白雪日記

ふたあい

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二年目

八年前の転寝月29日

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 フルルクス・シンがかつての同僚ミリ・オヴリと再会したのは、二十日前のことだった。

 夜の酒場通りでバッタリと。単なる偶然である。折りしも城内で、占者が昨今の人材不足に拘わらず、資源管理官の一人を罷免しようとしているという噂が流れーーなんか、去年もそんな話があったけど、資源管理部は大丈夫なのか?ーーじっ様の耳にもそれが入ってきた時だった。
 久しぶりと二人は酒を酌み交わし、じっ様は何気にその話題を持ち出した。城内の噂を酒の肴にーーじっ様がミリさんを信用していた証拠である。
 だけど、そこでミリさんの顔色が変わった。じっ様は気付かぬフリで、その場をやり過ごした。そしてあくる日から、限られた時間の中、あれこれ調べてまわった。
 結果ーー噂になっていた資源管理官が、事前に星の雫の落下地点を、ミリさんに漏らしていたらしいことを突き止めた。
 さすが、元陽月下。資源管理部内には精通している。もっとも、地方管轄だったらしいけれど。そこはそれ、中枢に親しい友人がいますから。

 やはり予想通り、雫の闇取引が行われていたのだ。

 夕べ拾ったケース入りの雫。あれはあの時、直前に流れた星の雫の一部を、落下前に掠め取り、あの場へ召喚したものだったという。
 一方、じっ様はその召喚の軌跡を追って、同じ場に姿を現した。そして私を、足蹴にしようとしたのである。勘弁してほしい。
 昨夜の内に、じっ様からおおよその話を引き出すことに成功した私は、三日間という期限付きで、ミリさんを捕らえたいと言う彼の手助けを申し出た。
 どうやらじっ様は、ここまで単独で動いているよう。主上や師匠を通せば、司法番の左軍を動かすこともできるのに、何故かそれをしていない。
 どうにも解せない。放っておけないと思ったのだ。
 じっ様は始め、私の申し出をキッパリと断った。彼を知る者ならば、容易に想像がつくだろう。「テメエには関係ねえ」の一言で一蹴された。だけど手詰まりになっていたのか、「昼間は忙しくて身動きが取れないと、お祖父様から聞いています」という言葉が効いたのか、最後には首を縦に振ってくれた。
 そこで情報収集ならば任せてくれと、自信満々ミリさんの行方捜しを請け負ったのがーー

 本当に大丈夫なのだろうか?私よ。

「なんでもーーらしいな」
「そうそう、あそこでーー」

 ザワザワ、ザワザワ。雑踏を歩く。

「聞いたか?あそこの奴ーーだそうだ」
「馬鹿な奴らだ。そんな上手い話がーー」

 ほうほう、なるほど。

 耳を澄ますと、昼間の街というのは実に面白い話が聞こえてくるものなんだな。
 ……分かってはいたけれど、どこまで高性能なのだろう?この身体は。改めて感心する。普通は聞こえないボリュームの声まで、確実に拾っている。なんだか、実践すればするほど研ぎ澄まされていくようでもある。
 それに付け加えて、去年ノーツを追った時の情報が、大いに役立っている。裏の商売人を片っ端から洗ったことは、記憶に新しい。

 よし。あとは勘任せ。どの噂話を辿ろうか…

   ✢

 大通りを奥に二本入っただけなのに、ずいぶん静かだなと、昼間通る時いつも思っていた。
 納得。
 この通りって、飲み屋ばかりが軒を連ねていたんだーーキョロキョロと辺りを見回しながら、そう思った。

 馴染みのない場所での、待ち合わせだった。

「なんだ?珍しいのか?」
 前を歩くじっ様が、振り返り訊く。
「はい。普段、夜は出歩かないので。この通りがこんなに賑やかになるなんて、知りませんでした」
 昼間の大通りほどではなかったが、人通りは多かった。
 そうか。こんなふうに夜でも明るく賑わう場所というのは、あるものなのだ。どこにでも…。
 街灯は徘徊していなかったけれど、軒先にランプをぶら下げた店が通りの端まで続いていて、視界は良好である。すべてがお酒を出す店のようだ。
 店内と外に設えたデッキが一続きで、表まで賑わっているという店から、ひっそりと、訪れる者を選ぶような趣の店まで様々だ。じっ様はその内の一軒、大衆的な雰囲気を持つ店に入っていった。急ぎ、ついて行く。
 お酒と料理の匂い。気心知れた者同士が集まり、生まれるざわめき。皆が美味しそうに酒を飲む様子。中に入ると、これぞ居酒屋という風景が広がっていた。こんなのは久しぶりである。こちらでは初体験だ。
 悪くない。
 席についたじっ様は、さっさと酒を注文し始めた。こちらの要望は、一切訊かず。人はいいのだけれど、フェミニズムには欠けている。

 まあ、らしくはある。

 お互い運ばれてきた酒に口を付けたところで、じっ様が訊いてきた。
「で、収穫は?」
「得には、ないです」
「役に立たねえ女だな。テメエで買って出たんだろうが」
「そう言わないでください。向こうだって、尻尾を掴まれまいと必死なんですから。まあ、なんとかなると思いますよ。半日歩き回って、大体どこへ行けば欲しい情報を得られるのか、目星は付きましたから」
「……テメエ、本当に何者だ?」
「諸事情ありまして、それは言えません。あ、そうそうーー」
 苦笑して、首を傾げる。じっ様が杯を空けた。
「なんだ?」
「夕べ、警邏の詰め所の窓が何者かによって割られ、騒ぎになった話をやたらと耳にしましたよ」
 じっ様が渋い表情を浮かべ、手酌する。酒瓶の中身が、ハイペースで減っていく。
「……それくらいで騒ぐなよ」
「騒ぎますよ。なにせ星の雫が投げ込まれて、割れたんですから」

 失笑。犯人は言うまでもない、私たちーーいや、じっ様だ。

「フン」
 不機嫌そうに、じっ様は酒を呷る。
「何故です?」
「あ?なにがだ?」
「何故、星の雫を届け出たんですか?」
「はあ?なにを言ってやがる。役所に返すのが筋だろうが」

 惚けてくれる。

「でも、これでミリさんは完全に、フルルクスさんに知られたことに気付いた。もう彼を、おびき出すという手段は使えない。捜すよりも、その方が手っ取り早いのに。警告…したかったんですか?」
「ーーっ!」
「フルルクスさんは、本当はミリさんを逃がしたい。違いますか?」
「……可愛げのねえ女だな、テメエは」
 また睨まれてしまった。
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