マニアックヒーロー

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ブラック

サンタ狩り

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 殺傷力の高い武器を持っているということで、レッドとは別行動を取ることにした。
 それからほどなくして、銃声が響き渡った。

「うわ。人間でないとわかった途端に、早速発砲するって。物騒だなぁ」

 そう言いながらピンクが手に持った刺し身包丁をひらりと振り回す。まったくもって人のことは言えない。
 今まで素手や蹴りなどで戦っていたらしく、武器を持つのはこれが初めてだというから、テンションが上がるのもしかたないのかもしれない。

 サンタに刺し殺されて横たわる死体。コンクリートに流れるおびただしい量の血は、まるで赤い絨毯だ。電信柱に押し付けられたか、逃げる時にぶつかりでもしたのか、頭蓋骨がひしゃげているものもあった。もちろん、電信柱にも真新しい血がついている。

 何もかもが酷くリアルで目眩がした。これが本当に……夢になると、言うのだろうか。

「……サンタの姿は……見えないな」
「死体があるってことは、近くにいるはずだよ」

 相当にショッキングな絵面だというのに、ピンクはケロッとしている。
 幻覚なのだとしても、中学生に見せてはいけないモノでは……。俺でさえ吐き気がしてくるのに、ピンクの心臓に間違いなく毛が生えている。

「きゃああああ!」
「悲鳴だ」
「行くよ! ブラック!」

 それでも正義の心は有しているのか、絹を裂くような悲鳴に走り出す。
 ……この、ヒーロースーツ姿を……人に、見せるのか。別の意味でも……、つらいな。サンタの格好よりも、つらい。
 ピンクはまだ幼いからいいが、普通の精神をしていたら町中をヒーロースーツで闊歩するなどなかなかできることではない。それを見られた時の精神的ダメージも計り知れない。

「生きている、人も……いるのか」
「この殺されてる人たちは幻覚じゃなくて、幻覚を見ている人、だからね。殺される前は普通に生きてるはずだよ」

 声のしたほうへ辿り着くと、巨大なサンタの後ろ姿が見えた。
 背の高い俺より一回り大きい。横にも大きい。サイズ比がおかしい。
 遅かったらしく、女性の死体が転がっている。さっきは気づかなかったが、一部が欠損している……。目の前の女性は、足だ。

 サンタが抱えた袋はじっとりと血で湿っていた。返り血なのかと思っていたが、司令官の話にではこの中に死体を入れているらしいから、その……つまりは。

 サンタが振り返る。絵本で見るような見事なサンタ。ニイと人好きそうな笑みを浮かべているが、その手には包丁が握られている。
 真っ白なヒゲは返り血で赤い。今にも喋りだしそう、動き出しそう。いや、実際に動いた。これが幻覚なのか。本当に? 俺の目には現実にしか。

「何ボッとしてるんだ、よっ!」
「はっ……」

 俺は動けなかった。ピンクは動いていた。
 巨大な手に頭を掴まれる寸前で、ピンクがその腕を刺身包丁で切り落とす。一閃。

 サンタよりもお前が何者だ。

 腕を切り落とされたというのに、サンタは悲鳴のひとつすら洩らさない。もう片方の腕でこちらを切り刻もうとしてくる。

 こんなのに、素手で挑めって?

 死体の入った袋を持っているほうの手で攻撃してくるものだから、血まみれの袋まで宙を舞う。
 今度はきちんと避けた。袋も、包丁も。思った以上に身体が軽い。運動神経は元々悪いほうではないが、ヒーロースーツで身体能力がかなり強化されてるらしい。

「そのまま、もっと後ろに飛んで!」

 ピンクの声にも言われたまま反応できた。
 サンタの背後から小柄な身体が浮かび上がって、もう片方の腕も地面に転がった。もちろん、袋も。

「それ持って!」

 おそらく死体が入ってるだろう袋は、ずしりと重かった。
 その重みに、命がこの肩にかかっているのだと実感する。

「殺さなくて済んで良かったね」
「……殺しは、していなかったが……」

 袋を奪われたからか、サンタは無力化してその場に崩れ落ちている。生きてはいるのに、相変わらず言葉を発しないのが不気味だった。
 両腕のないサンタ……。見るに耐えない。

