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二年目
転寝月1日(1)
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のんびりと伸びをした。
神様が居眠りを始めてしまったというこの月、季節は依然、春のまま。ここの気候は、春が長い。花粉症とは無縁なので、嬉しい限りである。
昼までは平和だった。陽気と戦い、欠伸混じりに午前修練。我ながら弛んでいると思う。午後から主上について回る予定で、執務室に足を運んだのだけれどーー
「陛下が消えた」
ギィが言った。
「は?またっすか?」
と、カクカ。
「えーっと?どうします?」
一応、指示を仰ぐとしよう。
さして珍しくもない出来事だ。前にも述べたが、あの王様はしょっちゅう勝手に城下へと出てゆく。慌てることはない。ただ、これがお偉い執政官の耳に入ると厄介なのは確かである。
「少し、気になることがある。居場所だけは把握しておきたい。探せ」
意外な返答だった。いつものように「人目につかぬよう、親衛塔で休憩しておけ」ではないんだ。ジッとギィを見た。
「ん?なんだ?」
「その、気になるというのは?」
ギィってポーカーフェイスなんだよな。表情からはなにも読み取れない。
私の問いに答えたのはカクカだった。
「なーんか、今朝からバタバタしてるよなあ。ずいぶん慌てた様子で、祭事と外務のジジイ共が陛下のところに駆け込んで来たって、アウラの奴が言ってたけど、それとなんか関係あるのか?」
「え?そうなの?」
なんだろう。気になった。
「ああ、そうだ。だが、俺もなにがあったかは知らない。問い質そうにも、肝心の陛下がいなくなってしまった。それに…諜報班から気になる情報も来ている」
息を吐き、ギィは言う。
「気になる情報?」
「未確認だ。一旦、それは置いておく」
「ええっ?ギィ、それはないだろ?気になるって」
カクカ…曲りなりの敬語が消え失せているぞ?まあ、ギィとは子供の時からの付き合いらしいから、それも仕方がないのだろうけど。
だけどギィは、それ以前に上官であった。
「いいから探せ」
ビシリとそう言われて、私たちは王様を探し回ったのだけれど、結局見つからず。夕方になって居所を確認したという伝達が来て、勤務を終えた。
なんだかなあ…。
✢
不満あらわに口にした。
「主上、レヴン班長もカクカも、ずいぶん心配していましたよ」
「すまん」
深々、主上は頭を下げる。
はあ…。本当に王様らしくない人だ。お高く止まったところが微塵もない。気安さは城内随一。そこが良いとは思うけれど。
「それで?こんなところに私を呼び出したのは、何故ですか?」
「こんなところとは、言ってくれるじゃねえか」
フルルクスが話に割って入った。それもそのはず、「こんなところ」とは、彼の家だったのだから。
「まあ、そう突っかかるな」
主上が取りなしてくれる。
フンッとじっ様は、顔を背け腕を組んだ。
夕刻、学術塔の私室に戻ると、扉に伝言が挟まっていた。内容は「深夜内密に、フルルクス邸に来られたし」とのこと。それで眠い目を擦り出向いたらば、主上が家主とともに待ち構えていたのだ。もう一人、オマケ付きで。
この家に来るのも久しぶりである。そういえば、主上とここで会うのは初めてだ。
だけど、こちらの困り者には、以前出くわしていたなーーそう思い、隣の席に腰掛けて上機嫌に酒を仰ぐ人物を見た。
「ん?シロも飲む?」
ニッコリ笑って我が師匠、ライトリィ・イーウィーは私に酒瓶を突き出した。そう。オマケとはこの人のことだ。
かつての悪ガキ、幼馴染みトリオの揃い踏みである。
「ガキに飲ますな。勿体ねえ」
フルルクスが師匠の持つ酒瓶を、正面から取り上げる。
「なあに、シロは結構イケる口だぞ」
と、私の向かいで主上。
この体、まったく酔わない。だからイケる口と、言えないこともないのだろう。だけど如何せん、私はお酒の味を美味いと感じない。生前もそうだった。だから普段は、ほとんど飲まない。
……って、一体なんの話だ?私は酒盛りに誘われたのだろうか?
