廃スペックブラザー

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本編

恋の話

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 毎日毎日雨ばかりで蒸し暑い。本当、リアルの世界でもネトゲみたいに梅雨を吹き飛ばしてほしいもんだぜ。
 梅雨明けしたらしたで、今度は夏が待っている。クーラーが苦手な俺にとっては地獄の季節。兄貴は兄貴で暑いのが苦手だから、引きこもりが加速しそうな予感もする。できたらその前に外の世界へと連れ出したい。
 今日は15分、部屋の外に出たにゃーとか言ってる割には、家族の誰も兄貴の姿を見ていないからな。まあ、お風呂掃除とかがしてあるらしいので、本当に出てはいるようなんだが。

 パソコンの近くは余計に暑いな……と思いながら、俺は今日もヘブンズアースオンラインにログインするのだった。


【アズちゃん、こんばんにゃー】
【こんばんは。今日も水の珠集め、頑張ろうね!】
【このペースだとかなりギリギリだからにゃ……】
【う……】

 そう、俺、足引っ張りすぎいぃぃ!
 別にゲームをやるのが嫌なわけじゃない。ただ、長時間画面前にいると身体を動かしたくなってくる。飯を食ったりとかな。
 俺がログアウトしたり離席する節目節目に、隣の部屋でゴソゴソしてるだとかタイミングがあうだとか、そういうのを気取られたくがないために、どうしても制約ができてしまうのだ。

【ごめんね。サッちゃんなら、一瞬でクリアできるのに】
【いや、さすがにサチでも一瞬は無理にゃね。その日のうちに、とかはいけるかもしれないにゃ。だからこそ、足並みを揃えるのはサチ自身が望んでいること。アズちゃんはただ、楽しんでくれればいいのにゃー】

 さ、サチィー! なんて健気な。惚れさせるつもりが、俺のほうが惚れそう。

【今日は凄い! 凄い、頑張るから!】
【その意気にゃ! でもあまり無理はしないでにゃん】

 ……2時間後。

【ごめんね、サッちゃん。そろそろ、落ちないと……】
【わかったにゃ! その、本当に……無理は、禁物にゃよ】
【明日は今日より、たくさん頑張るから!】

 ……ログアウト。
 水の珠は+50個ってとこだ。思えば初日の100と、次の日頑張ったのがかなり効いてる。そこまで無理をしなくても、最終日に頑張ればギリギリ間に合うだろう。
 でもなあ、サチの足を引っ張ってるからなあ。一日でも早くクリアさせてやりたいんだよなあ。
 はあ、収集イベ、ツラ。なんで兄貴やロイはこんなこと延々続けてられんの? もうちょっと、集めてる途中にストーリー的なものがあればなあ。
 サチと狩れるのは楽しいけど、イベント敵ばっかり相手にしてるし。レアドロップがないから、ときめきもない。

 俺はパソコンの電源を切って、大きく息を吐き出した。
 汗が顎をつたう。乾いた目をつぶり、瞼を指先で軽く押す。四肢をベッドへ投げ出し大きく伸びをすると、固まった筋肉がほぐれていく気がした。
 すぐにでも飲み物を取りにいきたかったが例によってタイミングを重ねたくないので少し我慢中。
 そんな時、隣からがチャリと扉が開く音がした。
 兄貴が家族のいる時間帯に部屋から出てきた……!
 気づけば身体が動いてた。何を考える暇もなく、俺も部屋の外へ。
 凄い勢いで飛び出した俺に、兄貴がびくりと身を震わせて固まった。

「あ、悪い、兄貴。その。驚かすつもりは」

 多分俺、慌てたというか必死な顔してた。兄貴が部屋から出たからそれを追ったってこと、どれだけ鈍くても一発でわかるだろう。
 かといって、なんか用事があるわけじゃない。自分でもなんで飛び出したのかよくわかってない。
 ……凄いアレなことを言えば、顔が見たかったってヤツだが、そんなこと言えるはずねえ。

「あー……兄貴、少しリビングで話さねえ? 飲み物取りに出たんだよな? 俺が今持ってくるから、そこ座ってて。麦茶でいいな」

 返事も聞かず早口でまくしたて、階段を駆け降りた。
 ドッドッと心臓が早鐘を打つ。俺なんでこんな緊張してるっつうか焦ってんだ。
 ダイニングでだって、部屋の前でだって、つい先日話したばかりなのに。
 でも……。禁断の恋をしていると聞いてからは、これが初めて……だ。
 今の時間は親父もおふくろもいるが部屋から出てこようとはせず、逆に不自然なほど静まり返っている。できればこのまま、そっとしといてくれるとありがたい。

 コップに麦茶をついで戻ると、兄貴はリビングのソファに座ってそわそわとしていた。俺が入ってきたのに気づいて、凛と落ち着いた空気を作る。
 これがサチならネコ耳をピンと立てて、アズちゃんにゃー! って駆け寄ってくるところだな。って、何考えてんだ、俺。
 いかんいかん、向こうの世界に片足入ってんぞ。

「ほら、麦茶。今日あちーな」
「相変わらず、クーラーダメなのか?」
「そーゆー兄貴は梅雨も明けてねえってのに、もうキンキンに冷やしてんのか? 風邪引くぞ」
「だって蒸し暑いだろう」
「そりゃそうだけどさ」

 前はどんな会話してたっけ。途切れさすな。俺から話をしたいって言ったんだ。少しでも長く、続けたい。
 ゲームの話題は、ボロを出しそうだからネトゲでなくてもNGとして……。

「この前さ……。リビングが静かで、すげー、寂しい感じがしたんだよな」
「寂しい?」
「そう。兄貴が中学くらいまでかな。お互い何をするわけでなく、リビングにいただろ」
「ああ……」
「お互い、いつの間にか寄りつかなくなってた」
「男兄弟なんてそんなものだろう」

 渡した麦茶をあおりながら、兄貴がしんみりと呟いた。
 猫背になった姿勢のせいもあるが、縁側で茶を飲んでるじーさんみたいな風情がある。

「あー。まあ、確かに……そうかもなあ……」

 ふ、普通に話せてる……よな? なるべく普通に。自然に話を恋バナに!
 うあああ、だって気になんだよおぉぉ!
 よし、ここは自分語りをしながら上手く誘導していくぞ。

「実はさ、俺、大学入ってから彼女と別れて人恋しいんだよね。だからっていうのもあるかな」
「そうか」

 話、終了。もう少し話題広げてくれよ、兄貴。
 まあ大体予想通だが。勝手に語るぞ、もう。

「やっぱり遠距離になるとつらいよな。その程度の関係だったって言えばそれまでだけどさ」
「お前が話したいことと言うのはこれか?」

 俺、終了。つまらない話してサーセンした……。

「兄貴とこういう話、したことなかったな、とか思って」
「確かに僕は他人の色恋沙汰にあまり興味はないし、周りもそう思うのか話題に乗せない。だから、お前がその手の話を振ってきたことに驚いた。大体彼女がいたことだって、今知ったぞ」
「こういう話されるの、迷惑?」
「そんなことはない」

 驚いただけで、別に嫌だったわけじゃないのか。

「それに、お前の……恋愛話ならば、興味はある」

 それって、どういう。
 俺……。俺に、興味があるって……こと?

「他人じゃなく、兄弟だしな」

 ですよねー。弟が連れてくるかもわからん将来の嫁の傾向とかありますもんねー。

「だがお前なら、別れてもすぐに次がいるんじゃないのか?」
「い、いねーよ。大学忙しくて、そんな時間ねーし」
「……? でも、家には結構早く帰ってくるよな?」

 ネトゲやるのに忙しい。とか兄貴みたいな台詞吐けるかよッ……!
 今のは完全に失言だった。隣の部屋だから、兄貴が寝てでもなきゃ帰宅時間はバレるもんな。
 次に続く言葉には気をつけないと……。早く帰って毎日何をしているかと訊かれたら、咄嗟には思いつかないぞ。
 いや、まあ。訊いてこないだろうけど。兄貴は俺の私生活になんざ、興味もなさそうだし。

「恋人ができない一般的な言い訳だろ。察せよ」
「そうなのか?」
「そうなの! それに今は、恋愛って気分になれないんだよ。実は彼女と別れたの、結構へこんでるのかも」
「お前が?」
「何それ。俺がへこんじゃダメなの?」
「和彰は、落ち込んだり沈んだりしないと思っていた」

 それどんなハイスペック弟ですか。普通にするっつーの。アンタみたいな兄貴持って我ながらよくひねくれず育ったなとは思うが。
 まあ……本当、自分で言うのもなんだが、俺も標準以上のスペックではあるからそこまでは引け目を感じなかった。何より弟だからこそ兄貴よりデキなくても当たり前という逃げ道が存在したしな。兄と弟、逆で産まれていたらまた違ったろうが。

「落ち込むくらい、普通にするよ。兄貴の中で俺ってそんなにデキた弟?」
「そうだな。明るくて、優しくて、いつでも周りに人がいて……とても、楽しそうで、自慢の弟だ」

 まさかのベタ褒め。ちょ……無茶苦茶恥ずいぞ、コレ。兄貴俺のこと、そんなふうに思ってたのか……。嬉しいけどくすぐったい。

「兄貴だって、ダチに囲まれて楽しそうに笑ってただろ」
「社交的にしている自信はある。……なのに、みんな僕に一線ひいてしまう」

 あー……。それは、まあ。完璧すぎて身構えちまうんだよな。

「それに、僕が好きな相手は僕を好きにならない」

 そう言って、兄貴が寂しそうに笑う。そういう表情見せて、落ちないヤツがいたら見てみたいぞ。普段とのギャップで余計にクる。

「兄貴が一声かければどんな女だって、アンタを好きになるだろ?」

 じっと、見つめられて心臓が止まりそうになった。
 あ……そうか。禁断の……恋、ってヤツ、だっけ……。

「例えば、だぞ。僕がお前のことを好きだと言ったらどうする?」
「え、いや。だって兄弟だし……」
「だろう? 絶対なんてありえないんだ」
「俺は、どんな女でも、って言ったんだぞ」
「同じことだよ。向こうが僕を恋愛対象として見ていなけれな」

 自分のことを、絶対に好きにならない。兄貴がそう確信している相手。人妻だって幼女だって、それこそ男だって落とせそうな兄貴が。
 俺は兄貴が禁断の恋をしているという、本来なら知り得ない情報を知っている。
 
 ……なあ、兄貴。俺のことが好きって……。
 それ、本当に『例えば』の話なのか?

 そう訊ける勇気が今の俺にはまだなくて、少しぬるくなった麦茶を一気に飲み干した。水滴で濡れた手のひらがなんだかやたらと現実的だった。気分的には、夢の中にでもいるような感じなのに。
 兄貴が俺のことを好きかもしれないと思った途端、ぶわっと波がきた。爪先から頭まで一気に熱が駆けていくような感覚。
 いや、いやいや。待て。これ実の兄だぞ。確かに整った顔はしてるが、どっからどう見ても男だ。冷静になれ、俺。

「彼女と別れて……和彰には今は好きな相手はいないのか」
「い、いる、かも……」
「なんだ。恋愛って気分になれないなんて言ってたくせに」

 どこか寂しそうに微笑まれて、何かが胸に刺さる音がした。
 なに、その、顔は……。俺はこれを、どうとればいいんだ。

 引きこもった兄貴が心配で、恋愛どころじゃなかったのは事実だ。だから、嘘はついてない。自覚したのは、本当にこの一瞬。
 すげーよ、兄貴。笑顔ヒトツで男どころか弟まで落としちまうんだから。どうすんだよ、マジで。……どうすんだよぉ、俺。

「お前が好きになるなら、きっと可愛くてイイコなんだろうな」

 それが自分でも信じられないことに、引きこもってネトゲ依存なにゃんにゃん言ってる男相手です。
 俺のほうが禁断の愛に囚われてどうするよ。まだ兄貴が俺のことを好きだとハッキリした訳でもないのに。
 好かれてるかもと思うと意識してしまって、気づけば恋になっている。なんていうのはよくある話。
 でも兄貴は……違うだろ。そういう相手に選んじゃダメだろ。そうは思っても、もう恋愛対象外から内へ入り込んでしまった。元々憧れだとか尊敬だとか、とにかく特別な存在であったことは間違いない。ただ、今まではそれが恋であるなんて、考えもしなかったんだ。

「あ、兄貴こそ。もっと押してみろよ。その相手だって兄貴を好きかもしれないだろ」
「残念ながらそれはない。お前は頑張れよ。それじゃあ麦茶ごちそうさま」
「あ……」

 兄貴は俺に空のグラスを押しつけ、キンキンに冷えているだろう部屋へと戻っていった。
 また、ログインするのかな。俺がいない時間も、一人で狩り続けてんだよな。
 気になるが、再び入るとタイミング的にアレだし、時間をずらすとしたら深夜になっちまう。
 ドッと汗が噴き出してきた。単に暑さのせいで。むしろ緊張と興奮で暑さを忘れていた。
 俺も部屋、戻ろう。明日になれば、また兄貴とゲームの中で会える……。できたら現実でも会いたいところだが。

 リビングの電気を消すと、当たり前だがふっと暗くなった。その向こうに、小さい頃の俺と兄貴が透けて見えた気がした。
 けれどそこにはただ、寂しく見える闇が広がっているだけ。
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