。

 厳しい、厳しい、先生の名は、ルビア・ファンスランス。

 前占者の妻、要するにアランサの伯母に当たる人だ。
 一年前いきなりこの世界にすっ飛ばされてきた私の魂は、当然ながらここのことをなにも知らなかった。そのため、一時期アランサと一緒に、彼女に教えを乞うていた。
 だけど私には、近衛としてのお勤めがある。ざっくりと歴史や近隣情勢などを教わった後は、すっかり無沙汰をしていた。そこを咎められてしまったのだ。
「すみません。先生」
 頭を下げる。
 クスリと、先生は笑みをこぼした。厳しくも懐深い人。この人を見ていると、真に教師だなと思う。
「解っていますよ。忙しいのでしょう。特に…今年は南との協約改定年です。何事もなければよいのですが…」
 言葉を返して先生は、僅かに顔をくもらせた。
「……はい」

 そう答えたものの、私に実感はまったくない。まだここに来て、一年にしかならないのだ。

 ふと、壁の張り紙の一枚を見る。それは世界地図だった。いつまで経っても見慣れない、よく知るものとはまるで違う、異界の大陸が描かれたもの。
 これを見ると、いつも軽いめまいを覚える。今、ここにいる自分は、果たして現の者なのだろうか?ーーと。
 いつのことだっただろうか。アランサの自慢げに見えた顔を思い出す。彼は小さなその手で、地図の中心を指し示し言った。「ここが僕たちの国」だと。
 見ると、指の下には縦長の小さな島。それを囲むように、大きな大陸が四つに分かれて描かれていた。そうか。ここは島国だったのか。

 妙に親近感が湧いた。

 続けてアランサは言った。「見て、この国は世界の真ん中にあるんだよ」と。
 これには失笑を禁じ得なかった。おそらく、この地図の端の方に描かれている国、そこへ行って現地の地図を見たならば、この国は最果ての島として記されているだろう。口にはしなかったけれど。
 俄然、興味が湧き地図の表記を凝視した。
 そして気付いた。
 この国は、私の知る故郷の島国とは決定的に違う点がある。

 縦長の島は、北と南、二つの国に分かれていた。

   ✢

「どうしよう…」
 にぼし輝く空の下、呟いた。
 結局、アランサからはなんの助言も得られなかった。ここしばらく会っていなかった間の出来事を、次々と聞かされただけ。
「白雪…私は…」
 呟きかけて濁す。
 なにを口にしたかったのだろう?自分でも分かっていないことに気付いた。また混沌状態に陥ってしまったようである。

 星は…見る限り、その夜は流れなかった。
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