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その後の話
ユニコーンの憂鬱
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リゼルがユニコーン退治の依頼を受けてきた。
難易度はそんなに高くないけど、何人もの冒険者が失敗している依頼だという。
こうして旅に出るまではパーティー依頼などにも参加していたリゼルだけど、今は単体のものだけだ。そして、あまり目立ちたくないという理由で、基本的には難易度の低いものばかり。
だから……。こんな依頼を請け負ってくるのは珍しい。
退治といっても本当に殺すわけではなく、生きたまま角を折ることが目的だ。
それを粉にして煎じることで万病を治す薬になると言われている。
銀色の魔物の肉と同じくとても貴重なものではあるけれど、殺してからでは薬効が得られず、逃げ足も速いため生態などは詳しく公表されている。
これだけ聞くと、難易度が高そうでは……? と、思うかもしれない。でも、攻略法が存在する。
ユニコーンは清らかで美しい乙女に弱い。そして何故かその審美眼は人間と共通している。人も魔物も、顔が整ってる者に弱いということだろうか。
「シアンがいればバッチリかなーって」
「うん。……えっ? いや、待って? 無理でしょ」
そもそも僕は女ではないし、リゼルの手によって清らかでもない。
まさか僕を依頼攻略の頭数に入れていようとは。
退治系のものに関してはいつも一人でサクサク狩っていたのに……。
「だってオレ、シアンよりキレイなヤツ、見たことないもん」
「そ、そういうアレじゃなくて」
単なる恋人同士のイチャイチャ会話としてならよくありそうなんだけど、実際に受けてきちゃってるんだよなぁ。本気なのかな、コレ。
「……まあ、逃げ足が速くても、リゼルなら追いつけるしね」
「さすがにこのままの姿じゃ厳しいぞ」
「やっぱり? じゃあ、本気で僕ならいけると思ってるんだ?」
「ウン!」
一点の曇りもないキラキラした瞳。
それを見ていると、なんだか本当にできそうな気になってくる。
……はずはない。
「性別はともかく、自分で言うのもなんだけど、清らかさが足りないと思う」
「シアンなら清らかに見える」
「見えたとしても……。その」
「大丈夫だ、わかってる。変態だし、エロエロだもんな」
「そ、そんなことはない!」
いや、いっそのこと、肯定してしまったほうが納得してくれるかも。
というか、こういう言葉を覚えてこないでほしい、切実に。
「シアンの匂いって、特別なんだよ。多分ユニコーンも、清らかかどうか判断してんのは、そこだと思うんだよな。だから、シアンならごまかせると思うって意味」
「ああ、そういう……」
つまりリゼルにとって僕はきちんと穢れていると。
それはそれで、今度は僕が納得できない感。
……まあ、いいや。
「リゼルが言うなら頑張ってみるけど、あまり期待はしないでね」
まだ一度も依頼を失敗したことがないのに、これで記録もストップだと思うと少し残念だ。
これも経験として、リゼルの成長につながればいいのだけれど。
案外、ユニコーンが見てみたいとか、そういう理由で受けたのかもしれない。
前に住んでいた大陸にはいなかったから、僕も少し見てみたい気持ちはある。
真っ白でしなやかで、タテガミもサラサラで、それはそれは幻想的だというし。
きっと綺麗なんだろうなあ。もし僕に懐いてくれるのなら、撫でたり乗ったりできるかな。
「……やっぱり、依頼、断ってこようかな」
「え? どうしたの、急に」
僕が色んな意味で乗り気になったと思ったら、リゼルがこれ。わけがわからない。
頬をふくらませて、とにかく機嫌悪そうにしている。
「シアンを乗せていいのは、オレだけだからっ!」
そこ!? 僕そんなわかりやすい顔してたのかな。
馬は望んで人間を乗せてるわけではないと思うけど……。
リゼル、僕を乗せたいの? 妬き方が可愛すぎて妙な声が出そうになる。
「あと撫でるのもオレだけにしてくれないとやだ。シアン、モフモフ好きだろ。オレ、知ってる」
「んんっ……。確かにリゼルの毛並みは素晴らしいけど、人の姿をしていても、撫でるのは好きだよ」
頬に手のひらをすべらせて優しくすりすりすると、リゼルが自分から擦りつけてきた。
「可愛くて、可愛くて、こんなに大好きだって思うのは、君だけだよ」
「んっ」
「だから、依頼はきちんとしよう? 無責任なのはよくないよ」
「ウン」
まあ……。あまり、上手くいくとも思えないんだけど。
初めから放棄するのはやっぱり違う。やるだけやってみないとね。
リゼルもさすがに、本気でやめると言っていたわけではないらしく、すぐに機嫌を直して明朝早くからユニコーン退治に出かけることになった。
なった、のだけれど。
「少しシアンの清らかさを減らしておかないと、ユニコーンに危険な目にあわされたら困る」
「ま、待って。人のこと、変態とかエロエロだとか言ったくせに」
ベッドに押し倒されて、襲われた。
僕もリゼルが大好きだし、慣らされた身体は簡単に受け入れる。物理的なことだけではなく、心も、快楽も。
だから基本的に、ほとんど拒まない。でも今日は別。
これ以上清らかさが失われたら、ますますユニコーンが寄りつかなくなるかもしれないだろ!
