14 / 54
レッドカード
しおりを挟む
5月がもう終わろうとしている。入学してからの約2ヶ月は本当に濃くて長かったし、短いようにも思える。
そして今日は俺の誕生日だ。
自慢ではないけど、秋尋様からプレゼントを貰ったことはない。ただの一度も。
近衛夫妻は小さい頃、上等な洋服とかをプレゼントしてくれた。でも少し大きくなってからは申し訳なくてお断りしている。そうしたら、毎年ケーキだけプレゼントしてくれるようになった。これいくらするんだ? というような大きなホールケーキだけど。
今年は秋尋様とお友達になったし、何か変わるかな。
それとも俺の誕生日なんて覚えてないかもしれないな。
あえて自分からは言い出さずにいようと決め、ドキドキしながら秋尋様を起こしにいくと……。
「……おめでとう。誕生日おめでとう、朝……」
眠そうな目を擦りながら祝ってくれた。
おはようより先におめでとうを言ってくださるなんて!
言葉が途切れて、朝が産まれたみたいな詩的な表現になってるけど。そんなところも微笑ましくて愛おしくて、死ぬほど嬉しい。
「ありがとうございます、秋尋様! 俺、今までの誕生日で今日が一番幸せです!」
「お前は……本当に大袈裟だな」
しかも俺を抱きしめて、背をぽふぽふって叩いてくれた。
何も言葉が出てこない。感動のあまり全部吹っ飛ぶ。俺はいつでも秋尋様に触りたいけど、秋尋様が俺に触ってくれることはそんなにないから。
「今日は学校から帰ったら、僕の部屋に来い。祝ってやる」
「はい!」
反射的に返事をすると、秋尋様は何か言いたそうに口を開いてやめた。
「どうかしましたか?」
「即答だなと思っただけだ」
「そんなのもちろんです」
秋尋様が俺の誕生日を祝ってくれる。しかもお部屋で。断る理由なんてどこにもないのに。おかしな秋尋様。
終始ニコニコしていたら気持ち悪いと言われたけれど、それくらいで俺の幸せ顔は戻らなかった。
「それはおかしい」
「え?」
クラスで朝のことを自慢したら、金井くんに呆れた顔でそう言われた。
「だって、君に予定があるかどうか訊かずに、部屋に来いって言ったんでしょ?」
「基本的に俺には何も予定がない」
「でも、誕生日なんだよ? その上、今まで一度も祝ってもらったことがないって」
「それは事実だけど言われると傷つく。今年は祝ってくれるんだし」
ああ、でもそれで、秋尋様は何か言いたげな感じだったのか。
俺は誕生日はいつも屋敷にいるけど、今年は中学生になったし、友達もできたから……即答するとは思わなかったのかもしれない。
「そういえば知らなかったな、景山くんの誕生日。教えあってなかったもんね」
「ぼくは知ってたけどね。おめでとう。はい、プレゼント」
平坂くんがそう言いながらやってきて、俺の頭にプレゼントらしきものを乗せた。
「えっ? 教えた覚えないけど」
「教えられてなくても、情報として知っていることはある。ねっ、金井くん」
金井くんは首をぶんぶんと横に振っている。俺は普通の友人として上手く付き合えているのかたまに不安になるんだけど、金井くんたち3人の関係を見ていると、まあ大丈夫かなって感じにはなる。でも参考にしてもいいのかは謎だ。
プレゼントを両手でしっかりと掴んでおろす。
紙でできた可愛らしいパッケージにはくまさんがクッキーを持っている絵が描かれていた。
「クッキー?」
「形に残るものだと君のご主人様が妬くかもしれないからね」
こういうとこ、凄いよなあ。平坂くんは……。凄すぎてどこまで知っているのか気になる。
「あとひとつ、情報。宝来先輩には気をつけたほうがいい」
「平坂くん、宝来先輩のこと知ってるの?」
「少しね」
「気をつけてっていうのは……」
「君のライバルかもしれないねって話」
それは俺も、もしかしたらって思ったことがある。
初めは俺がナンパされたし、あれからも視線を感じるけど……。明らかに睨まれていたりする。でも、今のところ被害はないから放っておいている。
「ありがとう、肝に命じておくよ」
まさかそう言ってすぐトラブルに巻き込まれるはめになるなんて、誕生日フィーバーで脳内お花畑になっていた俺には、想像すらできなかった。
それは下校の時間に起こった。
相変わらず秋尋様は、クラスまでは迎えにいかせてはくれなくて、俺はいつも昇降口で待機している。
今日ももちろん、いつもと同じように……。いや、秋尋様との約束を思い出しながら、浮かれた気分で立っていた。
そこへ、宝来先輩が現れた。絡まれたら嫌だなあと思っていたら、案の定声をかけてきた。