「幻影とは言っても、後味悪すぎるよ、これ。ブラックもきちんと戦ってくれないと」

 手を出す隙もなかったんだが……。それにしても、この中学生、あまりにも戦い慣れすぎではないか。
 俺など、抱えた袋に押しつぶされてしまいそうだ。

「せめて袋の中の死体は捨てていきたい……」
「重いの?」
「……重いな」

 それは、物理的なことだけではなくて。
 ピンクにも言葉の意味が伝わったのだろう。はあと溜息をついて、血まみれの袋に手を添えた。

「効果があるかはわかんないけど……」

 柔らかい光が辺りを包んで、肩が軽くなる。中身が消えでもしたかのように。

「今、何をした?」
「効いた? 浄化の能力なんだ。こういうフィールドなら、成仏したみたいな扱いになるかなーって思って使ってみた」
「確かに軽くなったが……」

 魂の重さというヤツだろうか。質量は変わっていないが、だからこそこれが幻なのだと思えて心も軽くなった気がした。
 それにしてもよく浄化を使ってみようなどと思いつく。俺なら絶対にその発想は出てこない。

「これで重さの問題は片付いたとして、いくつ奪えば終わるんだろ」
「数がわからないというのが困るな……」

 また、銃声。今度はずいぶんと遠い。喧騒がないからか、乾いた空によく響く。

「レッドも頑張ってるみたいだし、ボクらも狩ろうか」
「狩る……」

 ピンクはサンタを獣か何かだと思ってないか?
 まあ、幻影なのだから、それくらいに思っていたほうが精神衛生上いいだろう。人間だと思うから気が滅入る。さっきの発想といい、ピンクは若いから考え方も柔軟だ。
 レッドは……一人だから襲われてしかたなく撃ってるか……相当に、慣れてるのかもしれない。ヒーローに関してはかなり造形が深そうだった。

 りん。と、鐘の音が、鳴る。

「音……」
「え? また銃声?」
「いや、鐘だ。先程のサンタも、動くたびに鐘の音がした。これを頼りに……探せないか?」
「どこから聴こえてきたかわかる?」

 耳をそばだてた途端、想像以上にハッキリと響いた。まるで頭の中で鳴らされでもしたように。他の音は聴こえず、ただ鐘の音だけが。

「……そこの路地を左に曲がった先だ」
「オッケー!」

 ピンクの足取りは軽やかだ。このままだと俺が袋を持つ係になってしまう。俺としてはサンタを傷つける役目をまだ幼いピンクにあまり任せたくはないのだが……。同時に自分が手を汚さずに済むことに、安堵していた。俺は卑怯な人間だ。このままでは司令官に顔向けできない。

 それからも俺の耳は不思議と鐘の音を聞き分け、無事に4人目のサンタを倒し終えた。

「っと。まだ終わらないの? 何匹いるんだよ、ホント」

 いつの間にか数え方が匹になっている……。心が荒んでいく。
 だが、まだ終わらないのかという嘆きには俺も同意する。
 背負った袋は数を増し、そのすべてに人間の欠損部位が詰まっているのかと思うと、元から動かない表情筋がもうピクリともしなくなる。

「銃声は……。計5回……聴こえた……」
「レッドがイッパツで仕留めてるなら、ボクらと合わせて9匹か。キリよく10で終わりだと助かるんだけど」
「12月だから……。12かも、しれない……」
「ありそうでヤダな、ソレ」

 今度はひときわ大きな、鐘の音が響いた。まるでこれが最後だとでも言うように。

「……ピンク。巨大な、サンタだ」
「指してくれなくても見えてるよ、さすがに。なんでこう、毎回おっきくなるんだ。なんでも巨大化すりゃいーってもんじゃねーだろって、レッド文句言ってそう」

