白雪日記

ふたあい

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二年目

転寝月51日(1)

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 昼過ぎまで、フルルクスの来訪を待った。

 だけど、来る気配はまったくない。どういうことだろう?「今日、会え」と爺様は言ったではないか。アランサも「塔を出なくても会える」と言っていたのに…

 もやもやする。

 気分転換に、図書室に足を向けた。無理をしないのなら、学術塔内は出歩いていいと言われている。癒やしスポットが塔内にあってよかった。
 まだ傷が痛むので、ゆっくりと歩いて行った。
 図書室の扉を開けると、古びた本の匂いがした。ああ、落ち着く。ここに積まれている本は、決して読みたいものではないけれど、それでも蔵書の山に癒しを感じることは変わりない。
 見たものを丸暗記できる特技がある。だから、なんとなく頁を捲るだけでも、それなりに有意義に過ごすことができる。
 読まずに頁を捲るーーいつの間にかその行為が、精神安定作用をもたらしてくれるようになっていた。

 今日はどの棚の本を捲ろうか?

 書棚の列を横切ってゆく。
 誰もいない。ここの式術師たちは、必要な本はさっさと研究室に持ち込み、傍に積み上げる習性がある。だからここは、大抵が無人なのである。気に入っている理由の一つだ。
 ここで顔を合わしていたのなんて、爺様くらい……やめやめ。今は考えない。
 この学術塔図書室は、実は意外と広い。塔の四階フロアの、半分が使われている。だけど、中に入ると狭く感じる。大量の本が、棚に収まりきらず積み上げられているためである。
 その積み上げられた本を、崩さないように避けたところで足を止める。列の中頃まで来たところーー

 書棚の真ん中で、フルルクスが本を開いていた。

 ……そうか。確かに、塔を出なくても、会うことが叶ったな。
 近付いて声をかけた。
「珍しいですね。じっ様がここにいるなんて」
「……ああ。丘に行くのを止めたら、行くところがなくなった」
 返事をしながら一瞥して、じっ様は開いた本に視線を戻す。
 丘に行くのを止めた?だけどじっ様、死神は倒したけれど、まだ黒幕が残ってーー

 いや。今その話はよそう。

「充てがわれている研究室は、気に入らないみたいですね」
「…………夕べ、ジジイが来たか?」
「……はい」
「そう…か。やはり、お前のところに現れたか」
「はい」
 小さく息を吐いて、じっ様は私を見た。
「傷はいいのか?」
「はい。こうして歩き回れるくらいには。一旦、回復し始めると早いですから…この身体は」
「そうか…」
「…………主上たちから聞いていると思いますが……私は元よりこの傷を負う覚悟でいました。だから、責任なんて感じないでください」
「それでも……すまなかった」
「……」
「……」
 沈黙が続いた。私に気の利いた言葉が、返せるわけがないというものだ。
 元より、気にするなというのが無理な話。あの時、じっ様が無茶をしようとしたのは確かで、結果、私が傷を負ったのも、変えようのない事実である。
 話題を変えよう。確認したいことがあったのだ。
「あの時、ずいぶん良いタイミングで死神が現れましたね?あれは偶然ですか?」
「そんなわけねえだろ。実は…俺はずっとドウを追っていた。だから、奴との接触方法を知る人物を押さえてあった。だがそいつも、一方的に伝言を残す術しか知らず、接触するには奴がこの国に戻ってくる必要があった。八年、待った。ようやくのご対面だったんだよ」
 私を見るじっ様の目が、遠いものになった。

 やっぱりか。

「はあ…」
 肩が落ち、溜息が漏れる。
 一晩の空白時間は、そこに費やされていた。ゲード邸で条件召喚を組み、その裏の人材と連絡をとって、死神を呼び出した。
 猶予は十分にあったというのに…。何故、すぐに気付かなかった?みすみす、無茶を許してしまった。
「そういうお前こそ、計ったようなタイミングだったな。しかもーー」
「じっ様。話があります」

 返す言葉を遮った。

 あのタイミングは、たまたまである。だけど、私があの場へ現れたのは偶然などではない。私はゲード邸がミリ・オヴリのーーフルルクスの友人が亡くなった場所だと知っていた。だからじっ様を探し、足を運んだのだ。
 それを話そう。
「……話?」
「はい。実は、機会を窺っていた大事な話です」
「……そいつは奇遇だな。俺もお前に、そういう話がある」
 沈黙から一転、今度はお互いが話をしようとする。まったく気が合うな、私たちは。……もちろん、皮肉である。
「では、年功序列で私から…」
「は?惚けんな。年功序列なら、俺の話が先だろう」
「……いいえ。不本意ながら、私が先ですね」
 じっ様がなにを話すつもりかは知らないが、とにかく八年前のことを早々に暴露してしまおう。そして、私には勝算があって死神と対峙したのだということを、知ってもらおう。
 今、じっ様が私に対して感じている負い目は、不当なのだと解ってもらうためにも。

 有無を言わさず、一気に捲し立てるように、八年前のことを話した。
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