「お前、今日が誕生日なんだってな。プレゼントをやるからついてこいよ」
「宝来先輩。私は飴につられてついていくような年齢ではないのですよ」
「見た目は子どもだけどな」
うるさい。このプリティな外見だからこそ、秋尋様も可愛がってくださるんだぞ。お前のような不良男はお呼びでないんだよ。
しかしなんだって、こんな男にまで誕生日がわれているんだ。家柄だけはそこそこ良かったから、調べさせでもしたのか。
でもそれを覚えているっていうのが、また気持ち悪い。
「好きな相手に危害は加えないって。な、いいだろ?」
「もし仮にプレゼントなら、ここで渡してもいいのでは?」
そう言われてついていく馬鹿がいるものか。
いや、実際、馬鹿にされているのかもしれない。
それに……俺は秋尋様を待っているんだし、これから家へ帰って誕生日を祝ってもらうし、ついていく理由はひとつもない。
まあコイツは秋尋様に無礼すぎるし間違いなく敵なので、誰も見ていない場所で制裁や牽制を加えたい気もするけれど……。
「……ついてこないと、近衛にお前の秘密をバラすぞ。と言ったら?」
「お好きにどうぞ。バラされて困るようなことはありませんので」
嘘。死ぬほどある。何を言うつもりだ、この男。
でもここは焦ったら負けだ。隠し事なんて何もありませんよという顔で立っていないと。
それより、コイツがここにいるってことは、秋尋様もそろそろ来るだろうし……こんなところを見られたくないな。
「お前が、近衛を愛してるってことだよ」
身構えていたはずなのに、そう言われて俺は見事に固まってしまった。何しろ、それをバラされることは俺にとって死も同然なので。
幸い顔には出ていないと思うけど。
「そんなこと、あの人が信じるはずもないと思いますけど」
「なんだ。愛してるってわけじゃねえのか」
そんなわけないだろ。自分の命よりも愛してる。
嘘でも、愛してない、なんて言えない。
ただ秋尋様の鈍さは折り紙つきなので、他人に言われたところで信じやしないだろうってこと。
それがわかっていても、万一だとしても、恐ろしいから、俺は……。
「まあ、嘘だろうと、お前らの仲を引っ掻き回せれば俺は満足だからな。近衛にクビにされたお前が、俺の元に来るのが楽しみだぜ」
そう言って、くるりと踵を返しながら手を振る男の服を、がっしりと掴んでしまった。
あ。ヤバイ。そう思った時にはもう、遅い。
こちらを振り返ってニヤリと笑う宝来先輩に、ついていく以外の選択肢は、もうなかった。
でも悲観的なものではない。ついていってやるけど、後悔するのはお前のほうだ。
俺と秋尋様の誕生パーティーを邪魔した罪は死で償わねばならぬレベルに重い。覚悟しておけよ。
連れていかれた先は、体育倉庫だった。広いし、掃除が行き届いていて、埃っぽいどころかフローラルな匂いがする。
秋尋様には先生に呼ばれたので少し遅くなりますとメールを入れておいた。嘘をつくハメにもなるなんて、本当に最悪だ。
どうせなら、秋尋様に二度とちょっかいをかけられないような目にあわせてやらないと……。
「さて。じゃあお楽しみといこうか、使用人クン」
宝来先輩は俺のネクタイをグイッと引いて、顔を近づけてきた。
「つまらないな。顔色ひとつ、変えないのか」
「……プレゼントをくれるのではなかったのですか?」
「ああ。最高に気持ちよくしてやる」
尻を撫でられた。……まさか、本当に俺狙いだとでもいうのか。
「私が少しも嬉しくなくても、プレゼントになるものでしょうか」
「まあ、そう言うなよ。お前だって少しは興味あるだろ、こういうこと」
俺より高い跳び箱に押しつけられて、背中に軽い痛みが走る。
興味はあっても、お前としたいわけじゃない。心の底から嫌な気分だ。義理の父親に身体を撫でまわされていた時のことを思い出す。
秋尋様も俺に触られて気持ち悪く思っていたらどうしよう。でも、きちんと命令はしていただいてるし。大丈夫だ……と思いたい。言質をとっておいてよかった。少しは安心できる。
俺のほうはもう無理。本当に気持悪い。2人きりになったし、もうさっさと腹にイッパツ入れてしまおう。いや、ここは油断させてからの金的がいいか。
こんなことを無理矢理してくるような奴に慈悲などない。
「やめてください。いりませんから」
わざと怯えた表情を作って、弱々しく押し退けてみる。
少し抵抗されたほうが興奮するだろ。俺はする。
「こんな誰も来ないような場所までついてきておいて、それはないだろ」
脅して連れて来たくせに、どの口で言ってんだ。馬鹿なの?