両腕を上にまとめて、片手で掴まれる。それだけでもう身動きが取れない。元々筋肉が多く、実際の見た目よりも重いリゼルに体重をかけられてしまうと、足も上手く動かせなくなる。
自分が非力なのはわかっているけど、こうまで容易いと男しては、やっぱり複雑。
「はは。拗ねてる顔、可愛い。あとさ、抵抗されるほうが燃えるんだよなー。狩猟本能ってヤツ? オレ、狼だから」
知ってる。そして僕もリゼルに無理矢理されるほうが好きという、上手いことハマる関係だ。
「あのね。僕はするのが嫌なワケじゃなくて……。リゼルの匂いがつきすぎたら、ユニコーンが逃げるよ?」
「大丈夫だ。多少オレの匂いがついてようと、シアンにはなつく。絶対に」
その自信はどこからくるんだよ。
尻尾を振って欲しがられたら、僕だってしたくなってしまう。
抱き合うのは気持ちいい。身体がとろける。リゼルのことが大好きって感情でいっぱいになる。これはもう、四六時中だけど。
「はあ。明日どうなっても知らないからね」
「ウン」
諦めたように力を抜くと、首筋を長くて熱い舌が這う。味見でもするようにねっとりと舐め上げられ、たまに牙が刺さる。最近ではたまに、ちゅっちゅっと吸い上げるようにもなってきた。
歯型は散々つけられていたけど、キスマークはなんだか少し照れくさい気持ちになる。
「ん、リゼル……」
服が手際よく脱がされて、素肌を大きな手のひらが撫で回す。
昔はあんなに小さくて柔らかいおててだったのに、今ではゴツゴツしていて、たまにビックリする。
もう……この手のひらにもだいぶ、慣れたはずなのにね。
指がすぐに下半身へ潜り込んで、僕の中を探る。いいところなんて秒で見つけられるほど何度もした行為。
それでもその瞬間は身体が強ばる。それに……。
「今日は、奥まで……ダメだから」
「えーっ。しないと満足できないカラダなくせに。どうせ最後はシアンから、シテシテって言うぞ」
「言わないよ!」
僕の中がリゼルでいっぱいになる。浅くても、動かなくても、それだけで気持ちがいい。
だから明日のことを考えたら、奥で吐き出してもらう必要はない。
まあ、中には出してもらったほうが、僕の身体的には元気になるんだけど。
……せ、性的な意味じゃなくてだよ。
そうして僕らは、清らかさの欠片もない濃密な時間を過ごした。
奥までシテとねだったかどうかに関しては、黙秘権を貫きたい。
街で食料を補充してから向かおうと、噴水前の広場にあるお弁当屋で美味しそうなものを選んでいたら、リゼルが急に僕の後ろに隠れた。
「どうしたの、リゼル」
「昨日、ギルドでオレにイヤミ言ってきた女がいる……」
「ええ?」
リゼルとは少し歳が離れていそうだけど、結構な美人だ。
かなり派手で露出の高い鎧を着ている。お腹とか丸出しなんだけど、あれは鎧の役目をはたしてるのかな。
その女性はこちらを……正確にはリゼルを、ジッと睨んでいる。
イヤミを言われたってそれ、誘いをかけられて断ったからじゃないよな。
リゼルはまだ少しあどけなさが残るけど、カッコイイし。というか、僕にとっては世界一カッコイイ。
「ちょっと、貴方……」
足早に近づきながら、声をかけてきた。
思わず身構える。リゼルは僕の後ろでビクッと身体を震わせた。
女性は僕の頭から爪先までを、舐めるようにジロジロと見た。
「これが自慢の恋人だって?」
値踏みをされているような気がする……。
やっぱりこれは、自分と僕を比べてるんだろうか。
「確かにかなりイイわね。こんなガキとだなんてもったいない。ねえ、アナタ、アタシとどう?」
想像とは違う感じだった。むしろ僕が誘われているような気がする。
「何言ってんだ。シアンはオレのだから絶対にダメ! 昨日は、お前みたいなガキにこの依頼が達成できるわけない、ってバカにしたくせに!」
……なるほど。推測でしかないけど、リゼルのことだから依頼を請けながら無邪気に恋人自慢でも始めて、失敗した女性のプライドを傷つけたってところか。
「アタシみたいな美女でもダメだったのよ? 最初に優しく忠告してあげただけでしょうが」
清らかさが足りてなかったのでは。とは、さすがに言えない。
それを言うなら僕だって全然だし、正直なところ自信はまったくない。
昨夜だって結局、散々……。いや、思い出さずにおこう。
「大体この人、男じゃないの。さすがに無理でしょ、ユニコーン退治は」
「シアンは動物に懐かれやすい魔なしだからな。絶対にいける」
「でもユニコーンよ? それくらいでごまかされるとは思えない。確かに……かなり、上質な魔力が漏れ出してるけど」
本当、リゼルのこの自信はどこからくるんだろ。動物の本能的な何かなのかな。
2人は水と油みたいな感じで、僕を挟んで唸り合っている。
リゼルは基本的には人間が大好きだから、こんなふうに敵意を向けているのは久しぶりに見るかも。
彼は相変わらず、僕のことになると狭量だ。
「そもそもオレは、今まで依頼を失敗したことはない」
それは難易度の低い依頼しか、請けてないから……。
まあ、僕はリゼルなら高いのでも余裕でこなせるって思ってるけど。
「もしそっちのお兄さんが上手いこと懐かせたとしたってねえ……。アンタが出てったら速攻で逃げられるわよ。まあ、失敗して泣きながら帰ってきなさい。笑ってあげるから。フフフッ」
すでに笑いながらそう言って、女性は背を向けて去っていった。
背中も目のやり場に困るくらい露出度が高い。薄く短いスパッツがムチムチした太ももを強調していた。
……あの姿で行ったのなら、それこそユニコーンは裸足で逃げ出す気がする。馬だから元々裸足だろうというのは置いといて。
「む、ムカツク……!! 絶対に成功させてやる!」
頑張るの僕なんだけど。そして、成功する気もしないんだけど。
ここはリゼルの動物としての勘を信じるしかない。
「いざとなったら追っかけて喉笛に喰らいついて……」
「やめなよ。その……。可哀想だし、噛むなら……僕に、しておきなよ」
「シアンのことは、そんなに強くは噛まないぞ」
「たまになら構わないのに」
「噛まないって」
リゼルは僕の頬にむちゅっとキスをした。
「キスならするけど」
ここお弁当屋さんの前ですけど。
うう。男前になりすぎだ。恥ずかしくて、キスされた頬を手のひらで押さえた。
「お騒がせしてスミマセン。あの、これください」
「シアンは魚か。オレは肉がいい。肉。血の滴るようなステーキが入ってるヤツ」
まだ怒りが醒めやらないらしく、リゼルは肉を噛みたそうに歯をガチリと鳴らす。
「ははは。仲いいねえ。兄弟で?」
幸い、ふざけあってるだけにでも見えたのだろう、そう言ったお店のおじさんに、リゼルは僕の肩を抱きながら恋人! と答えた。
リゼルの背が僕より高くなったことで犯罪っぽさは格段に減ったけど、それでも年齢が離れているのは見てわかる外見だ。……と、僕は思っている。
どんな酷い目で見られるかと思ったけど、おじさんの様子は終始好意的だった。
「そっちのお兄ちゃんは美人だもんな。羨ましい限りだ」
「だろー?」
「でも弁当だからな。ステーキはあってもよく焼いてあるんだ。ほらどうぞ」
「えーっ! 替わりにオマケして、オマケ。生肉でもいいから」
「傷むからダメだって。しかたねえなあ。オマケはしといてやる」
「ヤッター! オジサン、アリガト!」
大袈裟にバンザーイしてる。可愛い。
オマケでクロワッサンをつけてもらってほくほくのリゼル。
空気をよくするシアンが隣にいると、成功しやすいんだよなと言って笑った。
こういうとこ、昔からあざといっていうか、上手いっていうか。僕の体質を最大限利用できているのは、僕よりリゼルのほうかもしれない。
ちょっとしたいざこざはあったけど無事にお弁当とオマケまでゲットした僕らは、ピクニック気分で街を出るのだった。
ピクニック気分……。というのも、目的地が綺麗な湖だから。
そのほとりにユニコーンが現れて周囲の草を食み、木陰で穏やかに休んでいくらしい。
