お喚びでしょうか、ご主人様

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ルルの消失

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 それから1時間ほど空の旅を楽しみ、旅館から少し離れた場所に着陸した。

「お疲れ様でした」
「お疲れなのはルルのほうだろ。大丈夫?」
「これくらいならば問題ありません。ご主人様こそ、寒くて身動きもとりづらく大変でしたでしょう」
「僕は……」

 ルルの表情に驚きと期待で身体が緊張してそれどころじゃなかった。
 いつも無表情なくせに、あれは反則。それともまた僕がルルの表情を、今まで以上に読めるようになっただけなのか。

「ルルの貸してくれたこれが暖かかったからなんともないよ」

 よくよく考えたら今日のルルは一般人的な服装をしているから、貸してくれたローブは予備のようなものだったらしい。
 空の上で胸を高鳴らせながら匂いを嗅いでみたけど、残念ながら無臭だった。まあルルって匂いしないしな。

「そうですか。人間にとっては防寒に優れた効果があるのかもしれません」
「わかってて着せたわけじゃなかったんだ……。でも、確かに不思議な手触り……」

 なのに、妙に手に馴染む。悪魔の服なんて着たことあるはずないんだけど。ああ、でもルルと家でイチャイチャしてたんだから、覚えがあるのは当たり前か。服の手触りなんて、あんまり気にしたことなかった。

「もう少し着ていますか?」
「や、夏だし、地上でこれ羽織ってたら変な人でしょ」

 山が近くにあるからか僕らが住んでるあたりに比べれば涼しいけど、夏だからそれなりには暑い。薄手のパーカーならともかく、謎布過ぎるし。一見あれに見えるかもだけど。なんていったっけ。ストール?

「ではしまいましょう」

 ルルは僕からローブを剥ぎ取ると小さな鞄にしまった。四次元鞄だ……。

「宿についたらチェックインの時間にちょうど良さそう」
「周辺で遊ぶ時間はなくなってしまいましたね」
「交通手段が空飛ぶじゅうたんってだけで、充分楽しかったけど」
「ご主人様も飛べるのにですか?」
「あんな痛みを耐えるくらいなら僕は地べたを這うよ……」

 それに、こうやってルルと一緒に話しながら地面を歩くのも充分幸せだし。

「あ、ルル。旅館見えてきたよ」
「写真で見るよりも美しく見えますね」
「それに周りの風景がのどかで、田舎って感じ。いい意味で」

 着陸位置から歩いて5分、旅館についた。木造建築の古い旅館。おんぼろってふうではなくて、まさに日本の美。これで宿泊料金がそこそこくらいって、空いてるのかなり運良かったんじゃないか?
 庭先には石でできた桶みたいなものが置いてあって、メダカが気持ち良さそうに泳いでいる。見ているだけで涼しい。

「はあ……」
「どうかされましたか?」
「うん。実はチェックインがね……。緊張するなって。初めてだし」

 テンション高く張り切っていたから、交通手段を考えてなかった時みたいにスポーンと頭から抜けてたんだけど、チェックインはかなりしんどいイベントだ。ラブホテルみたいに顔をあわせない受付ならいいのに。行ったことないけど。

「平気です、ご主人様」
「ルル……」
「旅の恥はかきすてとも言いますし、幾度ミスをしたところで最終的には必ず成功します」
「ま、まあ、それはそうかもしれないけどさ」

 できれば恥はかきたくないよ。っていうかなんでミスすること前提なの。

「ルル、行ってきて」
「かしこまりました」

 結局逃げを打ってしまった。
 ルルはあっさりとチェックイン作業を済ませ、戻ってきた。荷物は当然のように旅館の人が持ってくれて、部屋までご案内もしてくれる。王様か何かにでもなった気分だ。
 あとはいろんな説明をされたけど、僕は上手く答えられず、あーうー相槌を打つだけで終わってしまった。もちろん、内容はまったく頭に入ってない。気づいたら中居さんがお辞儀をして退室するところだった。

