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番外編
バレンタイン
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「せーたはバレンタインにチョコを貰ったことあるかい?」
バレンタイン前日になって、唐突にそう訊かれた。
ちなみに、僕はまだなんの準備もしていない。
王子様がくれるのか、それとも僕があげるべきか。未だにお姫様扱いされている節はあるから、それを考えるならあげるほう……。でも、東吾さんの王子様になって言ったし、ベッドでの役割も……と、悶々と考えていたら、なんの用意もしないまま前日になってしまったのだった。
去年のクリスマスを思い出すなー、これ。サプライズにしようとして、結局予定訊けなくってさ。
で。チョコ貰ったことがあるかないか。それは、当然ある。東吾さんには負けるだろうけど、まあそれなりには。
「ありますけど……」
「実は私は、母親以外に貰ったことがない」
「えっ!?」
「そういう機会もなくてね……。会社も、バレンタインが来る前にやめてしまったし」
使用人さんとかから貰わなかったのか?
もしかすると、抜け駆け禁止みたいになってたのかもしれない。天使にお菓子業界の陰謀なんて不要という説もありえる。金城家は東吾さんを天使扱いしすぎだからな。
「弟はたくさん持って帰ってきたから、よく分けてもらったよ」
密かに弟本人から東吾さんへのチョコが混ざってそうなんだが。
「じゃあ、今年は僕があげます」
「えっ、本当かい?」
むしろ今の流れであげなかったら鬼だろ……。
「さすがに僕も、あげるのは初めてだから初めて同士ですね」
「ふふ。嬉しいな。君の初めてを貰えるなんて……私は幸せ者だね」
チョコなんか比にならないほど、東吾さんの声が甘すぎる。
本当に嬉しいんだろうなあ。笑顔もとろけるみたい。
「東吾さんは、あげた経験はあったりするんですか?」
「えっ? ないけど……」
東吾さんなら女性にプレゼントをする側でも普通に見えるから、つい訊いてしまった。
だって僕に花を持ってきたこともあるし。
「その、やはり君も……私から、チョコを貰いたいかい?」
手作りされると命の危険が。
市販品は市販品で、凄い高価そうだからお返しがショボイとみっともないし。それ以前に交換した段階で格差があると精神的にクるな。
とまあ、色々葛藤はあるけど、素直に言えば欲しい。
「欲しいに決まってます」
「……今、何か間があったけど」
「いえ、本当に、欲しいです!」
「どうせ、手作りされたら困るって考えてたんだろう?」
東吾さんのくせに、鋭い。
「思ってませんよ。東吾さんのプレゼント豪華そうだから、僕のと差が出て恥ずかしいなって、それだけです」
これも実際思ったことだ。嘘じゃない。
「最近は料理もできるようになってきたと思うんだけどなあ」
そんなに作りたいのか。
もじもじしてる姿は可愛いし、手作りしたいっていう気持ちは嬉しい。
「でも、せっかく初めて貰うんだから、東吾さんは貰うだけにして……ホワイトデーを僕にくれるっていうのが、一般的な有り様じゃないですかね?」
別に自分の胃腸が心配だからじゃない。断じてだ。
「そう言われると、確かにそうかも……」
尻尾や耳の幻覚がシューンと垂れ下がっていくのを見て、貰いたい気持ちのほうが膨らんでいく。
バレンタインは今まで僕にとって食糧確保以外の何物でもなかった。一般的な貰って嬉しいという感情とはかけ離れていたと思う。今、それに気付いた。
だってあれだ。好きな人が僕にあげたがってるって事実が、こんなに嬉しいとは!
