お隣の王子様

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本編

王子様のバイト参観2

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 着替えてシフトカードを切って退勤。いそいそと王子様の前の席を陣取って、メニュー表を見ながら一緒にきゃっきゃする。女の子同士ならきっと微笑ましい光景。カップルなら見る人によってはうざく感じるかもしれない。
 僕たちの場合は、どうだろう?

「でも、まさか30分以上悩んでるとか……」
「だってどれも美味しそうだから」

 東吾さんが見ていたのは、デザートのページ。
 来た時ならまだしも、今は午後五時を少し過ぎている。

「先に夕飯を食べましょう」
「えっ? でも夕飯はせーたが作ってくれるのでは?」
「それでもいいですけど……。せっかくだから。外食、嫌ですか?」
「こんなふうに明るい場所で、せーたと……。な、なんだか、普通の友達同士みたいだ」

 言い回しが性的で無駄にどぎまぎする。
 あと、友達みたいって言われるのは、ちょっと複雑。

「……コイビト、ですけど」
「それは、わかってるんだけどね。周りから見た場合の話だよ」

 いや。少なくとも普通の友達同士には見えないと思うぞ。
 お忍びできたどこぞのお金持ちとそのお目付け役みたいに見えるはずだ。
 夕飯時が近づいて再び増え始めた客も、とりあえず僕らを二度見していくし。

「よし。どれにしよう……」

 今からまた悩むのか。

「今度は30分もかけないでくださいね」
「難しいな。食べたいのがたくさんあって」
「なら、いくつか選んで僕とわけあいっこしますか?」

 ちょっとお行儀が悪いかなと思ったけど、王子様はキラキラと目を輝かせた。

「いい考えだね。是非シェアしよう」

 シェアか。なんかカッコいい。ばーちゃんに育てられたせいか、どうにも僕は言葉が古くてダメだな。

「では、これと、これと……あと、これ。それと……」
「や。ま、待ってください。それ全部を半分にしたら、僕はお腹に入りませんよ」
「そうか。せーたは意外と少食だからな……」

 意外というか、僕の場合は見たまま食べなさそうだと思うけど。
 東吾さんはよく食べるし女の子みたいに別バラが存在するとはいえ、大食いとまではいかない。全部オーダーするのは無理だとさとったのか、メニュー表とのにらめっこを再開させた。

 お金持ちだと、ひとくちだけ食べてあとは残すという贅沢なことをしそうというイメージがある。かなり偏見が入っているとは思うけど。
 でも、東吾さんはいつも全部残さず綺麗に食べる。そんなところも好き。

「この、おすすめと書いてある、煮込みハンバーグにする」
「もうふたつくらいいけますよね?」
「それも私が選んでいいのかい?」

 ……さっきのは、僕の分を別に考えていたに関わらず、あの量だったのか。

「はい。僕は、まかないで食べたりしますし、東吾さんがお好きなのを」

 本当はお金がかかるから従食で食べたりしないんだけど、東吾さんが嬉しそうに笑ったので我ながらいい嘘をついたと思った。

「ドリンクは飲み放題ですよ」
「それで、ああやって自分でつぎに行っている人がいるのか」

 ここは感動しないんだな。まあ東吾さんなら、ドリンクバーじゃなくても飲み放題だろうしな。

 多少会話の脱線があったとはいえ真面目に選んでたっていうのに、オーダーが決定したのは僕が席についてから20分後のことだった。
 ボタンを押したそうな東吾さんに押す役目を譲って、店員を呼ぶ。
 竹下さんは別のテーブルを担当していて、女子高生アルバイトさんがいそいそと駆けつけてくれた。

「お待たせいたま、たしました!」

 盛大に噛んだ。顔は真っ赤で明らかに緊張しているのがわかる。
 金曜土曜の深夜と長期休みしかシフトに入っていない僕とはあまり面識がないコだけど、会話をしたことがないわけじゃない。

「す、すみません。伊尾先輩のお友達……ですか?」

 王子様を直視できないのか、僕に訊いてくる。

「うん。そう」
「日本語は……」
「ペラペラ」
「ご注文は」
「お決まりです」

 言葉の続きが上手くでないみたいだったので、先回りして言ってあげる。
 東吾さんは彼女の持つハンディターミナル……注文をとる機械……が、気になるらしく、好奇心に満ちあふれた表情でチラチラと見ていた。
 中々可愛い女子高生本体には興味がなさそうで、僕的には一安心。

「一瞬、女神様が駆けてきたのかと思った。こんな可愛らしいコと働けるなんて、せーたが羨ましいな」
「えっ、あ、ありがとうございます」

 でも……。僕に対してもそうだったけど、女の子は褒めるのが礼儀だと思っているらしい東吾さんは、見事に口説くような台詞を吐いた。
 僕が言われた時は呆れただけだったけど、女の子には効果覿面。顔を真っ赤にして俯いている。
 イラッときて、思わずテーブルの下で東吾さんの足を踏んだ。

