廃スペックブラザー

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本編

大輪の傘

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 ついに、イベントアイテム最後のドロップを告げる文章が、モニター画面に表示された。
 思わず、ヤリィと声を出しそうになって堪える。
 逆に隣から何か聴こえてくんじゃねーかと耳をすませたが、静かなものだ。

『やったにゃああ! ついに最後のひとつにゃね!』

 ネトゲ内ではえらいはしゃぎようのサチがいるのに、リアルでは無表情で画面を見つめてんだろか……。

 結局、1時間ちょっとで150個アッサリ集まってしまった。今まであれだけ頑張ったのはなんだったのかと。

『お疲れ様サマー』
『みなさん、ありがとうございました!』
『サチとアズキちゃんのお手伝いができて、オレも嬉しいぜ!』
『デロイの場合は、ウサ子の、じゃなくてにゃー?』
『それもあるが、ネトゲってのはフレさんの手助けをしてやれんのが楽しいからなー』

 なんだかんだ、ロイはいいやつだ。

『わかるにゃ。でもソレで裏切らなかったのは、アズちゃんだなのにゃあ』
『サチは運悪すぎなんだよ。初めてのネトゲで闇引きすぎだから、おめーは』

 兄貴自身が悪いわけではなく、運が悪かったって言い切るあたり、二人の間に信頼関係が窺える。
 サチのやつ。ネトゲでもボッチじゃなくて、きちんとした友人いるじゃねえか。なあ。
 ……友人だよな。ウサ子を愛するロイに恋したニャンコだから禁断とかそういうオチが待ってないよな。

『それじゃ、二人はコレから早速イベントクリアだね』
『おっ、そうだな。はよ行って、イベントの続きを楽しんでこーい! 梅雨で鬱々した気分も晴れるってもんだぜ』
『イベントの続き、そんなに楽しいのかにゃ?』
『おう! 特に……。サチとアズキちゃんにはピッタリだな』
『それは、兎族と猫族に、ということですか?』

 尋ねると、マリーが笑った。

『いやいや。行ってみればわかるよ。フフフ。でもこれ、3人グループには亀裂が入るよね。運営も中々酷なことをする……』
『だよな! オレ様、ひとりなんて選べねえよ……!』
『お前のはまた違うから。むしろ、ペア作ってーで余るタイプだろ』
『や、やめろ! オレ様の黒歴史を……!』

 つまり、ペアで何かするってことか。
 ゲームの中では可愛らしいネコ耳アバターとはいえ……兄貴と、ペアで。

『奇数なら余るのは普通なのに、それが黒歴史になるのかにゃ?』
『サッちゃん! しっ……! 言ったら悪いよ』
『ちくしょぉぉお! ネトゲではそんなことないもん! 次の助っ人に行ってくる! じゃあな! 待ってろよ、オレのウサ子ちゃんたちー!』

 スペルスクロールを使って行ってしまった。デブストロイさんがパーティーから外れました、というメッセージが出る。
 毎度毎度、システムメッセージで笑ってしまうのはどうにかならないもんか。
 本気でわかってなさそうなサチは、最後までキョトンとしていた。
 さすがはリアルハイスペック。きっかけがあれば、ここぞとばかりに取り合いされたか……。
 むしろ、黒歴史って単語を知ってるだけで、俺としては驚きだ。

『それじゃ、私たちもとりあえず帰還しようか』
『サチにゃん、ゲートよろしく!』
『はいにゃ!』

 俺たちはサチのスキルでアニマルパークへと帰還した。

『ありがとー。それじゃ、僕も行くね。何かあったらまた呼んで』
『に、にゃあ。今日は、ありがとにゃあ』
『うん』

 マリーゴールドさんがパーティーから外れました。
 これで、サチと二人きり。

『はあー。今日は勇気を出してマリーちゃんにフレ申し込もうかと思ったけど、無理だったにゃ』
『確かにマリーさんも、言ってこなかったね』
『にゃあ……』

 さて。ちょっと凹んでそうなサチを、元気にさせてやるか。

『イベント。待っててくれて、ありがと。サッちゃんとクリアすることができて、とても嬉しいよ。早速届けに行こっ』
『にゃっ!』

 イベント最終日だからか、アニマルパークは人でひしめきあっている。回復薬交換は他の町で行っているらしいが、それでも凄い人だ。俺たち以外にもこんなにギリギリなヤツがいるんだな。
 そりゃそうか。サチ、マリー、ロイのような廃スペックが早々いてたまるもんか。こいつらは特別だろ。

『酒場前、凄い人にゃあー』
『画面端からでも声かけられるから、並ばなくていいのは助かるよね』
『にゃっ』

 いつものことなのに、あれだ。今日は合いの手でニャッと言う兄貴を可愛いとか思ってしまう、ヤバイ。本当にどんな顔してタイピングしてんだよ、これ。
 ……真顔で打ち込んでる想像しかできない。