「ぐいぐいこられるとつらい」

 緊張がすうっと引いた途端、今度は気持ち悪くなってきた。

「ギャルは戦闘力高くて怖いけど、50代くらいの人は無条件で怖い」
「この旅館ですと、宿泊客はだいたいそれくらいの年齢だと思いますが」
「部屋に引きこもってれば大丈夫だから!」
「…………」

 ルルが黙りこんだ。
 自分でも言っててちょっと思ったよ。何しに旅行きてんの。って。
 僕にとってはいつもと違う部屋でひきこも……もとい寝泊まりするっていうだけで、かなり新鮮なんだけど。
 あー、部屋へついたらルルを抱き締めて、二人きりだねって精一杯の甘い声で囁くつもりだったのに。まだ足が震えてて、カッコ悪くてそんなことできやしない。
 最近は買い物も普通にできるし、大丈夫だと思ったのに。平気だったのは相手の対応があくまで流れ作業的だったからか。

「ご主人様と部屋でゆっくりするのも悪くないです。どうしても退屈になりましたら、温泉や散歩へ行きましょう。花火も持ってきていますよ」

 あうう、ルル優しいぃ。なんという完璧な嫁。素晴らしい。

「茶菓子が置いてあります。今、お茶をいれましょう」

 ルルは二人分のお茶をいれ、木でできた艶のあるテーブルに置いた。中央に鎮座していた茶菓子も近くに寄せてくれる。
 一緒に腰を落ち着けて飲むのかと思いきや、何やら鞄をごそごそあさっている。
 不思議に思って見ていると、鞄から風鈴を取り出して窓に飾りつけた。
 えっ。何この可愛い行動……。僕があげたやつ、わざわざ持ってきたの? 元から部屋についてたから、二個になっちゃってるけど。
 幸い不協和音はうまれず、ちりりんと綺麗に音が重なった。

「それ、持ってきたんだ」
「はい。でも、こちらにも飾ってありましたね」

 ルルの視線は風鈴にそそがれている。風鈴の何がそんなに、ルルを引き付けるんだろう。

「お茶、美味しいよ」

 構ってほしくて、そう声をかけてみる。その想いが通じたかどうかはわからないけど、ルルは視線を僕に戻してテーブルについた。

「ご主人様が落ちつかれたようで良かったです」
「……まあ」

 ルルの行動でほのぼの和んだおかげで、気持ちの悪さも消えた。癒しオーラ半端ない。

「これ飲み終わったら売店に行ってみようか」
「何か買われるのですか?」
「こういう田舎なら、スイカとか置いてありそうかなって。丸ごと買って、この部屋でスイカ割りしない? ビニールシートとか敷いて」
「なかなか大胆なことを考えますね」
「そ、そうかな」

 もし部屋を汚してもルルの力で元通りにできる。それがわかってるからこそ、提案できるというのもあるんだけど。

「でも、ルルなら目隠ししてても見えちゃってつまらないんじゃない?」
「普通に見えませんが」
「そうなの」
「はい」

 ルルが楽しみにしてるかもって思ってたんだけど、あんまり嬉しそうでもないな。別に自分がやりたいわけではないのか。
 ルルはいつも無表情だけど、今の僕には感情の動きがなんとなくわかる。演技が下手だからか、喜ぶふりもしないからなあ、ルルは。
 スイカ割りは多分、僕を楽しくさせたかった……のかも。僕を幸せにしよう計画は一応、進行中みたいだし。
 ルルの行動は出会った時から一貫して変わってない。僕が幸せになったら、魂を刈り取ってお仕事終了。ただ、その理由は、僕が思い描いているものとはちょっと違うらしい。
 まー。どんな理由があれど、結末は同じっぽいんだけどさ。

「あ。お茶菓子も美味しい」

 茶色い感じのお饅頭はかなりの薄皮で、ずっしりとしたこし餡がつまっている。口の中に入れるとほろりと崩れて溶けた。

「売店に売っていたら、これも買いますか?」
「……そうだなあ。でも、僕はルルの作るお菓子のほうが好きだから、要らないかな」

 本音だったんだけど、口に出してみたらなんだか口説いてるような感じになった。
 さ、さすがにちょっとあざとすぎるかも。お世辞とかじゃないのに。
 僕は照れくさくなって、饅頭の残りをひとくちで食べて一気にお茶を飲んだ。

「私の分もどうぞ」
「い、いや、いいよ」

 僕が気にするほどルルは気にしてないってことか。もうちょっと反応があってもいいのに。饅頭の感想しか耳に入ってないの?