いや、そんなわけがない。
ああ…。嫌な予感がひしひしと。この顔ぶれは、非常に危険だ。
帰りたい。
「それで主上、今朝なにがあったんですか?」
もう単刀直入に尋ねた。話を終わらせ、さっさと帰ろうと決めて。
「せっかちだね~、シロ。もうちょっと、場の雰囲気を楽しもうよ」
いや、師匠。ぜんっぜん、楽しくありませんから。危険しか感じられません。
「今朝のことが、もう耳に入っていたか」
「はい。でも、なにがあったかまでは誰も知りません。祭事官と外務官がひどく慌てていたということしか…」
師匠を完全無視して、向かいのソファに座る主上とじっ様を交互に見た。主上は皮肉そうな笑みを浮かべ、じっ様は不機嫌に舌打ちする。
それからしばらくの間があって、主上が口火を切った。
「今年が南との協約改定年だということは、知っているな?」
ーーやはり、か。
予感はあった。協約改定の話が執務室で出た時から、なにか問題が起こる、そんな気がしていた。
神様が居眠りを始めてしまったというこの月、季節は依然、春のまま。ここの気候は、春が長い。花粉症とは無縁なので、嬉しい限りである。
昼までは平和だった。陽気と戦い、欠伸混じりに午前修練。我ながら弛んでいると思う。午後から主上について回る予定で、執務室に足を運んだのだけれどーー
「陛下が消えた」
ギィが言った。
「は?またっすか?」
と、カクカ。
「えーっと?どうします?」
一応、指示を仰ぐとしよう。
さして珍しくもない出来事だ。前にも述べたが、あの王様はしょっちゅう勝手に城下へと出てゆく。慌てることはない。ただ、これがお偉い執政官の耳に入ると厄介なのは確かである。
「少し、気になることがある。居場所だけは把握しておきたい。探せ」
意外な返答だった。いつものように「人目につかぬよう、親衛塔で休憩しておけ」ではないんだ。ジッとギィを見た。
「ん?なんだ?」
「その、気になるというのは?」
ギィってポーカーフェイスなんだよな。表情からはなにも読み取れない。
私の問いに答えたのはカクカだった。
「なーんか、今朝からバタバタしてるよなあ。ずいぶん慌てた様子で、祭事と外務のジジイ共が陛下のところに駆け込んで来たって、アウラの奴が言ってたけど、それとなんか関係あるのか?」
「え?そうなの?」
なんだろう。気になった。
「ああ、そうだ。だが、俺もなにがあったかは知らない。問い質そうにも、肝心の陛下がいなくなってしまった。それに…諜報班から気になる情報も来ている」
息を吐き、ギィは言う。
「気になる情報?」
「未確認だ。一旦、それは置いておく」
「ええっ?ギィ、それはないだろ?気になるって」
カクカ…曲りなりの敬語が消え失せているぞ?まあ、ギィとは子供の時からの付き合いらしいから、それも仕方がないのだろうけど。
だけどギィは、それ以前に上官であった。
「いいから探せ」
ビシリとそう言われて、私たちは王様を探し回ったのだけれど、結局見つからず。夕方になって居所を確認したという伝達が来て、勤務を終えた。
なんだかなあ…。
✢
不満あらわに口にした。
「主上、レヴン班長もカクカも、ずいぶん心配していましたよ」
「すまん」
深々、主上は頭を下げる。
はあ…。本当に王様らしくない人だ。お高く止まったところが微塵もない。気安さは城内随一。そこが良いとは思うけれど。
「それで?こんなところに私を呼び出したのは、何故ですか?」
「こんなところとは、言ってくれるじゃねえか」
フルルクスが話に割って入った。それもそのはず、「こんなところ」とは、彼の家だったのだから。
「まあ、そう突っかかるな」
主上が取りなしてくれる。
フンッとじっ様は、顔を背け腕を組んだ。
夕刻、学術塔の私室に戻ると、扉に伝言が挟まっていた。内容は「深夜内密に、フルルクス邸に来られたし」とのこと。それで眠い目を擦り出向いたらば、主上が家主とともに待ち構えていたのだ。もう一人、オマケ付きで。
この家に来るのも久しぶりである。そういえば、主上とここで会うのは初めてだ。
だけど、こちらの困り者には、以前出くわしていたなーーそう思い、隣の席に腰掛けて上機嫌に酒を仰ぐ人物を見た。
「ん?シロも飲む?」
ニッコリ笑って我が師匠、ライトリィ・イーウィーは私に酒瓶を突き出した。そう。オマケとはこの人のことだ。
かつての悪ガキ、幼馴染みトリオの揃い踏みである。
「ガキに飲ますな。勿体ねえ」
フルルクスが師匠の持つ酒瓶を、正面から取り上げる。
「なあに、シロは結構イケる口だぞ」
と、私の向かいで主上。
この体、まったく酔わない。だからイケる口と、言えないこともないのだろう。だけど如何せん、私はお酒の味を美味いと感じない。生前もそうだった。だから普段は、ほとんど飲まない。
……って、一体なんの話だ?私は酒盛りに誘われたのだろうか?
いや、そんなわけがない。
ああ…。嫌な予感がひしひしと。この顔ぶれは、非常に危険だ。
帰りたい。
「それで主上、今朝なにがあったんですか?」
もう単刀直入に尋ねた。話を終わらせ、さっさと帰ろうと決めて。
「せっかちだね~、シロ。もうちょっと、場の雰囲気を楽しもうよ」
いや、師匠。ぜんっぜん、楽しくありませんから。危険しか感じられません。
「今朝のことが、もう耳に入っていたか」
「はい。でも、なにがあったかまでは誰も知りません。祭事官と外務官がひどく慌てていたということしか…」
師匠を完全無視して、向かいのソファに座る主上とじっ様を交互に見た。主上は皮肉そうな笑みを浮かべ、じっ様は不機嫌に舌打ちする。
それからしばらくの間があって、主上が口火を切った。
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