お隣の王子様

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本編

コンビニの王子様

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 初めて金城さんの部屋にお邪魔することになった。
 古いせいかノイズの混じるインターフォンを押して、かの人が出てくるのを待つ。
 出迎える時も薔薇を持って立ってないだろうな……。

「いらっしゃい。今日も綺麗だね」
「はあ……」

 薔薇はなかったけど、息をするようにキザな台詞を吐いてきた。
 だから僕の容姿は一般的に綺麗とか可愛いとか言われるレベルじゃないんだけどなぁ……。ごくごく普通と思いたい……ってくらいの。中の中?
 相変わらずわからない人だ。でも薔薇を持ってなくてよかったよ、本当。それだけで少しホッとする。どうやらあれは僕の中で、ちょっとした恐怖体験になっているらしい。
 僕が気のない返事をしたのをどう考えているのか、まったく気にしていないのか、どこかウキウキした様子の金城さんが部屋にあげてくれた。

「狭くて汚い部屋だけど……」
「広さ、同じですけどね。僕の部屋も」
「あっ、そうか! ごめん!」

 天然すぎるだろ……。ちゃんと生活できてるのかなあ、これで。
 ……何か、テーブルの代わりかどうかわからないけど、部屋の中央にミカン箱が置いてあるし。
 今じゃ逆に見ないぞ、こんなの。ひょっとしてわざわざ取り寄せたのか?

「これは?」
「テーブルだよ!」

 ドヤ顔だ。もしかして、この人の貧乏生活知識は漫画か何かが参考になってるんだろうか。

「この上で、ご飯とか食べたんですか?」
「ああ。貴方から貰った美味しい料理を。でも冷えていると美味しさが半減だ。やっぱり温かいほうが美味しいね」

 ……電子レンジは、ないみたいだ。

「あっ。タッパーはきちんと洗ってあるから」

 洗い物はできるのか。って、さすがにそれは舐めてかかりすぎだよな。いや、でも。うーん。

「今日は招待に応じてくれてありがとう」

 窓際にはボロアパートに不釣り合いな花瓶に豪華な花が生けてある。カーテンも高そうだ。

「今、紅茶をいれるね。私も貴方に何かを返したかったから……」
「あ、おかまいなく」

 正直、食費を出してくれるだけで充分だし、あまり深く慕われるのも面倒くさい。毎日一緒にご飯を食べようって時点で、もう遅いだろうけど。厄介ごとに巻き込まれ体質の自分が恨めしい。
 紅茶をいれると言って、冷蔵庫を開ける金城さん。お返しだし、ロイヤルミルクティーにしてくれるつもりなのかな。きちんと火を使えるんだろうか……とか、石器時代の人を見るような感覚で見ていると、ペットボトルを取り出していた。
 紅茶いれるってそれかよ! いや、確かにいれる、だけど、なんか……っ。

「あっ」

 しかも、ペットボトルからいれるだけなのにまともにできてない!
 がちゃんって聞こえた、がちゃんって。コップ割れたな、あれは。

「僕がやるから触らないでください」
「で、でも危ないよ? こんな危険なこと、貴方にはさせられない」

 死地へ赴こうとする恋人への台詞みたいに決意の固い瞳でかっこよく言ってるけど、単に割れ物の片付けなんだよ……。そして、この人に任せるほうがよっぽど危険。
 隙を与えずてきぱきと片付けると、金城さんは目を何度も瞬かせて握りしめた拳を興奮したように上下させた。

「凄い、かっこいいな!」
「それはどうも……」

 ただ割れ物を片付けただけなのに、やたら持ち上げてくる。
 一見ご機嫌をとっているようにも見えるけど、おそらく素で嘘はない。
 この人、見た目は間違いなくかっこいいし、言動もかっこよく……少なくとも本人は……してるつもりなんだろうけど、なんか可愛いな。ギャップ萌えってこういうことか。

「でも、金城さんもこういう普通のペットボトル買うんですね」
「隣室のご婦人に貰ったんだ。蕎麦のお礼だと言っていた」
「ああ」

 僕にとっては隣の隣……ご婦人? あのばーちゃんか! 徹底してるなあ。

「この紅茶、美味しくて感動した。優しい味がする」
「そうですか」

 金城さんの世界は驚きと感動に満ち溢れているようだ。

「では、貴方にもこの感動を」

 そう言って新しい高そうなグラスをいそいそと取り出す。
 よっぽど僕がやりますよと言いたかったけど、これに関しては我慢して待つことにした。
 ただコップにそそぐ、それだけなのにあまりにも懸命なものだから、こちらまで手に汗を握り応援したくなった。




