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地球を守るための戦い
ヒーローごっこはもうおしまい
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ピンク視点
巨大なタコが現れて、青山サンと黄原サンが倒しに行った。
正直あの2人だけでは無理な気がするし、成仏してねとしか……。
赤城サンも行けばいいのに。そうしたら、司令官サンと2人きりになれるし、いいことずくめだ。
ちょっと……今度はこっちの戦力に、不安が残るけどさ。
でも、ボクが守ってみせるから。命に替えても。
お気に入りの品々が水没してしまい、司令官サンはさっきから可哀相なくらい、さめざめと泣いている。傍でそれを慰めるボク。
赤城サンはドアの近くでタバコを吸いながら空を見てる。
どうせエロイことばっかり考えてるんだろう。汚いオトナだ。
「司令官サン、そんなに泣かないで」
「買い戻せない物もあるんですよ。みんなの活躍を残した映像なんて、まさにソレです」
ソレはダントツで、なくなってもいいモノなんだけど。ボクにとっては。
もっとさあ、ボクの贈り物が泥水まみれになったことを悲しんでほしいよ。普通はプレゼントのが大事なもんじゃない?
あ、でも……。ボクのパワーで水は綺麗になったし、パンツも浄化されてるかも。だとしたら洗濯されたみたいなものだから無事だよね。司令官サンもそれで心配してないのかも!
「お前ら2人とも、キイとアオのことを心配してやれよ。死ぬ想いで戦ってるんだぞ」
「まだ見えるところ泳いでるよ。ほら」
「……あっちはあっちで平和だな」
もう戦いも回数を重ねて慣れてきた。
夢のように元通りになるのがわかっているから、どうしてもノンビリした感じになってしまう。
タコはかなり巨大っぽくて、遠くにいるのに姿がハッキリ見える。
この距離から人が襲われているのがわかるのは、ヒーロー効果で視力がよくなってるから。
まあ、さすがに人のほうは、マメツブみたいに見えるけど……。
「烏丸サンに一応連絡しとく。鳥の確認したら、巨大なタコが暴れてるから、直接向かうようにって」
「泥水に潜ってったし、スマホご臨終してねーか?」
「ビニールに入れてってたよ」
「用意周到だな」
烏丸サンはヒーローになるまで、ラインのやりとりを誰ともしたことがなかったらしい。むしろ、アプリが入っていなかった。
ボクたちと連絡をとるようになって、それがとても嬉しいらしく、スマホをかなり大事にしてる。
ボクらからメッセージが届いてあの独特な音が流れると、いつもは無表情な顔が少しだけゆるむ。ライバルだけど、そこはちょっと可愛いと思う。
「ほら、返事がきた」
「はええな……」
わかった。ってひとこと。嬉しそうにするわりには、返事はいつもカンタンなんだよね。
「ねえねえ、ただ待機してるだけも暇だし、ボクらも泳ごうよ」
「俺はパス」
「赤城サンには訊いてないから」
「……だと思ったよ」
まあどうしても一緒に泳ぎたいって言うなら、混ぜてあげなくもなかったけど。どうせ訊いたところで赤城サンは絶対にパスするだろうなとも思ってた。
「私も、とてもそんな気分では……」
「こんな状況滅多にないのになぁ」
司令官サンを守るという使命があるものの、敵が襲ってこない限りはその必要もない。一緒にいられるだけで嬉しいけど、せっかくだから遊びたかった。
好きな人と水遊びとか、想像しただけでウキウキする。そして、無理そうだなってことにしょんぼりする。
こんな楽しそうな状況を目の前にして、指を咥えて見てるだけなんて。
水着とか着たところ見てみたいなあ。尻が絶対に凄くいい感じなのに。
司令官さんなら絶対に白。純白……。
「……あの。少しだけ、遊びますか?」
「えっ!? いいの!?」
嬉しい! ボクの気持ちが通じたんだ!
「この世の終わりみたいな顔してたら、さすがにシロもほだされるだろうよ。俺たちは敵にそなえて待機してるってのに、もうちょっと緊張感ってものをだなぁ」
「わかってるけど、敵が直接司令官サンを直接襲ってきたことなんて今までないし。まあ、ちょっとネズミにかじられたりはしてたけど」
「あの時は私、シロなのにアオくなるかと思いました」
「ドラえもんかよ」
赤城サンだって、緊張感があるようにはまったく見えない。
「それに……今までは襲ってきたことないし、とか言うのはフラグなんだよなぁ……」
そう言いながら、相変わらずぼんやりと空を眺めている。
赤城サンはいつもこんな感じ。なのに、なんだか……嫌な予感がした。
胸騒ぎというか、違和感というか。
「水遊び、やめとく」
「いいんですか?」
「うん。そのかわり、司令官サン。ボクにピッタリくっついてて。離れないで」
「あ、あの。ちょっとくっつきすぎでは」
ぎゅうぎゅうと身体を押しつける。ついでに手で司令官サンの尻を隠すようにする。
敵が狙ってくるとしたら、絶対にココが一番危ない。
「守ってんだか襲ってんだか……」
赤城サンがフフッと笑う。
「だってここ、見晴らしのいい屋上だよ? どこから敵がくるかわかんないでしょ」
「そんなの室内にいたって同じだろ。扉でなく、壁をぶち破ってくるかもしれない」
「壁っていうワンクッションがあるじゃない。外ではボクが壁がわりなんですぅー」
「壁は尻を揉みませんよ、ピンク……」
隠しているだけのつもりだったのに、つい本能が。
「一応、変身もしておこうかな。ボクのカワイイ顔が隠れるのはザンネンだけど……」
愛しい人を守るほうが、大切だし。
ボクは変身したのに、赤城サンはタバコが吸えないからと元の姿のまま。
普段と同じようなやりとりの中、嫌な予感は少しずつ少しずつ、大きくなっていった。
なんだろう。こんなこと初めてだ。こういうの、虫の知らせっていうの? 黄原サンに言ったら、オカルトだって喜ぶかもしれない。
そういえばいつの間にか、2人の姿が見えなくなってる。
遠くにやった視線を戻すと、司令官サンが分裂していた。
……えっ?