俺の制服を脱がそうとボタンに指先がかかった瞬間を狙って、思いきり蹴り飛ばす……つもりだった。
男ならわかる痛みを前に、躊躇したわけじゃない。単に、そのタイミングで扉が開いたのだ。
驚いたのか、俺を跳び箱に押しつけている宝来先輩の身体がビクリと震えたのがわかる。俺も死ぬほど驚いた。
そこに立っていたのは、来るはずのない、秋尋様だったから。
というか、こんな犯罪まがいのことをしようとしてる時に鍵もかけてないとか、ありえなさすぎだし。
「宝来、これはどういうことだ。僕をこんなところに呼び出したと思ったら、朝香を……」
しかも呼んだのお前かよ! なんで呼んだ!!
ヤッてるところでも見せつけるつもりだったとか? 本当に趣味悪すぎ。
…………よし。ぶちのめすつもりだったけど、方向性を変えよう。
俺は宝来先輩の身体を突き飛ばし、目を潤ませながら秋尋様に抱きついた。
「こ、この男が、俺に無理矢理えっちなことをしようと……! 俺、小さい頃のことを思い出して身体が固まってしまって、抵抗もできなくて……ッ」
「……朝香」
秋尋様の手のひらが慰めるように俺の背を撫でる。
うん。せっかくの誕生日だし、こういうのも有り……。甘えたおそう、存分に。
「いや俺、突き飛ばされて、ボールのカゴに尻から突っ込んでんだけど……」
ちょっと力を入れすぎてしまった。本当に嫌だったから。
「当たり前だ! お前、うちの朝香に……こんな酷いことを」
俺のために怒ってくれる秋尋様カッコイイ最高。
「2度と僕と朝香に近寄るな」
秋尋様はそう言って俺の肩をグイッと抱いた。
はぁ……。もう今なら抱かれてもいい。いや、いつでも大歓迎。
「ま、待てよ、近衛……! 俺が、俺が本当に好きなのは、お前なんだよ!」
「はあ?」
心の底から蔑むような視線が、秋尋様から宝来先輩に贈られる。
ダメ。ダメです。この屈折した感じの変態にそんな視線、興奮するだけなんだから。いっそ、俺にください。
「近衛……。お前が俺を無視するからいけないんだ。初等部の頃から、ずっと護ってきてやったのに。お前に近づこうとするヤツは排除し、送られたラブレターもすべて捨てて……」
秋尋様に友達がいなかった理由って、まさか。しかもラブレターの件まで。確かにこんなお綺麗な秋尋様が1通も貰ったことがないっていうのは、不自然だったもんな。
なんて素晴らし……いや、可哀想なことを。
…………うん。これに関しては、どう取り繕っても『よくやった』と思ってしまう。
「なのに最近、仲良くもなさそうだったそのガキを常に傍へ置きやがって。休み時間も2人でいただろう」
「心底、気持ち悪いな……。そんなふうに護られたって嬉しくないし、他人への手紙を勝手に捨てるなんて最低だぞ」
宝来先輩に向けて言っている台詞なのに、俺にもグサグサ突き刺さってくるよね。
そんなだから、こんなことをされたというのに、ちょっと同情してしまう部分もなくはないんだけど。秋尋様、人の好意に対しては鈍すぎるしな。
でも……。それを口に出してしまったのは下策だ。
俺なら絶対に墓場まで持っていくね。
「しかも、朝香まで巻き込んで……」
「俺ならいいんです、秋尋様。貴方に直接被害がいかなくて良かった」
秋尋様の細い身体をギュッと抱きしめてから、俺はバスケットボールのカゴにシュートされている宝来先輩に近づいた。
「素敵な誕生日プレゼントありがとう。秋尋様のことは俺に任せて退場してください。レッドカード先輩」
秋尋様には聞こえないくらいの声で、そう囁いて背を向ける。