 寒い冬、暖房器具もない部屋で冷たい紅茶を飲む。僕の部屋と違い、すきま風はないように思う。
 金城さんがやたらと楽しそうだから、心だけはちょっとほっこり。

「ストーブか何かないんですか?」
「買い方がわからなくて……。そういう店に、その。あまり行ったことがないものだから」

 マジか。どれだけ箱入りなんだ。
 前に住んでた部屋は床暖房と空調完備で、見える所に機械がなかったのかな。
 でも、ストーブがどういうものだかはわかってる様子だ。

「じゃあこたつとかは? 僕は手狭になるから置いてないですけど、金城さんの部屋は物があまりないですし」
「こたつ、いいな。よかったら今度、買い物につきあってもらえないだろうか」
「いいですよ」
「わあ、嬉しいな」

 一人で外出させるのも不安だし、もう乗りかかった船だ。
 僕が了承したのを、まるで初恋の女の子がデートの誘いに応じてくれたかのように喜ぶ金城さん。正直、ここまで喜んでもらえると悪い気はしない。
 僕は少しほてった頬を冷ますため、紅茶をひとくち飲んだ。

「そういえば金城さんって、昼間は何をしているんですか?」
「普通に家事だよ。といっても、お皿をたくさん割ってしまうし、気づくと襖が破れ、たまに窓も割れる。まだまだなんだ」

 どれだけバイオレンスな家事の仕方をしたらそうなるんだ。
 ん? でも待てよ……。

「襖は破れてないし窓も綺麗で、割れたお皿も見当たりませんけど」
「昼寝をして起きると何故か綺麗になっている」

 あの黒服たちが片付けてるのか?
 普通そんな摩訶不思議な現象が起こっていたら無茶苦茶気になると思うんだけど、金城さんはあるがまま受け入れてる気がする。本気で妖精の存在を信じていたりしたらどうしよう。
 見張られてますよって言おうかどうしようか迷ったけど、結局言うのをやめた。
 今のところ危害を加える様子もないみたいだし、この人の場合はお守り役がいるほうが安心だ。知らない間に大怪我したり死なれたりしたら寝覚めが悪すぎる。

「やらなきゃいけないことは色々あるけど、まずは自分の面倒を見られるようにならないとね」

 自分が少し世間とズレている、日常生活が上手くできないという自己認識はあるらしい。その上で努力している姿は好感が持てる。
 この人の容姿なら、身の回りを世話したいって女の子はたくさんいそうだけど……。そんなことをさせるようなタイプでもないしな。
 いつかは世間慣れしてプレイボーイみたいになったりするんだろうか。それは何か嫌だ。純粋なままでいてほしい気がする。
 さっき、金城さんは妖精とか信じてそうだなって思ったけど、むしろこの人の存在がそれっぽい。少なくとも僕にとっては。
 そんな相手の私生活が気になるのは、当然のこと。面倒見ないと霞でも食べて暮らしてそうだし。
 朝ごはんは残り物を詰めて渡したからいいとして……。

「今日のお昼はきちんと食べました?」
「それが、あまり。ひとりでいると色々考えてしまって」
「そうですか……」

 一人というには、周りを使用人だかボディーガードだかがうろつきまくってるけど。
 1食抜くくらいはそう問題はなくても、僕が何かあって作れない日はあの人たちが知れず差し入れをしたりするのかな。でも、さすがの金城さんでも勝手に現れた料理を食べたりはしないだろうし。……しないよな?

「お腹が空いたら、スーパーやコンビニで買うっていう手もありますよ。慣れたら自分で作ってもいいし」
「スーパー……。コンビニ……」
「…………まさか、行ったことないとか、言いませんよね?」
「ま、まさか。ただ少し、慣れてないだけで」

 なさそうだな。目が泳いでる。わかりやすい。

「じゃあ、今からコンビニ行きましょうか」

 本当は、僕はほとんどコンビニで買い物をすることはないんだけど……。金城さんは連れていっておいたほうがいい気が、する。

「えっ。今からかい?」

 凄く焦った顔をしている。そんなに気負うような場所でもないのに……面白いな。
 ああ、でも僕だってドレスコードにひっかかるレストランとかには尻込みしてしまうし、彼にとってはそんな感じなのかも。そう思えば緊張具合も理解できる。

「このままで行って平気かな」
「コートを着ていかないと寒いと思いますよ。歩きですから」
「そ、そうか」

 金城さんは僕をじっと見て、毛皮のコートではなく少しラフめのロングコートを押し入れから取り出して羽織った。
 押し入れにそのままコート入れてんですか……。

「よし、行こう!」
「鍵は持ちました?」
「バッチリだ」
「ガスの元栓は閉めました?」

 そう訊いた途端、金城さんは絶望に満ち溢れた顔をした。

「閉めたことがない……。今まで一度も。大丈夫なんだろうか」

 火、使ったことなさそうですもんね。
 別に僕も少しのお出かけくらいで毎回閉めたりはしない。ちょっとしたからかいのつもりだったのに、ここまでいい反応をされるとは。笑いを堪えるのが大変だ。

「えっと……。あ、大丈夫。閉まってますよ」
「よかった……」

 今度は心底安心した顔で胸を撫で下ろす。
 僕はそこで堪えきれず、ついに噴き出した。




 予想はしてたけど、金城さんは僕に車道側を歩かせない。さりげなくエスコートをしてくれる。
 僕は女じゃないですからと、今更言う気はない。どうして男の僕にこういう行動をとるかは謎だけど、僕からしたらこのどこかズレている頑張っちゃってる感がなんとも言えないので、おとなしくエスコートをされておくのだ。
 何より……無駄な気遣いはできるのに、尾行されてることにはまったく気づかないんですね、と。そういうところも面白い。

「やっぱり陽が落ちてくると、更に寒さが厳しいですね」
「手を繋げば少しは暖かいかもしれないよ?」
「繋ぎたいんですか? 手」
「えっ、いや」

 どうして言い出した癖に焦るのか。キザなのか天然なのかわかんないよなあ、この人。

「まあ、男同士で手を繋いで歩くなんて、気温以上に寒いですけどね」
「手は暖かくなると思うけど……」

 どれだけ繋ぎたいんだ。

「じゃあ」

 なんとはなしに手を握ってみると、金城さんはとろけそうな笑みを浮かべて、僕の手を彼のポケットへといざなった。
 さっき焦っていた姿が嘘のようだ。僕のほうが恥ずかしくなってしまう。

「ほら、あったかい」
「そ……ですね」

 なんだこれ、照れる! 男同士で何してんだ、本当。
 たまに道行く人がギョッとした顔でこっちを見てくる。そうだよな、今時バカップルだってこんなこと滅多にしないよ。金城さんは人の視線なんて、まったく気にならないみたいだけど。
 あったかいけどさあ、どんな罰ゲームなんだよぉぉ。とはいえ、離すのもなぁ。だってこの人、僕が突き放したら、すっごい悲しそうな顔しそうだもん……。

「コンビニ、見えてきました。さすがにこのまま入店したら目立ちすぎるので、そろそろ」

 さりげなく言うと、金城さんはもう片方の手でサラリとした金の髪をかきあげて僕の手を解放した。

「暖まれた?」
「はい、それはもう」

 恥ずかしさのあまり、芯から暖まれました。人間、恥ずかしさが限度越えると普通に発熱するよね……。
 コンビニへついても、僕の頬は依然として熱いままだった。
 そして……ドアの前で立ち止まる金城さんを見て、ちょっと悪戯心がわく。

「これがコンビニか」
「自動ドアですよ」
「来たことはあると言っ……あいたっ!」
「あ、すみません。ここ手動でした」

 金城さんは一瞬呆けて、真っ赤になった。それでもエスコートは忘れないのか、扉を押して開けたままにして、僕が通るのを待っている。
 今のはかなりわざとらしかったと思うんだけど、全然怒らないんだな。

「恥ずかしさで暖まりました?」
「……むしろ、熱いよ」

 コンビニの中は、ほどよい暖かさ。
 金城さんは物珍しそうに辺りを見回している。下品にキョロキョロする感じではなく、ゆったりとあくまで優雅に。
 外人で金髪のイケメンってだけで注目を集めるし、店内の雰囲気が一気に変わった気がする。
 日本じゃ外人がそう珍しいってわけでもないし、金城さんが目立つのは身にまとう優雅な雰囲気のせいだと思う。
 例えば、コンビニに上品そうな着物の若奥様がいれば誰だってチラチラ見てしまう。あんな感じ。

「このあたり、お弁当がたくさん売ってますし、あっちには……」

 冷凍食品は無理か。レンジがない。

「飲み物も売ってます」
「では、貴方に頼れない時はここへ来れば生活はできるということだね」
「食費も貰ってますから、なるべく作りますけどね。自分のついでですし」
「でも凄く助かるよ。お弁当より温かい料理のほうがいいし、一人で食べるのも味気ないから……」