「では、オーダー……いいかな?」
「は、はいぃ」

 東吾さん。顔色ひとつ変えやしない。徹底してる。
 そして、指先が綺麗だから打つところを見たいなんて言いながら、好奇心も一緒に満たしていた。
 あれだけ女の子を褒めていたのに、彼女が去ったあとは一転して機械の話になる。

「あの注文をとる機械、面白いね」
「ハンディターミナルっていうんですよ」
「そうなのか」

 足を踏んだことに関しては特に怒っている様子はない。このまま、無かったことにされるのか……と思ったら、東吾さんは僕の手に手を重ね、嬉しそうにフフッと笑った。

「妬いた?」

 王子様のくせに、わかっててやったんですか。

「女の子は褒めるのが、礼儀なんでしょ? 別に妬きませんー」
「なんだ。私は妬いたのに」
「えっ?」
「せーたの同僚にも嫉妬をしてしまうんだよ。恥ずかしいな。自分がこんなに独占欲が強いとは思わなかった」

 あまりにもさらりと言うから、本音に聞こえない。
 僕を喜ばせるために言っているように感じるっていうか。
 ……まあ、嬉しいとか、思っちゃうんだけどさ。

「僕も本当は妬きましたよ。足、踏んじゃうくらい」
「うん。嬉しい」

 熱っぽく、囁くように言われて体温が上昇する。その表情に煽られる。凄く触りたくなった。多分東吾さんも、同じように思ってくれてる。
 あー……。本当、どんだけバカップルだよ。
 これからご飯が来るっていうのに、帰って早く抱き締めたい。
 気を逸らすように窓の外を見ると、部活帰りか高校生が集団で歩いているのが見えた。
 同じように窓の外を見た東吾さんが、ポツリと呟く。

「弟……。どうしてるかな」
「もしかして、東吾さんの弟さんて高校生なんですか?」

 結構歳が離れてるんだな。ああ、でも、物心がついた時に引き取られて少し経ってからできた弟らしいから、よく考えれば当然か。

「うん、そう」
「会いたいですか?」

 自分でも馬鹿だとか情けないと思うけど、東吾さんが女の子を礼儀として褒めた時より、ずっと妬けた。
 郷愁に駆られている東吾さんは、僕の情けない嫉妬に気づく様子はない。

「私は……弟には嫌われているから」
「本当に? 東吾さんを嫌いになる人なんて、考えられないんですけど!」

 容姿の美しさで好感度が高いのは当然として、それ以上に彼の性格はかなり人に好かれるものだと思う。

「ふふっ。それは惚れた欲目というやつかい? でも嬉しいよ」
「そ、そういう欲目を抜きにしても、ですよ」

 だって天使みたいで。明るくて素直で可愛くて。天然なところも可愛くて。でも、そういうのが面倒だって人も確かにいるのかな。僕には考えられないけど。

 ……ああ。これが欲目というやつか。

「弟は小さな頃は、兄様と結婚するとか兄様は僕が守るとか可愛いことを言ってくれたのに、中学へ上がるあたりで急によそよそしくなってね……」

 断言してもいい。その弟は絶対にブラコンだと思う。

「そ、そうです、か……」
「……ん? あれ? せーた、もしかして弟に妬いている?」

 気づかれた。
 なんだその嬉しそうな顔は。僕が妬いてるのがそんなに嬉しいのか! くそ、可愛いじゃないか!

「だって、血が繋がってないんでしょ?」
「うん。ああ、どうしよう。せーた、可愛い……」

 貴方のがよっぽどですって。
 言ってやりたいけどそんな台詞の応酬、バカップルにもほどがありすぎて。

「絶対に、弟は東吾さんのこと好きですよ。絶対」
「だと、いいんだけどね」

 全然、よろしくない。
 苦笑する東吾さんは、僕の言葉を信じてはいないみたいだ。
 気づかないでいてほしい反面、嫌われていると思い続ける東吾さんが可哀想だから、気づかせてあげたい気持ちもある。

 やっぱりこれ、僕と付き合っていることが家族にバレたら連れ帰られるパターンなんじゃ。
 両親だって可愛い可愛いして育てた東吾さんが男にさらわれるなんてごめんだろうし……。東吾さんは育ててもらった恩もあるから、親の頼みは断れまい。
 ABCにはすでにばれているし、報告されるのも時間の問題かも。