 少し低めに言ったのは、レッドの声真似だろうか。地声が少年らしい綺麗な高音なので、あまり似ていなかった。

「だがあれは、わかりやすく最後な気がする」
「だといいけど」

 小物を倒していってのち、現れた大物だ。これが何体も現れようものなら……。勝てる気がしない。いや、そこはすでに今の段階で危ういと思ってはいる。ピンクの包丁やレッドの銃など跳ね返されてしまうのではないか。
 とりあえず、あの大きな袋を持って歩くのは厳しい。俺も巨大化しない限りは。

「でもちょうどよく目印にはなるね。簡単にレッドと合流できそう」
「あれは……力をあわせないと……とても、無理そうだしな」
「あわせて勝てるもんなのかな。前はゾンビだったけど」

 そのほうが絶望感が強そうだが……。
 ああ、そうか。ピンクの能力が浄化だから、それが効くのか。

 耳の奥、脳髄まで侵されるような鐘の音。
 ズシンという恐竜が立てるような足音を、現実で聞くことになるとは思わなかった。

「ピンク、ブラック!」

 噂をすればレッドが駆けてきた。赤い衣装に白い袋でサンタ感が強い。

「あっ! レッド……。あれ、袋は? ひとつしか奪わなかったの?」
「中身を捨てて、袋だけひとつにまとめてった。ブラック、なんでお前、馬鹿正直に全部かついでんだよ。力すげーな」

 ……なん、だと……。そんな方法が。ピンクのおかげで普通に持てていたから考えなかったが、確かに一人のレッドがかつぐには無理がある量だ。
 俺も、重さはともかく、かさばって動きづらい。

「まあ、ボスっぽいのも出てきたし、もう地面に置いてもいいだろ」
「ボスね……。ボクもさあ、司令官サンやレッドの勧めでいくつか戦隊モノ見たけどさぁ、フツーはボクらも巨大メカとかに乗るんじゃないの? このサイズ比でアレと戦うとかバカでしょ?」
「それな。マジでどうにかしてほしいわ」

 なるほど……。普通は、そうやって戦うのか。
 ヒーロースーツを着ていれば、レッドやピンクくらい戦い慣れているのなら、あの巨大サンタもなんとかなるのだろうと思っていた。
 ……なんとかならないのか。もしかして。

「それで……。どうするんだ? どうやって、あの……サンタと……戦う?」
「どーすっかねぇ。俺としてはブラックの能力に期待したいところだったんだが」

 能力と言われても、正直俺は荷物持ちをしていただけだからな……。
 サンタはビルより大きい。見上げると首が疲れるし、その顔は遠すぎてわからないほどだ。向こうからすればこちらは蟻のようなもの。とても倒せるとは思えなかった。

「ボクらの姿が認識されてないことが救いだね……。気づかれてたら、踏み潰されて終わってたかも」
「俺たちを見つけるのは、散らかった部屋で落としたビー玉を探すような難易度だろうしな」

 確かに、何かを探しているような感じではある。
 今まで倒してきたサンタは殺した人間の部位を担いだ袋に入れていた。
 巨大でも行動が同じだとしたら……。探しているのは、人間……なのだろうか。あの大きな袋いっぱいにするのは大変そうだが……。

「プレゼントを、集めようとしてるのかな……」
「あぁ? 集めて、どうすんだよ。誰かにプレゼントするのか? 前回みたいにボーナスステージ?」
「知らないよ、そんなの! 集めようとしてるのが死体まるごとだったら、貰っても困るし」
「……性癖によってはプレゼントにならなくもないけどな」
「レッドは本当に……穢れた大人だよね」

 一瞬、意味がわからなかったが、ピンときた。

「そういう事例は、カラスにも……ある……」
「そんな豆知識、今必要ないから! 2人とも、ホンットやめてくれる!?」

 話に乗るべきではなかったのか。タイミングがわからない。
 とはいえ……攻めあぐねて、こういった雑談をしてるしかない現状だ。
 サンタの行動理由がわかれば、そこに勝機を見出だせる可能性はある。……いや、ないか。

「とりあえずさ、ブラックの能力は敵を見つけることだと思うんだよね」

 なるほど。言われてみれば。

「索敵か。見つけるっつってもなぁ」
「視界に入らないようにするのが難しいよね、アレは」

 どうやら今この場で役に立つ能力ではなさそうだ。

「またなのか。なんでこう、サポートスキルばっかなんだよ! うちのチームは!」
「で、でも、5人揃ったんだから、レッドが特殊技みたいなの使えるんでしょ?」
「イエローとブルーが今いねーよ!」

 イエローは……。あの巨大サンタを見て、倒れていそうだ……。

「ええー! ソレ、全員その場にいないとダメなものなんだ?」
「……いや……。わかんねーけど……。そうだな、俺が先入観に囚われすぎだったかもしれねぇ」

 こういう新しい考えを思いつくのが、ピンクは凄い。
 俺はアイデアも浮かんでこないどころか、気づくと黙ったままになってしまう。先程失言したばかりで、よけいに声を出しづらい。

「あ。でも、もし合体するとかなら、確かに揃ってないとどうにもならないかもね」
「いくらゲームみたいなシチュエーションとはいえ、ベッド以外での合体は勘弁願いたい」

 俺はベッドのほうも、司令官以外とは遠慮したいが。

「だが2人きりだとしたらアオカンでも、もちろん……」
「その話題続けなくていいから、さっさとやってみてくれる?」
「お、おう……」

 それからレッドは巨大サンタをジッと見つめて首を横に振った。

「やっぱ、ダメだわ」
「ちょっと、諦めるの早すぎでしょ!? もっと頑張って! 踏ん張って! なんか出ない?」
「ウンコみたいに言うなよ。そんな簡単に出ねーよ! ウンコと違って!」
「ウン……、そんな言葉連発しないでよね! これだからオッサンは」
「今のは俺、悪くねーだろ!?」

 確かに俺も『ウンコか』とは思ったが口には出さなかったぞ。
 レッドが快便だという、心底どうでもいい情報を得ただけで終わってしまった……。

「あ。待って……なんか拾ってる……。サンタ……? ボクらが倒したサンタだ!」

 戦意を喪失したサンタを拾い上げては袋に入れていっている。まるで空き缶でも拾うように軽々と。

「ボクらが、あんなにも苦戦したサンタを……」
「苦戦したのか?」
「してないけど」
「してねーのかよ!」
「いや、なんか……。言っておかなきゃいけない気がして」
「それはそうだな。よくわかってる」

 ……よく、わからない。

「でも少なくとも、あれはちょっと倒すの無理感は強くなったよね」
「けどよ、なんだかんだで今までのは全部見掛け倒しだったからな。初めの敵なんて蹴り一発で沈んだし」
「ゾンビもボクの力で楽勝だったしね……。とりあえず一度、攻撃してみる……? このまま見ててもどうにもならないし」
「そうだな」

 2人は頷き合って、同時に俺を見た。息ピッタリだ。

 ………………ん?

「あ、お、俺か?」
「うん。今までのパターン的に、仲間に加入したあとすぐの戦闘では、そのメンバーが決め手になるんだよね。だからブラックが殴りかかってみて」

 あれに……。あれにか。例えるなら、鳥が象を突っつきにいくような感じなのだが。
 とりあえず攻撃をした……途端、襲いかかってないこないだろうか。イエロー、ブルーの復活を待つべきなのでは。

「手から毒が出る能力で、一撃かもしれないし」
「なんだソレ、カッコイイな! 頑張れ!」

 いや、毒は出ないが……。パワースーツで強化はされているから、倒せはしなくとも蜂に刺されたくらいの衝撃は与えられるかもしれない。
 フルフェイスマスクで見えないはずの2人の期待に満ちた視線……が、刺さるような気がして、俺は特攻を決意した。