「だから俺は許しますよ」
今度は秋尋様にも聞こえるように。
挑発したのはわざとだ。こうすれば恐らく、このタイミングで切り札を出してくれる。
「おい、近衛、知ってんのか!? そいつだって俺と同じだぞ。使用人のクセに、お前のことを愛してるんだ」
「お前を許した相手を、陥れようとでもいうのか? 男同士だぞ、そんなはずがないだろう」
こう言い切られると、それはそれで複雑なんだけど。
まあこの状況で宝来先輩の言葉が信じられるはずはないし、これでもうこの手は使えないだろう。一安心だ。
「秋尋様、もう行きましょう。この男と同じ空気を吸っていたくありません」
「あ、ああ。そうだな。僕もだ」
体育倉庫を出る前に、宝来先輩を振り返ってベーッと舌を出してみせた。
次に何かしてきたら、その時はもっと手酷い目にあわせてやる。
今日のところはまあ……。これから秋尋様と過ごす時間以上に、大切なものなど俺にはないので。
そして今日は俺の誕生日だ。
自慢ではないけど、秋尋様からプレゼントを貰ったことはない。ただの一度も。
近衛夫妻は小さい頃、上等な洋服とかをプレゼントしてくれた。でも少し大きくなってからは申し訳なくてお断りしている。そうしたら、毎年ケーキだけプレゼントしてくれるようになった。これいくらするんだ? というような大きなホールケーキだけど。
今年は秋尋様とお友達になったし、何か変わるかな。
それとも俺の誕生日なんて覚えてないかもしれないな。
あえて自分からは言い出さずにいようと決め、ドキドキしながら秋尋様を起こしにいくと……。
「……おめでとう。誕生日おめでとう、朝……」
眠そうな目を擦りながら祝ってくれた。
おはようより先におめでとうを言ってくださるなんて!
言葉が途切れて、朝が産まれたみたいな詩的な表現になってるけど。そんなところも微笑ましくて愛おしくて、死ぬほど嬉しい。
「ありがとうございます、秋尋様! 俺、今までの誕生日で今日が一番幸せです!」
「お前は……本当に大袈裟だな」
しかも俺を抱きしめて、背をぽふぽふって叩いてくれた。
何も言葉が出てこない。感動のあまり全部吹っ飛ぶ。俺はいつでも秋尋様に触りたいけど、秋尋様が俺に触ってくれることはそんなにないから。
「今日は学校から帰ったら、僕の部屋に来い。祝ってやる」
「はい!」
反射的に返事をすると、秋尋様は何か言いたそうに口を開いてやめた。
「どうかしましたか?」
「即答だなと思っただけだ」
「そんなのもちろんです」
秋尋様が俺の誕生日を祝ってくれる。しかもお部屋で。断る理由なんてどこにもないのに。おかしな秋尋様。
終始ニコニコしていたら気持ち悪いと言われたけれど、それくらいで俺の幸せ顔は戻らなかった。
「それはおかしい」
「え?」
クラスで朝のことを自慢したら、金井くんに呆れた顔でそう言われた。
「だって、君に予定があるかどうか訊かずに、部屋に来いって言ったんでしょ?」
「基本的に俺には何も予定がない」
「でも、誕生日なんだよ? その上、今まで一度も祝ってもらったことがないって」
「それは事実だけど言われると傷つく。今年は祝ってくれるんだし」
ああ、でもそれで、秋尋様は何か言いたげな感じだったのか。
俺は誕生日はいつも屋敷にいるけど、今年は中学生になったし、友達もできたから……即答するとは思わなかったのかもしれない。
「そういえば知らなかったな、景山くんの誕生日。教えあってなかったもんね」
「ぼくは知ってたけどね。おめでとう。はい、プレゼント」