 イベント案内人を画面の端からクリックすると、ミッションコンプリート! という表示が出てきた。
 
《わあ、ありがとう! じゃあ次は、水の力を込めたこの傘で、奉納の儀式をしてくれる? 準備が終わったら声をかけてね》

 なるほど。水の珠を奉納すると、雨が降らなくても水不足が解消するというわけか。

《清めの山に雨降り神社があるから、そこまで相合い傘でお参りしてね。テレポートとかは使っちゃダメ。男女でも男男でも女女でも種族もなんでもオッケーだよっ。二人揃ったらウチに声をかけてね。儀式が無事終わったら、傘はお礼にプレゼントー!》

 俺が貰った傘はピンク色、サチのは水色だ。マリーやロイのセリフでなんとなく予想はついていたが、ラブラブイベントだったか。
 性別は、まあ。リアルでは男女カップルでも、ゲーム内では同性同士キャラでやってるプレイヤーも普通にいるだろうからな。

『アズちゃん……。サチとで、いいにゃ?』
『えっ。もちろんだよ。ここまで一緒にイベントやってきて、今更別の人とやるとかないよ』
『……デロイとか』
『サッちゃんとがいいよ?』
『でも女の子同士にゃ……』
『ゲームなのに、そんなの気にしたって仕方ないよ。行こ?』
『そ、そうにゃよね! ゲームの中だし!』
『うん!』

 なのに、そんなこと気にする兄貴ってば可愛い。てか自分を女と言い切ったよこの人は。中身は男なんにゃけどね、とか言う気配はまったくないな。
 俺は別に、ゲームの中で……なくても。いいんだけどな。

『それともサッちゃんこそ、他にいい人が? 私よりプレイしてるし、禁断の恋の相手がいるとか』
『サチもアズちゃんがいいにゃ! それと、その……。それ、恥ずかしいからその件に関しては忘れてほしいにゃ。もうフられてるから、傷が広がりまくるにゃ』

 は!? フられた!? 俺、フってねーぞ!
 ……いや。つまり、相手は……やっぱり俺のことじゃなかったのか。

『告白はしたんだ?』
『ち、直接的にはしてないけどにゃ。遠回しに……。あああ、墓穴掘ったにゃ。忘れてほしいにゃ』

 直接的……。遠回し。兄貴の言葉を、思い出す。

 例えば僕がお前のことを好きだと言ったら……。

 っていう、アレか!? もしアレならば、確かに遠回しだ。
 俺にはフッたつもりはないが、兄弟だしとか男同士だしみたいなことは言ったし、彼女がいたって話もした。

『直接的にじゃないなら、相手が気づいてないだけかもよ?』
『それはそうかもなんにゃけど。でも多分、絶望的にゃ。サチ、もう諦めたのにゃ』

 いや待って! 俺のことなら勝手に諦めんな!
 くっ。言いたいが言い出せないジレンマ。なんとかアズキで上手い方向にもってけねえかな……。

『それにこんな引きこもりのネトゲーマー好きになる人なんていないのにゃ』
『そんなことない。意外と近くに……いるかもしれないよ』

 兄貴は……仮想世界に逃げ込むくらい、俺を好きでいるのがつらかったんだろうか。実の兄弟だし、そりゃそうか。
 遠回しじゃなく、きちんと告白してみたらいい。そうしたら……俺なら、きっと。
 ゲームの中の話だってのに、何考えてんだかな。でも兄貴が、なんかこうその気になってくれたらなーみたいな。

『なんか、アズちゃんにはなんでもお見通しな気がするにゃ。励ましてくれてありがとう、アズちゃん』

 いつも見てるアバターなのに、画面の向こうに兄貴がいるかと思うと可愛く見えるの、ほんと不思議。どういう現象なんだろ、これ。

『じゃあ、サチと相合い傘……しよ?』

 そう言ってサチが首を傾げた……ように、思えた。実際にはドット絵だから、俺の中のイメージだ。
 喉まで、可愛いって呟きが出かかった。

『にゃーんて。今のはさすがにキモかったにゃね』

 もう俺はダメかもしれない。
 これはネカマだし! 兄貴だし! でもどっちにしろ可愛い! ダメだ!
 俺がウダウダしてるうちに、サチがイベントNPCに何かしたらしく、セリフが展開される。

《パートナーを見つけてきたんだね。それじゃあ、水色とピンク、どっちで相合傘する? 最後に貰える傘は、ここで選んだ色に変化するよ》

『デロイに聞いた話では、これ何色かあってランダムらしいにゃ。自分の傘が好みの色に変化しなかったら、欲しい色を持ってる人に相合い傘を申し込むシステムなんだって』
『それって、カップルの傘が二人共に好みの色に変化しなかった時は悲惨じゃない?』
『そうにゃね……。妥協するか、新しい色を求めて声をかける……修羅場の始まりにゃ』

 この運営、中々にチャレンジャーだな。
 いや、色んな人と交流してほしいという願いが込められている……のだと、思っておこう。

『サッちゃんはどっちの色にする?』
『やっぱりピンクかにゃ。サチの水色だったけど、アズちゃんの傘がピンクで良かったニャアー。可愛いにゃ!』
『だよね。私もピンクにしよ』

