銀色の噛み痕

used

文字の大きさ
11 / 41
3章

ツガイになりたい

しおりを挟む
 宿屋へ行って適当に部屋をとって寝て起きると、リゼルがすっぽりと腕の中におさまっていた。
 見ればもう片方のベッドの上は、袋がところ狭しと占拠している。この状態じゃ同じベッドに寝るのは仕方ないよねと言い訳を作っているようで、思わず笑みがもれた。

 それにしても……宿の人と話を終えたあたりからの記憶がほとんどない。一緒に出かけられるのが嬉しいって言われたばかりなのに、さっそくリゼルを一人にしてしまった……。僕はダメな父親だ。

「シアン、起きたのか?」

 目を閉じていたリゼルが、パッチリと目を開ける。
 どうやら寝ていたわけではないらしい。あまり怒ってもいないみたいだ。
 むしろ引き続き、機嫌は良さげ。一緒にお買い物、できなかったのに。

「うん、ごめんね。寝ちゃってて……」
「いいんだ。寝顔見れたし。シアンー」

 しかも、なんかすっごい、甘えてくる!
 ぐりぐりと頭を擦りつけられて、可愛さににやけてしまう。
 色んなことがあったから心細いのかな……。最近では僕がハグすると、照れたりしてたのに……。まあ、照れるだけで素直に抱きしめられてたけど。

「買い物、行ってきてくれたんだね」

 荷物置き場になっているもう片方のベッドに目をやる。
 多分、服とパン……あと、小さい包みがある。何を買ってきたんだろう……。

「ウン。薬草も売って、かわりに薬を買ってきた。疲れが取れるやつ」

 そう言ってリゼルは小さな包みを手に取って、僕に渡してきた。
 これ、薬だったのか。

「一人でこんなに色々、大変だったろう?」
「全然。トーチャンが寝込んでるから疲れに効く薬が欲しいって言ったら、かなり安くしてくれたし、薬草も高く買い取ってくれた」

 思ったよりもしっかりというか、ちゃっかりしてて驚いた。
 まあ、嘘はついてないな。

「ありがとう。でも子どもがひとりで出歩くのは心配だよ。変なヤツに声をかけられなかった?」
「それシアンにだけは言われたくないぞ……。そもそも人通りが多いから、買い物くらいなんともないって」

 確かに、そうかもしれない。ただでさえリゼルは、しっかりしすぎるくらい、しっかりしている。これだからコイズに過保護が過ぎるってからかわれるんだ。

「今、水持ってくるな。とりあえずそれ飲むといい」
「うん。ありがとう」

 本当にイイコに育ったなあ……。対して僕は、はぁ。慣れない森歩きで疲れ果てていたとはいえ。
 リゼルは少しも嫌な顔をしてなくて、僕が薬を飲むトコロもニコニコして見ていた。褒められ待ちかなって頭を撫でると更にニコニコした。

 貰った薬を飲んでから時刻を見ると、いつも夕飯を食べる時刻はとうに過ぎている。
 真夜中だったらどうしようと思ってたから、少しホッとした。
 昼食も遅めだったし、僕はまだお腹が空いてないけど、リゼルはきっとお腹が空いてるだろうな。

「リゼル、先に何か食べてた?」
「ううん。シアン待ってた! 買ってきたパン、美味しそうなのばっかりだったから、一緒に食べたくて!」

 今度は大きな紙袋を持ってきた。こっちが服だと思ってたのに、まさかの全部パン。確実に10個以上は入っている。

「その……僕、あまりお腹空いてないから、リゼルたくさん食べていいよ」
「え……」
「ほら、寝てたしね! わあ、凄い美味しそうなのに、残念だな……」

 紙袋開くといい匂いが広がる。どんな顔をして選んでくれたのかなあと思うと食べたい気持ちでいっぱいになるけど、どうにもならない。
 ガッカリされると胸にくる……。

「オレもお腹空いてないから、明日一緒に食べる!」
「ええー。ほんとに?」
「ホント! パンはもういい! それより……」

 シアンはパンの袋を閉じて隣のベッドへ戻すと、再び僕のベッドにダイブした。そしてまた甘えるように、しがみついてくる。
 僕とリゼルは元々、お互いの間でスキンシップが凄く多い。
 だからこんなふうに抱き合うのもいつものことなんだけど、今日は何か、いつもと違う気がする。

「シアン……。その、オレ……、オレさ、シアンを噛みたい」

 真剣な顔で、リゼルが僕に乞う。どこか上気した頬と、潤む金色の瞳。

 ……パンより肉のほうがいいってことかな?

