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二年目
転寝月20日
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夜勤明け、部屋に戻ろうとしたところで声をかけられた。
それは前回と、状況も時間帯も場所も同じ。だからやっぱり、声をかけてきた相手も同じだった。
「ディトレット殿」
控えめな声音。ハルイ・ケルマンの。
「あ…どうも」
ゆっくり歩いて行き、ハルイさんの正面に立って丁寧に頭を下げた。彼の方も、折り目正しく返してくれた。きちんとした人である。
「先日はどうも」
「いいえ、こちらこそ。あの…」
気まずい。この人になんと言ったらいいのだろう。見合いの話を、会ってからすぐに断ってしまった。
できれば、話しかけないでほしかった、などと思っているとーー
「申し訳ありません」
ハルイさんが、謝罪の言葉を口にした。
「え?」
あの、それは私の台詞では?
「その…先日は無神経なことを申しまして。同僚に話したら、呆れられてしまいました。知らなかったのです。大将が、その…」
「あ…」
「……大将は私の上官で、父とも親交が深いというのに。どうも私は、世事に疎く…」
……なるほど。
私を左翼軍塔に招いたことを、申し訳なく思ったのか。まいったなあ。気にしなくてもいいことなのに。
「気にしていません。ありがとうございます。そんなふうに、気にかけてもらえる立場ではないというのに」
首を振って、礼を言う。
「いいえ、そんな。お心を煩わせたこと、謝罪しなければならないのは、私なのです。私がもっと、ちゃんとしていれば…こんなに……弱く…なけれ…ば…」
……言葉の最後の方は、私だから聞き取れたと言っていい大きさである。
思い切り語尾を濁す、その言葉の意味はやはり…
そもそも、会った時から疑問だったのだ。この人、本当に私に一目惚れなんてしたのだろうか?ーーと。
「……」
思案し、黙り込んだのは僅かの間。だけど相手には、十分な間だったらしい。
「度々お引き止めして、申し訳ありませんでした」
「え?」
一つ頭を下げ、ハルイ・ケルマンが去ろうとする。え、いきなり?ちょっと待ってください!この際だから、まだ訊きたいことがーー
「では、私はこれで」
「あのっーー」
振り向くことなく、私の見合い相手だった人は去って行った。
…ああ、なんだかこっちが振られた気分。背中を見送って、そのまま呆けているとーー
「なんだ?左軍とお前とは、妙な取り合わせだな」
ぎょっとした。突然、背後から意外な人の声がして。なんなのだ?ついこの間まで、城内ではまったく見かけなかったというのに。
振り向き、そしてもう一度驚いた。
「じっ様……と、レヴン班長?」
言葉が漏れる。
それこそ妙な取り合わせの二人が、通路に立っていた。フルルクスとギィだって?
ーーああ、そうか。
ギィが手に持って広げているのは、城内の地図ではないか。警備配置を、条件召喚と照らし合わせながら確認をしていたのか。
「おや?シン術師は、聞いていない?今のはシロの見合い相手ですよ」
ギィがしれっと、とんでもないことを言った。
えええっ!?
聞かされたじっ様も驚いた顔をしている。
え?何故、ギィが見合いの話を知っている?関係者以外では、主上くらいしか知らないはずなのに。
「は、班長、どうしてそれを?」
「さあ、どうしてだろうな?」
ギィが惚ける。誰かが口を滑らせたとは、思えないのだが。
…………多分、ケルマン家の侍女だかなんだかと、お知り合いなのに違いない。容易に想像がついた。
「では、その話はすでに断ったということも、知っていますね?」
「なに?そうなのか?それは初耳だな」
ギィから爽やかな笑顔が返ってきた。……胡散臭い。絶対、知っているはずなのに。何故、知らないなどと言う?
「あの、班長?」
「そうか。断ったのか。俺は中々、良い話だと思っていたんだがな。シン術師は、どう思います?」
うんうんと頷き、笑顔のまま隣を見て話を振った。話を振られたじっ様が、困惑の表情となる。うわあ…
「……さあな」
「つまらん返事をしますね」
返ってきた言葉に、ギィが苦笑する。
「テメエを楽しませる気は、更々ねえよ」
じっ様は眉根を寄せた。
「あの…もう済んだ話なので、これ以上は…」
なんだかあれこれ言うのは、ハルイさんに悪いような気がした。
「ああ。そうだな」
アッサリと引き下がるギィ。だったら最初から口にしないでください。
その様子を見て、じっ様はこの場を後にしようと歩き出した。
「さっさと行くぞ、ギィ。まだ術式が数か所残っている」
「はい、はい。だけどシロを呼び止めたのは、シン術師でしょう?」
「うるせえ。妙だと思っただけだ。理由が分かれば用はねえ」
どんどん離れていくじっ様。その後へ続きながらギィは一度振り返り、私に微笑みを残して行った。
なんだか調子の狂う出来事だ。
そもそも夜勤明けというのが堪えているし、ハルイ・ケルマンにはあまり会いたくなかった。会ったら会ったで、最後まで話は聞いてもらえないし。
ギィはなんだか、わけが分からないし。
…………じっ様は無関心だし。
それは前回と、状況も時間帯も場所も同じ。だからやっぱり、声をかけてきた相手も同じだった。
「ディトレット殿」
控えめな声音。ハルイ・ケルマンの。
「あ…どうも」
ゆっくり歩いて行き、ハルイさんの正面に立って丁寧に頭を下げた。彼の方も、折り目正しく返してくれた。きちんとした人である。
「先日はどうも」
「いいえ、こちらこそ。あの…」
気まずい。この人になんと言ったらいいのだろう。見合いの話を、会ってからすぐに断ってしまった。
できれば、話しかけないでほしかった、などと思っているとーー
「申し訳ありません」
ハルイさんが、謝罪の言葉を口にした。
「え?」
あの、それは私の台詞では?