 冷たいのは電子レンジがないせいですよと突っ込むべきか否か。……やめとくか。
 クリアガラスを挟んだ外界に目を向けると、黒服にサングラスの男がサッと引っ込んだ。
 本当にアレ、なんなんだろう。今度声をかけてみるか。

「夕飯の材料は買わなくていいのかい?」

 そんなことを考えていたら金城さんに声をかけられて、思わずビクッとなってしまった。

「すまない、急に声をかけて。驚かせたかな」
「い、いえ。夕飯の材料は……今日は冷蔵庫にある食材だけで賄えますから」
「そうなのか。メニューが頭の中でできているんだね。凄いな」

 有り合わせで適当に作るだけなんだけどな……。感心してるみたいだから、させておこう。
 金城さんは日用品やメモなどを見ている。食べ物のほうにはあまり興味がないみたいだ。
 と思っていたら、お菓子のコーナーについた途端、パアッと目を輝かせた。

「甘い物好きなんですか?」
「ああ。こういうのも、食べてみたいと思っていて……どうせだからたくさん買おう」

 金城さんは買おうと宣言した割には菓子に手は出さず、周りを見て、次にレジで会計する人を見た。僕はそこでようやく、金城さんが他人の行動を観察しているんだと気がついた。買い方とか会計の仕方とか。
 あー、それで。さっき家を出る前に僕を見ていたのは、どんなコートを着ていくか迷ったからか。
 こういうところは、年上というか……ただの天然な人じゃないんだなとか思う。
 思ったそばから、かごに入らないくらいお菓子を入れていて戸惑わずにはいられないわけだけど。

「た、たくさんって、こんなに食べたら身体に悪いですよ!」
「ダメかな……? 美味しいのがあれば、貴方にもプレゼントしたいと思って」

 無駄にキラキラしたって、プレゼントがお菓子じゃ決まりきってないからな。

「僕のお金ではないですし、金城さんの好きにしたらいいんじゃないですか? 一度に食べすぎないほうがいいとは思いますが」
「そうだね。食べすぎると伊尾さんの素晴らしい夕飯が入らなくなるといけないし」

 そう言って金城さんはかごへ山盛りにしたお菓子をレジへ運んだ。
 ……結局買うは買うのか。
 店員さんはお菓子の山に多少面食らってたけど、直ぐ様普通に会計をし始めた。パーティーの買い出しくらいに思っているのかもしれない。
 大きなビニールふたつ分を持って、金城さんはご満悦。

「ひとつ持ちましょうか」
「こんな重いもの、貴方に持たせるわけにはいかない」

 いや、別に重くないだろう。中身菓子だけだし……。
 そう答えるって、多少は予想してたけど、本当に予想通りだったな。

「でも男二人並んで歩いてて片方だけ大荷物って、持たしてるみたいでなんかヤなんですけど」
「あ、そ、そうか。でも実際両方私の荷物だからな」
「まあ、それは」

 結局、かさばるだけでそんなに重くないしってことで、片方は僕が持つことになった。
 そんなに長くいたわけじゃないのに、コンビニの外へ出ると辺りはもう真っ暗。尾行の下手なボディーガードも闇夜にとけて姿が見えない。

「帰ったら早速、どれが美味しいか吟味しよう」
「金城さん、夕飯」
「そ、そうだった」

 どうやらお菓子が楽しみで仕方ない様子。まるでクリスマスにサンタのブーツを貰った子供みたい。
 ソワソワはしてたけど、そこは大人なのできちんと我慢してくれて、二人で夕飯を美味しく食べた。




 その次の日。夕飯を食べにうちへ来た金城さんは嘘みたいに気落ちしていた。
 おやつを美味しく食べてご機嫌かと思ったのに。口にあわなかったのかな?

「元気ないみたいですけど……どうかしたんですか?」
「お菓子が、朝起きたら全部なくなっていたんだ」
「ええっ!?」
「楽しみにしすぎていて、寝てる間に食べてしまったのかな」
「あれ全部食べたら胃が死んでますよ!」

 まあ、心当たりは十二分にある。……身体に悪そうだから、かな。

「他に盗られたものはないんですよね?」
「う、うん」

 凄いガッカリしてる。ひとつだけでも残しておいてあげれば良かったのに。昨日、どれだけ楽しみにしてたか知っているから、金城さんの表情に胸が痛む。

「よかったら、食後にホットケーキ焼きますけど」

 あまりに可哀想でそう申し出てみると、金城さんは軽く目を瞬かせて一気に笑顔になった。
 ……なんか、ちょっとだけ、あの黒服たちに感謝しちゃったかも。
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