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二年目
転寝月23日
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左翼軍塔の応接室にいた。
思い立ってからこの塔に足を運ぶまで、三日もかかってしまった。なかなか、決心がつかなかったのだ。本当は今だって、帰りたいと思っている。
私は人付き合いの良い方ではない。だから交友関係は限られているし、ただの顔見知りと呼べる人すら少数しかいない。
そんな私だから、自主的に人に会いに行くといったことは、非常に稀であると言える。白状すると苦痛なのだ。おまけにその相手が、自分を嫌っているなら尚更である。
帰りたい。
まず、塔の入り口で思った。次に、入ってすぐに左軍の案内役に睨まれて思った。ああ、帰りたい。ハルイ・ケルマンと顔を合わさなかったのが、唯一の救いだ。
ガチャリと扉の開く音がして、一人の背の高い男が入ってきた。来るなり、射るような目で私を睨みつけ、刺すように鋭い口調で言った。
「ホムンクルスが、ここへなんの用だ?」
僅かに眉根を寄せた。だが、不思議と心は落ち着いてきた。ここまでハッキリと嫌悪をあらわにされると、居直ってしまうものなのだろうか。
「時間を割いて頂き、ありがとうございます。ササン大将」
頭を下げる。
「なんの用かと訊いている」
相手は更に、語調を強めた。
…予想通りの反応。
左軍大将ライキッカ・ササンは、非常に判り易く私を嫌っている。
私は城内で、大抵の人に好くは思われていないが、ここまで顕著な人は珍しいと言えるだろう。
「八年前、左軍の班が死神と遭遇したという話を聞きました。ご迷惑でなければ、当時の話を聞かせて欲しいのです」
「そんなことを聞いてどうする?」
「……私に、ハルイ・ケルマンとの見合い話があったのをご存知ですか?」
「なに?」
「安心してください。もう、お断りしました」
ササン大将は視線を逸らし、落ち着きなく上半身を動かしていた。自身の胸や二の腕を掴むように、右手を這わせている。
「当然だな」
「はい。ですが…その意図は汲みたいと…」
「おぞましいほどの、勘の良さだな。それで私の処へ、確認に来たというわけか」
「…はい」
視線を落とす。正視するのが心苦しくなるほどに、大将のイライラが強くなっていくのが分かった。
「ドウを…貴様ごときが、どうにかできると?」
「それが役目かと…」
目を伏せた。ああ、ここから今すぐ去りたい。
✢
「ふう…」
親衛塔の詰め所に戻り、腰を下ろしてようやく息を吐いた。扉の開閉音が聞こえる。詰め所は出入りの多い場だ。
「はあ…」
溜息を漏らし俯いて、膝の上に乗せた両手をじっと見つめる。
ササン大将が私を嫌悪していることは、初めから解っていた。
ケルマン大将と同じく、アケイルさんの婚礼の際、紹介されたのだが、態度は拒絶そのものだった。
祝いの席だというのに、その様があまりにキッパリとしていたものだから、逆に私の方は感心してしまった。取り繕ったりしない人なのだーーと。
だから、今日のことは本当に申し訳ないと思っている。
お互いのためにも、近付かないでいたかった。だけど、ハルイ・ケルマンに聞きそびれた以上、他に思い当たる相手がいなかった。
「左軍になんの用があったんだ?」
いきなりかけられた声。
「えっ!?」
「左翼塔から出てきただろう?」
驚いて顔を上げると、そこには主上が立っていた。いつの間に…って、さっきの扉の音がそうだったのか。
「ハハ…見られていましたか」
「ここのところ浮かない顔をしているが、それと関係があるのか?」
気遣わしげな表情である。
相変わらず鋭い。王として、臣下にしっかり目を配っている。主上の姿をゆっくりと眺めた。
八年前と比べて、一番変わったのはこの人だ。
失礼なのだが、「老けた」と言わざるを得ない。王様業は本当に、気苦労が多いのだろうと思う。
「主上…ドウのこと、実はとても嫌な予感がしています」
「……そうか」
主上の片眉が上がった。
「はい」
「それで?左翼塔に行って、その不安は消えたのか?」
「駄目ですね。まあ、それを期待してササン大将に会ったのではありませんし」
「ササンに、会いに行ったのか?ハルイではなく?」
今度は両の眉が上がる。
「はい」
「やれやれ。あの大将の式術嫌いは筋金入りだ。ちゃんと話はできたのか?」
「……一応」
本当に申し訳ない。今にもじんましんが出そうな様子であった。
「じんましんを出していなかったか?」
あ、やっぱりそうであったか。
「出る寸前で、退散しました。驚きました。式術嫌いはご本人の口から聞いていましたが、まさかあそこまでだなんて…」
「フッ…」
「え?」
「フッ…ハハハッ」
不意に主上が笑い出した。え?なに?