「ご主人様」
「んっ……」

 口元を、猫でもあやすみたいに指の甲でくすぐられる。ルルはすぐに指を離し、今度は自分の唇へと運んだ。

「確かに美味しい餡ですね」
「あっ。つ、ついてたのか。ありがと……」

 あんこなんかよりも、よっぽど甘い行動にくらくらする。気にしていないようで、僕の言葉に機嫌は良くなってるんだったり……するといいな。でもどうせなら、指じゃなくて直接舌で取ってほしかった。
 結局ルルは饅頭には手をつけないまま腰を上げた。お茶はきっちり飲みきってある。

「では行きましょうか」
「ん。うん」

 行くのをやめてこのまま部屋でイチャイチャしたい気もするけど……。ひなびた温泉宿でデートをするっていうのも、捨てがたく。
 僕はルルのあとを追うように部屋を出た。




 売店には残念ながら、スイカは置いてなかった。かわりにリンゴなら。

「これじゃ、小さすぎるよね」
「先に部屋が割れそうな気がします」
「腰も痛めそう。ルル、どこからかスイカ持ってこられないの?」
「ご主人様がお望みでしたら……」
「あ。やっぱいいや」
「そうですか」

 ここまで空を飛んできて疲れているだろうし、せっかくの温泉なんだ、ルルにもゆっくりしてほしい。

「何かキーホルダーお揃いで……買う?」
「要りません」
「そ、そう」

 相変わらずつれない。まあ僕もあんまり必要ないもんな。自分でも要らないものを人に押しつけるのはどうかしてる。
 単にお揃いって単語に憧れただけなんだ。
 一緒のストラップをスマホにつけたり……。よく考えたらルルはスマホとか持ってなかった。

「戻ろうか」
「せっかくですから、少し館内や外を回ってみませんか?」
「そ、そうだね。せっかくだし」

 綺麗なルルと散歩デート。幸せだ。
 本当に和風だから館内には施設という施設はなさそうで、僕らは少し中を歩いてからすぐに外へ出た。
 ゲームセンターとか備え付けてあれば、ちょっとやってみたかったんだけど。安っぽくてこう、雰囲気が崩れそうだから置かないのかな。

「近くに湖があるそうです」
「釣りとかできるのかな」
「貴方が望むなら」
「い、いや、そういうのはいいから……」

 できることがなんでも幸せに直結するとは限らない。
 釣れなくてもつまんないだろうけど、ルルの力で魚が溢れたりして垂らしてすぐ釣れて垂らしてを繰り返す釣りも、きっと同じくらいつまんないだろう。そんなことでルルが疲れるハメになるなら尚更。
 釣り上げた魚を売るのが目的なら、話はまた別かもしんないけど。

「泳ぎますか?」
「泳げないよ。小さな頃に子供用プールに入った思い出しかない」
「なら湖を見るのは、これが初めてになりますか?」
「……そうだね。そうかも」

 あんまり意識してなかったけど、初めてがいっぱい。
 誰かと二人で旅行するのだって初めてだし。じゅうたんで空を飛んで移動したのも……。これは初めてじゃない奴がいないか。

 僕が会いたくないと強く思っているせいかはわからないけど、湖につくまで人はまったく見かけなくて、湖にも誰もいなかった。
 ルルと、二人きり。広い湖は……想像していたよりも、透き通っていてキラキラして、綺麗だった。

