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二年目
転寝月51日(2)
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ドガッ。ドガドカドガドガ。バタッ。バリバリ…ガシャーンッ……。
派手な音が鳴り、学術塔が揺れた。地震のように。
「なんだ?なにがあった?」
「どうした?」
「図書室だ、急げ!」
……大勢の人が集まってくる気配とともに、声がする。轟音と振動の元が図書室と見極めて、皆がここに押し寄せてきたのだ。
バタンと乱暴に扉が開かれ、わやわやと集まった者たちが室内に入り、その有り様を見て絶句した。
私とフルルクスの立つ列を境に、書棚の半分がドミノ倒しになった挙げ句、一番端の棚が窓に激突し割れていた。
それはある種、壮観だった。許されるのならば、残ったもう半分の書棚の列でもやってみたい、そんな誘惑に駆られるくらいに。しかし…
倒れるものだろうか?これだけの本が詰まった棚が、腕の一本を添えただけで…
「シロッ」
アケイルさんの叫び声がした。
そこら中に散らばった本を踏み分け、慌てた様子でこちらへ向かってくる。すぐ後ろからリセルさんも、集まって戸惑っている人を掻き分けついてきた。
「シロ、それにシン術師も…怪我は?」
不安げな目で、リセルさんが私たちに尋ねてくる。ああ…また心配させてしまった。ごめんなさい。
「大丈夫です。立っている反対側に倒れましたから。驚いただけです」
まったく笑えないが、無理にも笑顔を作った。
「そう、よかった」
ホッとした様子のリセルさん。
「一体、なにがあったんです?」
尋ねてアケイルさんが、私と隣に立つじっ様を交互に見る。
「すまん…俺が倒した。どうも…力加減を誤ったようだ」
じっ様が、己が手を見つめつつ答えた。
力加減を誤った?
どこをどう誤れば、こんな事が起こるのだ?……怖いって。同じことを思ったようで、アケイルさんが不審の目をじっ様に向けている。
「それはどういう意味ですか、フルルクス?なにをしようとしたら、棚が倒れるんです?」
「……倒すつもりはなかった。ただ、間の悪いところに手を添えた、それだけだ」
じっ様は、溜息のような息を吐いた。
「手を添えた?」
「ここは責任持って、俺が元に戻しておく。だから皆、もう行ってくれ」
「しかし…」
「始末は自分でつける。そこの窓くらいの生成ならできるしな」
「……分かりました」
こうもキッパリと言われてしまっては、アケイルさんも引き下がるしかない。おまけに、そこはかとなく「構うな」というオーラが出ていれば尚更である。
そうして、あっけにとられながらも集まった人たちは、隣の者同士、お互いの顔を見合わせると図書室を出ていった。
どうやら師匠は、塔にいなかったようだ。よかった。ここで首を突っ込まれては、厄介なことになるところであった。
私もリセルさんに腕を引かれ、図書室を後にした。まだ傷が塞がったばかり。無理は禁物と言われて。
それにしても…
私がクロであることをーー八年間に私がなにをしたかを、包み隠さず話した直後だった。
じっ様は、今日は始めから無表情だったけれど、話し終える頃には顔色まで失くしているように見えた。
この話をすれば、じっ様が怒るだろうということは予想していた。これは、私に騙されたと言ってもいい事柄なのだから。
かなり怖かったが、腹を据えたつもりでいた。だけどまさか…
無表情のまま話を聞いて書棚に手を添えたかと思うと、それがいきなり倒れだすなんて。
拳を叩きつけたわけではない。見た目には、まったく力を出しているようには見えなかった。
本人の言う通り。ただ、手を添えただけ。
……それが、恐ろしく恐ろしい。
部屋に戻った私が、頭を抱えたのは言うまでもない。
そしてーーこの出来事は後に『学術塔襲撃事件』と言われたとか、言われないとか。
……勘弁してください。
✢
頃合いを見計らって、再び図書室へ足を運んだ。
どうか。
どうか、じっ様が落ち着いていますように。
いや、
せめて、怒っている表情が面に出るくらいには、凍結した感情が解凍していますように。
祈らないでは、いられなかった。うう…怖い。怒鳴り散らされる方が、ずっといい。
図書室へ戻ってみると、驚いたことにあらかた片付け終わっていた。
日が傾きかけている。あれから数時間は経っていたが、まさかこんなに早く片付くとは思っていなかった。
割れた窓ガラスまで、すでに復元している。じっ様は錬金術も使える、万能術師だからなあ…。
そのじっ様は一番端の、一番下敷きになっていた最後の棚の片付けにかかっていた。黙々と没頭している様子が、それはもう近寄り難く感じられる。
そうっと近付いて、なにも言わずに手伝いを始めた。
「傷に響くぞ」
じっ様が言った。
「無理はしませんから。……あの……じっ様の話を、聞きに来ました。その……私は…話すべきことを、すべて話し終えたので。……聞かせてもらえますか?」
