110 / 140
二年目
八年前の転寝月32日(2)
しおりを挟む
心臓が早鐘のように音を立て響いていた。
それはーー警鐘。
いけない。これ以上、進んでは。心の内から声がする。だがしかし、裏腹に体が動く。駆けてゆく。
じっ様はためらわなかった。すぐに駆け出し、ゲード邸敷地に飛び込み、庭を駆け抜け、窓から内部へ侵入した。止める間もない。黙ってそれに従った。
無人の部屋。今夜は大事な取引があったのだ。必要最低限の人数しか、屋敷に残ってはいないだろう。軽く周りを窺って、部屋を出る。
一階の廊下は、がらんとしていた。人の気配はまるでない。
階段を上る。その先はーー
むせ返るほど臭っていた。
この臭い、知っている。だけど、あの時の臭いの元は、他ならぬ私自身だった。
血のーーおかしなものだ。自分が発生源の時は、さほど気にならなかったのに、他人のモノだと意識すると、こうも不快に感じるとは。
階段を上がり二階の廊下を一望して、私はーー
…………………………。
「おい、大丈夫か?」
じっ様の声に、我に返る。
「あ……は、はい……」
気付けば、じっ様に支えられて立っていた。それでもフラフラと、足元がおぼつかない。
人が倒れていた。
廊下のあちこちで。
血まみれになって。
そこかしこに、血溜まりができている。
「手当を…」
ほとんど無意識に呟き、よろめきながら進もうとした。
「無駄だ。確認するまでもない。死んでいる」
「あ……」
「どうなってやがる?」
「分かり…ません…」
その場へ、へたり込んだ。
動けない。
足がすくむ。震えが止まらない。なんだ?この有り様は?何故、人がこんなに死んでいる?どうして?なんなの、この臭い?気持ち悪い。怖い。ーー白雪…白雪!
…………………………。
「ーーミリッ!!」
悲鳴に近い声に、ハッとした。目の前にじっ様がいない。
ぼやけていた焦点を合わせると、すぐ左手の扉が開いていることに気付いた。
意識を飛ばしている場合ではない。なんとか立ち上がり、開いていたその部屋へ入る。
じっ様はそこにいた。
血まみれになって、誰かを抱えていた。そしてーーその誰かを、必死で揺さぶっている。
「フルルクスさーー」
「ミリッ!おい、ミリッ、返事しろっ!」
じっ様の腕の中の誰かは、先程見た人たちと同じく、『確認するまでもない』存在に見て取れた。まだ…若い。私が死んだ歳にも満たないだろうその男がーーミリ・オヴリ。
誰が…こんな?部屋の中を探る。
赤く染った床と壁。すでに事切れた人たち。壁際に二人、ソファーに一人。皆、惨殺されている。
え?
このソファーの人…ゲード?間違いない。昨日屋敷で、物陰からその姿を見ていた。
「……だ?」
震える声。
「え?」
「誰がこんな真似しやがった!?」
じっ様が叫んだ次の瞬間、シンと辺りが静まり返った。
残酷なまでに際立ってしまった、屋敷の静けさ。誰も残ってなどいない。今夜この屋敷にいた者は、すべて死んだのだと悟った。
ドクン。
胸の警鐘が、更に大きく響いた。なんだ、この感覚?原因を確かめるべく、視線を窓辺へと移す。
バルコニーで黒い影が揺らめいていた。
「……どうした?」
じっ様が私の視線の先を追う。
影が動いた。突然に。
「ーーっ!」
右手の甲に、熱を集中した。
それはーー警鐘。
いけない。これ以上、進んでは。心の内から声がする。だがしかし、裏腹に体が動く。駆けてゆく。
じっ様はためらわなかった。すぐに駆け出し、ゲード邸敷地に飛び込み、庭を駆け抜け、窓から内部へ侵入した。止める間もない。黙ってそれに従った。
無人の部屋。今夜は大事な取引があったのだ。必要最低限の人数しか、屋敷に残ってはいないだろう。軽く周りを窺って、部屋を出る。
一階の廊下は、がらんとしていた。人の気配はまるでない。
階段を上る。その先はーー
むせ返るほど臭っていた。
この臭い、知っている。だけど、あの時の臭いの元は、他ならぬ私自身だった。
血のーーおかしなものだ。自分が発生源の時は、さほど気にならなかったのに、他人のモノだと意識すると、こうも不快に感じるとは。
階段を上がり二階の廊下を一望して、私はーー
…………………………。
「おい、大丈夫か?」
じっ様の声に、我に返る。
「あ……は、はい……」
気付けば、じっ様に支えられて立っていた。それでもフラフラと、足元がおぼつかない。
人が倒れていた。
廊下のあちこちで。
血まみれになって。
そこかしこに、血溜まりができている。
「手当を…」
ほとんど無意識に呟き、よろめきながら進もうとした。
「無駄だ。確認するまでもない。死んでいる」
「あ……」
「どうなってやがる?」
「分かり…ません…」
その場へ、へたり込んだ。
動けない。
足がすくむ。震えが止まらない。なんだ?この有り様は?何故、人がこんなに死んでいる?どうして?なんなの、この臭い?気持ち悪い。怖い。ーー白雪…白雪!
…………………………。
「ーーミリッ!!」
悲鳴に近い声に、ハッとした。目の前にじっ様がいない。
ぼやけていた焦点を合わせると、すぐ左手の扉が開いていることに気付いた。
意識を飛ばしている場合ではない。なんとか立ち上がり、開いていたその部屋へ入る。
じっ様はそこにいた。
血まみれになって、誰かを抱えていた。そしてーーその誰かを、必死で揺さぶっている。
「フルルクスさーー」
「ミリッ!おい、ミリッ、返事しろっ!」
じっ様の腕の中の誰かは、先程見た人たちと同じく、『確認するまでもない』存在に見て取れた。まだ…若い。私が死んだ歳にも満たないだろうその男がーーミリ・オヴリ。
誰が…こんな?部屋の中を探る。
赤く染った床と壁。すでに事切れた人たち。壁際に二人、ソファーに一人。皆、惨殺されている。
え?
このソファーの人…ゲード?間違いない。昨日屋敷で、物陰からその姿を見ていた。
「……だ?」
震える声。
「え?」
「誰がこんな真似しやがった!?」
じっ様が叫んだ次の瞬間、シンと辺りが静まり返った。
残酷なまでに際立ってしまった、屋敷の静けさ。誰も残ってなどいない。今夜この屋敷にいた者は、すべて死んだのだと悟った。
ドクン。
胸の警鐘が、更に大きく響いた。なんだ、この感覚?原因を確かめるべく、視線を窓辺へと移す。
バルコニーで黒い影が揺らめいていた。
「……どうした?」
じっ様が私の視線の先を追う。
影が動いた。突然に。
「ーーっ!」
右手の甲に、熱を集中した。
0
あなたにおすすめの小説
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
神は激怒した
まる
ファンタジー
おのれえええぇえぇぇぇ……人間どもめぇ。
めっちゃ面倒な事ばっかりして余計な仕事を増やしてくる人間に神様がキレました。
ふわっとした設定ですのでご了承下さいm(_ _)m
世界の設定やら背景はふわふわですので、ん?と思う部分が出てくるかもしれませんがいい感じに個人で補完していただけると幸いです。
【完結】あなたに知られたくなかった
ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。
5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。
そんなセレナに起きた奇跡とは?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる