マニアックヒーロー

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地球を守るための戦い

vsクラーケン

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※ブルー視点



 最近、敵が襲ってくることが増えた。
 正月こそのんびりできたが、三ヶ日を過ぎてすぐ、初めの敵襲。渋谷がネズミで溢れかえった。
 人型でない分、サンタよりも倒しやすいが、数が尋常ではなく……。また、それにかじられる人たちの姿がエグすぎた。元々スプラッタが苦手なオレは何度か吐いた。

 能力が応援なので後ろにいられるだけ、まだマシか。そうは言っても視覚の暴力が凄い。しかも、何故かネズミはオレばかり襲ってきた。シールドで防いだが、攻撃箇所が多いと穴があくのか、ヒーロースーツを破られてしまった。

 次は虫だった。みんなには悪いが、スーツの修理が済んでなくて良かったと心底思った。

 オレのヒーロースーツが直ったあたりで、次は人形やぬいぐるみが動いて襲ってきた。黄原は、怪奇現象だ! とやたらテンションが上がっていた。
 烏丸がモモくんにあげたくまのぬいぐるみも敵になり、寝返りやがって……と、ショックで項垂れていた。思いの外、気に入っていたらしい。
 ことが終わったあと、人形は元へ戻っていったが、くまのぬいぐるみだけはボロボロのままだった。

「さすがにもう大切にする気にはなれないから、ちょうどよかったけどね」

 そう言いながらも、少し寂しそうなモモくん。オレがもっと大きなウサギのぬいぐるみを、プレゼントしてあげたい。……職が見つかったら。
 強がるモモくんは尊いなと思った。


 ……これらが、約10日の間に起こったのだった。


 そして少しだけインターバルを経て、1月半ば。
 東京が沈没した。オレたちのラブホテルも例外ではない。
 3階の途中まで水が来ている。なんとか屋上へ避難したものの、あっという間のことで持ち出せたものは少なかった。

「なんとしてでも……、なんとしてでも、これを現実にしてはいけません!!」

 司令官さんは血の涙を流さんばかりだ。
 床に膝と手をつき、ああああ、と嗚咽を漏らしている。
 
「撮りためた映像とか、アンタのBlu-rayとか、全部建物の中だもんな。俺は大切なものは自宅へ移動してあるから大丈夫だが……」
「凄い光景でちょっとときめくものがあるけど、水が汚くて泳げなさそうですね」
「泳ぐ気だったのかよ。呑気なもんだな。キイもコレクションとかヤバイんじゃねーのか?」
「それは、大切なものもありますけど、今この時、自分が体験しているというのが、こう……とても!」

 今回も黄原は絶好調だな……。

「司令官サン、ボクが……ボクがあげたパンツは!?」
「もちろん水の中ですよ!」
「そんな……。こんな、ドロヘドロのような水の中に!? まだ穿いたところを見せてもらってないのに!!」

 オレがいくらでも買ってあげたいが、お金もないしあったところで……。パンツならオレが買ってあげるよとか言い出したら変態でしかない。残念だ……。

 烏丸は自宅に残している鳥を救出しにいっている。

 水は汚いが、見渡す限り水の世界だ。これで水質が良かったらまだ幻想的な感じもしただろうが、下水も混じっているのか酷いものだ。
 すべてが幻であるのなら、こんなに現実的でなくとも良かったのではないか。宇宙人の考えることはわからない。

「でも最近本当にハイペースだよね。また、前回から一週間経ってない」
「今回は敵も姿を見せてるわけじゃないから、現実なのでは。とかも思うよな。けどなぁ、雨は降ってねーしな」
「一晩明けたらこれだもんね。ビックリだよ。水が綺麗だったらいいのに」
「……モモ、浄化の力でどーにかなんねーのか?」
「えっ!? 無理じゃない? 広範囲すぎだし……」

 みんながモモくんに、期待に満ちた視線を投げる。
 このままなかったことになるのが前提なら、水が綺麗というだけで割合楽しい事態になる。

 それに……。ギンタを氷の中から助けたことがクリアの条件だったように、この水を無くすことや綺麗にすることが条件だという可能性もなくはないのだ。

「わかった。やってみる。でもコレ、成功したとしてボクに凄い負担がきたりしないよねぇ?」

 モモくんが不安気な表情で司令官さんに尋ねる。

「能力を使うこと自体に関しては大丈夫ですよ。ただ、上手くいくかはわかりません。ネズミあたりから、私の用意したシナリオではないので……」

 その言葉が本当かどうかはわからないが、モモくんに負けないくらい不安そうな表情をしている。
 司令官さんにも怖いなんて感情があるんだな……。いつも飄々としているし、テンション高く楽しそうにしているから……。