「あの、主上?」
「違う、違う」
「え、ちが…?」
「確かに式術嫌いだが、じんましんの原因は別だ」
「別?」
「あの男は式術嫌いであると同時に、美人アレルギーなんだよ」
は?はあああ!?
✢
流れゆく星を見上げつつ、思い出す。
名乗るよりも先に、その男はこう言った。
ーー私は生理的に、式術というものを受け付けない。ゆえに貴様のような存在とは相容れぬ。承知しておけ。
警戒しながらも、それを見せまいと笑顔を作る右軍大将の隣で、面白いほどに正反対の容姿をした左軍大将は、私に「近寄るな」と公言した。
同期でライバルで親友だというーー初めて会った、左右の大将。いろんな意味で真逆の二人だなと、内心笑ったものだが…
「そのササン大将がね…どう思う?白雪」
まさかあのササン大将が、美人にトラウマを持っていたなんて。
これでは、二重の意味で嫌われてしまう。中身の拙さもなんのその、白雪の容姿は抜群なのだから。
「なにがあったんだろう…」
窓枠に頬杖をつき、星を見ながら白雪へ語りかける。いつもと変わらぬ、そんな夜。
今夜は久しぶりに、よく眠れそうだーーそう思った。
「それもみんな…大将が顔を引きつらせながらも、八年前のことを話してくれたお陰だね。白雪、私…もしものその時はーー」
目を伏せて、瞼の裏に可憐な笑顔を思い描く。
覚悟を決める、覚悟ができたよ。
思い立ってからこの塔に足を運ぶまで、三日もかかってしまった。なかなか、決心がつかなかったのだ。本当は今だって、帰りたいと思っている。
私は人付き合いの良い方ではない。だから交友関係は限られているし、ただの顔見知りと呼べる人すら少数しかいない。
そんな私だから、自主的に人に会いに行くといったことは、非常に稀であると言える。白状すると苦痛なのだ。おまけにその相手が、自分を嫌っているなら尚更である。
帰りたい。
まず、塔の入り口で思った。次に、入ってすぐに左軍の案内役に睨まれて思った。ああ、帰りたい。ハルイ・ケルマンと顔を合わさなかったのが、唯一の救いだ。
ガチャリと扉の開く音がして、一人の背の高い男が入ってきた。来るなり、射るような目で私を睨みつけ、刺すように鋭い口調で言った。
「ホムンクルスが、ここへなんの用だ?」
僅かに眉根を寄せた。だが、不思議と心は落ち着いてきた。ここまでハッキリと嫌悪をあらわにされると、居直ってしまうものなのだろうか。
「時間を割いて頂き、ありがとうございます。ササン大将」
頭を下げる。
「なんの用かと訊いている」
相手は更に、語調を強めた。
…予想通りの反応。
左軍大将ライキッカ・ササンは、非常に判り易く私を嫌っている。
私は城内で、大抵の人に好くは思われていないが、ここまで顕著な人は珍しいと言えるだろう。
「八年前、左軍の班が死神と遭遇したという話を聞きました。ご迷惑でなければ、当時の話を聞かせて欲しいのです」
「そんなことを聞いてどうする?」
「……私に、ハルイ・ケルマンとの見合い話があったのをご存知ですか?」
「なに?」
「安心してください。もう、お断りしました」
ササン大将は視線を逸らし、落ち着きなく上半身を動かしていた。自身の胸や二の腕を掴むように、右手を這わせている。
「当然だな」
「はい。ですが…その意図は汲みたいと…」
「おぞましいほどの、勘の良さだな。それで私の処へ、確認に来たというわけか」
「…はい」
視線を落とす。正視するのが心苦しくなるほどに、大将のイライラが強くなっていくのが分かった。
「ドウを…貴様ごときが、どうにかできると?」
「それが役目かと…」
目を伏せた。ああ、ここから今すぐ去りたい。
✢
「ふう…」