平坂くんがそう言いながらやってきて、俺の頭にプレゼントらしきものを乗せた。
「えっ? 教えた覚えないけど」
「教えられてなくても、情報として知っていることはある。ねっ、金井くん」
金井くんは首をぶんぶんと横に振っている。俺は普通の友人として上手く付き合えているのかたまに不安になるんだけど、金井くんたち3人の関係を見ていると、まあ大丈夫かなって感じにはなる。でも参考にしてもいいのかは謎だ。
プレゼントを両手でしっかりと掴んでおろす。
紙でできた可愛らしいパッケージにはくまさんがクッキーを持っている絵が描かれていた。
「クッキー?」
「形に残るものだと君のご主人様が妬くかもしれないからね」
こういうとこ、凄いよなあ。平坂くんは……。凄すぎてどこまで知っているのか気になる。
「あとひとつ、情報。宝来先輩には気をつけたほうがいい」
「平坂くん、宝来先輩のこと知ってるの?」
「少しね」
「気をつけてっていうのは……」
「君のライバルかもしれないねって話」
それは俺も、もしかしたらって思ったことがある。
初めは俺がナンパされたし、あれからも視線を感じるけど……。明らかに睨まれていたりする。でも、今のところ被害はないから放っておいている。
「ありがとう、肝に命じておくよ」
まさかそう言ってすぐトラブルに巻き込まれるはめになるなんて、誕生日フィーバーで脳内お花畑になっていた俺には、想像すらできなかった。
それは下校の時間に起こった。
相変わらず秋尋様は、クラスまでは迎えにいかせてはくれなくて、俺はいつも昇降口で待機している。
今日ももちろん、いつもと同じように……。いや、秋尋様との約束を思い出しながら、浮かれた気分で立っていた。
そこへ、宝来先輩が現れた。絡まれたら嫌だなあと思っていたら、案の定声をかけてきた。
「お前、今日が誕生日なんだってな。プレゼントをやるからついてこいよ」
「宝来先輩。私は飴につられてついていくような年齢ではないのですよ」
「見た目は子どもだけどな」
うるさい。このプリティな外見だからこそ、秋尋様も可愛がってくださるんだぞ。お前のような不良男はお呼びでないんだよ。
しかしなんだって、こんな男にまで誕生日がわれているんだ。家柄だけはそこそこ良かったから、調べさせでもしたのか。
でもそれを覚えているっていうのが、また気持ち悪い。
「好きな相手に危害は加えないって。な、いいだろ?」
「もし仮にプレゼントなら、ここで渡してもいいのでは?」
そう言われてついていく馬鹿がいるものか。
いや、実際、馬鹿にされているのかもしれない。
それに……俺は秋尋様を待っているんだし、これから家へ帰って誕生日を祝ってもらうし、ついていく理由はひとつもない。
まあコイツは秋尋様に無礼すぎるし間違いなく敵なので、誰も見ていない場所で制裁や牽制を加えたい気もするけれど……。
「……ついてこないと、近衛にお前の秘密をバラすぞ。と言ったら?」
「お好きにどうぞ。バラされて困るようなことはありませんので」
嘘。死ぬほどある。何を言うつもりだ、この男。
でもここは焦ったら負けだ。隠し事なんて何もありませんよという顔で立っていないと。
それより、コイツがここにいるってことは、秋尋様もそろそろ来るだろうし……こんなところを見られたくないな。
「お前が、近衛を愛してるってことだよ」
身構えていたはずなのに、そう言われて俺は見事に固まってしまった。何しろ、それをバラされることは俺にとって死も同然なので。
幸い顔には出ていないと思うけど。