「はぁー。凄い! アトランティスみたい! 水が綺麗になったら、そう、水中メガネとかつけて探索したい!!」

 今回は完全に黄原がその役目を担っているな。
 ただ探索したとして、そこにあるのは普通のマンションやコンビニとかだぞ。

「青山さんも一緒に行きましょうね! 水中都市の中の青山さん、素敵だろうなあ」

 どんな感性なんだ、それは。
 引いているオレに気づかないくらい、目をキラキラ輝かせて語っている。
 こういう姿は……。まあ、可愛いと、思わなくもない。
 危険もなさそうだし、水に浸かるくらいは……。

 そう思った瞬間。ザバーンとここまで聞こえるくらいの水柱が遠方で立ち上がり、巨大なタコが現れた。

「敵……出てきたな」

 赤城がポツリと呟いた。

「クラーケンだ!!」

 大興奮な黄原。好きなのは超常現象だけではないのか……?

「でもあれ、タコだぞ。クラーケンてのはイカじゃねーのか?」
「巨大なタコやイカ、頭足類のことをいうんですよ。知らないんですか?」
「知ってることが当たり前みたいに言うな」
「赤城さんのことだからゲーム知識かと思って」
「グッ……」

 言葉に詰まっている。どうやら図星のようだ。

「避難してる人たちを襲ってるね。助けにいかないと……。とりあえず、浄化……」

 水が光って波立ち、波紋と共に綺麗な水へと変化していく。
 ……浄化というより浄水だな、これは。

「キュイー!」

 ギンタは水が動力源だけあって、さっきから嬉しそうに水の中を泳いでいる。
 泥だらけでどうしようと思っていたがモモくんのおかげで綺麗になってよかった……。

「わあー。凄い、桃くんスゴーイ!」
「ん。身体も大丈夫みたい」
「鳥を助けに行った烏丸が心配だな。先に変身しているだろうが……。この様子じゃ、鳥は助からないだろう。ショックで戦うどころではないかもしれない」
「烏丸サンち、アパートの1階だったしね。ボクらが敵を倒せば全部元に戻るって言ってるのに、なんでムチャするかなぁ」

 それでも自分の大切な存在が苦しんでいるなら助けに行きたいという気持ちはわかる。オレだってモモくんや黄原が苦しんでいたら、この身をていして助けに行く……と、思う。

「私はここでみんなの戦いを見守ってますね」
「今日はモニターもないんだし、シロもついてきたらどうだ?」
「ええっ!? 私は戦闘では役立たずですよ? 1話目からそうでしょう?」
「1話目とか言うなよ……」

 むしろ凄い科学力を持っているのだから、オレたちより……少なくともオレよりは、戦えるような気もするが。
 この幻影フィールドがそういうルールなのだとしたら、彼は一般人と変わらないということだろうか。

「結構遠くだから、ここからじゃボクの雄姿が見えにくいよね。でもクラーケンの傍に行かせたくないし……」
「それより、モモは行かないほうがいい」
「え? なんで? 赤城サンがひとりで戦うとでも言うの?」

 モモくんは護身術を兼ねて武道を嗜んでいるそうで、外見に反して戦闘力が高い。スーツを着ていないとしたら、運動不足気味の赤城は敵わないような気もするし、黄原もそれほど力は強くない。自分で言うのもなんだが、オレはもう論外だ。

 だから赤城がモモくんに行かなくていいと言う理由がわかない。

「いや。ここは、キイとアオが行くべきだ」
「僕と青山さんが2人で!? うーん、海の魔物じゃ能力的に僕は相性悪そうだけど……。なんでですか?」
「馬鹿、お前……。クラーケンだぞ。こう、触手プレイみたいな感じになるのは目に見えてる! モモは年齢的にアウトだし、俺には似合わない。ここは綺麗どころが行くべきだ!」

