銀色の噛み痕

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3章

二匹目の魔物

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 リゼルが肉を食べる時に僕をジーッと見るのは、僕の肉を食べている気分になれるからだと言っていた。

「……そんなに見たって、この甘いパンじゃ僕を食べてる気にはなれないだろ?」
「そんなことない。きっとシアンは、食べたら甘い味がする」

 それこそ、そんなことない。有り得ない。
 いや、銀色の魔物にとっては、好きな相手の肉はお菓子のように甘い味がするものなのか……?

 でも三十路も近い男としては、食べたら甘い味がしそうとか言われるのは、転げ回りたいほど気恥ずかしい。
 砂糖とスパイスと素敵な何かでできた女の子じゃないんだから。
 慣れているはずのリゼルの視線も、なんだかやたらとくすぐったく感じる。

「それにしても……リゼルがこんなに甘いパンばかり買ってくるなんて、珍しいね」
「シアンと2人で食べること考えてたら、自然とこうなってた」
「そ、そう……」

 頬が熱くなる。きっと今、僕の顔は赤くなっている。
 リゼルはといえば息を吐くようにこんなことを言ってくるけど、本人は至って平然としている。

「今日はさー、どうするんだ?」
「とりあえず冒険者ギルドへ行こうかと思ってるよ」
「シアン、冒険者になるのか?」
「まさか。ちょっと調べたいことがあって……」

 幸いと言えるかはわからないけど、銀色の魔物の肉は貴重で目撃情報が共有されることはほとんどない。
 だからリゼルが言っていた、母親が殺された時に討伐隊が組まれたというのも実はかなり珍しい話だ。
 そのあたりが今回の襲撃に関係しているとしたら、少し情報を集めておきたい。

「でもギルドって、たくさん冒険者がいるんだろ? 楽しみだな。リーナとルルタ、目を輝かせて語ってたし、ホントはどんなもんか、ちょっぴり気になってたんだ」
「リゼルはお留守番だよ?」

 この世の終わりみたいな顔をされた。

「今日も一日、シアンと行動できるって、思ってたのに……」
「さすがに冒険者だらけのところに連れていけないよ! もし正体がバレたらどうするんだ」
「えー。平気だと思うけどなぁ」
「そう思ってたのに、村のみんなにバレてたじゃないか。しかもとっくに」
「そうだった……」

 リゼルは最後のパンを食べ終えて、はあーと大きな息を吐く。

「シアンも食べ終わっちゃった……」
「それ僕じゃないから」
「ホントに美味しかった」
「わかったよ。帰りにまた、買ってくるから」
「それは嬉しいけどさ、何よりシアンを一人にするのが心配なんだよ」

 僕だってリゼルを一人にするのも心配だ。
 でも……どう考えても、連れて行くよりは安全だし。

「ごめんね」
「ウン。オレ、イイコでいる。ワガママ言わないから……。帰ってきたらシアンからキスしてくれ!」
「えっ」

 それはワガママではないのか。

「ご褒美だぞ? あれだ、犬のシツケには必要なんだろ?」
「自分で犬って言わない」

 リゼルは断られることなんて少しも考えてない、キラキラした瞳で僕を見ている。
 これにダメって言える人間がいたら見てみたい。

「リゼルがイイコで待ってたらね」
「やった! シアン大好き!」

 おとといは村を追われ、昨日は手塩にかけて育てた息子にプロポーズをされた。今日はこれ以上何も起きませんようにと祈りながら、僕はリゼルを置いて宿を出るのだった。




 昨日は朦朧としててあまり気づかなかったけど、僕らが泊まっていた宿は広く綺麗で、2階から降りたところには食堂もあった。冒険者や家族連れなど、客層はかなりまばらだ。パンを買って帰る約束をしたけれど、今夜はここで食べるのもいいかもしれない。
 先払いはしてるから今日の分は平気だし、あと一泊くらいはなんとかなるはず……。
 ずっと根無し草でいるわけにもいかないし、仕事も見つけてまずは家を探さないといけないな。
 この街はちょっと近すぎるから、あとふたつくらい離れた場所のほうが落ち着けるか。またリゼルに乗って走ってもらうわけにもいかないし、馬車の予定表をもらってこよう。やることがたくさんだ。

 冒険者ギルドは大体が街の中心にあり、宿からは思ったよりも近かった。
 僕のような一般人もたくさんいるから、中へ入っても特に場違いな感じはしない。
 依頼をする側もここへ来なければならないし、情報が欲しくて集まる人間もいる。待ち合わせ場所も用意されていて、軽食がとれるスペースもある。
 僕はとりあえず飲み物を頼んでテーブルについた。

 情報を聞き出すのは、どちらかといえば得意なほう。
 僕の巧みな話術が……と言いたいところだけど、体質のおかげで相手が気を緩ませて訊いてないことまで答えてくれるだけだ。
 自分から声をかけるのは苦手なんだけど、どうするかな……。