チョコは食糧じゃないね。愛の塊だね。
「すみません。やっぱり僕も、貰いたいです。東吾さんからのチョコ」
「えっ、本当かい?」
東吾さんって本当、喜怒哀楽が素直に出るっていうか。
言って良かった。うん。
「恋人からバレンタインチョコを貰いたくない男はいません」
甘い物がそんなに好きではない僕でもそうなんだから、東吾さんにとっては夢のような日だろう。
普通に学校へ通っていれば、トラックレベルのチョコをプレゼントされていたっておかしくない王子様っぷりなのに。可哀想だな。可哀想だけど、神に感謝したい。ありがとうございます。
「良かった! 頑張って作るよ!」
嬉しいのは、本当に心から嬉しいんだけど……。
「……あの、ものは相談なんですけど、一緒に、作る……というのは?」
「いいね、それ! 楽しそうだ!」
喜ぶ姿に少し罪悪感が。
すみません、東吾さん。やっぱり僕は、我が身も可愛かった……。
バレンタイン当日。狭いキッチンに二人並んでチョコを作ることになった。
女子高生かよと。しかも誰にあげるって、お互いに贈るわけだし。
まあ僕らは同棲中だから、手作りを選択した時点で同じキッチンを使うのは当たり前なんだけど。
ちなみに材料は各々別のものを持ち寄っている。いくら一緒に作るとはいえ、さすがに同じものはちょっとな。
「チョコを、とかして固めるんだよね?」
東吾さんは板チョコを刻み始めた僕の手元を物珍しそうに覗き込んでいる。
「実は私は凄くいいものを手に入れてしまったんだ。ほら、初めからとけているチョコ。これならあとは好きな型で固めるだけさ」
「東吾さん……」
それは手作りと言えるのかとか、いっそ市販の物を買ったほうがとか色々言いたいことはあるけど。
それ、どう見てもチョコソースですよね。
凄いドヤ顔してるから、真実が言い出しにくい。本当に妖精さんだなこの王子様は。
きっと冷蔵庫で固めても、想像通りにはいかないだろうけど……可愛いからそっとしておこう。
「頑張れば文字も書けるな。結構難しいけど」
せめてデコペンを……。
「ぶふっ……」
「せーた、今笑った?」
「き、気のせいでしょう」
ヤバイ、思わず噴き出してしまった。
たいして笑うようなことじゃなくても、我慢しようと思うとこらえきれなくなるあの現象。
「ちょうど刻み終わったので、チョコを溶かします。こうやって」
「へえ、火にかけないんだね?」
僕が2重にしたボールでチョコを溶かし始めたら意識が全部そっちにいったらしい。
「直接かけたら焦げちゃいますから」
「鍋越しでも、直接っていうんだ?」
東吾さんの『直接』の範囲が予想外。チョコを消し炭にする気か。その前にコンロに落ちる。
「それにお湯にも入れなかったし」
湯煎用のお湯に直接……!?
「味、薄くなりすぎません?」
「そのあとココアとか、砂糖とか入れて味を整えるのかなって」
「え? あ、あー……」
僕もお菓子に関してはよくわからないし、普段のだって雑な男の料理だからな。そんなレシピもあるのかもしれない。否定はしきれない。
「とりあえず、僕が作るのは普通のトリュフなんで」
「あれを自分で作れるのかい!? 凄いな……。せーた、絶対にパティシエになれるよ」
「はは……」
無理すぎる。でも東吾さんに憧憬の視線を送られるのは悪くない。
「私のは、固まったらあとは、この生クリームを添えて完成だよ」
そ、添えるのか……? どんな出来上がりを目指してるんだろう。チョコレートケーキならともかく。
「このスプレーを吹き掛けるだけで、生クリームが出てくるらしい」
「泡立てるんじゃないんですね」
ホイップが出来上がってて搾る感じのはたまに見るけど、スプレー缶って初めて見る。
それ、手作りっていうのか? って何度も頭の隅に響いてるけど、壊滅的な失敗を避けるために色々考えてくれたのかと思うと愛おしい。そして優しい。僕の胃に。