目を擦る。おかしい。何度確認しても、奇跡の尻が2つある。
「司令官サンが、2人……!?」
「いや、確かに背格好は似てるけどよ、どう見ても片方ちげーだろ……」
「そんなことない! 寸分違わず同じ尻の形だよ! 似てるとかそういうレベルじゃない」
「ピンクは本当に、私を尻で認識してるんですか……」
あっ。こっちがボクの司令官サンだ。それによく見ると数ミリほど、司令官サンのほうが大きいかも。あと、髪の色と目の色も違う。
「赤城、お前の仲間は変態か?」
「そこは否定できない……」
人よりちょっと尻が好きなだけなのに、失礼すぎる。
でも、変態って言われても許せてしまう。むしろあの尻に言われてるのかと思うとドキドキする。
「もしかして、司令官サンって……双子だったの?」
「違います。彼は……。私の……地球の敵です! 黒幕ですよ!」
「そんな!? 仲良くしようよ! 2人が仲良さそうに並んでるところがとても見たいよ!」
できれば挟まれたい。おしくらまんじゅうとかしたい。想像しただけでテンションがヤバイ。
それに襲ってくるわけじゃなくて、こちらの動向をジッと見守ってるように見える。
「こんな小さな子どもに自分を守らせようというのか? 見下げた男だな」
でも友好的って感じでもなさそう……。
そうだよね。今までだって地球を滅ぼそうとしてきたんだから、戦わずにすむってことはないよね。
ボクは司令官サンを庇うように立ち塞がった。
「そうだよ。ボクは司令官サンと、この地球を守ってみせる!」
「利用されているだけだ。これは地球を守るための戦いなどではない。ソイツは自分を護らせるためだけに、仲間を集めたのだ。地球を守れなどという、耳障りのいい言葉を選んでな」
何を言ってるんだか。実際に地球を滅ぼそうとしてきたクセに。
それに、そのあたりは重要じゃない。ボクにとって、地球を守ることは司令官サンの尻を守ることに繋がるだけだから。利用されてたって、全然構わないんだ。
問題は……。黒幕だという男の尻も最高すぎるってことなんだよね……。
あと、どうしてか、赤城サンが黒幕側に立ってるってこと。
「赤城サン。いつからボクらを裏切ってたの?」
「言うほどのことはしてねーよ」
そう言いながらも、寄り添うように黒幕の傍にいる。
ただバツは悪いのか、少し気まずそうな顔をしてる。
「ひ、酷いです。レッド。地球を守るかわりにセックスさせろなんて約束をさせておきながら!」
初耳なんですけど!? ちょっ……。オッサン、最低すぎる。
それは気まずそうにもするよね。
「清々しいほどに下衆だな……」
何故か黒幕側も、赤城さんに軽蔑の眼差しを送っている。
「貴方はどうして地球を滅ぼそうとしてるの? なんとか仲良くはできないの?」
できれば戦いたくない。少なくとも、会話をできるだけの余地があるんだ。
「それは無理だな。お前となら、仲良くできるかもしれんが……」
「えっ?」
「何をちょっと考えてるんですか、ピンク!」
これじゃあ、司令官サンに尻だけしか見てないと言われてもしかたない。
でも、だって、ボクにとっては司令官サンは尻も含めて愛しいっていうか、そんな同じ尻を持つ者が現れるなんて思わないし……。戦うにしても、それはシリゴミするよね。尻だけに。
「どうして司令官サンとはダメなの?」
「私が、その男の創ったクローンだからだ」
さすが宇宙人、みたいな言葉が飛び込んできた。
「俺も半信半疑だったんだけどよ、モモが言った寸分違わず同じ尻で確定だな」
「貴様、信じると言ったくせに今まで半信半疑でいたのか」
「いや、まあ、その……大体は信じてた」
クローン……。つまり、司令官サンと同じ尻が、いくらでも!?
そんな夢みたいなことがあっていいのか……。
「……待ってよ。創られたなら、司令官サンは産みの親みたいなものでしょ? どうしてそれが、敵対することにつながるのさ」
「簡単に言えば、そいつを殺さなければ私は死ぬ。死にたくない。それだけの話だ」
それだけって言われても……。なんで司令官サンを殺さないと、コイツが死ぬの? クローンだと何かあるとか?
それが事実だとしてもボクには司令官サンを護る以外の選択肢はない。でも、赤城サンは違った。だから今、向こう側にいる。
とりあえず、敵対してくる理由はわかった。
たとえば自分が不治の病で、ある人間を殺せば生きられるよと言われたら、どうするだろうか。きっと、そんな話なんだ。
殺すかもしれない。その時になってみないとわからない。
「私も……死にたくは、ありません」
「だろうな。そして、殺したくもないんだろう。甘いことだ」
クローンだと言うわりには、考え方も口調も違う。同じなのは尻……いや、身体だけだ。
「地球を滅ぼすつもりは、もうない。お前を殺せるだけでいい」
いっそのこと、地球を滅ぼすつもりできてくれたほうが、やりやすかった。
司令官サンを護るつもりはあるけれど、自分から攻撃はできそうにない。だって、クローンって言っても人間だし、幻にはならないし、奇跡の尻だし……。
そう思ってる時点で、こちらが不利。
はたしてボクの小さな背中で司令官サンを護れるのか……。
気圧されるように、一歩後退った。
「そこを退け。お前ごと殺すぞ」
すらりと剣を抜く音が、青空に響き渡る。
漫画やアニメなんかで見るような、現実には売ってなさそうな剣だ。
一歩一歩近づいてくるのがわかって、でも動けない。
本当に……殺されちゃう? ボクも、司令官サンも?
現実味はまったくないのに、身体中がぞわぞわした。
相手を殺さなくても、取り押さえることはできる。
まずはそこからだ。司令官サンは弱いし、クローンだというなら、この男もそんなに強くはないはず。
勇気を出して、強く踏み込む。相手の懐に飛び込んで、高そうなシャツの襟ぐりを掴んだ。
「イッ……!」
手の甲に何かとても熱いものを押しつけられて、思わず手を離す。そのまま蹴られて後ろへ吹っ飛ぶ。床を数メートルすべって、お尻がヒリヒリした。
蹴りは浅かった。でも、ボクの身体はそれ以上に軽かった。
「ピンク!」
「あーあ。容赦ねーなぁ」
なんなの。なんなの。赤城のヤツ、ボクがこんな目にあっても見てるだけなんて。最悪だ。司令官サンが殺されても何も思わないの? 一応仲間だったんだよ、ボクたちは。
「フン。地球を滅ぼす気はないが、邪魔をするなら殺すだけだ」
今の一撃で殺されていてもおかしくなかった。警告してくれただけ、優しいのかもしれない。
でも手の甲はヒーロースーツも破けて、火を押しつけられたみたいに焼けただれていた。
やっぱり、本気なんだ……。
「やめさせてよ、赤城サン……。なんで、コイツの味方をするの? 司令官サンを殺さないと自分が死ぬなんて、嘘かもしれないのに」
「……けどよ。シロは一言だって、そんなの嘘ですって言わねーよな?」
確かにそれはそうだけど。でも死にたくないって……。死にたくないって言ったよ。
「自分の創り出したものに対する責任はちゃんととるべきだ。そうだろ?」
「でも、だって……」
手の甲も、心臓もズキズキする。
ここで邪魔をしなければ、ボクは助けてもらえるんだろう。でも、司令官サンが殺されるのを黙って見ているわけにはいかない。
たとえ力不足でも、両方死ぬことになっても。
だから司令官サンに向かって振り上げられた剣の前に、身を投げ出した。
自分に、こんなことができるとは思わなかった。命に替えても護るなんて言ったところで、最後の最後はビビるだろうなって思ってた。だって、死ぬのって絶対に苦しいし、つらいし、悲しいし。
けど、痛みも苦しみも、襲ってこなかった。
かわりに、目の前には剣に串刺しにされた司令官サンがいた。
司令官サンはボクの腕を掴んだまま笑って、そして目を閉じた。
「嘘でしょ。こんなシナリオ。正義のヒーローが負けるなんて、あったらダメだよ。それくらい、ボクにもわかるよ。いい映像を撮るための演技だったんですよって言ってよ……!」
いつの間にか、青山サンとか黄原サンが駆けつけていて……。
ボクは血まみれの司令官サンから引き離された。
ああ、敵の傍にいたっけ……。危険だと思ったのかな。
でもなんかもう全部、どうでもいいや。
哀しくてたまらないのに、不思議と涙は出なかった。
「司令官サン……。死にたくはありませんって言ってたのに、なんでボクを庇ったの?」
「そのほうが画になると思ったんだろ。エーに殺されることは、シロなりのケジメだったんだと思うぜ」
「ケジメ? 死ぬことが? そんな馬鹿な話ある!?」
エーっていうのは、どうやら黒幕の名前らしい。
今の赤城サンに何を言われても、恨みしかない。
黒幕は血溜まりの中の司令官サンを、乱暴に抱え上げた。
「触らないでよ!」
「喚くな。クローンに自我を与えたコイツの責任だ」
まだ生きてるかもしれない。愛しい人の身体を取り返したい。
殴りかかったけど、いつものスピードが出なくて、簡単に弾き飛ばされた。
「行くぞ。赤城」
「ああ……」
ゆっくり歩く2人を見送った。床には点々と血の跡が残っている。
誰も動かなかったのは、きっと勝てないことがわかっていたからだ。
屋上の周りには、もう水もない。幻覚はとけた。
ああ、そっか。現実なんだ、コレ。
「モモくん、大丈夫?」
「大丈夫じゃない。なんで、みんな……見てるだけで……。烏丸サンなら体格的に勝てたかもなのに!」
正直影が薄すぎていないかと思ってたけど後ろのほうにちゃんといるし!
「司令官サンをみすみす連れてかれるなんて……」
「だが、あれはどう見ても、もう……」
青山サンは続く言葉を飲み込んだ。
あえて尋ねるまでもない。ボクも言葉にしたくなかった。
「それに烏丸も、泳いでオレたちを助けに来てくれて、戻ったところにあの衝撃だ。頭が動いてないんだ」
いつも以上に?
……確かに、石みたいに固まってる。
「キュイー、キュキュ、ピー」
ギンタは何かを訴えてるけどわからない。
黄原サンは青山サンの少し後ろで泣いていた。
「アイツね、地球は滅ぼさないって言ってたよ。なら、これで全部終わりなのかな。ボクらに戦う理由は、もうないのかな」
仇討ち、血の跡を辿ればあとを追えるかもしれないけど、それこそ司令官サンの力なしに勝てるとは思えなかった。
「モモくん。こんな状況だが、もうひとつ重要なことがある」
「何……?」
「司令官さん亡き今……」
「亡きとか言わないで!」
「いいから聞いてくれ! 洗脳がとけたら、このラブホテルに居続けるのはヤバイんじゃないか!?」
司令官サンが撮りためた映像の数々。ボクらの日用品。
こんな状況なのに血の気が引いた。
現実は本当に、残酷だ。悲しむ暇も与えてくれないなんて。
と、とりあえず変身をといて、それから……。
『その必要はありません』
「えっ!?」
司令官サンの声だけ、どこかから聞こえてきた。
あたりを見回してみたけど、人影らしきものはない。
「どこ? どこにいるの? 生きてるの?」
『はい。今はギンタに搭載してあるスピーカーから声を出しています』
みんながいっせいに、青山サンに抱えられたギンタを見る。
『私は無事です。なので洗脳もとけていません。安心してください』
本当にギンタから、司令官サンの声が出てる。
ビデオレター的なもので、ボクらを……勇気づけるための嘘じゃないよね?