「旅館の近くに、こんな綺麗な湖があるなんて知らなかった。観光地にでもなりそうなのに、人もいないし……」

 しゃがんで、手のひらで水をすくう。このあたりはまだ浅そう。
 近所の公園にある池みたいのを想像してたけど、全然違うな。
 ……どこかで見た青。ルルより、もっと透明な感じの。

「綺麗な色ですね」
「うん……」

 あ、そうか。あれだ。僕がルルに買ってあげた風鈴の色によく似てる。

「ご主人様?」
「ううん、なんでもない。本当に……綺麗な色、だね」

 食うには困らないだけのお金があるとはいえ、これを買い上げるには油田でも堀り当てなければ無理だろう。
 写真機でも持ってくれば良かったな。そうしたらこの一瞬を切り取って、ルルにプレゼントができたのに。
 あー。ルルと湖って本当に絵になるし……。湖の精? 妖精さん……。まあ、悪魔なんだけど。
 うっとり見つめていると、ルルがふっと顔を上げた。

「そろそろ、ここを離れたほうが良さそうです」

 ピンと張りつめた声でそう言われ、僕の背筋もピンとなる。

「や、やめてよ! ルルがそんなこと言い出したら怖いじゃん! 早く戻ろ!」

 ルルの手を引いて、急いで湖から離れる。どさくさにまぎれて手を繋ぐくらいの余裕はまだあった。

「怖い、とは」
「幽霊とか出そうだし」
「霊が怖いのですか?」
「そりゃ、まあ……」

 確かに、悪魔の手を繋ぎながら何言ってんだお前って感じではあるか。実際、客観的に見れば僕はとり殺されるようなもんだし。
 でも! なんかそれとは違うんだよ。生理的な恐怖というか。例えるならゴキブリを見た時のような。
 今なら誰か歩いてきてくれたら助かるのに、相変わらず人はいない。僕の力って本当に役に立たない。
 ようやく拓けた場所に出るぞってところで、黒く丸い大きなまりもみたいな影が草むらの上に浮かび上がった。

「ぎゃ、ぎゃああぁー!!」
「ご主人様!」

 お化けじゃなかった。でも正体不明。近づきたくないのに、吸い寄せられていく。これは確か、空の上にもあったブラックホールみたいな……。
 時空の歪み、とか言ってたっけ。あと、当たったら魂ごと消滅する……とか。

「ひ、ひええ。ルル……っ!」

 ルルは繋いでいた僕の手を引き寄せて、その胸に抱きしめてくれた。そして、身体を翻してブラックホールから僕を遠ざけるように背を向ける。
 思わず目をつぶったその瞬間。僕の身体は解放されて、地面にぺたりと座り込んだ。

 ……助かった?

「ねえ、ルル……」

 顔を上げた視線の先に、ルルの姿はなかった。振り返れば黒い影も、同様になくなっている。

「……え?」

 何が起こったのか、すぐには理解できなかった。

「ルル? ルル!」

 あたりはシンと静まり返っている。
 まさか……嘘だよね。あれに飲み込まれた? だって、魂が消滅……するって。
 涙がぼろぼろと零れた。このまま湖に飛び込んで死んでしまいたくなる。でも、戻ってくるかもしれないし……。ルルが、僕より先にいなくなるなんて。
 どす黒い感情が、涙と共に心から溢れ出してくる。僕の魂が失くなるより先に、大切な存在が消えた。
 楽しい旅行になるはずだったのに、まさかこんな……。
 浴衣姿も、まだ見てないよ。温泉だって入ってない。

「ルル……」

 呼んでも、返事がない。いつもなら、お喚びでしょうかってすぐに出てきてくれるのに。
 何度も何度も名前を呼んで、最後は声がかれた。
 ここにいたら、またさっきの黒いやつが出てくるかもしれない。いっそそれでもいいけれど、できることなら僕の魂はルルに捧げたい。もう一度顔が見たいし、声が聞きたい。
 とりあえず、部屋に戻ってルルを待とう。ルルは絶対に戻ってくる。僕を残して逝ったりしない。悪魔なんだから。
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