「甘い匂いがして、美味しそう……」
「もう少し待ってくださ……っ、東吾さん、み、耳を噛まない!」
後ろから耳を甘噛みされて、ぞわりとした快感が走る。背中には東吾さんの体温が張り付いてるし、これはもうあからさまにそういう流れ。
東吾さんは最近こうやって誘ってくる。前までの鈍さが嘘のようだ。いや、むしろ東吾さんが突っ込む側であれば、もう少し紳士でいるのかもしれない。
自分が受け入れる側である故に、せーたの身体には負担が少ないんだからいいよねーとか思ってる節がある。
まあ大歓迎で乗っちゃうんだけど。いつもはね。
「せっかくなので、ちゃんとしたのあげたいんですから。少しだけ待てして。待て」
「でも、せーた、すっごく美味しそうだからー」
「うなじを舐め、舐めないでくださっ……ちょ、うあ」
「しょっぱいね」
「そんなふうに舐められたら汗もかきますよ……」
「でも、せーたの味がする」
「もう! 僕だって我慢してるんですから!」
少し強めに突っぱねると、東吾さんは触れるだけのキスを掠め取って、すぐに僕から離れた。
「そうだね。せっかくだから、チョコを食べてからかな」
「え……っ」
そしてそのままテレビの前にあるクッションに座って映画を観始めてしまう。
僕はもうすっかり、固まるのを待つ間、たっぷりと致す気満々で。ほんの少し待ってくれるだけで良かったのに。
とはいえ、拒んでおきながら自分本位に東吾さんをどうこうするのは、さすがにちょっと。
トリュフを作り終わって冷蔵庫に入れてから擦り寄って甘えてみたけど、ぽんぽんって頭を撫でられて撃沈。エロイ空気が完全に消えてる。
く、くぅぅ。さっき拒むんじゃなかった。報復で意地悪してるなら、拗ねて甘えてもみるけど、東吾さんのコレは完全なる素……ッ。
「この映画を見終わる頃には、固まってるかな?」
「ソウデスネ……」
抱き枕のように抱き寄せられて、ギュッとされて、これはこれで幸せだったりもするから、まあいいか……。
数時間後、冷蔵庫からチョコレートを取り出す。
我ながら、トリュフは上手に作れたと思う。材料が安いから東吾さんが実家で食べていたようなものとは比べ物にならないだろうけど。
対して東吾さんのチョコは……。
「固まってない……」
ですよねー。すっごいガッカリしてる。やっぱり教えておいてあげるべきだったか。
でも普段お菓子作りなんてホットケーキ程度しか作らない僕にも確信はなかった。
「大きいからかな? でも、平たいのに」
「どんなふうにする予定だったんですか?」
「プレートみたいにして、そこに字を書けば立体的に見えるかなって。あとは生クリームでデコレーションする」
なんとなく、東吾さんが予想していた完成図が頭の中に見えた気がする。あと、無理そうだよねってことも。
「東吾さん、多分それ固まらないです……」
「ええっ!?」
この世の終わりみたいな反応に、僕のほうが申し訳なくなってしまう。
それだけ僕にプレゼントすることを楽しみにしてくれてたんだなと思うと、幸せな気分にもなるけれど。
「今から買ってくる」
「待ってください。せっかくのバレンタインですし、僕は二人でイチャイチャできるほうが嬉しいです!」
「けど……」
それに東吾さんが用意したものがチョコソースと生クリームっていうのが、恋人同士的にはちょうど、こう。
「塗って食べれば、チョコレートとして充分じゃないですか?」
「確かにトーストにコレを塗ってデコレーションしたら、それっぽいかも」
「そうではなくて。これを、東吾さんに……その、塗って、ですね」
むしろ、チョコレートソースを取り出された時点で頭をよぎっていたことだ。
がっかりしている今ならつけこめるかな、とか、卑怯な僕。
