白雪日記

ふたあい

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二年目

八年前の転寝月32日(2)

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 心臓が早鐘のように音を立て響いていた。

 それはーー警鐘。
 いけない。これ以上、進んでは。心の内から声がする。だがしかし、裏腹に体が動く。駆けてゆく。
 じっ様はためらわなかった。すぐに駆け出し、ゲード邸敷地に飛び込み、庭を駆け抜け、窓から内部へ侵入した。止める間もない。黙ってそれに従った。
 無人の部屋。今夜は大事な取引があったのだ。必要最低限の人数しか、屋敷に残ってはいないだろう。軽く周りを窺って、部屋を出る。
 一階の廊下は、がらんとしていた。人の気配はまるでない。

 階段を上る。その先はーー

 むせ返るほど臭っていた。
 この臭い、知っている。だけど、あの時の臭いの元は、他ならぬ私自身だった。
 血のーーおかしなものだ。自分が発生源の時は、さほど気にならなかったのに、他人のモノだと意識すると、こうも不快に感じるとは。

 階段を上がり二階の廊下を一望して、私はーー

 …………………………。

「おい、大丈夫か?」
 じっ様の声に、我に返る。
「あ……は、はい……」
 気付けば、じっ様に支えられて立っていた。それでもフラフラと、足元がおぼつかない。

 人が倒れていた。

 廊下のあちこちで。

 血まみれになって。

 そこかしこに、血溜まりができている。

「手当を…」
 ほとんど無意識に呟き、よろめきながら進もうとした。
「無駄だ。確認するまでもない。死んでいる」
「あ……」
「どうなってやがる?」
「分かり…ません…」
 その場へ、へたり込んだ。

 動けない。

 足がすくむ。震えが止まらない。なんだ?この有り様は?何故、人がこんなに死んでいる?どうして?なんなの、この臭い?気持ち悪い。怖い。ーー白雪…白雪!

 …………………………。

「ーーミリッ!!」

 悲鳴に近い声に、ハッとした。目の前にじっ様がいない。
 ぼやけていた焦点を合わせると、すぐ左手の扉が開いていることに気付いた。
 意識を飛ばしている場合ではない。なんとか立ち上がり、開いていたその部屋へ入る。
 じっ様はそこにいた。
 血まみれになって、誰かを抱えていた。そしてーーその誰かを、必死で揺さぶっている。
「フルルクスさーー」
「ミリッ!おい、ミリッ、返事しろっ!」
 じっ様の腕の中の誰かは、先程見た人たちと同じく、『確認するまでもない』存在に見て取れた。まだ…若い。私が死んだ歳にも満たないだろうその男がーーミリ・オヴリ。
 誰が…こんな?部屋の中を探る。
 赤く染った床と壁。すでに事切れた人たち。壁際に二人、ソファーに一人。皆、惨殺されている。
 え?
 このソファーの人…ゲード?間違いない。昨日屋敷で、物陰からその姿を見ていた。
「……だ?」
 震える声。
「え?」

「誰がこんな真似しやがった!?」

 じっ様が叫んだ次の瞬間、シンと辺りが静まり返った。
 残酷なまでに際立ってしまった、屋敷の静けさ。誰も残ってなどいない。今夜この屋敷にいた者は、すべて死んだのだと悟った。

 ドクン。

 胸の警鐘が、更に大きく響いた。なんだ、この感覚?原因を確かめるべく、視線を窓辺へと移す。

 バルコニーで黒い影が揺らめいていた。

「……どうした?」
 じっ様が私の視線の先を追う。

 影が動いた。突然に。

「ーーっ!」
 右手の甲に、熱を集中した。
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