 触手が似合うとは。

 モモくんをそんな目に合わせられないのは同意だが、コイツの頭の中にはエロイことしかないのか。まったく。

「力説しているところ悪いが、ヒーロースーツを着ていくのだから、顔などわからないだろう」
「そもそも僕なんて、ギンタになって向かうんですけど……。まあ、ちょっと青山さんのそんな姿は見たいかと言われれば見た」
「黄原」
「いえっ! 青山さんに触れていいのは、僕だけなんで!」

 仮にも恋人が襲われている姿を見たいと思うのは、さすがに性癖が歪みすぎだ。

 それとも黄原にしてみれば、好きなものを混ぜたら最高くらいの気持ちなんだろうか。

「気持ちの問題だよ、気持ちの問題。それに屋上なんて目立つ場所だろ? シロを残すなら、シロを守るために人員をこちらに割くべきだと思う。どうだ?」

 なるほど筋は通っている。司令官さんがやられてしまえば、地球を守ることは間違いなく難しくなる。そのまま、敗北が確定する可能性だってある。

「そうだな。黄原、2人で行くか」
「は、はい! 途中まではギンタを連れて行きつつ、この姿でいいですかね」
「キュイー!」

 嬉しそうに、ギンタが飛んできた。普通に考えて、抱えて飛んでもらったほうが楽そうだが……。ダメだと言えなさそうな雰囲気だ。

「できたら変身もしないで泳いでいきたい……」
「いや、さすがに、それは……。それに普段から部屋のプールで一緒に泳いでるだろう」

 後ろで赤城が、普段から一緒に泳いでるのかよ……とボソリと呟いた。聞かなかったことにした。

「部屋とは全然違いますよ! 透き通るような水に東京が埋もれている、幻想的なこの光景を見てください! 太陽に反射してキラキラ光ってて……。こんな中を、青山さんと泳げたら……」
「体力的に、途中で力尽きると思う」

 正直、部屋で遊んだあとだってクタクタになる。そのおかげで多少体力がついてきているとはいえ、遠泳できるほどではない。

「……確かに僕も、自信がないですね」
「ヒーロースーツでもいいだろう。身体能力がかなり向上するし、それで泳ぐのも楽しいと思うぞ」
「うう。でも敵を倒したら元に戻るし、素のままの青山さんと泳ぎたかったです」
「キュイー!」

 話している今も、巨大なタコは泳ぎながら逃げ惑う人を襲って口に運んでいる。なのに呑気にこんな会話。ヒーロー失格だな。今更だが。
 咀嚼される幻影など見た日にはさすがにトラウマになりそうだ……。実際、夜寝るのが怖くなるなどの症状が出てる人間もいるらしい。
 いくら夢や幻のようになるとはいえ、感受性が強い人間には確かに酷だろう。ハッキリ覚えてるオレとしては、どんな感覚なのかあまりわからない。

 ギンタもここぞとばかりに黄原の肩を持っている。
 こういう時は本当に息が合う。兄弟のように並んでキラキラした目で見られると、オレは弱い。

「少し泳いで……途中で変身する感じでいいか?」
「やったー!」
「キュー!」

 モモくんはすでに泳ぎながら、司令官さんとキャッキャしている。なんという尊い姿だろうか。ここだけ見ると凄く平和だ。ファンサウチワを持ってくれば良かった。惜しいことに、現在は水没している。

 この平和を守るために、オレと黄原で頑張らねば。
 ……まあ、少し……遊んでから。

 赤城だけはこの状況を憂いているのか、やや難しい顔で無事だったらしいタバコをくゆらせていた。




 水に覆われた都会の街を、2人と一匹で楽しく泳ぐ。
 ただ、泳いでいるのは何もオレたちだけではない。
 これは確かに初めからヒーローの格好をしていなくて正解だった。

 ただ、遠方に巨大なタコが見えているので、オレたちが向かうほうとは逆に進んでいく人のほうが多い。

 こういう事態は初めてではなく、どうせ夢になるのだと割り切って遊んでるタイプの若者もいる。
 まあ、そうでなくともこんなことが起こったら、普通は夢にしか思えないだろう。

「僕は白昼夢や幻覚事件と呼ばれた現象には残念ながら巻き込まれてないんですけど、なんか、やっぱり、ふわふわしたような感覚があるんでしょうか」
「さあな……。オレは元々、夢はあまり見ないからよくわからないな」
「僕は結構見ますよ。夢。楽しいです。青山さんの夢もこの前見ましたよ」
「オレか。どんな夢だ?」
「えっ」