「それを、したら……せーたは、とても嬉しい?」
「当然です!」
「プレゼントとして充分?」
「僕のあげたチョコなんて霞むレベルです」
「そ、そうか。それなら、これで良かったのかな」
恥ずかしそうにしてるけど、それよりも僕にバレンタインのチョコレートを贈ることができるという嬉しさのほうが上回るのか、躊躇いの色はない。
「でもまずは僕のチョコからプレゼントしますね。せっかくなので、僕のトリュフの飾り付けにも使わせてください。トリュフを白い大きなプレートに乗せて、東吾さんのソースでハートを書いて……生クリームをスプレーすれば……。どうですか? お店っぽくないですか?」
「本当だ、凄い!」
しょんぼりしていた様子はどこへやら。はしゃぐ東吾さんに癒される。
「はい、どうぞ召し上がれ」
「私が全部食べていいのかな?」
「もちろん」
東吾さんはキラキラと目を輝かせながら、フォークを刺して口に運んだ。
「甘い……」
「チョコですから」
「凄く美味しいよ!」
生クリームとチョコソースをたっぷりつけて二粒食べてから、東吾さんはいそいそと残りを冷蔵庫にしまった。
「えっ。もう食べないんですか?」
いつも見ているほうが胸焼けするくらい、たくさん甘い物を平らげるあの東吾さんが。
もしかして、口にあわなかったとか、溶かすの失敗してザラザラしちゃったとか。
「うん。なくなるのが勿体ないから、毎日少しずつ食べる」
なんて可愛い理由。どれだけ嬉しかったんだ。もう今すぐチョコソースぶっかけてやりたい。
「それじゃ、今度は僕が東吾さんのチョコソースがけ生クリームを添えて、いただいてもいいですか?」
「メ、メニュー名みたいに言うのはやめてくれないか」
寝室へ行こうと東吾さんの手を引くと、やんわりと拒まれた。
「待って。先にシャワーを浴びるから……」
「いいですよ、そのままで」
「ダメだ。だって、な、舐めるつもりなんだろう?」
舐められることを想像してか身体がぶるりと震えたのが、なんかもう凄くやらしくて。思わず白くて甘そうな首筋をかぷりと噛んでいた。
「っあ……」
「東吾さんの味、しなくなっちゃいますよ?」
そのまま味を確かめるように舌を這わせると、顔を押し返された。
「東吾さん、真っ赤です」
「君が……舐め、るから」
上擦ったような声でそんな台詞。拒否も弱くて、逆に誘ってるとしか思えない。
それにさっき、東吾さんだって僕のうなじを舐めたくせに。
「ね。いいですよね? 食べさせて、ください」
少し強引に迫ると、東吾さんは視線をさまよわせてから、困ったような顔で頷いた。
結局最後は僕のおねだりに応えてくれる。そんな彼こそ、チョコレートなんかより、ずっと甘い。
甘い物が好きではない僕でも、これなら美味しく食べられそう。
なんだかんだ、最高のバレンタインになってしまった。正直、今までで一番幸せ。
さあ、たっぷりと甘いひとときを過ごすといたしましょうか、王子様。
バレンタイン前日になって、唐突にそう訊かれた。
ちなみに、僕はまだなんの準備もしていない。
王子様がくれるのか、それとも僕があげるべきか。未だにお姫様扱いされている節はあるから、それを考えるならあげるほう……。でも、東吾さんの王子様になって言ったし、ベッドでの役割も……と、悶々と考えていたら、なんの用意もしないまま前日になってしまったのだった。
去年のクリスマスを思い出すなー、これ。サプライズにしようとして、結局予定訊けなくってさ。
で。チョコ貰ったことがあるかないか。それは、当然ある。東吾さんには負けるだろうけど、まあそれなりには。
「ありますけど……」
「実は私は、母親以外に貰ったことがない」
「えっ!?」
「そういう機会もなくてね……。会社も、バレンタインが来る前にやめてしまったし」
使用人さんとかから貰わなかったのか?