「その…先日は無神経なことを申しまして。同僚に話したら、呆れられてしまいました。知らなかったのです。大将が、その…」
「あ…」
「……大将は私の上官で、父とも親交が深いというのに。どうも私は、世事に疎く…」
……なるほど。
私を左翼軍塔に招いたことを、申し訳なく思ったのか。まいったなあ。気にしなくてもいいことなのに。
「気にしていません。ありがとうございます。そんなふうに、気にかけてもらえる立場ではないというのに」
首を振って、礼を言う。
「いいえ、そんな。お心を煩わせたこと、謝罪しなければならないのは、私なのです。私がもっと、ちゃんとしていれば…こんなに……弱く…なけれ…ば…」
……言葉の最後の方は、私だから聞き取れたと言っていい大きさである。
思い切り語尾を濁す、その言葉の意味はやはり…
そもそも、会った時から疑問だったのだ。この人、本当に私に一目惚れなんてしたのだろうか?ーーと。
「……」
思案し、黙り込んだのは僅かの間。だけど相手には、十分な間だったらしい。
「度々お引き止めして、申し訳ありませんでした」
「え?」
一つ頭を下げ、ハルイ・ケルマンが去ろうとする。え、いきなり?ちょっと待ってください!この際だから、まだ訊きたいことがーー
「では、私はこれで」
「あのっーー」
振り向くことなく、私の見合い相手だった人は去って行った。
…ああ、なんだかこっちが振られた気分。背中を見送って、そのまま呆けているとーー
「なんだ?左軍とお前とは、妙な取り合わせだな」
ぎょっとした。突然、背後から意外な人の声がして。なんなのだ?ついこの間まで、城内ではまったく見かけなかったというのに。
振り向き、そしてもう一度驚いた。
「じっ様……と、レヴン班長?」
言葉が漏れる。
それこそ妙な取り合わせの二人が、通路に立っていた。フルルクスとギィだって?
ーーああ、そうか。
ギィが手に持って広げているのは、城内の地図ではないか。警備配置を、条件召喚と照らし合わせながら確認をしていたのか。
「おや?シン術師は、聞いていない?今のはシロの見合い相手ですよ」
ギィがしれっと、とんでもないことを言った。
えええっ!?
聞かされたじっ様も驚いた顔をしている。
え?何故、ギィが見合いの話を知っている?関係者以外では、主上くらいしか知らないはずなのに。
「は、班長、どうしてそれを?」
「さあ、どうしてだろうな?」
ギィが惚ける。誰かが口を滑らせたとは、思えないのだが。
…………多分、ケルマン家の侍女だかなんだかと、お知り合いなのに違いない。容易に想像がついた。
「では、その話はすでに断ったということも、知っていますね?」
「なに?そうなのか?それは初耳だな」
ギィから爽やかな笑顔が返ってきた。……胡散臭い。絶対、知っているはずなのに。何故、知らないなどと言う?
「あの、班長?」
「そうか。断ったのか。俺は中々、良い話だと思っていたんだがな。シン術師は、どう思います?」
うんうんと頷き、笑顔のまま隣を見て話を振った。話を振られたじっ様が、困惑の表情となる。うわあ…
「……さあな」
「つまらん返事をしますね」
返ってきた言葉に、ギィが苦笑する。
「テメエを楽しませる気は、更々ねえよ」
じっ様は眉根を寄せた。
「あの…もう済んだ話なので、これ以上は…」
なんだかあれこれ言うのは、ハルイさんに悪いような気がした。
「ああ。そうだな」
アッサリと引き下がるギィ。だったら最初から口にしないでください。
その様子を見て、じっ様はこの場を後にしようと歩き出した。
「さっさと行くぞ、ギィ。まだ術式が数か所残っている」
「はい、はい。だけどシロを呼び止めたのは、シン術師でしょう?」
「うるせえ。妙だと思っただけだ。理由が分かれば用はねえ」
どんどん離れていくじっ様。その後へ続きながらギィは一度振り返り、私に微笑みを残して行った。
なんだか調子の狂う出来事だ。
そもそも夜勤明けというのが堪えているし、ハルイ・ケルマンにはあまり会いたくなかった。会ったら会ったで、最後まで話は聞いてもらえないし。
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…………じっ様は無関心だし。
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