親衛塔の詰め所に戻り、腰を下ろしてようやく息を吐いた。扉の開閉音が聞こえる。詰め所は出入りの多い場だ。
「はあ…」
溜息を漏らし俯いて、膝の上に乗せた両手をじっと見つめる。
ササン大将が私を嫌悪していることは、初めから解っていた。
ケルマン大将と同じく、アケイルさんの婚礼の際、紹介されたのだが、態度は拒絶そのものだった。
祝いの席だというのに、その様があまりにキッパリとしていたものだから、逆に私の方は感心してしまった。取り繕ったりしない人なのだーーと。
だから、今日のことは本当に申し訳ないと思っている。
お互いのためにも、近付かないでいたかった。だけど、ハルイ・ケルマンに聞きそびれた以上、他に思い当たる相手がいなかった。
「左軍になんの用があったんだ?」
いきなりかけられた声。
「えっ!?」
「左翼塔から出てきただろう?」
驚いて顔を上げると、そこには主上が立っていた。いつの間に…って、さっきの扉の音がそうだったのか。
「ハハ…見られていましたか」
「ここのところ浮かない顔をしているが、それと関係があるのか?」
気遣わしげな表情である。
相変わらず鋭い。王として、臣下にしっかり目を配っている。主上の姿をゆっくりと眺めた。
八年前と比べて、一番変わったのはこの人だ。
失礼なのだが、「老けた」と言わざるを得ない。王様業は本当に、気苦労が多いのだろうと思う。
「主上…ドウのこと、実はとても嫌な予感がしています」
「……そうか」
主上の片眉が上がった。
「はい」
「それで?左翼塔に行って、その不安は消えたのか?」
「駄目ですね。まあ、それを期待してササン大将に会ったのではありませんし」
「ササンに、会いに行ったのか?ハルイではなく?」
今度は両の眉が上がる。
「はい」
「やれやれ。あの大将の式術嫌いは筋金入りだ。ちゃんと話はできたのか?」
「……一応」
本当に申し訳ない。今にもじんましんが出そうな様子であった。
「じんましんを出していなかったか?」
あ、やっぱりそうであったか。
「出る寸前で、退散しました。驚きました。式術嫌いはご本人の口から聞いていましたが、まさかあそこまでだなんて…」
「フッ…」
「え?」
「フッ…ハハハッ」
不意に主上が笑い出した。え?なに?
「あの、主上?」
「違う、違う」
「え、ちが…?」
「確かに式術嫌いだが、じんましんの原因は別だ」
「別?」
「あの男は式術嫌いであると同時に、美人アレルギーなんだよ」
は?はあああ!?
✢
流れゆく星を見上げつつ、思い出す。
名乗るよりも先に、その男はこう言った。
ーー私は生理的に、式術というものを受け付けない。ゆえに貴様のような存在とは相容れぬ。承知しておけ。
警戒しながらも、それを見せまいと笑顔を作る右軍大将の隣で、面白いほどに正反対の容姿をした左軍大将は、私に「近寄るな」と公言した。
同期でライバルで親友だというーー初めて会った、左右の大将。いろんな意味で真逆の二人だなと、内心笑ったものだが…
「そのササン大将がね…どう思う?白雪」
まさかあのササン大将が、美人にトラウマを持っていたなんて。
これでは、二重の意味で嫌われてしまう。中身の拙さもなんのその、白雪の容姿は抜群なのだから。
「なにがあったんだろう…」
窓枠に頬杖をつき、星を見ながら白雪へ語りかける。いつもと変わらぬ、そんな夜。
今夜は久しぶりに、よく眠れそうだーーそう思った。
「それもみんな…大将が顔を引きつらせながらも、八年前のことを話してくれたお陰だね。白雪、私…もしものその時はーー」
目を伏せて、瞼の裏に可憐な笑顔を思い描く。
覚悟を決める、覚悟ができたよ。
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