「先週、噛んだばかりだけど」
「そ、そうじゃなくてぇえ……! シアンをほんとのツガイにしたいって言ってる!」
「えっ? ええ!? ツガイ!?」

 この前リゼルが噛んだ肩を、思わず押さえる。

「ちょっと待って。そういうの、すんなり言う? 普通、葛藤とかあるだろ!」
「カットウ?」
「僕との関係が崩れたらどうしよう、とか……」
「シアン、オレを嫌いになるのか?」
「なっ、ならないけど……!」

 あざとい。これは無意識にあざとい。
 いやでもリゼルはいくら人間に見えても人間じゃないから、ストレートなのかも。言われた僕のほうが、どうしようどうしようってグルグル考えてる。

「どうして急に……」
「急じゃない。でも気づいたのは、村を出たからだと思う。それにシアンがあの男に声かけられてんの見て、すっごい嫌だった。シアンはオレのモノなのにって」

 確かに凄い拗ねてたけど。

「それは、親を取られると思ったからじゃなくて?」
「違う。説明しても、感覚的にきっとニンゲンにはわからない」

 は……と熱い息をもらしながら、リゼルが僕の首筋に鼻先を擦り寄せる。

「シアン……。シアン。美味しそう。食べたい」

 その渇望するような声色に、ぞわりと身体が震える。
 リゼルは人間にはわからないと言ったけど、なんとなくわかってしまった。

 そう。前にリゼルが言っていたじゃないか。
 好きな相手は美味しそうに見えるのだと。

 比喩でもなんでもなく、好物を目の前にした狼が僕に乗り上げている。
 でも恐怖なんて少しもなくて、むしろ、そこまで求められていることが嬉しかった。

「食べても……いいよ」

 僕の言葉に応えるように、ゆっくりと歯が立てられる。喉の柔らかいところを舌が這い、何度も甘く噛まれた。
 痛みは少しもない。おそらく歯型もつかない。甘噛みだ。

「リゼル?」
「ツガイの時はためらったのに、食べてもいいって、簡単に言うんだな」

 よく考えたら凄いことを言った気がする。
 あれだな。リゼルが小さな頃から何かあると食べられる覚悟をしてきたし、僕が死ぬ時はリゼルに食べられるものだと思ってるから、場の空気に飲まれてしまった。

「簡単な気持ちでもないけど……。ツガイは……僕は君のことをずっと本当の息子だと思ってたから、心の整理がつかないというか」
「そういうものなのか?」
「そういうものなの」

 リゼルは僕の胸に、ぽふんと顔を埋めた。

「心の整理、いつつく?」

 僕はリゼルのことが本当に可愛い。正直なところ僕を好きだと言うなら、なんでもしてあげたい気持ちはある。
 それは息子としての域を出ないものだけど……。

「リゼルがもう少し、大人になったらかな」

 狡い大人しては、こう答えるしかなかった。
 それでもリゼルは嬉しそうに笑った。

 その笑顔に、何度癒やされてきただろう。同じような境遇のリゼルを拾い、一緒に暮らすことで寂しさが埋まっていくのを感じていた。
 甘えてくれた。全身で僕が好きだと伝えてくれた。僕らは2人きり、家族として過ごしてきた。
 今リゼルの気持ちに応えてしまったら、それが全部、嘘になってしまうような気がした。

 先週つけられたばかりの歯型を撫でる。
 ツガイとしての、嚙み痕。これが人でいう結婚指輪だと聞かされた日から、少しずつ意識はしていたのかもしれない。でも見ないようにしていた。だってリゼルはまだ、子どもだから。

 心の整理はつかなくても、きっと答えは出ている。
 でももう少しだけ、時間がほしい。僕の息子でいてほしい。

「今思えばさ、オレ、親じゃなくツガイになってほしかったんだよな、きっと。ヒトメボレだったんだ。親なら食いたいって思わないからな……」

 なのにリゼルがグイグイくる。
 しかも大切な出会いのメモリアルを塗り替えてくる……。
 確かに君、会った日には、僕をジーッと見ながら肉を食べていたよね……。

「なあ、シアン、キスしていいか?」
「いや僕、心の整理がつかないって言ったよね!?」

 リゼルはきょとんとした顔で、首を傾げている。

「でもシアン、オレがちっちゃい頃、よくチュッてしてくれたよな?」
「そ、それは……」

 本当にそれこそ、食べちゃいたいくらい、君が可愛かったから。
 つまりリゼルの中では、その時と同じ感覚で言ってるわけで、それを拒むということは僕が意識していることに……?
 いやいや、ツガイにしたいとか言ってきている相手にキスさせるのはマズイだろう、どう考えても!