 せっかくネカマやってんだしな。ここは可愛らしくいくべき。
 ピンクを選んで、儀式が始まるとサチとアズキが画面の中でピッタリ寄り添った。可愛い。ピンクの傘ひとつを二人でさしている。

『これって他プレイヤーからはどんなふうに表示されてるのかなあ』
『見えないんじゃないかにゃ?』
『なんでわかるの?』
『こんなふうに歩いてるプレイヤー見たことないにゃ』
『あ、確かに! でもそれ言うなら、傘装備してる人も見ないね?』
『サチもそれは気になってたにゃ。さすがにこの時期で誰もしてないのは考えられにゃいから、イベントをクリアした人にだけ見えるようになってるのではにゃいかと』
『なるほどー!』

 ニャーが頭を侵食しすぎて、俺までにゃるほどとか打ちそうになってた。おそるべしニャンニャン語。

 他愛ないことをポツポツと話しながら、清めの山に向かう。移動は自動らしく、チャットはできるが操作は不可能だ。サチと話していられるから、退屈さを感じることはない。どうでもいい奴となら、画面前で時間潰しに漫画を読んだりするんだろうな。
 ネコ耳のサチとウサ耳のアズキが並んでちまちまと歩いてる姿は我ながら可愛らしく、思わず頬が緩んでしまう。
 山のエリアに入ると、俺たち以外のプレイヤーが見えなくなって、白い綺麗な神社がマップの端に現れた。それと同時、画面全体に雨のエフェクトがかかる。突如降りだす雨にテンションだだ上がり。現実じゃ下がるだけだってのに、ゲームの中だと幻想的に見えて綺麗だ。

『うわー。綺麗にゃねー』
『うん……』

 そして俺たちはそのまま神社の中へ。

『これが清めの儀式なのかにゃ。BGMが変わっただけで……神社の中は見えないから、何をやっているのかちょっと気になるにゃね』
『何してるのか、見たいよね。雨のエフェクトも綺麗でいいけど』

 中でお清め……。俺、めっちゃ清くない想像してる。汚れててスマン。だが、ペアで清めの儀式で密室の中ナニしてるか見えないって、これ絶対に狙ってんだろ?

 ……兄貴にも下心なんてあったりすんのかな。想像つかねー。兄貴がサチだってこと以上に想像つか……いや、サチを初めて見た時の衝撃は、これまで生きてきてダントツだった。

『あ、終わったみたいにゃ』

 一度画面が暗くなって、パアッとひらける。

「うわあ……」

 俺は思わず、チャットじゃなく現実でそんな声をもらしていた。
 小さい声だったから、多分隣には聞こえてないはずだ。

『す、凄いにゃー!』

 画面には色とりどりの傘があった。というか、傘をさしてるプレイヤーがいた。

『儀式を終えたから見えるようになったんだね、凄い!』
『町へ戻ったら、いっせいに花が咲いたみたいに見えるんにゃね。今でも充分にゃけど……』

 他人が装備しているのが見えなかったのは、きっと……今、この時のためだ。
 クリア人数が少ない頃ではこの景色は味わえなかった。
 頑張ったからこそ、今までの苦労が報われる感じだ。

『もしアズちゃんがいなかったら、こんな感動なかったにゃ。きっと初日にクリアして、じわじわ増えていく傘を優越感に溢れるような気持ちで見る汚れた大人でいたにゃ。ありがとう、アズちゃん』

 それはそれで、楽しいのではないかとも思ったりする汚れた大人ですが。画面も眩しく見えるが、何より兄貴の純粋さが眩しい。

『あ! アイテム欄に、装備できるようになった傘が入ってるにゃ!』
『早速装備しちゃう?』
『もちろん! わあ、ピンク可愛いにゃ。似合う? サチ可愛い?』
『うんうん、可愛いー』

 本当にな。あと、俺も可愛い。女装に目覚める奴の気持ちがわかる気がする。
 これがアタシ……? ってなるくらい可愛いかったら、着飾ってみたくなるよなー。自分自身にマイフェアレディ的な。

『フフッ。アズちゃんも可愛い。本当に楽しいにゃあ。楽しい!』

 サチはくるくると回って、アズキの前で止まった。

『でも、楽しい時間はあっという間に過ぎてしまうにゃ。シンデレラにかかった魔法はもう解ける』
『え……』

 もしかして、兄貴、ネトゲをやめ……。

『そろそろアズちゃん、落ちる時間にゃあ?』

 あ! マジだ! シンデレラって俺のことかよ。
 でも、そうかもな。今日魔法にかかっていたのは、きっと俺のほうだ。時間なんてすっかり忘れてた。

『うん。でも今日は……この傘をさして、もう少しだけ町を歩いてからにしようかな』

 だから、魔法も延長で。サチと一緒に町へ戻って、色とりどりの傘で溢れる光景を楽しんだ。
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