 そこで赤くなられると、反応に困る。

「ち、ちょっとエッチな夢です」

 しかも言うのか。ますますどうしていいかわからない。イマドキの若者怖い。

「そ、そうか」

 もう少しマシな返しはなかったのか、オレも。

「やっぱり逃げてく人が多いけど、遊んでる人も結構いますね。向かってる人も……。これは変身しにくそうですね」

 人の目がある場所で、ヒーロースーツのまま泳ぐのはシュールとしか言いようがない。正直、みんな逃げてほしい。
 夢ならば咀嚼されてみたい願望でもあるのか? 追われる夢とかを見たら、普通は逃げるものでは。
 それに……。オレたち次第では本当に死ぬことになるかもしれないのに。

「でも、気持ちはわかるな。僕も死ぬ危険があるとしても、クラーケンを間近で見たくて向かったと思います」
「そういうものなのか……」

 そんなのは黄原だけだと言いたいところだが、実際に向っている人がいる以上、否定はできない。

「うーん。なら、あれがユニコーンだとしたらどうです? ちょっと近くで見てみたくなるでしょ」
「それは……確かに」
「馬の蹴りで人間は簡単に死にますよ。チュパカブラだって血を吸います。きっとそれでも人は近づいていく。好奇心が生存本能を上回ることもあるんです」
「チュカパ……? なんて?」

 黄原が言うのだから、また未確認生命体みたいなやつか。
 そう言われればなんとなく納得もできた。
 あの巨大な生物を間近で見てみたい。そう思う人間はきっと黄原だけではないのだ。

「水中都市での幻想的な青山さんを見たいって思ってたのに、人が多くてアトラクションぽくなってるのは残念ですけど、クラーケンと戦うのは楽しみです」

 戦うの自体はそんなに得意でもないくせに、コイツはいつも楽しそうなんだよな。オレは憂鬱でしかない。

 まあ、実際に敵を目の前にしたら、いつものように後悔してビビるんだろうが……。

 しかし、泳いでも泳いでもまだ遠いな。疲れてきた。

「黄原。そろそろどこか隠れる場所を探して変身しないか?」
「え、もうですか!? まだ、秘密基地の屋上が見えるくらいの距離なんですけど……」
「キュイィ……」

 振り返って後ろを見た。本当だ。もう結構進んだ気でいたのに。年齢の衰えを感じる。
 ギンタまで不満そうな声を上げているし、ここはもう少し頑張るか。
 …………いや、無理だ。

「戦うときに余力を残しておかなければならないだろう」
「それもそうですね。夢のような世界なのに、きっちり疲れるなんて残念すぎるなあ」

 心底残念そうに黄原が言った。
 夢のような世界というのはこの場合、黄原にとって2つの意味を持つんだろうな。楽しくて普段よりも、疲れを感じにくいのかもしれない。普段はオレと同じで体力なし側だ。今日はどこまでも元気に見える。

「大きめなビルがいいな。ギンタにリンクするなら、お前の身体を隠しておかなければならないだろう」
「屋上で大の字になってるのは、さすがに無防備すぎますもんね」

 敵が本体を襲ってくるかはわからないが、そんな状態で残してきたら気になって落ち着かない。

「せっかくだから、この姿でクラーケンと会ってみたかったんですけど」
「オレたちは動物園のパンダを見に行くわけじゃないんだぞ」
「目の前に立ってみたら意外と友好的かもしれない……」
「食ってたけどな、人」
「ですね……」

 今からオレたちは、猛獣の目の前にさらされる。少しでも生存率が上がるよう、準備はきちんとしていかなければならない。
 黄原は意識をギンタに移すから、クラーケンとの戦いで何かあっても身体は無事だろう。だが逆に、意識のない身体を襲われる可能性もある。
 何しろ、黄原は顔がいい。本当にいい。可愛さではモモくんに勝てないが、本当にキラキラしている。
 命が無事でも、人としての尊厳を失うような事態になったら大変だ。
 オフィスのど真ん中などは世界が元に戻った時に通報されかねないので、それも不可だ。社会的な信用を失うことになる。ただこれは、黄原なら顔の良さでなんとかなりそうな気もする。

 オレたちは近くのビルに窓から侵入し、手頃な部屋を探した。
 これも立派な不法侵入。犯罪だ。

 幸い避難済みなのか人はおらず、水浸しになった床だけが歩く時にパシャパシャと音を立てる。

「元から人がいないから、人がいなかった場所っていうのがわかりませんね」
「資料室の目立たない隅などが無難だろう。トイレは鉢合わせた時に気まずそうだ」
「僕が目覚めるまでには少しラグがあるから、気づいたら個室に2人きりとか、大惨事にもほどがありますしね」

 それは気まずいどころの話ではないな……。


 誰もいないビル内は少し不気味な感じがする。幽霊が出れば黄原は喜ぶのかもしれない。
 適当な資材置き場を見つけ、その隅で戦闘準備を始める。ギンタは意識を明け渡すことがわかっているからか、オレにやたらとひっついてくる。

「またすぐに会えるから。な?」
「キュイ……」
「僕にもよしよししてください」
「リンクを終えたらな」
「この身体の時がいいのに」

 拗ねて唇を尖らせたと思ったら、唐突にキスしてきた。

「しばらくできませんから」

 いたずらっぽそうな表情が可愛らしい。
 本当に……。しばらくで済めば、いいんだがな。

 ふと、たまらなくなって、オレからもキスをした。

「あ、青山さんッ……!」
「待て。思い残すことは、多少あったほうがいい。その。きちんと戻ってこられたら、続きをしよう」
「はあぁ。もうホント好き……。なんだかんだ男前なんですから」
「そうか」

 そこは可愛らしいほうが嬉しいのでは? 黄原の考えることは、オレにはよくわからない。

「じゃ、ギンタになって、ここからは青山さんを抱えて飛びますね」
「よろしく頼む」

 黄原が横たわる。彼の希望で毎回、リンクが終わるまでは膝枕をしてやる。我ながら甘いとは思う。
 まあ今日は……。こんな床で、頭も痛そうだしな。男の硬いフトモモでどれだけ楽になるかは謎だが。

「キュイー!」

 ギンタが高く鳴く。膝に乗せた頭の重みがずしりと増した。意識が移るまでは結構早い。
 一応ジャケットを、頭の下に敷いといてやろう……。

 オレも急いで変身し、二人でビルから出た。

 一面、水の世界。泳いできたのだから今更とはいえ、相変わらず異様な光景だ……。
 台風被害にあった街はみんなこんな感じなのかもしれないが、水が澄んでいることはまずないだろう。

「キュイッ!」

 任せておけ、と言った気がする。人の言葉は話せなくても、雰囲気でなんとなくわかる。

 ギンタになった黄原に優しく掴まって空を飛ぶ。ヒーロースーツは身体能力が強化されるが、空は飛べない。
 いつも楽しそうだし、ちょっと羨ましい。自分の身体で空を飛んでみたいというのは、子どもの頃、誰しも一度は考えたことがあると思う。

 なるべく高く飛んでもらい、人の視線を避けながらクラーケンの前へ移動した。
 クラーケンはオレたちの存在に気がつくと、二本の足でザリガニが威嚇するようなポーズをとった。

 近づいてきたものはすべて喰い尽くしたのか、猫の子一匹いない。
 吸盤のついた手足は血にまみれ、周囲も赤く染まっている。
 水が透明なだから、よけいにグロイ。

「ピィ……」

 近くで見たいとはしゃいでいた割に、黄原は怯えたような声を出した。
 無理もない。2人だけでボスのような敵と対峙するのは、これが初めてだ。

 だが何故か襲ってくる様子はなく、威嚇のポーズのまま固まっている。まさか満腹だとでも言うのか。

「ピ……?」

 こちらを警戒しているのかもしれない。油断は禁物だ。
 それとも、今のうちに先手必勝……。

 って……少しずつ、進んでいるような……。

「ば、馬鹿、黄原! 近づくな!」

 黄原はオカルトマニアだ。敵が襲ってこないことで、なんらかの期待でもしたのだろう。オレが首をしめて引き留めるのも構わず、ふらふらとクラーケンに近づいていく。

 オレはこんな気味の悪い性物に近づきたくなんてないのに……!

 いっそのこと手を離して、水の中に落ちてしまおうか。
 だが、いつもより身体能力が向上しているとはいえ、水中での戦いで勝てるとは思えない。それにオレ自身には戦う能力はほとんどなく支援が主だ。黄原がなんとかしてくれない限り、戦闘開始の鐘も鳴りやしない。

「吹雪だ、吹雪を吐け。応援するから。氷漬けを作るんだ。彫像のようにしてゆっくり楽しめばいい!」

 好奇心よりもオレの言葉を優先してくれ。
 そんな想いが通じたのか、黄原が勢いよく息を吸い込むのがわかった。

 ホッとしたのも束の間、どうやら少し遅かったらしい。
 オレと黄原は揃ってタコの足に捕まった。

 オレはヒーロースーツ、黄原はギンタの身体という有様だが、ここに赤城がいたら、この展開を喜んだろうか?
 何故かタコはオレたちを捕まえておきながら攻撃はしてこず、吸盤のついた足でぬめぬめと身体に触れてくる。

 気持ちが……悪すぎる。

「ピッ、ピィ……!」

 黄原のほうは喜んでいるのか嘆いているのか、高い鳴き声を上げる。

「ッ……ん」

 どうするんだこれは。なんだなマズイところを撫でられている気がする。
 まさか本当に……? 巨大な海洋生物に性的にどうにかされる展開なのか? エロ漫画でもあるまいし。

 これを上映会と称して見られるのかと思ったら、身体がカアッと熱くなった。冗談じゃない。ヒーローモノなのに、完全に大人向けになってしまう。

 絶対絶命だ。まだ黄原とも最後までしていないのに、こんなグロテスクな怪物に……。こんなことなら、早く最後までしてしまえば良かった。

「ピィーッ!」

 黄原が凄い勢いで吹雪を吐き出した。オレまで冷たい。咄嗟にシールドを張る。
 なんだ……。オレがタコに襲われる姿をちょっと見てみたいなんて言っていたくせに、きちんと怒ってくれるんだな。

 水面まで同時に凍るような、今まで見た中で一番激しいブレスだった。
 クラーケンの身体が一気に凍りつく。ただ、オレたちを掴んでいる足だけは凍らず、まるで生き物のようにウネウネと動いていた。
 うう……。気持ちが悪すぎる……。

「ピ!?」
「そんな……」

 瞬間冷凍したクラーケンが、パキパキと音を立てて元に戻っていく。
 粉砕された氷の粒子がキラキラと辺りを舞うのが綺麗だった。目の前の生物は酷くグロテスクなのに。

「きっと凍り方が浅すぎるんだ。オレたち2人だけじゃ、やっぱりキツイ」
「ピ……」

 何故いけると思ったのか。黄原があまりにもテンション高く楽しそうにしていたから、恐怖が薄れていたのかもしれない。

 クラーケンは再び触手を動かし足から尻にかけてぬるりとまとわりつかせてきた。先程よりも少し動きが鈍いのは、一度凍らせたおかげだろうか。

「うぁっ……」

 こ、このエロダコが……! ギンタが黄原の感情を元に作られているのだとしたら、赤城の感情が元になっているとしか思えない。

「キュ、キュイ……!」
「も、もう一度……。もう一度、吹雪を吐け」

 さっきはシールドに力を割いてしまった。今度は寒さに耐えて応援を乗せる。オレにもダメージがくるかもしれないが、このまま辱められるよりはマシだ。

 ギンタの姿をした黄原は再び口を大きくガパッと開き、間髪入れずに吹雪を吐き出した。もはや雹の粒が固まり、ビームのようになっていた。

「ダメか……?」

 凍りはしたが、やはりオレたちを掴んでいる触手だけはそのままウネウネと動いている。
 きっと……捕まるまでが勝負だった。きっと、もう遅い。
 彫像のようにしてゆっくり楽しめと黄原に言ったが、楽しまれてしまうのはオレのほうか……。
 絶望感に目の前が暗くなった。その瞬間。

「キュイッ!?」

 下からザバーンと水飛沫を上げ、何かがミサイルのように飛び出してきた。黒く大きな弾丸のように見えたソレは、クラーケンの凍りついた身体を貫いた。
 そしてバキッ、ゴキッという重くエグい音が響き渡り、オレたちを掴んでいる触手を残して砕け散った。凍った赤黒い身が水面に落ちて沈んでいく。オレたちを掴んでいた触手も本体の支えを失くし落下した。途中で黄原が首根っこを噛んでくれたので、オレは水の中へ落ちずに済んだ。小さな身体にしがみつき、やっとひと息。