もしかすると、抜け駆け禁止みたいになってたのかもしれない。天使にお菓子業界の陰謀なんて不要という説もありえる。金城家は東吾さんを天使扱いしすぎだからな。
「弟はたくさん持って帰ってきたから、よく分けてもらったよ」
密かに弟本人から東吾さんへのチョコが混ざってそうなんだが。
「じゃあ、今年は僕があげます」
「えっ、本当かい?」
むしろ今の流れであげなかったら鬼だろ……。
「さすがに僕も、あげるのは初めてだから初めて同士ですね」
「ふふ。嬉しいな。君の初めてを貰えるなんて……私は幸せ者だね」
チョコなんか比にならないほど、東吾さんの声が甘すぎる。
本当に嬉しいんだろうなあ。笑顔もとろけるみたい。
「東吾さんは、あげた経験はあったりするんですか?」
「えっ? ないけど……」
東吾さんなら女性にプレゼントをする側でも普通に見えるから、つい訊いてしまった。
だって僕に花を持ってきたこともあるし。
「その、やはり君も……私から、チョコを貰いたいかい?」
手作りされると命の危険が。
市販品は市販品で、凄い高価そうだからお返しがショボイとみっともないし。それ以前に交換した段階で格差があると精神的にクるな。
とまあ、色々葛藤はあるけど、素直に言えば欲しい。
「欲しいに決まってます」
「……今、何か間があったけど」
「いえ、本当に、欲しいです!」
「どうせ、手作りされたら困るって考えてたんだろう?」
東吾さんのくせに、鋭い。
「思ってませんよ。東吾さんのプレゼント豪華そうだから、僕のと差が出て恥ずかしいなって、それだけです」
これも実際思ったことだ。嘘じゃない。
「最近は料理もできるようになってきたと思うんだけどなあ」
そんなに作りたいのか。
もじもじしてる姿は可愛いし、手作りしたいっていう気持ちは嬉しい。
「でも、せっかく初めて貰うんだから、東吾さんは貰うだけにして……ホワイトデーを僕にくれるっていうのが、一般的な有り様じゃないですかね?」
別に自分の胃腸が心配だからじゃない。断じてだ。
「そう言われると、確かにそうかも……」
尻尾や耳の幻覚がシューンと垂れ下がっていくのを見て、貰いたい気持ちのほうが膨らんでいく。
バレンタインは今まで僕にとって食糧確保以外の何物でもなかった。一般的な貰って嬉しいという感情とはかけ離れていたと思う。今、それに気付いた。
だってあれだ。好きな人が僕にあげたがってるって事実が、こんなに嬉しいとは!
チョコは食糧じゃないね。愛の塊だね。
「すみません。やっぱり僕も、貰いたいです。東吾さんからのチョコ」
「えっ、本当かい?」
東吾さんって本当、喜怒哀楽が素直に出るっていうか。
言って良かった。うん。
「恋人からバレンタインチョコを貰いたくない男はいません」
甘い物がそんなに好きではない僕でもそうなんだから、東吾さんにとっては夢のような日だろう。
普通に学校へ通っていれば、トラックレベルのチョコをプレゼントされていたっておかしくない王子様っぷりなのに。可哀想だな。可哀想だけど、神に感謝したい。ありがとうございます。
「良かった! 頑張って作るよ!」
嬉しいのは、本当に心から嬉しいんだけど……。
「……あの、ものは相談なんですけど、一緒に、作る……というのは?」
「いいね、それ! 楽しそうだ!」
喜ぶ姿に少し罪悪感が。
すみません、東吾さん。やっぱり僕は、我が身も可愛かった……。
バレンタイン当日。狭いキッチンに二人並んでチョコを作ることになった。
女子高生かよと。しかも誰にあげるって、お互いに贈るわけだし。
まあ僕らは同棲中だから、手作りを選択した時点で同じキッチンを使うのは当たり前なんだけど。
ちなみに材料は各々別のものを持ち寄っている。いくら一緒に作るとはいえ、さすがに同じものはちょっとな。
「チョコを、とかして固めるんだよね?」
東吾さんは板チョコを刻み始めた僕の手元を物珍しそうに覗き込んでいる。
「実は私は凄くいいものを手に入れてしまったんだ。ほら、初めからとけているチョコ。これならあとは好きな型で固めるだけさ」
「東吾さん……」
それは手作りと言えるのかとか、いっそ市販の物を買ったほうがとか色々言いたいことはあるけど。
それ、どう見てもチョコソースですよね。
凄いドヤ顔してるから、真実が言い出しにくい。本当に妖精さんだなこの王子様は。
きっと冷蔵庫で固めても、想像通りにはいかないだろうけど……可愛いからそっとしておこう。
「頑張れば文字も書けるな。結構難しいけど」
せめてデコペンを……。
「ぶふっ……」
「せーた、今笑った?」
「き、気のせいでしょう」
ヤバイ、思わず噴き出してしまった。
たいして笑うようなことじゃなくても、我慢しようと思うとこらえきれなくなるあの現象。
「ちょうど刻み終わったので、チョコを溶かします。こうやって」
「へえ、火にかけないんだね?」
僕が2重にしたボールでチョコを溶かし始めたら意識が全部そっちにいったらしい。
「直接かけたら焦げちゃいますから」
「鍋越しでも、直接っていうんだ?」
東吾さんの『直接』の範囲が予想外。チョコを消し炭にする気か。その前にコンロに落ちる。
「それにお湯にも入れなかったし」
湯煎用のお湯に直接……!?