「ブラック、念のため、コレを……。司令官サンから貰った大事な大事な包丁だけど、だからこそ、力が出るでしょ?」
「そんなに大切ものを、俺に……」
「世界の平和も、大事だからね」

 そこはせめて、ブラックも、と言ってほしいところだ。
 だが司令官から貰った包丁なら百人力。俺はピンクからそっと手渡されたそれを、力いっぱい握りしめた。

「あ、ま、待て!」

 斬りかかろうとした途端、レッドから待ったがかかった。
 早く行かないと勇気がしぼんでしまう。

「何も倒さなくてもいいんじゃねーか? そっとよじのぼって手を刺して、袋を奪えばアレも無力化すんのかも」
「そっか! そもそも司令官サンも、奪えば終わりになるって言ってたもんね!」

 そういえば、そうだ……。あまりの大きさに、あれを倒せるのか……から始まり、なんとしてでも倒さなくてはという気になっていた。

「やって……みる」
「パワースーツのおかげで幸い身体は軽いしね」
「俺たちは何か起こった時のために、ここで待機してるぜ」

 それなら振り落とされた時のために、全員で上を目指したほうがいいのではと思ったが、俺は新参者だ。ここはリーダーであるレッドに……従う、べきだろう。

 腰に包丁をくくりつけてから、踏み潰されないよう、慎重にサンタの足元へ行く。

 でかい。本当に、でかい。ズボンの裾に手が届かない。
 相手が止まっているならまだしも、移動する足によじのぼろうとするのは不可能に近いのでは?

 助言を得たくて振り返ると、ピンクがこちらを応援するように手を振り上げて、可愛らしくジャンプした。

 ……そうか。ジャンプだ。跳躍して布に掴まれと、そういうことか。さすがはピンクだ……。何も馬鹿正直に下から這い上がる必要はない。普段ならともかく、今の俺は……、普通の人間には出せない力が……出せるのだから。

 狙いは巨大サンタが無力化したサンタを拾おうとした瞬間だ。
 膝を屈め、思いきり溜めを作る。心の中でカウントし、弾みをつけて飛び上がった。

 空を……飛んでいる。そんな、感覚だった。
 身体が軽い気はしていたが、ここまでだったとは。重力を無視している。これは現実だとハッキリわかるのに、まるで夢のようだ。
 心地のよい浮遊感に身を委ねる。どこまで高く上がるのか自分でもわからないかと思ったが、不思議とここだという間があった。

 巨大サンタの膝裏より少し下に、蝉のようにしがみつく。
 ズボンが厚手だったからか、相手にとっては蚊が止まるような感覚に過ぎないのか、気づかれることはなかった。

 興奮が高まって、地面にいるピンクとレッドに親指を立てて見せる。2人とも驚いた顔をしていた。

 ……らしくないことをした。恥ずかしい。

 いや……。マスクをしているのだから、顔などわからない。驚いた顔をされたという被害妄想だ。
 俺は気恥ずかしい気持ちを殺しながらサンタの服をよじのぼっていく。
 身体が軽いから……進みも早い。このスーツを着ていれば、ロッククライミングも楽勝そうだ。

 どれくらい登っただろう。ふと下を見ると……地面が、かなり遠い。落ちた時を想像してゾッとした。

 高所恐怖症というわけではないのだが……。それでも、さすがに……。やばいな。
 風もそれなりにある。吹かれて飛ばされてもおかしくない。それに、サンタの歩みにあわせて揺れる。
 このスーツ……。空は、飛べない……だろう。おそらくは。
 落ちた時に、衝撃を吸収してくれる……可能性はあるとしても、この高さから落ちたら、助からない気がする。

 ……そもそも、サンタの手を刺した瞬間に振り落とされてもおかしくないのでは?