「そんなこと、あの人が信じるはずもないと思いますけど」
「なんだ。愛してるってわけじゃねえのか」
そんなわけないだろ。自分の命よりも愛してる。
嘘でも、愛してない、なんて言えない。
ただ秋尋様の鈍さは折り紙つきなので、他人に言われたところで信じやしないだろうってこと。
それがわかっていても、万一だとしても、恐ろしいから、俺は……。
「まあ、嘘だろうと、お前らの仲を引っ掻き回せれば俺は満足だからな。近衛にクビにされたお前が、俺の元に来るのが楽しみだぜ」
そう言って、くるりと踵を返しながら手を振る男の服を、がっしりと掴んでしまった。
あ。ヤバイ。そう思った時にはもう、遅い。
こちらを振り返ってニヤリと笑う宝来先輩に、ついていく以外の選択肢は、もうなかった。
でも悲観的なものではない。ついていってやるけど、後悔するのはお前のほうだ。
俺と秋尋様の誕生パーティーを邪魔した罪は死で償わねばならぬレベルに重い。覚悟しておけよ。
連れていかれた先は、体育倉庫だった。広いし、掃除が行き届いていて、埃っぽいどころかフローラルな匂いがする。
秋尋様には先生に呼ばれたので少し遅くなりますとメールを入れておいた。嘘をつくハメにもなるなんて、本当に最悪だ。
どうせなら、秋尋様に二度とちょっかいをかけられないような目にあわせてやらないと……。
「さて。じゃあお楽しみといこうか、使用人クン」
宝来先輩は俺のネクタイをグイッと引いて、顔を近づけてきた。
「つまらないな。顔色ひとつ、変えないのか」
「……プレゼントをくれるのではなかったのですか?」
「ああ。最高に気持ちよくしてやる」
尻を撫でられた。……まさか、本当に俺狙いだとでもいうのか。
「私が少しも嬉しくなくても、プレゼントになるものでしょうか」
「まあ、そう言うなよ。お前だって少しは興味あるだろ、こういうこと」
俺より高い跳び箱に押しつけられて、背中に軽い痛みが走る。
興味はあっても、お前としたいわけじゃない。心の底から嫌な気分だ。義理の父親に身体を撫でまわされていた時のことを思い出す。
秋尋様も俺に触られて気持ち悪く思っていたらどうしよう。でも、きちんと命令はしていただいてるし。大丈夫だ……と思いたい。言質をとっておいてよかった。少しは安心できる。
俺のほうはもう無理。本当に気持悪い。2人きりになったし、もうさっさと腹にイッパツ入れてしまおう。いや、ここは油断させてからの金的がいいか。
こんなことを無理矢理してくるような奴に慈悲などない。
「やめてください。いりませんから」
わざと怯えた表情を作って、弱々しく押し退けてみる。
少し抵抗されたほうが興奮するだろ。俺はする。
「こんな誰も来ないような場所までついてきておいて、それはないだろ」
脅して連れて来たくせに、どの口で言ってんだ。馬鹿なの?
俺の制服を脱がそうとボタンに指先がかかった瞬間を狙って、思いきり蹴り飛ばす……つもりだった。
男ならわかる痛みを前に、躊躇したわけじゃない。単に、そのタイミングで扉が開いたのだ。
驚いたのか、俺を跳び箱に押しつけている宝来先輩の身体がビクリと震えたのがわかる。俺も死ぬほど驚いた。
そこに立っていたのは、来るはずのない、秋尋様だったから。
というか、こんな犯罪まがいのことをしようとしてる時に鍵もかけてないとか、ありえなさすぎだし。
「宝来、これはどういうことだ。僕をこんなところに呼び出したと思ったら、朝香を……」
しかも呼んだのお前かよ! なんで呼んだ!!