「でも、じゃあさっき、死んだのは……」
『あれも私のクローンです。身体だけになりますが。イエローがギンタに意識をリンクさせるような形で動かしていました』
いつもの部屋へ来てください、と言うので、僕らは司令官室へ向かった。
そこには本当に、司令官サンがいた。寸分違わず、いつもの。
「う、うわあああん! 本当に、本当に司令官サンだよね!? 生きてたんだ!」
飛びついて抱きしめる。ジャストフィット。お尻もバッチリだ。
「そ、ソコで確認しないでください!」
「待ってくれ。帰ってきて早々、司令官さんが刺し殺されるシーンで混乱してるんだが……。何が、どうなってるんだ? クローン?」
青山サンが、頭を押さえながら呻いた。黄原サンも隣でウンウンと頷いている。烏丸サンは……無表情で突っ立ってる。いつも通りすぎる。
「さすがにすべてを話さねばなりませんね」
長くなりますから、とコタツに入ることを勧められた。
温かくていいんだけど緊迫感は完全に消えるよね。みかんまで剥き始めてるし。
とりあえず青山サンとかがいなかった時の経緯を簡単に説明し、黒幕についての話になった。
「本来、クローンに自我を与えることは禁止されているのです。長くは生きられないので倫理的な問題です」
「クローンにおける永遠のテーマですね!!」
黄原サンは興味津々、前のめりだ。
「つまり司令官さんは、その残酷なことを自分のクローンにしたと」
「違うんです。元々彼には取り外し可能な人工知能を入れるつもりでした。もちろん、黒幕役の設定です。ところが機械のエラーで、ネットワークのどこからか、人格を拾ってきてしまったようなのです」
「あっ。それで……。クローンなのに、中身は司令官サンと全然違う感じがするんだ?」
「はい。その通りです。事故だったのだと何度も説明したのですが、なんで産んだんだ、すべてを破壊してやると言って……」
そんなすべてが嫌になった中学生みたいな台詞を……。
「まずは彼を産み出すきっかけになった地球です。そして、もちろん私の命を」
「そういえばアイツ、司令官サンを殺せば自分は死なないみたいな言い方してたけど」
「はい。ここに……」
司令官サンが自分の胸に手をあてた。
「クローンを創っても、どうしてもコピーされない遺伝子情報があるのです。それを移植すれば、生きられる……かも、しれない」
「待ってよ。それ、誰が移植するの? 赤城サンとか言わないよね?」
「自動で手術してくれる機械があるので……」
さすが宇宙。
つまりまあ、奴のやったことは、一応筋が通ってるのか。こういう設定大好きそうな赤城サンなら流されて味方してもおかしくない。大半が下心な気もするけど。
「私のミスによって、こんなことになってしまったとは言いにくくて……。今まで黙っていて……。騙したみたいになってすみませんでした」
「まあ……。だが、司令官さんのミスによって地球が滅亡の危機になったからそれを防ごう、という大まかな流れは変わらないな」
言われてみればそれもそうだ。まあ、真実が明かされていたとしても、結局は地球のために司令官サンの味方をしていただろう。ボクの場合は、司令官サンのために、になるけど。
多分、問題はここから先だ。
「あの……。そして、私のクローン、今はエーと名乗っているようですが……。彼はもう、地球を滅ぼさないと言っていました。なのでヒーローごっこは、もうおしまいです」
突然告げられた終わり。なんとなく、予想はしていた。
地球の危機が去ったのなら、ボクらが戦う理由はそれこそ『司令官サンのため』になる。
仕事を少しお手伝いするとかじゃない。司令官サンを助けることに、自分の命を賭けられるかどうかって話。
ボクはもちろん、賭けられる。烏丸サンもそうかもしれない。
でも……。青山サンと黄原サンは、きっと違う。
それに何より、レッドがいない。リーダーのいない戦隊モノなんて、司令官サンの望むところではないだろう。
青山サンたちは黒幕が地球を滅ぼさないと言っていた事実を知らないから、いくらでもごまかすことはできた。それをしなかったのが、いい証拠だ。ピンクは司令官サンには必要ないんだ。
「俺は……。それでも、司令官を護る。当たり前だろう。恋人なのだから」
ボクが心に決めていたセリフを先に言われたし、いつから恋人同士に!?
「護ってくれるのは嬉しいですけど……。こ、恋人ではないですよ?」
烏丸サンが一人で言ってただけか……。良かった。いや、良くない。なんというストーカー気質。むしろ烏丸サンから司令官サンを護るべき。
でも少し困惑してる司令官サン可愛い。
「ボクも同じ気持ちだよ。死体がホンモノでないとわかったら、また襲ってくるかもしれないし」
「ですが、地球を滅ぼさないなら私の作った装置を使ってくることはないでしょう。そうなると、ヒーロースーツの効果はほとんどありません。イエローもギンタにはなれません」
「それは僕、お荷物すぎますね」
「キュイー」
護るどころか、足を引っ張る可能性があるってことか。
司令官サンは戦えないのに、向こうはどうして強いんだろ。
黒幕補正なのかな。
「オレはモモくんがここに残るなら、応援する」
「応援の効果もそんなにないですよ。装置の補正だったので」
「アイドルを応援するのに、理由などあるだろうか。否。命を賭けて応援する。それがドルオタ」
「キモ……」
ボクが本当にアイドルなら話は別だろうけど、こんなこと言われてもキモイとしか言えない。
「もう、いいんです。エーが気づいて戻ってくる前に、みなさんは解散してください」
「そんな……。それで、司令官サンはどうするの? まさか、殺されてあげるつもりなの?」
「実験には事故がつきものですからね。最期に素晴らしい映像が残せて良かったです」
そこは本当にブレないな。
でも、その笑顔はどこか弱々しくて、ギュッてしてあげたくなった。
「最後だなんて、言わないでよ。ボクはここに残るよ」
「ですが……」
誰一人として、出ていこうとする様子はない。
黄原サンはこの中では一番に逃げそうな気もしたけど、オカルト好きな気持ちが勝ってるのかも。それとも、青山サンのことが心配だからかな。
「私を護ろうとしなければ、貴方たちは無事でいられるんです。何も無駄に死体を増やすことはないでしょう。明日には従業員の洗脳もときますので、ここを出る準備をしておいてください」
それを言われたら、さすがにどうにもならない。
ラブホテルだし、ボクなんて警察に通報されてしまう。
もうずいぶん長いこと、ここで暮らした気もするけど……。実際はまだ、そんなに経ってないんだよね。
烏丸サンを見ると、無言でほろほろと泣いている。この人も泣くんだ。ボクも、泣きそう。さっきは出なかった涙が、あふれ出そうとする。
「部屋に荷物があるから、片付けてくる」
まず、青山サンが部屋を出た。黄原サンは、こちらを見ながらそれについていった。ギンタも一緒だ。
烏丸サンは泣きながら長いこといたけど、鳥の面倒を見なければならないと言って、自分の家に帰っていった。
あとには、ボクと司令官サンだけが残った。
誰もいなくなったので、今度こそギュッてした。
「ピンク……」
ボクよりも大きな身体。ほんのりといい匂いがする。
司令官サンの手が抱きしめたボクの腕を掴んだ。
静かに泣いている。ボクの好きな人が、ボクの腕の中で。
こんな時だっていうのにドキドキして、泣きたい気持ちは引っ込んだ。
今日、司令官サンの創り上げたヒーローが、解散する。
ボクが大人だったら、もっと気の利いたことが言えたのかな。司令官サンをきちんと慰めることができたかな。こうして抱きしめるだけじゃなくて。
今のボクにできるのは、司令官サンの涙を優しく舐めとることくらいだ。
あとは少し、ほんの少しでも……ギリギリまで、一緒にいよう。
明日になればこの人はボクを置いて出ていってしまうんだろうけど。
さすがのボクでも、あげたパンツをお別れの前に穿いてみてほしい、なんて空気の読めないことは言えなかった。
巨大なタコが現れて、青山サンと黄原サンが倒しに行った。
正直あの2人だけでは無理な気がするし、成仏してねとしか……。
赤城サンも行けばいいのに。そうしたら、司令官サンと2人きりになれるし、いいことずくめだ。
ちょっと……今度はこっちの戦力に、不安が残るけどさ。
でも、ボクが守ってみせるから。命に替えても。
お気に入りの品々が水没してしまい、司令官サンはさっきから可哀相なくらい、さめざめと泣いている。傍でそれを慰めるボク。
赤城サンはドアの近くでタバコを吸いながら空を見てる。
どうせエロイことばっかり考えてるんだろう。汚いオトナだ。
「司令官サン、そんなに泣かないで」
「買い戻せない物もあるんですよ。みんなの活躍を残した映像なんて、まさにソレです」
ソレはダントツで、なくなってもいいモノなんだけど。ボクにとっては。
もっとさあ、ボクの贈り物が泥水まみれになったことを悲しんでほしいよ。普通はプレゼントのが大事なもんじゃない?
あ、でも……。ボクのパワーで水は綺麗になったし、パンツも浄化されてるかも。だとしたら洗濯されたみたいなものだから無事だよね。司令官サンもそれで心配してないのかも!
「お前ら2人とも、キイとアオのことを心配してやれよ。死ぬ想いで戦ってるんだぞ」
「まだ見えるところ泳いでるよ。ほら」
「……あっちはあっちで平和だな」
もう戦いも回数を重ねて慣れてきた。
夢のように元通りになるのがわかっているから、どうしてもノンビリした感じになってしまう。
タコはかなり巨大っぽくて、遠くにいるのに姿がハッキリ見える。
この距離から人が襲われているのがわかるのは、ヒーロー効果で視力がよくなってるから。
まあ、さすがに人のほうは、マメツブみたいに見えるけど……。
「烏丸サンに一応連絡しとく。鳥の確認したら、巨大なタコが暴れてるから、直接向かうようにって」
「泥水に潜ってったし、スマホご臨終してねーか?」
「ビニールに入れてってたよ」
「用意周到だな」
烏丸サンはヒーローになるまで、ラインのやりとりを誰ともしたことがなかったらしい。むしろ、アプリが入っていなかった。
ボクたちと連絡をとるようになって、それがとても嬉しいらしく、スマホをかなり大事にしてる。
ボクらからメッセージが届いてあの独特な音が流れると、いつもは無表情な顔が少しだけゆるむ。ライバルだけど、そこはちょっと可愛いと思う。
「ほら、返事がきた」
「はええな……」
わかった。ってひとこと。嬉しそうにするわりには、返事はいつもカンタンなんだよね。
「ねえねえ、ただ待機してるだけも暇だし、ボクらも泳ごうよ」
「俺はパス」
「赤城サンには訊いてないから」
「……だと思ったよ」
まあどうしても一緒に泳ぎたいって言うなら、混ぜてあげなくもなかったけど。どうせ訊いたところで赤城サンは絶対にパスするだろうなとも思ってた。
「私も、とてもそんな気分では……」
「こんな状況滅多にないのになぁ」
司令官サンを守るという使命があるものの、敵が襲ってこない限りはその必要もない。一緒にいられるだけで嬉しいけど、せっかくだから遊びたかった。
好きな人と水遊びとか、想像しただけでウキウキする。そして、無理そうだなってことにしょんぼりする。
こんな楽しそうな状況を目の前にして、指を咥えて見てるだけなんて。
水着とか着たところ見てみたいなあ。尻が絶対に凄くいい感じなのに。
司令官さんなら絶対に白。純白……。
「……あの。少しだけ、遊びますか?」
「えっ!? いいの!?」
嬉しい! ボクの気持ちが通じたんだ!
「この世の終わりみたいな顔してたら、さすがにシロもほだされるだろうよ。俺たちは敵にそなえて待機してるってのに、もうちょっと緊張感ってものをだなぁ」
「わかってるけど、敵が直接司令官サンを直接襲ってきたことなんて今までないし。まあ、ちょっとネズミにかじられたりはしてたけど」
「あの時は私、シロなのにアオくなるかと思いました」
「ドラえもんかよ」
赤城サンだって、緊張感があるようにはまったく見えない。
「それに……今までは襲ってきたことないし、とか言うのはフラグなんだよなぁ……」
そう言いながら、相変わらずぼんやりと空を眺めている。
赤城サンはいつもこんな感じ。なのに、なんだか……嫌な予感がした。
胸騒ぎというか、違和感というか。
「水遊び、やめとく」
「いいんですか?」
「うん。そのかわり、司令官サン。ボクにピッタリくっついてて。離れないで」
「あ、あの。ちょっとくっつきすぎでは」
ぎゅうぎゅうと身体を押しつける。ついでに手で司令官サンの尻を隠すようにする。
敵が狙ってくるとしたら、絶対にココが一番危ない。
「守ってんだか襲ってんだか……」
赤城サンがフフッと笑う。
「だってここ、見晴らしのいい屋上だよ? どこから敵がくるかわかんないでしょ」
「そんなの室内にいたって同じだろ。扉でなく、壁をぶち破ってくるかもしれない」
「壁っていうワンクッションがあるじゃない。外ではボクが壁がわりなんですぅー」
「壁は尻を揉みませんよ、ピンク……」
隠しているだけのつもりだったのに、つい本能が。
「一応、変身もしておこうかな。ボクのカワイイ顔が隠れるのはザンネンだけど……」
愛しい人を守るほうが、大切だし。
ボクは変身したのに、赤城サンはタバコが吸えないからと元の姿のまま。
普段と同じようなやりとりの中、嫌な予感は少しずつ少しずつ、大きくなっていった。
なんだろう。こんなこと初めてだ。こういうの、虫の知らせっていうの? 黄原サンに言ったら、オカルトだって喜ぶかもしれない。
そういえばいつの間にか、2人の姿が見えなくなってる。
遠くにやった視線を戻すと、司令官サンが分裂していた。
……えっ?
目を擦る。おかしい。何度確認しても、奇跡の尻が2つある。
「司令官サンが、2人……!?」
「いや、確かに背格好は似てるけどよ、どう見ても片方ちげーだろ……」
「そんなことない! 寸分違わず同じ尻の形だよ! 似てるとかそういうレベルじゃない」
「ピンクは本当に、私を尻で認識してるんですか……」
あっ。こっちがボクの司令官サンだ。それによく見ると数ミリほど、司令官サンのほうが大きいかも。あと、髪の色と目の色も違う。
「赤城、お前の仲間は変態か?」
「そこは否定できない……」
人よりちょっと尻が好きなだけなのに、失礼すぎる。
でも、変態って言われても許せてしまう。むしろあの尻に言われてるのかと思うとドキドキする。
「もしかして、司令官サンって……双子だったの?」
「違います。彼は……。私の……地球の敵です! 黒幕ですよ!」
「そんな!? 仲良くしようよ! 2人が仲良さそうに並んでるところがとても見たいよ!」
できれば挟まれたい。おしくらまんじゅうとかしたい。想像しただけでテンションがヤバイ。
それに襲ってくるわけじゃなくて、こちらの動向をジッと見守ってるように見える。
「こんな小さな子どもに自分を守らせようというのか? 見下げた男だな」
でも友好的って感じでもなさそう……。
そうだよね。今までだって地球を滅ぼそうとしてきたんだから、戦わずにすむってことはないよね。
ボクは司令官サンを庇うように立ち塞がった。
「そうだよ。ボクは司令官サンと、この地球を守ってみせる!」
「利用されているだけだ。これは地球を守るための戦いなどではない。ソイツは自分を護らせるためだけに、仲間を集めたのだ。地球を守れなどという、耳障りのいい言葉を選んでな」
何を言ってるんだか。実際に地球を滅ぼそうとしてきたクセに。
それに、そのあたりは重要じゃない。ボクにとって、地球を守ることは司令官サンの尻を守ることに繋がるだけだから。利用されてたって、全然構わないんだ。
問題は……。黒幕だという男の尻も最高すぎるってことなんだよね……。
あと、どうしてか、赤城サンが黒幕側に立ってるってこと。
「赤城サン。いつからボクらを裏切ってたの?」
「言うほどのことはしてねーよ」
そう言いながらも、寄り添うように黒幕の傍にいる。
ただバツは悪いのか、少し気まずそうな顔をしてる。
「ひ、酷いです。レッド。地球を守るかわりにセックスさせろなんて約束をさせておきながら!」
初耳なんですけど!? ちょっ……。オッサン、最低すぎる。
それは気まずそうにもするよね。
「清々しいほどに下衆だな……」
何故か黒幕側も、赤城さんに軽蔑の眼差しを送っている。
「貴方はどうして地球を滅ぼそうとしてるの? なんとか仲良くはできないの?」
できれば戦いたくない。少なくとも、会話をできるだけの余地があるんだ。
「それは無理だな。お前となら、仲良くできるかもしれんが……」
「えっ?」
「何をちょっと考えてるんですか、ピンク!」
これじゃあ、司令官サンに尻だけしか見てないと言われてもしかたない。
でも、だって、ボクにとっては司令官サンは尻も含めて愛しいっていうか、そんな同じ尻を持つ者が現れるなんて思わないし……。戦うにしても、それはシリゴミするよね。尻だけに。
「どうして司令官サンとはダメなの?」
「私が、その男の創ったクローンだからだ」
さすが宇宙人、みたいな言葉が飛び込んできた。
「俺も半信半疑だったんだけどよ、モモが言った寸分違わず同じ尻で確定だな」
「貴様、信じると言ったくせに今まで半信半疑でいたのか」
「いや、まあ、その……大体は信じてた」
クローン……。つまり、司令官サンと同じ尻が、いくらでも!?
そんな夢みたいなことがあっていいのか……。
「……待ってよ。創られたなら、司令官サンは産みの親みたいなものでしょ? どうしてそれが、敵対することにつながるのさ」
「簡単に言えば、そいつを殺さなければ私は死ぬ。死にたくない。それだけの話だ」
それだけって言われても……。なんで司令官サンを殺さないと、コイツが死ぬの? クローンだと何かあるとか?
それが事実だとしてもボクには司令官サンを護る以外の選択肢はない。でも、赤城サンは違った。だから今、向こう側にいる。
とりあえず、敵対してくる理由はわかった。
たとえば自分が不治の病で、ある人間を殺せば生きられるよと言われたら、どうするだろうか。きっと、そんな話なんだ。
殺すかもしれない。その時になってみないとわからない。
「私も……死にたくは、ありません」
「だろうな。そして、殺したくもないんだろう。甘いことだ」
クローンだと言うわりには、考え方も口調も違う。同じなのは尻……いや、身体だけだ。
「地球を滅ぼすつもりは、もうない。お前を殺せるだけでいい」
いっそのこと、地球を滅ぼすつもりできてくれたほうが、やりやすかった。
司令官サンを護るつもりはあるけれど、自分から攻撃はできそうにない。だって、クローンって言っても人間だし、幻にはならないし、奇跡の尻だし……。
そう思ってる時点で、こちらが不利。
はたしてボクの小さな背中で司令官サンを護れるのか……。
気圧されるように、一歩後退った。
「そこを退け。お前ごと殺すぞ」
すらりと剣を抜く音が、青空に響き渡る。
漫画やアニメなんかで見るような、現実には売ってなさそうな剣だ。
一歩一歩近づいてくるのがわかって、でも動けない。
本当に……殺されちゃう? ボクも、司令官サンも?
現実味はまったくないのに、身体中がぞわぞわした。
相手を殺さなくても、取り押さえることはできる。
まずはそこからだ。司令官サンは弱いし、クローンだというなら、この男もそんなに強くはないはず。
勇気を出して、強く踏み込む。相手の懐に飛び込んで、高そうなシャツの襟ぐりを掴んだ。
「イッ……!」
手の甲に何かとても熱いものを押しつけられて、思わず手を離す。そのまま蹴られて後ろへ吹っ飛ぶ。床を数メートルすべって、お尻がヒリヒリした。
蹴りは浅かった。でも、ボクの身体はそれ以上に軽かった。
「ピンク!」
「あーあ。容赦ねーなぁ」
なんなの。なんなの。赤城のヤツ、ボクがこんな目にあっても見てるだけなんて。最悪だ。司令官サンが殺されても何も思わないの? 一応仲間だったんだよ、ボクたちは。
「フン。地球を滅ぼす気はないが、邪魔をするなら殺すだけだ」
今の一撃で殺されていてもおかしくなかった。警告してくれただけ、優しいのかもしれない。
でも手の甲はヒーロースーツも破けて、火を押しつけられたみたいに焼けただれていた。
やっぱり、本気なんだ……。
「やめさせてよ、赤城サン……。なんで、コイツの味方をするの? 司令官サンを殺さないと自分が死ぬなんて、嘘かもしれないのに」
「……けどよ。シロは一言だって、そんなの嘘ですって言わねーよな?」
確かにそれはそうだけど。でも死にたくないって……。死にたくないって言ったよ。
「自分の創り出したものに対する責任はちゃんととるべきだ。そうだろ?」
「でも、だって……」
手の甲も、心臓もズキズキする。
ここで邪魔をしなければ、ボクは助けてもらえるんだろう。でも、司令官サンが殺されるのを黙って見ているわけにはいかない。
たとえ力不足でも、両方死ぬことになっても。
だから司令官サンに向かって振り上げられた剣の前に、身を投げ出した。
自分に、こんなことができるとは思わなかった。命に替えても護るなんて言ったところで、最後の最後はビビるだろうなって思ってた。だって、死ぬのって絶対に苦しいし、つらいし、悲しいし。
けど、痛みも苦しみも、襲ってこなかった。
かわりに、目の前には剣に串刺しにされた司令官サンがいた。
司令官サンはボクの腕を掴んだまま笑って、そして目を閉じた。
「嘘でしょ。こんなシナリオ。正義のヒーローが負けるなんて、あったらダメだよ。それくらい、ボクにもわかるよ。いい映像を撮るための演技だったんですよって言ってよ……!」
いつの間にか、青山サンとか黄原サンが駆けつけていて……。
ボクは血まみれの司令官サンから引き離された。
ああ、敵の傍にいたっけ……。危険だと思ったのかな。
でもなんかもう全部、どうでもいいや。
哀しくてたまらないのに、不思議と涙は出なかった。
「司令官サン……。死にたくはありませんって言ってたのに、なんでボクを庇ったの?」
「そのほうが画になると思ったんだろ。エーに殺されることは、シロなりのケジメだったんだと思うぜ」
「ケジメ? 死ぬことが? そんな馬鹿な話ある!?」
エーっていうのは、どうやら黒幕の名前らしい。
今の赤城サンに何を言われても、恨みしかない。
黒幕は血溜まりの中の司令官サンを、乱暴に抱え上げた。
「触らないでよ!」
「喚くな。クローンに自我を与えたコイツの責任だ」
まだ生きてるかもしれない。愛しい人の身体を取り返したい。
殴りかかったけど、いつものスピードが出なくて、簡単に弾き飛ばされた。
「行くぞ。赤城」
「ああ……」
ゆっくり歩く2人を見送った。床には点々と血の跡が残っている。
誰も動かなかったのは、きっと勝てないことがわかっていたからだ。
屋上の周りには、もう水もない。幻覚はとけた。
ああ、そっか。現実なんだ、コレ。
「モモくん、大丈夫?」
「大丈夫じゃない。なんで、みんな……見てるだけで……。烏丸サンなら体格的に勝てたかもなのに!」
正直影が薄すぎていないかと思ってたけど後ろのほうにちゃんといるし!
「司令官サンをみすみす連れてかれるなんて……」
「だが、あれはどう見ても、もう……」
青山サンは続く言葉を飲み込んだ。
あえて尋ねるまでもない。ボクも言葉にしたくなかった。
「それに烏丸も、泳いでオレたちを助けに来てくれて、戻ったところにあの衝撃だ。頭が動いてないんだ」
いつも以上に?
……確かに、石みたいに固まってる。
「キュイー、キュキュ、ピー」
ギンタは何かを訴えてるけどわからない。
黄原サンは青山サンの少し後ろで泣いていた。
「アイツね、地球は滅ぼさないって言ってたよ。なら、これで全部終わりなのかな。ボクらに戦う理由は、もうないのかな」
仇討ち、血の跡を辿ればあとを追えるかもしれないけど、それこそ司令官サンの力なしに勝てるとは思えなかった。
「モモくん。こんな状況だが、もうひとつ重要なことがある」
「何……?」
「司令官さん亡き今……」
「亡きとか言わないで!」
「いいから聞いてくれ! 洗脳がとけたら、このラブホテルに居続けるのはヤバイんじゃないか!?」
司令官サンが撮りためた映像の数々。ボクらの日用品。
こんな状況なのに血の気が引いた。
現実は本当に、残酷だ。悲しむ暇も与えてくれないなんて。
と、とりあえず変身をといて、それから……。
『その必要はありません』
「えっ!?」
司令官サンの声だけ、どこかから聞こえてきた。
あたりを見回してみたけど、人影らしきものはない。
「どこ? どこにいるの? 生きてるの?」
『はい。今はギンタに搭載してあるスピーカーから声を出しています』
みんながいっせいに、青山サンに抱えられたギンタを見る。
『私は無事です。なので洗脳もとけていません。安心してください』
本当にギンタから、司令官サンの声が出てる。
ビデオレター的なもので、ボクらを……勇気づけるための嘘じゃないよね?
「でも、じゃあさっき、死んだのは……」
『あれも私のクローンです。身体だけになりますが。イエローがギンタに意識をリンクさせるような形で動かしていました』
いつもの部屋へ来てください、と言うので、僕らは司令官室へ向かった。
そこには本当に、司令官サンがいた。寸分違わず、いつもの。
「う、うわあああん! 本当に、本当に司令官サンだよね!? 生きてたんだ!」
飛びついて抱きしめる。ジャストフィット。お尻もバッチリだ。
「そ、ソコで確認しないでください!」
「待ってくれ。帰ってきて早々、司令官さんが刺し殺されるシーンで混乱してるんだが……。何が、どうなってるんだ? クローン?」
青山サンが、頭を押さえながら呻いた。黄原サンも隣でウンウンと頷いている。烏丸サンは……無表情で突っ立ってる。いつも通りすぎる。
「さすがにすべてを話さねばなりませんね」
長くなりますから、とコタツに入ることを勧められた。
温かくていいんだけど緊迫感は完全に消えるよね。みかんまで剥き始めてるし。
とりあえず青山サンとかがいなかった時の経緯を簡単に説明し、黒幕についての話になった。
「本来、クローンに自我を与えることは禁止されているのです。長くは生きられないので倫理的な問題です」
「クローンにおける永遠のテーマですね!!」
黄原サンは興味津々、前のめりだ。
「つまり司令官さんは、その残酷なことを自分のクローンにしたと」
「違うんです。元々彼には取り外し可能な人工知能を入れるつもりでした。もちろん、黒幕役の設定です。ところが機械のエラーで、ネットワークのどこからか、人格を拾ってきてしまったようなのです」
「あっ。それで……。クローンなのに、中身は司令官サンと全然違う感じがするんだ?」
「はい。その通りです。事故だったのだと何度も説明したのですが、なんで産んだんだ、すべてを破壊してやると言って……」
そんなすべてが嫌になった中学生みたいな台詞を……。
「まずは彼を産み出すきっかけになった地球です。そして、もちろん私の命を」
「そういえばアイツ、司令官サンを殺せば自分は死なないみたいな言い方してたけど」
「はい。ここに……」
司令官サンが自分の胸に手をあてた。
「クローンを創っても、どうしてもコピーされない遺伝子情報があるのです。それを移植すれば、生きられる……かも、しれない」
「待ってよ。それ、誰が移植するの? 赤城サンとか言わないよね?」
「自動で手術してくれる機械があるので……」
さすが宇宙。
つまりまあ、奴のやったことは、一応筋が通ってるのか。こういう設定大好きそうな赤城サンなら流されて味方してもおかしくない。大半が下心な気もするけど。
「私のミスによって、こんなことになってしまったとは言いにくくて……。今まで黙っていて……。騙したみたいになってすみませんでした」
「まあ……。だが、司令官さんのミスによって地球が滅亡の危機になったからそれを防ごう、という大まかな流れは変わらないな」
言われてみればそれもそうだ。まあ、真実が明かされていたとしても、結局は地球のために司令官サンの味方をしていただろう。ボクの場合は、司令官サンのために、になるけど。
多分、問題はここから先だ。
「あの……。そして、私のクローン、今はエーと名乗っているようですが……。彼はもう、地球を滅ぼさないと言っていました。なのでヒーローごっこは、もうおしまいです」
突然告げられた終わり。なんとなく、予想はしていた。
地球の危機が去ったのなら、ボクらが戦う理由はそれこそ『司令官サンのため』になる。
仕事を少しお手伝いするとかじゃない。司令官サンを助けることに、自分の命を賭けられるかどうかって話。
ボクはもちろん、賭けられる。烏丸サンもそうかもしれない。
でも……。青山サンと黄原サンは、きっと違う。
それに何より、レッドがいない。リーダーのいない戦隊モノなんて、司令官サンの望むところではないだろう。
青山サンたちは黒幕が地球を滅ぼさないと言っていた事実を知らないから、いくらでもごまかすことはできた。それをしなかったのが、いい証拠だ。ピンクは司令官サンには必要ないんだ。
「俺は……。それでも、司令官を護る。当たり前だろう。恋人なのだから」
ボクが心に決めていたセリフを先に言われたし、いつから恋人同士に!?
「護ってくれるのは嬉しいですけど……。こ、恋人ではないですよ?」
烏丸サンが一人で言ってただけか……。良かった。いや、良くない。なんというストーカー気質。むしろ烏丸サンから司令官サンを護るべき。
でも少し困惑してる司令官サン可愛い。
「ボクも同じ気持ちだよ。死体がホンモノでないとわかったら、また襲ってくるかもしれないし」
「ですが、地球を滅ぼさないなら私の作った装置を使ってくることはないでしょう。そうなると、ヒーロースーツの効果はほとんどありません。イエローもギンタにはなれません」
「それは僕、お荷物すぎますね」
「キュイー」
護るどころか、足を引っ張る可能性があるってことか。
司令官サンは戦えないのに、向こうはどうして強いんだろ。
黒幕補正なのかな。
「オレはモモくんがここに残るなら、応援する」
「応援の効果もそんなにないですよ。装置の補正だったので」
「アイドルを応援するのに、理由などあるだろうか。否。命を賭けて応援する。それがドルオタ」
「キモ……」
ボクが本当にアイドルなら話は別だろうけど、こんなこと言われてもキモイとしか言えない。
「もう、いいんです。エーが気づいて戻ってくる前に、みなさんは解散してください」
「そんな……。それで、司令官サンはどうするの? まさか、殺されてあげるつもりなの?」
「実験には事故がつきものですからね。最期に素晴らしい映像が残せて良かったです」
そこは本当にブレないな。
でも、その笑顔はどこか弱々しくて、ギュッてしてあげたくなった。
「最後だなんて、言わないでよ。ボクはここに残るよ」
「ですが……」
誰一人として、出ていこうとする様子はない。
黄原サンはこの中では一番に逃げそうな気もしたけど、オカルト好きな気持ちが勝ってるのかも。それとも、青山サンのことが心配だからかな。
「私を護ろうとしなければ、貴方たちは無事でいられるんです。何も無駄に死体を増やすことはないでしょう。明日には従業員の洗脳もときますので、ここを出る準備をしておいてください」
それを言われたら、さすがにどうにもならない。
ラブホテルだし、ボクなんて警察に通報されてしまう。
もうずいぶん長いこと、ここで暮らした気もするけど……。実際はまだ、そんなに経ってないんだよね。
烏丸サンを見ると、無言でほろほろと泣いている。この人も泣くんだ。ボクも、泣きそう。さっきは出なかった涙が、あふれ出そうとする。
「部屋に荷物があるから、片付けてくる」
まず、青山サンが部屋を出た。黄原サンは、こちらを見ながらそれについていった。ギンタも一緒だ。
烏丸サンは泣きながら長いこといたけど、鳥の面倒を見なければならないと言って、自分の家に帰っていった。
あとには、ボクと司令官サンだけが残った。
誰もいなくなったので、今度こそギュッてした。
「ピンク……」
ボクよりも大きな身体。ほんのりといい匂いがする。
司令官サンの手が抱きしめたボクの腕を掴んだ。
静かに泣いている。ボクの好きな人が、ボクの腕の中で。
こんな時だっていうのにドキドキして、泣きたい気持ちは引っ込んだ。
今日、司令官サンの創り上げたヒーローが、解散する。
ボクが大人だったら、もっと気の利いたことが言えたのかな。司令官サンをきちんと慰めることができたかな。こうして抱きしめるだけじゃなくて。
今のボクにできるのは、司令官サンの涙を優しく舐めとることくらいだ。
あとは少し、ほんの少しでも……ギリギリまで、一緒にいよう。
明日になればこの人はボクを置いて出ていってしまうんだろうけど。
さすがのボクでも、あげたパンツをお別れの前に穿いてみてほしい、なんて空気の読めないことは言えなかった。
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