廃スペックブラザー

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本編

10分間

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「はあー……」

 ため息、全開。昨日はろくに寝られんかった。
 大学の長机に頬をべったりつけてぐだっていると、反対側の頬を指先でつつかれた。

「和彰、お疲れ? 彼女と喧嘩でもした?」
「彼女なら今いねーよ」
「いやいや。最近できたんじゃねえの? ここんとこ、ソワソワとすぐ帰るだろ」
「そうそう」

 他の友人たちもうんうんと相槌を打つ。
 すぐ帰るのは、兄貴とネトゲするため。とは言えない。
 ネカマ発覚や禁断の恋発言とショックの連続すぎて頭が追いつかず、疲れているのは確かだが。

「彼女はできてないし、これは俺のことじゃないんだが……お前ら、禁断の愛って言ったら、どんなの連想する?」
「えっ……何、まさかお前おれのこと……ッ!」
「ちげーよ!」

 ロイみたいな反応しやがって。
 つか、禁断っていうとホモも含まれるんだよな、やっぱ。

「あとは不倫とか姉とか妹とか? ロリコンショタコン、そのあたり?」
「ロリショタは禁断ってより犯罪じゃね? 世間の普通で当てはまらないものは禁断っぽい感じするけど、近親相姦と不倫は禁断度が高い気がする」
「あー、わかる。同性ってくらいじゃ、いまや禁忌感ちょっと薄いよな」
「でも他人事だからそう思うだけであって、人によっては同性愛でも死ぬほど思い悩むんじゃないか?」

 友人が口々に話すのを、俺はぼんやりと聞いていた。
 同性……兄貴なら、死ぬほど思い悩みそう。現実から逃げそう。違う世界へ行きたいと思った時、オンラインゲームの中はとても手軽な場所だ。
 まさか……兄貴の好きな相手って俺じゃないよな。まさか。ありえない。なんか満更でもない気分になるのもありえないぃぃ!

「で、和彰クンの相手はどんな禁断?」
「俺じゃない! 俺は、そんな……っ」

 声が裏返った。ニヤニヤと見守られて死にたい気分だ。

「だから、俺のことじゃねえって!」

 ああ、現実から、逃げたい。
 そんで逃げた先にはサチがいるわけで。
 今日は顔をあわせづらいな。でもイベントもあるし、サチは俺がログインするのを待っている。
 何より俺が、会いたい……とか、思ってる。遊びたいって。
 これじゃまるで、俺が禁断の恋をしてるみたいじゃないか。

 頭に浮かんだその考えを打ち消すように首を振って、散々冷やかされながら大学をあとにした。
 こんな状態で講義なんか受けても意味がない。いっそ外へ出て、リフレッシュしたほうがいい。リア充らしく街でもぶらつこう。




 ハハ……。それでなんで俺は、ネカフェにいるのかな。
 いや、だって、さあ……。サチがイベントやらずに待ってるんだって思ったら、街をふらつく気にも、ましてやナンパする気にもなれやしない。
 つうても『大学をサボって帰ってきた弟が部屋に入ったらネトゲの相方がログインしました』みたいな事態にはできねえだろ。

 最近のネカフェはシャワーもついてるし、ソフトクリームは食べ放題だしで天国みたいだ。
 柔らかいリクライニングシートにこれでもかってほど体重を預けながら、ヘブンズアースオンラインにログインする。片手にはカップのソフトクリーム。贅沢だ。
 
【待ってたにゃあああ!】

 インすると同時、速攻でフレンドチャットが飛んできた。
 イベントが進められなくて焦れてたんだろう。

【アレッ? でもアズちゃん、今日はかなり早いにゃね?】
【うんっ。休みなんだ。イベントだから出かけずにログインしようと思って!】
【嬉しいにゃあ! すぐそっちへ飛ぶにゃね】

 サチはマジですぐに、俺の前に現れた。チャットと同時に詠唱していたとしか思えない。
 すぐにパーティーを組んで、きゃっきゃし始める画面の中の俺たち。

『今日は長くいられるよー。4時間くらい!』
『アズちゃんがそんなに長くログインするの初めてにゃね!』
『だって、せっかくのイベントだもの』

 喜んでくれるかと思ったのに、サチはしょんぼりした感じのエモーションを出している。

『アズちゃん。サチ、負担になってない? 待つとか言ったの、もしかして押し付けがましかったかにゃって心配してたにゃ』
『サッちゃん……』

 しょんぼりしてるのカワエエ……。
 ハッ!? 俺は何を……。

『むしろ私のほうが負担になってないか心配だよぉ。足は確実に引っ張ってるし!』
『そんなことないにゃ! サチはアズちゃんに会って初めてオンラインゲームの真の楽しさを知った気がするにゃ』

 これ、まさか俺のせいでますますネトゲ廃人度が上がってんじゃねーか? 薄々気づいてはいたが……。
 でも部屋からは出てきたし、少しずつ引きこもりをやめようと思ってるとも言ってくれた。……今んとこ改善は見られないが、まあすぐには難しいだろうしな。なんとかいい方向に向かってくれるといいんだが。なんかこう、今更裏切るとかは俺の心がキツイ。しょせん俺に悪役など無理だった。