ヤッてるところでも見せつけるつもりだったとか? 本当に趣味悪すぎ。
…………よし。ぶちのめすつもりだったけど、方向性を変えよう。
俺は宝来先輩の身体を突き飛ばし、目を潤ませながら秋尋様に抱きついた。
「こ、この男が、俺に無理矢理えっちなことをしようと……! 俺、小さい頃のことを思い出して身体が固まってしまって、抵抗もできなくて……ッ」
「……朝香」
秋尋様の手のひらが慰めるように俺の背を撫でる。
うん。せっかくの誕生日だし、こういうのも有り……。甘えたおそう、存分に。
「いや俺、突き飛ばされて、ボールのカゴに尻から突っ込んでんだけど……」
ちょっと力を入れすぎてしまった。本当に嫌だったから。
「当たり前だ! お前、うちの朝香に……こんな酷いことを」
俺のために怒ってくれる秋尋様カッコイイ最高。
「2度と僕と朝香に近寄るな」
秋尋様はそう言って俺の肩をグイッと抱いた。
はぁ……。もう今なら抱かれてもいい。いや、いつでも大歓迎。
「ま、待てよ、近衛……! 俺が、俺が本当に好きなのは、お前なんだよ!」
「はあ?」
心の底から蔑むような視線が、秋尋様から宝来先輩に贈られる。
ダメ。ダメです。この屈折した感じの変態にそんな視線、興奮するだけなんだから。いっそ、俺にください。
「近衛……。お前が俺を無視するからいけないんだ。初等部の頃から、ずっと護ってきてやったのに。お前に近づこうとするヤツは排除し、送られたラブレターもすべて捨てて……」
秋尋様に友達がいなかった理由って、まさか。しかもラブレターの件まで。確かにこんなお綺麗な秋尋様が1通も貰ったことがないっていうのは、不自然だったもんな。
なんて素晴らし……いや、可哀想なことを。
…………うん。これに関しては、どう取り繕っても『よくやった』と思ってしまう。
「なのに最近、仲良くもなさそうだったそのガキを常に傍へ置きやがって。休み時間も2人でいただろう」
「心底、気持ち悪いな……。そんなふうに護られたって嬉しくないし、他人への手紙を勝手に捨てるなんて最低だぞ」
宝来先輩に向けて言っている台詞なのに、俺にもグサグサ突き刺さってくるよね。
そんなだから、こんなことをされたというのに、ちょっと同情してしまう部分もなくはないんだけど。秋尋様、人の好意に対しては鈍すぎるしな。
でも……。それを口に出してしまったのは下策だ。
俺なら絶対に墓場まで持っていくね。
「しかも、朝香まで巻き込んで……」
「俺ならいいんです、秋尋様。貴方に直接被害がいかなくて良かった」
秋尋様の細い身体をギュッと抱きしめてから、俺はバスケットボールのカゴにシュートされている宝来先輩に近づいた。
「素敵な誕生日プレゼントありがとう。秋尋様のことは俺に任せて退場してください。レッドカード先輩」
秋尋様には聞こえないくらいの声で、そう囁いて背を向ける。
「だから俺は許しますよ」
今度は秋尋様にも聞こえるように。
挑発したのはわざとだ。こうすれば恐らく、このタイミングで切り札を出してくれる。
「おい、近衛、知ってんのか!? そいつだって俺と同じだぞ。使用人のクセに、お前のことを愛してるんだ」
「お前を許した相手を、陥れようとでもいうのか? 男同士だぞ、そんなはずがないだろう」
こう言い切られると、それはそれで複雑なんだけど。
まあこの状況で宝来先輩の言葉が信じられるはずはないし、これでもうこの手は使えないだろう。一安心だ。
「秋尋様、もう行きましょう。この男と同じ空気を吸っていたくありません」
「あ、ああ。そうだな。僕もだ」
体育倉庫を出る前に、宝来先輩を振り返ってベーッと舌を出してみせた。
次に何かしてきたら、その時はもっと手酷い目にあわせてやる。
今日のところはまあ……。これから秋尋様と過ごす時間以上に、大切なものなど俺にはないので。
15
あなたにおすすめの小説
番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か
雪兎
BL
第二性が存在する世界。
Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。
しかし入学初日、彼の前に現れたのは――
幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。
成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。
だが湊だけが知っている。
彼が異常なほど執着深いことを。
「大丈夫、全部管理してあげる」
「君が困らないようにしてるだけだよ」
座席、時間割、交友関係、体調管理。
いつの間にか整えられていく環境。
逃げ場のない距離。
番を拒みたいΩと、手放す気のないα。
これは保護か、それとも束縛か。
閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。
愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない
了承
BL
卒業パーティー。
皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。
青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。
皇子が目を向けた、その瞬間——。
「この瞬間だと思った。」
すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。
IFストーリーあり
誤字あれば報告お願いします!
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
執着
紅林
BL
聖緋帝国の華族、瀬川凛は引っ込み思案で特に目立つこともない平凡な伯爵家の三男坊。だが、彼の婚約者は違った。帝室の血を引く高貴な公爵家の生まれであり帝国陸軍の将校として目覚しい活躍をしている男だった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる