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ーー年目
13657日目
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ーー私は悟った。
三日前から身体が思うよう、動かなくなっていた。
今日でちょうど、私が生前の世界で生きた年月と同じ日数が、ここで経過したことになる。
そして、私は悟った。
人は境界上に立つことはできても、決してそれを超えることはできないのだと。
私を私とする、私の魂の寿命は、初めから決まっていた。世界を移り、一度リセットされたが、それは変わらない。
私の命は、もう尽きる。
「具合はどうだ?」
険しい顔をして長年の連れ合いである貴方が、ベッドに横たわる私を覗き見る。最近とみに、懐かしさを感じられる顔つきになったと思う。
「ここまで、みたいですね……」
「馬鹿を言うなっ!」
貴方の眉間の皺が、いっそう深くなる。何度となく見た表情だ。初めて会った時も、この表情だった。
この表情と、ただ不機嫌に眉根を寄せた時との微妙な違いに気付いたのは、連れ添って何年も経ってからだった。我ながら、鈍いと思う。
貴方がこの表情をするのは、いつも決まって辛い時。涙を堪えての表情だった。
「そんな顔をしないでください。すぐにまた会えますよ。分かるでしょう?」
「そんな問題ではない」
今年に入って私たちは、人里離れた地に居を移した。もう少ししたら、貴方は過去に呼ばれ、忙しい日々を送らなければならない。いつ姿が消えても騒ぎにならないよう、準備していた。
「決まっていたんですよ。私の魂はこれだけの期間しか生きられない。以前もこの年月で死んだんです。あとは…境界向こうになります」
「ーーっ!」
これ以上ないほどに、貴方の眉間の皺が深くなった。
「お願いがあります」
「…………なんだ」
絞り出すような声だ。
「私が死んだら、この身体を還元してください」
「なっ!?ふざけるなっ!」
「お願いします。必要なんです」
何十年も前の、流星雨の夜を思い出す。アランサのあの言葉をーー
泉で見えるシロは、光っているーーそう彼は言った。
そういうことだったのだ。私はホムンクルス。私の身体は星の雫で出来ている。そして、星の雫に戻せるのだ。
同じ流星雨の夜に、爺様は私の元へ来てくれた。私が迷わぬよう、言葉を尽くすために。
現在と未来を繋ぐ術式はもうないはずなのに、どうやって来たのだろう?再び術式を組んだのだとしたら、それを発動させるための膨大な量の星の雫は、どうやって手に入れたのだろう?
ずっと疑問に思っていた。答えは簡単だった。私とともにあった。
アランサの託宣は、この日のためのものだった。
「必要なんです。私には、あの日の貴方の言葉が…だから……」
「…………」
私の頬に涙の粒が落ちる。一粒、二粒……。貴方が涙をこぼすのを、初めて見たよ。ごめんなさい。
「私が貴方にお世話になるのは、ここからが本番です。すぐにうんざりさせられますよ」
精一杯、笑ってみせた。
不意にーー抽斗の奥にしまい込んだ『アレ』の存在を思い出す。
あんなものしか遺せない。
貴方にはたくさんのことを話した。白雪のこと。生前のこと。だけど…私は本当に口下手で、素直ではなくて…。想いは上手に伝えられなかった。
だからなのか…
思えば『アレ』は、私の我儘そのものだった。どれだけ貴方が必要かーーただ、ただ、書きなぐった。どうか、どうか、変わることなく迷わず私に添うて欲しいという、強い願いが込められていた。
だから。
こんなものをどうして?ーーと疑問を抱きつつも綴った。
苦々しい思いが胸に広がる。
だけど、あんなものでも……伝わるだろう……貴方にならば。
貴方が望んでくれるなら…私たちはこの先も……出会いと別れをくり返す。
ああ…………意識が……遠のいて…………
「……シロ」
震える声……貴方の……
はい。あ…もう…………声が出ない……