 もし、アズキに裏切られたらサチは……いや、兄貴は。リアルでの俺を頼ってくれるだろうか? その答えはきっと、否だ。ずっとうわべ以外での会話がない兄弟生活で、最近少し話すようになったくらいだもんな。
 いっそアズキのほうが近い距離にいる。俺と兄貴の間にはまだ広い川が流れている。ようやく現れた渡し船をいつどう使うかって段階。

『でも楽しいからってのめり込みすぎると大変だよね』
『うんうん。極めるだけが楽しさじゃないって気づいたし、サチも今日はちょっと部屋の外にいる時間を長くしたにゃよ』

 おぉ……! な、なんだ。めちゃくちゃ理想的な方向へ進んでるじゃねーか! ホッとひと安心だ。今日の狩りは清々しい気持ちでいけそうだぜ。

『5分くらい』
『5分て』

 思わず素で突っ込んでしまった。

『……まあ、引きこもりをやめようと思ってもそう簡単にはいかないんにゃ。つい手が伸びるにゃ。何かをやらなきゃいけないと思うと、1時間だけ別のことをやってから。そして1時間経ったら、2時間くらいならいいよねってなるにゃあ』

 ですよねー。まあ、その気持ちは凄くよくわかる。兄貴も案外、普通の人間みたいなとこあるんだなあ。

『わかるわかる。それをどう堪えるかだよね。頑張って!』
『サチ頑張る! 今まで、やろうと思ったことを後回しにしたことがなかったから、凄く戸惑っているにゃよ。自分にもこんな感情があったんだって』

 サラリとハイスペック発言を。兄貴は夏休みの宿題も1日目に半分以上終わらせて、3日目には完璧だった男だからな……。

『今ならまだ、取り返しがつくにゃ?』
『うん、つく。つくよ!』
『アズちゃんのおかげにゃ。本当に……勇気がわくにゃ。ありがとう』
『私、何もしてないけど……』
『サチが勝手に感謝してるだけだから、気にしなくていいにゃ。じゃ、狩りに行くにゃよ! 長々ごめんにゃあ』

 気づけば、カップの中のソフトクリームは溶けていた。
 やっぱ家に帰っておけばよかった。今、無性に兄貴の顔を見たい気分だ。
 今日はもう、部屋から出てきてくれないかもしれんが。




 ロイは徹夜でイベントをクリアして爆睡中という話で、誰に邪魔されることなく二人だけで狩りをした。
 ペアはやっぱちょっとキツイが、サチが廃スペックなのと俺がソロでは到底狩れない回復特化クレリックってこともあって、なんとか普通に狩りができている。

 イベント敵は二種類いるが、名前は統一してアクアレインという。傘を持ってないほうには魔法が通りやすいので、そちらのみを狙っているのだが、いくつか問題があった。片方を叩くともう片方も寄ってくる。それに、普通のモンスターも普通に寄ってくる。壁役がいない上、サチの魔法で殲滅できないとあってはお手上げだった。

 昨日と同じレベル50の敵は無理だろうと、狩場を変えて中級を叩くことにした。魔法が効かないイベント敵でもレベル30のヤツならば倒せる。魔法が効かないならどうやって倒すのか? 杖だ。
 いくら格下の敵とはいえ、ソーサラーのくせに物理でダメージを叩き出すサチがさすがすぎた。どんだけ廃人装備なんだよ。

『ヒール!』

 正直、中級狩場だとヒールくらいしかやることがない。
 イベント敵であるアクアレインはやたらと攻撃力だけは高いので、ヒールだけでも貢献できるのが幸いだ。

『レベル24になった!』
『ペアだから、それなりに経験値は入るにゃね』

 次は何に振ろうかと、スキルツリーのウィンドウを開く。

『物理パッシブ上げてみたら、私も攻撃に参加できるかな? 元々腕力は、ソーサラーより強いし』
『確かにクレリックは威力のあるメイスも装備できるから、それもありかもしれないにゃ。でもイベント敵のためだけに上げるのはオススメできない……。ソロしたいなら、話は別だけどにゃ』
『う、ううん! 私はそんなに入れないから、ログインしたらサッちゃんとできるだけ一緒に狩りたいし……』

 そうだよな。イベントは今だけだ。これからもサチと狩りたいなら、ここはパーティー向けのスキルを取るべき。
 二人なら物理パッシブくらいあってもいい気がしたが、いつかボスを一緒に狩るとしたら、クレリックの物理攻撃など無力に等しい。

『レジスト取るつもりだったけど、先にプロテクとっておくね。物理がキツイから、そっちのほうが楽になりそう』
『そうにゃね!』

 良かった。喜んでくれてる。俺も嬉しい。ずっと二人で、狩っていたくなるな。
 繰り返し繰り返し、ただ敵を倒していくだけのルーチンワーク。なのに、どうしてこんなに楽しく感じるんだろう。