 ……大丈夫だ。そんな……危険なことを、仲間である2人が……何も考えずに、させるはずがない。不思議な力でなんとかなる。多分。

 竦みそうな身体と心を気力で抑え込み、俺は後戻りはすまいと心に決めてひたすら登った。俺のこの姿を見たら、きっと司令官も少しはときめいてくれる。そう少しでも、奮起できることを考えながら。

 ようやく、袋が見えた。揺れた。どうやら袋に、俺たちが倒してきたサンタが追加されたらしい。袋が地面に落ちたら、間違いなくスプラッタだ。白い袋が赤で染まる。
 よく見れば、さっきまで真っ白だった袋は、すでにところどころ血で染まり赤黒くなっていた。

 腰に括り付けておいた包丁を構える。当然、ぶらさがる手は片手になる。安定感は欠片もない。力も入らない。

 ……上手くいく気が、まったくしない。

 軽くチクリとしたところで、簡単に袋を手放すだろうか?
 要は……。袋を、奪えば……。いいわけだ。何も、手を放させる必要はない。少しずつ、少しずつ袋に切れ目を入れたら、中の重みで落下するのでは?

 俺は息をひそめながらゆっくりと袋に包丁を差し入れた。
 ……気づかれた様子は、ない。
 切りすぎると落ちる前に中身だけ転げ出そうだから、間を空けて切れ目を入れていく。身体に面してるほうの布は切れ目から手を差し入れて、本体に傷をつけないよう気をつけながら切っていく。

 もう少し。あと少し。歩く時の振動で破れそうで、俺の心臓も破れそうになる。

 ビッと凄い音がした。まだ早い。失敗した。そう思ったが、元からほころびでもあったのか、切れやすかったのか、そのまま連鎖するように破けていった。

 中に入ったサンタの死体がまろび出ることはなく、緩やかに落下する。
 ……緩やかに。そう、感じたのは……袋に掴まっていた俺も、一緒に落下しているせいだろうか……。

 死んだ。これは死んだ。ダメだ。もう少し長く……司令官と同じ刻を……過ごしたかった。

「キュイー!」

 耳慣れない、だが近く聞いたことがあるような声が聞こえ、俺の身体は中型犬くらいの物体に支えられた。

「……ギンタ!?」
「……ピィ」

 浮いている。俺は必死に、ギンタにしがみついた。
 良かった。助かった。あんなにブルーの傍を離れようとしなかったのに、いざという時にはこうして助けにきてくれるのか。
 ドラゴン。カッコよすぎる。鳥も大好きだが、この形状が最高だ。死にかけていたことを忘れるくらい、心が高鳴る。

 しかし、安心したのも束の間……。巨大サンタが振り返り、ハエでも払うように手を伸ばしてきた。
 袋を奪えば……無力化すると言っていたのに。ボスはまた話が別ということか。

「ギンタ、お前……。炎とかは、吐けない……か?」
「キュウ……」

 渋そうな声を出している。無理そうだ。
 先に床へ落ちた袋を見ると、案の定スプラッタになっていて
、すぐ目を逸らした。俺もああなるのかと思うと血の気が引いた。

 目の前の……。袋を奪われたサンタの表情も、なかなかにホラーも真っ青だったのだが……。こちらからは、目を逸らせなかった。
 俺は、空中でギンタにしがみついていて身動きが取れない。
 次がきたら……それで、おしまいだ。せめて、ギンタだけでもなんとか……そうは思っても、生に執着した身体は浅ましく、ギンタから手を離せなかった。

 しかし……巨大サンタは、凄い形相のまま動きを止めた。
 ぜんまいで巻かれた時計が針を止めるように、ピッタリと。

「上手くいった……のか?」
「キュイー!」

 汗がドッと吹き出た。動かなくなったサンタと反対に、俺の心臓は時を刻みだす。
 そして破壊されたビルや建物、人が……巻き戻っていく。
 俺たちが倒してきたきたサンタも、袋と共に落下したサンタたちも。