せめて…………笑おう…………
目を閉じて……祈る。
願わくば…………
三日前から身体が思うよう、動かなくなっていた。
今日でちょうど、私が生前の世界で生きた年月と同じ日数が、ここで経過したことになる。
そして、私は悟った。
人は境界上に立つことはできても、決してそれを超えることはできないのだと。
私を私とする、私の魂の寿命は、初めから決まっていた。世界を移り、一度リセットされたが、それは変わらない。
私の命は、もう尽きる。
「具合はどうだ?」
険しい顔をして長年の連れ合いである貴方が、ベッドに横たわる私を覗き見る。最近とみに、懐かしさを感じられる顔つきになったと思う。
「ここまで、みたいですね……」
「馬鹿を言うなっ!」
貴方の眉間の皺が、いっそう深くなる。何度となく見た表情だ。初めて会った時も、この表情だった。
この表情と、ただ不機嫌に眉根を寄せた時との微妙な違いに気付いたのは、連れ添って何年も経ってからだった。我ながら、鈍いと思う。
貴方がこの表情をするのは、いつも決まって辛い時。涙を堪えての表情だった。
「そんな顔をしないでください。すぐにまた会えますよ。分かるでしょう?」
「そんな問題ではない」
今年に入って私たちは、人里離れた地に居を移した。もう少ししたら、貴方は過去に呼ばれ、忙しい日々を送らなければならない。いつ姿が消えても騒ぎにならないよう、準備していた。
「決まっていたんですよ。私の魂はこれだけの期間しか生きられない。以前もこの年月で死んだんです。あとは…境界向こうになります」
「ーーっ!」
これ以上ないほどに、貴方の眉間の皺が深くなった。
「お願いがあります」
「…………なんだ」
絞り出すような声だ。
「私が死んだら、この身体を還元してください」
「なっ!?ふざけるなっ!」
「お願いします。必要なんです」
何十年も前の、流星雨の夜を思い出す。アランサのあの言葉をーー
泉で見えるシロは、光っているーーそう彼は言った。
そういうことだったのだ。私はホムンクルス。私の身体は星の雫で出来ている。そして、星の雫に戻せるのだ。
同じ流星雨の夜に、爺様は私の元へ来てくれた。私が迷わぬよう、言葉を尽くすために。
現在と未来を繋ぐ術式はもうないはずなのに、どうやって来たのだろう?再び術式を組んだのだとしたら、それを発動させるための膨大な量の星の雫は、どうやって手に入れたのだろう?
ずっと疑問に思っていた。答えは簡単だった。私とともにあった。
アランサの託宣は、この日のためのものだった。
「必要なんです。私には、あの日の貴方の言葉が…だから……」
「…………」
私の頬に涙の粒が落ちる。一粒、二粒……。貴方が涙をこぼすのを、初めて見たよ。ごめんなさい。
「私が貴方にお世話になるのは、ここからが本番です。すぐにうんざりさせられますよ」
精一杯、笑ってみせた。
不意にーー抽斗の奥にしまい込んだ『アレ』の存在を思い出す。
あんなものしか遺せない。
貴方にはたくさんのことを話した。白雪のこと。生前のこと。だけど…私は本当に口下手で、素直ではなくて…。想いは上手に伝えられなかった。
だからなのか…
思えば『アレ』は、私の我儘そのものだった。どれだけ貴方が必要かーーただ、ただ、書きなぐった。どうか、どうか、変わることなく迷わず私に添うて欲しいという、強い願いが込められていた。
だから。
こんなものをどうして?ーーと疑問を抱きつつも綴った。
苦々しい思いが胸に広がる。
だけど、あんなものでも……伝わるだろう……貴方にならば。
貴方が望んでくれるなら…私たちはこの先も……出会いと別れをくり返す。
ああ…………意識が……遠のいて…………
「……シロ」
震える声……貴方の……
はい。あ…もう…………声が出ない……
せめて…………笑おう…………
目を閉じて……祈る。
願わくば…………
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