「そして僕も、貴方が好きです」
「私もだよ。そんな不安そうな顔をさせるなんて、恋人失格だな。すまない」

 東吾さんが僕の頬をさらりと撫でる。こう、映画のワンシーンみたいなことを素でやってのける。かっこよすぎて困る。
 ああ、もしかして……最初にわざと妬かせたせいだと思ってるのかな。
 そりゃあ多少イラッとはしたけど、僕は東吾さんの王子様みたいなところも好きだから。

「違うんです。ただ、東吾さんは僕と……男と付き合うということの意味を、きちんとわかってるのかなって」

 家族とか、結婚できないとか、世間の目だとか。そういう。
 真剣な顔で言った僕に返ってきた東吾さんの反応は、実に意外なものだった。

「え……? 付き合うことの、意味?」

 何故そこで頬を染める……。まさかプロポーズでもしてくれるつもりなのか? ファミレスで?

「あ、あの、東吾さん?」
「それは何か、い、いやらしい意味があったりするのかな……?」

 意表を突かれすぎて撃沈。思わず噴き出してしまった。腹筋がつらい。
 今、重々しい感じで言いましたよね、僕。まさか、こう隠語的なものだと思われるとは。確かにそういう意味でも覚悟はしておいてほしいですけども。

「ち、違うのなら忘れてくれ。そんなに笑うことないじゃないか」
「す、すみません。ふふっ……」

 笑ってしまって、さすがに再度話を切り出せる雰囲気じゃない。

「えっちなことだったら、きちんと考えてくれてるんです? 僕とのこと」
「それは……そう。……話をはぐらかさないでくれ」
「今度、きちんと話しますから。それより、東吾さんが今日も王子様って呼ばれてた話でもします?」
「せーた!」

 東吾さんが僕を咎めるように名前を呼んでから厨房のほうを見て、再びこちらに向き直った。
 周りから見ると東吾さんは本当に王子様なんだけど本人はあまりそう呼ばれたくはないらしく、最近はオウジサマという単語に敏感なのだ。

「……呼ばれてたのかい?」
「はい。白馬に乗った王子様が御来店しましたって」
「さすがに町中で走らせたりはしないし……」

 敷地内では走らせているのか。白馬を。簡単に想像できてしまうのがまた。

「お待たせしましたー」

 会話が途切れたタイミングで、竹下さんが料理を運んできた。いつもの二割増し、テンション高めで。
 王子様と呼んでいたことをチクッたからか、東吾さんはビクリと身体を跳ねさせて気まずさそうに俯いた。

「ほら、料理がきましたよ、東吾さん」
「……美味しそうだね」

 庶民的な料理だけれど、王子様は堪えきれないといった様子で笑顔をこぼれさせる。
 もちろん僕も竹下さんも和んでニッコニコ。
 店内はそれなりに混んでいたから竹下さんは雑談をすることもなく、その場を離れた。

 テーブルに並べられた料理は、どれも美味しそうだ。
 働いているとはいえ、従食は無料ではないので、あまり食べる機会もない。

「いただきます」

 幸せそうにご飯を食べる東吾さん。見てるこちらまで嬉しくなる。

「この、ミートドリア美味しいね。煮込みハンバーグも、濃い味付けがとてもいいな」
「僕ね、何を食べてもニコニコして美味しいねっていう東吾さん、凄く好きなんです」

 東吾さんの食べる動きが、もぐ……と少しゆっくりになった。

「デザートも楽しみですね。僕は甘い物より、貴方が食べたいですけど」

 口の動きが完全に止まる。
 東吾さんはナプキンで口元を軽く拭ってから僕を真っ直ぐに見すえた。

「君、明日も早いと言っていただろう」
「……ですね」

 するとなったら負担がかかるのは東吾さんのほうで、僕はスッキリするだけ……。のようにも思えるけど、お互い男は初めて同士だ。かなり疲れてしまうのは目に見えている。
 それにせっかくの初めてなんだから、充分時間がある時にゆっくり気遣ってあげたいし。
 諦めるしかないかと肩を落とすと東吾さんが恥ずかしそうに呟いた。

「だから、その……少し、なら」

 少しってどこまでだろう。
 はっきり訊くのはさすがに野暮ってやつか。そのあたりは、まあ、流れで。
 東吾さんがその気になってくれている事実が重要。
 濃いめのキスまでだって幸せだ。

 ……ごめん、半分嘘。
 ここまで煽ったんだから、少しは性的なこともさせてください。

「はい。じゃあ、少しだけ……」
「うん」
「東吾さん、デザート食べ過ぎて気持ち悪くならないようにしてくださいね。僕が貴方を食べ損ねちゃう」
「そこは安心してくれ。私だって君に触れたいからね」

 と、言いながらも、食後にデザートを3つ注文してキッチリ食べきる王子様なのだった……。
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