「ふぅ……」
「ピィ……」

 そんなオレたちの近くに、見知った人物がザバザバと泳いできた。

「ブラック」

 弾丸の正体は、どうやらこの男か。
 助けにきてくれるなんて意外だ……。絶対に司令官さんのナイトをしていると思ったのに。

「大丈夫か?」
「あ、ああ。その……どこから見ていたんだ?」
「…………」

 普段から無口な男だが、この沈黙はあまり言えないようなあたりから見ていたなとオレでもわかった。

「それにしても、さっきの攻撃は凄かったな」
「凍って……いたから……できた」
「ピィ!」

 黄原が自慢気に鳴いた。いや、もうギンタに戻っているのか……?
 水も少しずつ引いていく。世界が巻き戻る。

「変身をとこう」

 烏丸はこくりと頷いて変身を解除した。素顔が出てくると、どうしても身構えてしまう。コイツは殺し屋でもなんでもないし、今では優しいことも知っている。怖がるのも失礼だ。頭ではそうわかっていても、長年身についた癖は抜けない。
 
 オレが変身をといて少しすると、街はすっかり元に戻った。
 アスファルトやビルには濡れた跡も、雨が降った時の匂いもしない。

「黄原の身体をビルに隠してあるんだ。今から迎えに行くが、お前はどうする?」
「キュイ?」

 ギンタがオレの問にあわせるように、首を傾げる。

「……鳥たちが心配だから……一度、見に行く」
「そうか。烏丸、その……。本当に、ありがとう。お前がいなければ、どうなっていたかわからない。このお礼はいつかきちんとさせてくれ」

 烏丸は何故か少し申し訳なさそうな表情で、首を横に振った。
 ……ちょっとアレなシーンを見てしまったことを、気にしているのだろうか。

 どこかぎこちなさを伴って別れ、オレは黄原を迎えに行くため踵を返した。
 下からでは見える景色がまったく違うが、一応ビルの名前や場所などは覚えている。

 それにしても、かなり意味のわからない戦いだった。
 巨大な何かを倒して終わりになるのはいつも通りだが、敵の行動が謎すぎた。
 殺そうとするかわりに、あ、あんな……やらしいことを……してくるなんて。

 戻ったら司令官さんに、今回の映像は削除してもらえるよう頼んでみよう。編集すれば大丈夫ですとか言いそうだが、あれのどこをどうしたら見られるようなものになるのか、想像もつかない。

 そんな呑気なことを考えながら黄原を回収し、秘密基地に戻ったオレが目にしたのは……。


 仮面をつけた黒幕の男が、司令官さんを刺し殺すシーンだった。


 叫び声を上げながら駆け寄るモモくん。何故か黒幕の傍に寄り添う赤城。屋上の床に流れる血溜まりの中、ぴくりともしない司令官さん。

「嘘だろ……?」

 隣で黄原がオレの代わりに呟く。その声がどこか遠く感じる。
 腕に抱いたギンタの重みも感じられない。

 ああ。そうか。これはまだ、幻なんだ。
 そう思いたかったが、手のひらを血が出るくらい強く握りしめてみても、目の前の光景が覚めることはなかった。
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 漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。 漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。  漁師の仕事は多岐にわたる。 例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。  陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、 多彩だ。  漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。  漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。  養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。  陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。  漁業の種類と言われる仕事がある。 漁師の仕事だ。  仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。  沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。  日本の漁師の多くがこの形態なのだ。  沖合(近海)漁業という仕事もある。 沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。  遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。  内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。  漁師の働き方は、さまざま。 漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。  出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。  休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。  個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。  漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。  専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。  資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。  漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。  食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。  地域との連携も必要である。 沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。  この物語の主人公は極楽翔太。18歳。 翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。  もう一人の主人公は木下英二。28歳。 地元で料理旅館を経営するオーナー。  翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。 この物語の始まりである。  この物語はフィクションです。 この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

君が女の子

papporopueeee
BL
【注意事項】 男の子同士のやり取りが大部分を占めるためカテゴリをBLとしていますが、男の子同士の恋愛表現は無いつもりです。 【あらすじ】 合宿所に集められた9人の男子生徒たち。 この中で男の子なのは1人だけ、残りは心が女の子だと狂ったAIが言いました。 毎晩の話し合いで心の中の女の子を暴かれた生徒は、AIによって素直な女の子に洗脳されてしまいます。 秘密を守りたいなら、男の子のままでいたいなら、誰かに女の子を押し付けなければなりません。 あらすじは以上です。 それでは――女の子を決める話し合いを始めてください。

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