「…………話、な…」
じっ様は『黒魔術各論』を手に、しばらく私を見た。
そしてーー
なんとも珍しくも。眉尻を下げて、話を始めた。
派手な音が鳴り、学術塔が揺れた。地震のように。
「なんだ?なにがあった?」
「どうした?」
「図書室だ、急げ!」
……大勢の人が集まってくる気配とともに、声がする。轟音と振動の元が図書室と見極めて、皆がここに押し寄せてきたのだ。
バタンと乱暴に扉が開かれ、わやわやと集まった者たちが室内に入り、その有り様を見て絶句した。
私とフルルクスの立つ列を境に、書棚の半分がドミノ倒しになった挙げ句、一番端の棚が窓に激突し割れていた。
それはある種、壮観だった。許されるのならば、残ったもう半分の書棚の列でもやってみたい、そんな誘惑に駆られるくらいに。しかし…
倒れるものだろうか?これだけの本が詰まった棚が、腕の一本を添えただけで…
「シロッ」
アケイルさんの叫び声がした。
そこら中に散らばった本を踏み分け、慌てた様子でこちらへ向かってくる。すぐ後ろからリセルさんも、集まって戸惑っている人を掻き分けついてきた。
「シロ、それにシン術師も…怪我は?」
不安げな目で、リセルさんが私たちに尋ねてくる。ああ…また心配させてしまった。ごめんなさい。
「大丈夫です。立っている反対側に倒れましたから。驚いただけです」
まったく笑えないが、無理にも笑顔を作った。
「そう、よかった」
ホッとした様子のリセルさん。
「一体、なにがあったんです?」
尋ねてアケイルさんが、私と隣に立つじっ様を交互に見る。
「すまん…俺が倒した。どうも…力加減を誤ったようだ」
じっ様が、己が手を見つめつつ答えた。
力加減を誤った?
どこをどう誤れば、こんな事が起こるのだ?……怖いって。同じことを思ったようで、アケイルさんが不審の目をじっ様に向けている。
「それはどういう意味ですか、フルルクス?なにをしようとしたら、棚が倒れるんです?」
「……倒すつもりはなかった。ただ、間の悪いところに手を添えた、それだけだ」
じっ様は、溜息のような息を吐いた。
「手を添えた?」
「ここは責任持って、俺が元に戻しておく。だから皆、もう行ってくれ」
「しかし…」
「始末は自分でつける。そこの窓くらいの生成ならできるしな」
「……分かりました」
こうもキッパリと言われてしまっては、アケイルさんも引き下がるしかない。おまけに、そこはかとなく「構うな」というオーラが出ていれば尚更である。
そうして、あっけにとられながらも集まった人たちは、隣の者同士、お互いの顔を見合わせると図書室を出ていった。
どうやら師匠は、塔にいなかったようだ。よかった。ここで首を突っ込まれては、厄介なことになるところであった。
私もリセルさんに腕を引かれ、図書室を後にした。まだ傷が塞がったばかり。無理は禁物と言われて。
それにしても…
私がクロであることをーー八年間に私がなにをしたかを、包み隠さず話した直後だった。
じっ様は、今日は始めから無表情だったけれど、話し終える頃には顔色まで失くしているように見えた。
この話をすれば、じっ様が怒るだろうということは予想していた。これは、私に騙されたと言ってもいい事柄なのだから。
かなり怖かったが、腹を据えたつもりでいた。だけどまさか…
無表情のまま話を聞いて書棚に手を添えたかと思うと、それがいきなり倒れだすなんて。
拳を叩きつけたわけではない。見た目には、まったく力を出しているようには見えなかった。
本人の言う通り。ただ、手を添えただけ。
……それが、恐ろしく恐ろしい。
部屋に戻った私が、頭を抱えたのは言うまでもない。
そしてーーこの出来事は後に『学術塔襲撃事件』と言われたとか、言われないとか。
……勘弁してください。
✢
頃合いを見計らって、再び図書室へ足を運んだ。
どうか。
どうか、じっ様が落ち着いていますように。
いや、
せめて、怒っている表情が面に出るくらいには、凍結した感情が解凍していますように。
祈らないでは、いられなかった。うう…怖い。怒鳴り散らされる方が、ずっといい。
図書室へ戻ってみると、驚いたことにあらかた片付け終わっていた。
日が傾きかけている。あれから数時間は経っていたが、まさかこんなに早く片付くとは思っていなかった。
割れた窓ガラスまで、すでに復元している。じっ様は錬金術も使える、万能術師だからなあ…。
そのじっ様は一番端の、一番下敷きになっていた最後の棚の片付けにかかっていた。黙々と没頭している様子が、それはもう近寄り難く感じられる。
そうっと近付いて、なにも言わずに手伝いを始めた。
「傷に響くぞ」
じっ様が言った。
「無理はしませんから。……あの……じっ様の話を、聞きに来ました。その……私は…話すべきことを、すべて話し終えたので。……聞かせてもらえますか?」
「…………話、な…」
じっ様は『黒魔術各論』を手に、しばらく私を見た。
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