「ねえ、貴方、今日は何か依頼をしにきたの?」

 悩みながらチビチビと桃のジュースを飲んでいると、ずいぶんと薄着の女性に声をかけられた。
 冒険者ではなさそう。相手を探しにきた夜のお姉さんという風体だ。

「はい、銀色の魔物の……」

 周りの空気がざわめいて、色が変わった気がした。

「目撃情報があるのか!?」
「どこで見た!? 襲われなかったのか!?」

 むしろ今、貴方たちに襲われてる感じなんだけど。あまり揺さぶらないでほしい。
 冒険者にもみくちゃにされて、苦しいですと言うと割とあっさり引いてくれた。

「あと、情報は持ってないです、すみません。むしろ友人のために情報を集めに……」
「なぁるほどー。悪かったな、興奮しちまって」

 僕が情報を持ってないと知ると、蜘蛛の子を散らすように戻っていく。
 でも数名は残ってくれて、お姉さんと僕を囲んでまったりとした雰囲気になっている。

「最近、めっきり数が減ってるからなあ。友人さんも頑張って探してるんだろう」
「数が減ってるんですか……?」
「ああ。だからちょっとした噂話でも、みんな飛びつくのさ。今みたいにな」

 もしかして、僕らはそのせいで目をつけられたのか。
 この感じだと噂になってる様子もなさそう……。
 情報がないという情報が得られた。それだけでも充分だ。

「はああー。銀色の魔物、喰いてえなあ。若さに魔力……」
「お前じゃ逆に喰われんのがオチだよ!」
「はははっ、ちげえねえ!」

 人間に害をなす魔物の話をしているだけ……なのに、とても、嫌な気分になった。
 今の僕はどうしたって、リゼルの側に立ってしまう。

「私だったら、銀色の魔物なんかより、貴方を食べたいけど?」

 綺麗な女性に微笑まれ、顎を指先でクイッと持ち上げられる。
 思わず、昨日の夜のことを思い出した。

 ……そうか。食べたいとか、美味しそうって、そっちの意味でも……あったな。リゼルのは完全に食欲だと思ってたから、すっぽり抜け落ちていた。

「いえ、あの。僕は……」
「貴方ならとっても安くしてあげる。むしろ、私が一緒にいたい……」

 相手が商売の女性だとわかっていても、ドキドキする。
 僕だって男だ。迫られて嬉しくないわけがない。

「オレも兄ちゃんのほうを買いたいな」
「なんだ、そっちのシュミがあんのか、お前!」
「そういうわけじゃないんだけどよ、ただ、傍にいると、なんかこー、妙にいい気分になるんだよな」
「確かに……」

 猫がひなたに集まるみたいな感じになってきてる。
 男にまで迫られるのは嫌だけど、性的なものがなければそんなに気にはならない。慣れてるから。

「あの、ありがとうございました。僕、もう行きますね」

 立ち上がって逃げると、お姉さんは少しだけ残念そうな顔をし、ターゲットを僕から集まっていた冒険者へと変えた。
 幸い需要と供給がおさまる感じで、僕はすぐに抜け出すことができた。
 あのまましつこく絡まれなくて良かった……。

 このあとは馬車の予定表貰いに行って、パン屋に寄って……。
 リゼルはイイコでお留守番してくれてるかな。

 色々と考えながらギルドを出ようとすると、すれ違った青年が僕を一瞥し、すぐつまらなさそうに呟いた。

「なんだ、もう相手がいんのか……」

 僕の何を見て、そう判断したのか。
 歯型は隠れていて、絶対に見えない。もちろんおかしな痕もついてない。
 そのまま去ろうとする青年の腕を、慌てて掴んだ。

「な、何?」

 しなやかな猫みたいな身体付き。僕よりも少し歳下だろうか。紺色の髪がさらりと揺れる。深い海みたいな色の瞳が僕の前で瞬き、動揺を浮かべていた。

「あの、もしかして……」
「待った! 貴方、こんなところで言ってはいけない単語を言おうとしてんね?」

 唇を手のひらで塞がれる。
 どう見ても人間にしか見えないけど……。もしかしたら、彼は。

「ここじゃダメなら……僕の泊まってる宿に来て話せないかな」
「浮気とか、そういう面倒ごとはごめんなんだけど」
「ち、違う! その、会ってもらいたい相手がいて……」
「余計に嫌なんだけど……」
「どうしてもダメ……?」

 僕の体質は相手をリラックスさせるとか温かい気持ちにさせたりするけど、意識してやっているわけではないので、こういう時どういうふうに引き止めたらいいのかわからない。
 僕がリゼルのように可愛らしく首を傾げて上目遣いでオネガイなんてしたところで、気持ち悪いだけのような気がするし。
 だからできるだけ必死に映るように、まっすぐ彼の目を見た。

「ッ……仕方ないなあ。でも、そういう表情は相手を誤解させるから、あんましないほうがいいよ。俺はわかってるから大丈夫だけどさ」
「えっ?」
「無自覚なの? これは、貴方の恋人はよほどヤキモキしてんだろーね」

 こ、恋人ではないんだけど。とりあえずそういうことにしておこう。どうせここでは、詳しいことは言えない。

「あの、これが……わかって、るんだよね?」

 僕は噛み痕がついている場所を、服の上からトンと叩いた。

「どこについてるのかまではわからないけどね。その認識であってると思うよ」

 やっぱり。彼は銀色の魔物……、なの、かな。
 確証はない。でもリゼルなら、見ればわかるはずだ。
 懐かしい匂いがするとか言ってたし。あと、会いたくないとも言ってた。
 …………連れて行ったら怒るかな。会いたくない理由って、今考えると多分嫉妬だよね。
 でも噛み痕も効いてるみたいだし、まあ大丈夫だろう。

 情報を掴みにきて、まさかこんな大物を釣ってしまうとは。
 僕はドキドキしながら、彼を宿屋に案内した。
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