 そして巨大なサンタは、俺たちの目の前で小さな人形に姿を変えた。

「ギンタ」
「キュウ」

 意図を汲んでくれたギンタの助けで、重力に従おうとするその人形をハシッと掴む。
 こうして見ると可愛い……いや、やはり、憎らしい。

 ギンタはそのまま緩やかに降下し、俺をピンクとレッドの元へ運んでくれた。2人はいち早く変身を解いていた。

 さすがに一人だけこの姿でいるのは気恥ずかしい。俺も倣って変身を解く。

「烏丸サン、おかえりー……あっ、ギンター! お前が助けに来てくれてたのかあ。あんな高いところから落ちたらマズイんじゃないかって、あれから赤城サンと話してたんだよね。ホント、無事で良かった!」

 無策……だったというのか。いや、悪気があったわけではない。俺だって登り出すまでその危険に気づいていなかった。
 それになんとなく、スーツがあれば大丈夫的な気はしてしまう。

「って、ナニ、そのシュミの悪い人形は」

 この嫌そうな顔も、数時間ぶりに見る。時が巻き戻ったのなら、実際にはそれほど経っていないのだろうが。

「袋を奪ったら、これに……変わった」
「へえー。ホントだ、袋持ってないね、このサンタ」
「ちょっと見せてみろ」

 レッドに、乱暴に引ったくられた。

「ほお……。これは、中々……精巧なフィギュアのようだ。惜しむらくは、モチーフに魅力がない。減点だ」
「乱暴に取り上げたと思ったら、また残念なこと言って。これだからオタクは」
「お、俺は一般的な意見をだなぁ」

 戦う前と変わらない2人に、なんだかホッとする。
 俺は……日常を守ることができたのだ。

「それにしても、結局青山サンと黄原サンは来なかったよね。サンタを怖がるなんてワケわからないし、青山サンも振り切って来てくれればいいのに。ホント、こういう時に頼りにならない……」
「キュイー!」
「わっ、なんだよ。青山サンのコト悪く言ったから怒ったの?」

 怒ってるというよりは、翼をバタバタさせて何かを弁明しているように見える。

「あのよ、ひょっとしてコイツ……。中身、キイなんじゃねーか?」
「えっ!? ホントに!? 確かにそんなようなコト言ってたけど……」
「キュイー!」

 ギンタがひときわ高く鳴いた、それを合図にあたりは完全に元に戻った。
 ……そして、ギンタの様子も。

「キュイ!? ピィィ! グァー!」
「ぐっ、あ、暴れだしたぞ」
「青山サンの姿が見えないからじゃない? すぐ会えるから、そんなに鳴かないで。目立っちゃうよー!」

 俺はどうしたらいいかわからず、おろおろするだけだ。
 中身がイエローだったなら急に場面が変わったことにも酷く驚いているだろう。それを落ち着かせるのは難しく思える。

 こういう時は……。

「キュッ!?」

 物理に限る。鳥にはこんなことはできないが、ロボットなら問題はないだろう。
 ギンタの全体を覆い隠すようにガバッと抱きしめる。ゴツゴツしてて抱き心地は最悪なので、痛み分けということにしてほしい。

 ああ……。腕の中にいるのが、司令官だったら……。

「ショックだったのか、おとなしくなったね。烏丸サンに抱きしめられるとか罰ゲームっぽいし」
「俺なら歓迎だけどな。それより、そんなに強く抱きしめたら硬くて痛くねーか?」
「赤城サンが言うとなんでもシモネタに聴こえる……」
「言ってねーよ!」

 その光景を微笑ましく見ながら、ギンタを抱きしめる腕に力を込めた。
 やっぱり少し、痛かった。
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入社1ヶ月のワンコ系男子が、知らずのうちに射止めたのはイケメン社長!?

monteri
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CM制作会社の新入社員、藤白純太は入社1ヶ月で教育係の先輩が過労で倒れたため、特別なクライアントの担当を引き継ぐことになる。 そのクライアントは、女子禁制ミーハー厳禁の芸能事務所だった。 主人公の無知で純なところに、翻弄されたり、骨抜きにされるイケメン社長と、何も知らない純太がドキドキするお話です。 ※今回の表紙はAI生成です ※小説家になろうにも公開してます

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