「味、薄くなりすぎません?」
「そのあとココアとか、砂糖とか入れて味を整えるのかなって」
「え? あ、あー……」
僕もお菓子に関してはよくわからないし、普段のだって雑な男の料理だからな。そんなレシピもあるのかもしれない。否定はしきれない。
「とりあえず、僕が作るのは普通のトリュフなんで」
「あれを自分で作れるのかい!? 凄いな……。せーた、絶対にパティシエになれるよ」
「はは……」
無理すぎる。でも東吾さんに憧憬の視線を送られるのは悪くない。
「私のは、固まったらあとは、この生クリームを添えて完成だよ」
そ、添えるのか……? どんな出来上がりを目指してるんだろう。チョコレートケーキならともかく。
「このスプレーを吹き掛けるだけで、生クリームが出てくるらしい」
「泡立てるんじゃないんですね」
ホイップが出来上がってて搾る感じのはたまに見るけど、スプレー缶って初めて見る。
それ、手作りっていうのか? って何度も頭の隅に響いてるけど、壊滅的な失敗を避けるために色々考えてくれたのかと思うと愛おしい。そして優しい。僕の胃に。
「甘い匂いがして、美味しそう……」
「もう少し待ってくださ……っ、東吾さん、み、耳を噛まない!」
後ろから耳を甘噛みされて、ぞわりとした快感が走る。背中には東吾さんの体温が張り付いてるし、これはもうあからさまにそういう流れ。
東吾さんは最近こうやって誘ってくる。前までの鈍さが嘘のようだ。いや、むしろ東吾さんが突っ込む側であれば、もう少し紳士でいるのかもしれない。
自分が受け入れる側である故に、せーたの身体には負担が少ないんだからいいよねーとか思ってる節がある。
まあ大歓迎で乗っちゃうんだけど。いつもはね。
「せっかくなので、ちゃんとしたのあげたいんですから。少しだけ待てして。待て」
「でも、せーた、すっごく美味しそうだからー」
「うなじを舐め、舐めないでくださっ……ちょ、うあ」
「しょっぱいね」
「そんなふうに舐められたら汗もかきますよ……」
「でも、せーたの味がする」
「もう! 僕だって我慢してるんですから!」
少し強めに突っぱねると、東吾さんは触れるだけのキスを掠め取って、すぐに僕から離れた。
「そうだね。せっかくだから、チョコを食べてからかな」
「え……っ」
そしてそのままテレビの前にあるクッションに座って映画を観始めてしまう。
僕はもうすっかり、固まるのを待つ間、たっぷりと致す気満々で。ほんの少し待ってくれるだけで良かったのに。
とはいえ、拒んでおきながら自分本位に東吾さんをどうこうするのは、さすがにちょっと。
トリュフを作り終わって冷蔵庫に入れてから擦り寄って甘えてみたけど、ぽんぽんって頭を撫でられて撃沈。エロイ空気が完全に消えてる。
く、くぅぅ。さっき拒むんじゃなかった。報復で意地悪してるなら、拗ねて甘えてもみるけど、東吾さんのコレは完全なる素……ッ。
「この映画を見終わる頃には、固まってるかな?」
「ソウデスネ……」
抱き枕のように抱き寄せられて、ギュッとされて、これはこれで幸せだったりもするから、まあいいか……。
数時間後、冷蔵庫からチョコレートを取り出す。
我ながら、トリュフは上手に作れたと思う。材料が安いから東吾さんが実家で食べていたようなものとは比べ物にならないだろうけど。
対して東吾さんのチョコは……。
「固まってない……」
ですよねー。すっごいガッカリしてる。やっぱり教えておいてあげるべきだったか。
でも普段お菓子作りなんてホットケーキ程度しか作らない僕にも確信はなかった。
「大きいからかな? でも、平たいのに」
「どんなふうにする予定だったんですか?」
「プレートみたいにして、そこに字を書けば立体的に見えるかなって。あとは生クリームでデコレーションする」
なんとなく、東吾さんが予想していた完成図が頭の中に見えた気がする。あと、無理そうだよねってことも。
「東吾さん、多分それ固まらないです……」