『あっ、アズちゃん、敵にゃあ! 早速プロテクよろしく! 突っ込むにゃよー!』
『うん!』

 頼もしいソーサラー様ですこと。
 貴方を癒して守ります系クレリックのつもりが、逆にお姫様のように守られているという事実。
 でもまあ、これも……悪くはないな。




 それから3時間後。ぶっ通しでこんなに狩ったのは初めてのことで、だいぶ疲れてしまった。
 しかも水の珠も100程度。昨日と比べると時間帯効率はかなり悪い。
 ……まあ、こういうのは。楽しければいい。そこまで効率を考えるもんじゃないよな。サチもそう思っていてくれればいいんだが。
 しかし、1週間で500かあ。かなりキツイイベントだな。

『のんびり狩って3時間で100も入手できるなら、あっという間にゃねー』

 これが廃人様の考え方か……恐ろしい。
 毎日ログインしたとして、1日1時間じゃ間に合わないんだぞ? まるまる1時間狩るわけでもないだろうに。
 まあ毎日1時間はログインするようにしますけども!

『そうだね。私でも間に合いそうでよかった』
『ウンウン』

 元気にジャンプするサチ。効率よりも楽しさを優先してくれたのなら、良かった。画面内でならいくらでもごまかしがきくが、楽しそうなこの姿を信じていたい。

 でも兄貴は……禁断の恋がつらくて、ネトゲに逃げてるのかもしれないんだよな?
 その恋は現在進行形なのか、それとも終わったことなのか。
 二人きりの今なら話してくれるかもしれない。ちょっと話を振ってみようか。でもシツコイって思われんのもなあ。
 それに、兄貴がすでに引きこもりをやめようと努力しているのなら……。すでに俺は役目を果たし終えていて、土足で踏み入っていい部分では、ない、気がする。
 和彰として訊けないから、アズキとして訊くなんて。そんなのは。

『アズちゃん、この水の珠なんだけど、余ったら超有能な回復薬に替えられるんにゃよ! HPMP80%回復!』
『本当に? 凄い……! 貯めておく人が続出しそう』
『それが、このイベント中しか使えないらしいにゃ。レベル制限解除前の追い込みサービス兼ねてるのかもしれないにゃね』
『なるほど……。私も頑張っておくべきかなあ。さすがに、珠が余るほどは無理だろうけど』
『もう少し狩るなら手伝うにゃよ!』

 サチの申し出はありがたかったが、いくらリクライニングソファの座り心地が最上級でも、既に腰が悲鳴を上げ始めている。
 それに……。時間も頃合い。そろそろ家に帰って、兄貴が部屋を出てくる奇跡に賭けてみようか。

『ううん。今日はそろそろ落ちる。アズちゃんも、5分と言わずせめてあと10分くらい、部屋の外に出てみるのはどうかな?』
『10分かにゃ……』

 ダメそうだな。奇跡の確率上昇スキル、効果なし、と。
 俺はネトゲをログアウトし、おかわりしたソフトクリームを食べ終えてからネカフェを出た。




 身体がギシギシしていたので、少しだけ外をぶらついてから帰路につく。
 大学を飛び出た時よりも気分はかなり晴れ、足取りも軽快だ。
 ネトゲの中とはいえ、兄貴と話せたし、遊べたし……イベントアイテムも貯まったし。5分だけど、いつもより長く部屋の外に……いや、これは、まだ喜べるレベルではないな。

 ようやく夕方にさしかかるという時刻だったが、外はまだ明るい。
 思えば俺は高校の頃から明るいうちに帰るなんてことがほとんどなく、大学へ通っていた兄貴のほうが先に帰宅していたくらいだった。
 そもそも兄貴が引きこもってない頃からそんなに顔を合わせることななく、期待して帰ったところで今日もいない……。
 避けていたのは俺からだっつうのに今はいてほしいなんてさ、勝手なもんだよな。

 帰宅してみれば、やっぱり兄貴は部屋にこもってネトゲ三昧。
 ダイニングにも人が侵入した気配はない。リビングも……変わらず、静かなまま。

 いつから……。そんなふうになったんだっけ。
 部屋が分けられて3年くらいは、一人の部屋が心細く人恋しく、家族の顔が見えるリビングにいた気がする。
 きっかけは、そう、確か兄貴の高校受験だった。勉強のため兄貴は部屋にこもるようになり、誰もいないリビングが殊更寂しくて、俺も家から帰るとまっすぐ自室へ駆け込むようになった。
 あの頃から兄貴は、俺の憧れで。大好きだった。性格も趣味も違うから一緒に遊ぶことはなかったけど……。
 でも。その、少し離れていた期間で。俺はなんだか、アンタに見捨てられた気がして。簡単に言ってしまえば、拗ねていたんだと思う。そこに思春期が加わって、気づいたらよそよそしい関係になっていた。上手く話せる自信もなくて、逃げていた。

 多分ネットゲームはきっかけだ。少し関わったら、現実でも話したくなった。遊んだら、前みたいに俺を見てほしくなった。
 禁断の恋をしてるなんて言われて、相談のひとつもないのに腹を立てた。俺が一番の理解者でありたかった。

 人のいないリビング。俺はしばらくソファに座っていたが、兄貴の部屋はいつまで経っても閉じたまま。

 なあ、出てこいよ。10分で、いいからさ。
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