「そっか。もうオレ、シアンにとって可愛くないんだ……。おっきくなっちゃったもんな」
「かっ……、可愛いよ。可愛くないわけ、ないだろ」

 リゼルは僕の首に抱きついて、チュッと唇を重ねた。

「へへっ、しちゃった!」

 本当に可愛すぎて困る。
 でもツガイにしたいと息巻いた割には純粋な感じで良かった。
 このままベッドへ押し倒されようものなら、お父さんは泣いてしまう。

「なあ、なあ、シアン! 心の整理がついたら、すぐに教えてくれよな!」

 心の整理をする時間を与えてくれるつもりがまったくなさそうなリゼルに、僕の口からは乾いた笑いしか出なかった。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

人族は一人で生きられないらしい――獣人公爵に拾われ、溺愛されて家族になりました

よっちゃん
BL
人族がほとんど存在しない世界に、 前世の記憶を持ったまま転生した少年・レオン。 獣人が支配する貴族社会。 魔力こそが価値とされ、 「弱い人族」は守られるべき存在として扱われる世界で、 レオンは常識の違いに戸惑いながらも必死に生きようとする。 そんな彼を拾ったのは、 辺境を治める獣人公爵アルト。 寡黙で冷静、しかし一度守ると決めたものは決して手放さない男だった。 溺愛され、守られ、育てられる日々。 だが、レオンはただ守られるだけの存在で終わることを選ばない。 学院での出会い。 貴族社会に潜む差別と陰謀。 そして「番」という、深く重い絆。 レオンは学び、考え、 自分にしかできない魔法理論を武器に、 少しずつ“並び立つ覚悟”を身につけていく。 獣人と人族。 価値観も、立場も、すべてが違う二人が、 それでも選び合い、家族になるまでの物語。 溺愛×成長×異世界BL。 読後に残るのは、 「ここに居場所があっていい」と思える、あたたかな幸福。

BL 男達の性事情

蔵屋
BL
 漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。 漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。  漁師の仕事は多岐にわたる。 例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。  陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、 多彩だ。  漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。  漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。  養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。  陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。  漁業の種類と言われる仕事がある。 漁師の仕事だ。  仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。  沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。  日本の漁師の多くがこの形態なのだ。  沖合(近海)漁業という仕事もある。 沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。  遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。  内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。  漁師の働き方は、さまざま。 漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。  出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。  休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。  個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。  漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。  専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。  資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。  漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。  食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。  地域との連携も必要である。 沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。  この物語の主人公は極楽翔太。18歳。 翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。  もう一人の主人公は木下英二。28歳。 地元で料理旅館を経営するオーナー。  翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。 この物語の始まりである。  この物語はフィクションです。 この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。

僕の、しあわせ辺境暮らし

  *  ゆるゆ
BL
雪のなか僕を、ひろってくれたのは、やさしい男の子でした。 ふたりの、しあわせな辺境暮らし、はじまります! ふたりの動画をつくりました! インスタ @yuruyu0 絵もあがります YouTube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます プロフのwebサイトから飛べるので、もしよかったら!

灰かぶりの少年

うどん
BL
大きなお屋敷に仕える一人の少年。 とても美しい美貌の持ち主だが忌み嫌われ毎日被虐的な扱いをされるのであった・・・。

身代わり召喚された俺は四人の支配者に溺愛される〜囲い込まれて逃げられません〜

たら昆布
BL
間違って異世界召喚された青年が4人の男に愛される話

僕たち、結婚することになりました

リリーブルー
BL
俺は、なぜか知らないが、会社の後輩(♂)と結婚することになった! 後輩はモテモテな25歳。 俺は37歳。 笑えるBL。ラブコメディ💛 fujossyの結婚テーマコンテスト応募作です。

怒られるのが怖くて体調不良を言えない大人

こじらせた処女
BL
 幼少期、風邪を引いて学校を休むと母親に怒られていた経験から、体調不良を誰かに伝えることが苦手になってしまった佐倉憂(さくらうい)。 しんどいことを訴えると仕事に行けないとヒステリックを起こされ怒られていたため、次第に我慢して学校に行くようになった。 「風邪をひくことは悪いこと」 社会人になって1人暮らしを始めてもその認識は治らないまま。多少の熱や頭痛があっても怒られることを危惧して出勤している。 とある日、いつものように会社に行って業務をこなしていた時。午前では無視できていただるけが無視できないものになっていた。 それでも、自己管理がなっていない、日頃ちゃんと体調管理が出来てない、そう怒られるのが怖くて、言えずにいると…?

処理中です...