「ええっ!?」
この世の終わりみたいな反応に、僕のほうが申し訳なくなってしまう。
それだけ僕にプレゼントすることを楽しみにしてくれてたんだなと思うと、幸せな気分にもなるけれど。
「今から買ってくる」
「待ってください。せっかくのバレンタインですし、僕は二人でイチャイチャできるほうが嬉しいです!」
「けど……」
それに東吾さんが用意したものがチョコソースと生クリームっていうのが、恋人同士的にはちょうど、こう。
「塗って食べれば、チョコレートとして充分じゃないですか?」
「確かにトーストにコレを塗ってデコレーションしたら、それっぽいかも」
「そうではなくて。これを、東吾さんに……その、塗って、ですね」
むしろ、チョコレートソースを取り出された時点で頭をよぎっていたことだ。
がっかりしている今ならつけこめるかな、とか、卑怯な僕。
「それを、したら……せーたは、とても嬉しい?」
「当然です!」
「プレゼントとして充分?」
「僕のあげたチョコなんて霞むレベルです」
「そ、そうか。それなら、これで良かったのかな」
恥ずかしそうにしてるけど、それよりも僕にバレンタインのチョコレートを贈ることができるという嬉しさのほうが上回るのか、躊躇いの色はない。
「でもまずは僕のチョコからプレゼントしますね。せっかくなので、僕のトリュフの飾り付けにも使わせてください。トリュフを白い大きなプレートに乗せて、東吾さんのソースでハートを書いて……生クリームをスプレーすれば……。どうですか? お店っぽくないですか?」
「本当だ、凄い!」
しょんぼりしていた様子はどこへやら。はしゃぐ東吾さんに癒される。
「はい、どうぞ召し上がれ」
「私が全部食べていいのかな?」
「もちろん」
東吾さんはキラキラと目を輝かせながら、フォークを刺して口に運んだ。
「甘い……」
「チョコですから」
「凄く美味しいよ!」
生クリームとチョコソースをたっぷりつけて二粒食べてから、東吾さんはいそいそと残りを冷蔵庫にしまった。
「えっ。もう食べないんですか?」
いつも見ているほうが胸焼けするくらい、たくさん甘い物を平らげるあの東吾さんが。
もしかして、口にあわなかったとか、溶かすの失敗してザラザラしちゃったとか。
「うん。なくなるのが勿体ないから、毎日少しずつ食べる」
なんて可愛い理由。どれだけ嬉しかったんだ。もう今すぐチョコソースぶっかけてやりたい。
「それじゃ、今度は僕が東吾さんのチョコソースがけ生クリームを添えて、いただいてもいいですか?」
「メ、メニュー名みたいに言うのはやめてくれないか」
寝室へ行こうと東吾さんの手を引くと、やんわりと拒まれた。
「待って。先にシャワーを浴びるから……」
「いいですよ、そのままで」
「ダメだ。だって、な、舐めるつもりなんだろう?」
舐められることを想像してか身体がぶるりと震えたのが、なんかもう凄くやらしくて。思わず白くて甘そうな首筋をかぷりと噛んでいた。
「っあ……」
「東吾さんの味、しなくなっちゃいますよ?」
そのまま味を確かめるように舌を這わせると、顔を押し返された。
「東吾さん、真っ赤です」
「君が……舐め、るから」
上擦ったような声でそんな台詞。拒否も弱くて、逆に誘ってるとしか思えない。
それにさっき、東吾さんだって僕のうなじを舐めたくせに。
「ね。いいですよね? 食べさせて、ください」
少し強引に迫ると、東吾さんは視線をさまよわせてから、困ったような顔で頷いた。
結局最後は僕のおねだりに応えてくれる。そんな彼こそ、チョコレートなんかより、ずっと甘い。
甘い物が好きではない僕でも、これなら美味しく食べられそう。
なんだかんだ、最高のバレンタインになってしまった。正直、今までで一番幸せ。
さあ、たっぷりと甘いひとときを過ごすといたしましょうか、王子様。
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