人前に姿を見せることが少ないので、幻獣とも呼ばれる真っ白で美しい姿。きっと、相当に幻想的な光景だろう。
「おおー。すげー、透き通ってる。オレ、こんな綺麗な湖、初めて見た」
「僕もだよ」
ほとりにしゃがんで、水を手ですくってみる。
「飲めるかな?」
横からひょっこりリゼルが顔を出してそう訊いてきた。
返事をする前に手のひらに口を近づけてきたので、慌てて水を解放する。
隙間から落ちた雫が広い湖にちゃぽんと波紋を残した。
「うーん。生水はそのまま飲まないほうがいいかも」
でもリゼルは獣だし、こういう水を飲むのは本来普通のことなのかもしれない。
人間の姿でいる時間のほうがずっと長いから錯覚しそうになるけど。
「なんかすっげー透明で、美味しそうに見えるんだよな……。シアンみたい」
「美味しそうイコール僕になってるよね、リゼルは」
「ははっ、そうかも」
綺麗な景色を見ては、シアンみたいに綺麗だ、とかもよく言う。
僕はその度、ドキドキする。慣れることは一生ない気がする。
でも。そうだな。この水の色は僕の髪色にも近いから、本日はリゼルの言い分も少しわかる。
「どうせ人前に姿を見せないなら、ずっと隠れてればいいのにな」
「ユニコーンだってたまにはのんびり、癒やされたいでしょ」
リゼルは自分を重ねているのかもしれない。
人の姿は見せてるけど、変身はまず解かない。どうしてもというなら、僕の前でだけ。
ユニコーンがどんなに美しかろうと、彼の銀色の毛並みには勝てないだろう。
彼の魔物姿を見せたくないなと思うのは、正体がバレると危険だからということもあるけど、きっと独占欲が多分にある。
ああ、久しぶりに……撫でたいなあ。全身、くまなく。
「シアンー。そういう顔してたら、ユニコーンも寄ってこないぞ」
「ッ、違うから! というか、どんな顔?」
思わず自分の両頬を手で挟んだ。少し熱くなってる。
どちらかというとモフ欲だったんだけど、僕の中では性欲に直結してるとか? 変態みたいじゃないか、そんなの。
「そ、それはともかく……。本当に現れるのかな……。リゼルが強そうだから、姿も見せないかも」
「うーん。確かにそうだな。オレは隠れていたほうがいいかもなー。でもシアンの傍は離れがたいし」
僕を抱きしめて、ギューッ、スリスリしていて、離れようという様子はまったくない。
「じゃあ、さっきオマケしてもらったクロワッサンでも食べてようか」
お腹が空いていたらしく、リゼルは顔を輝かせた。
早朝に出てきたから、何も食べて来なかったしな。僕も結構、お腹が空いてる。
ユニコーン退治の依頼を受けた人々が駆け回っていたからか、湖周辺はそこかしこに踏み荒らされた形跡がある。そのまま座ったら濡れてしまいそうだったので、僕らは木陰へと移動した。
「最近は暑くなってきたけど、ここはだいぶ涼しいね。木陰に入ると少し寒いくらいだ」
「まだ朝だからなぁ。暑くなってきたら、泳ぐのも気持ち良さそうだ」
「さっき触ったけど、水、かなり冷たかったよ。泳ぐのはちょっとキツくないかな」
「そっかー。気温ならなんとかなるんだけどなー」
リゼルは残念そうに唇を尖らせている。
それも香り立つクロワッサンを前に、すぐ笑顔へと変わった。
「いい匂い! すげー美味しそー!!」
「焼き立てだったんだろうね。いいタイミングで買いに行けて良かった」
綺麗な景色を前に、リゼルと2人でパンを食べる。
依頼だってことはわかってるけど、なんだか本当にピクニックみたいだ。
2人で楽しくパンを食べていると、リゼルの背がピンと伸びた。
「生き物の気配だ。多分、馬……。野生の馬って可能性もあるけどな。水場だし」
でも僕らは依頼を受けてここに来ているのだし、ユニコーンである確率のほうが高いはず。
リゼルもそう思っているんだろう、空気が張りつめている。
「……姿、現さないね」
「やっぱ、オレがいるからか」
僕ではダメだったと考えるほうが無難な気もするけど。
「こっちから近づいてみる?」
「ゆ、誘惑するのか?」
「その言い方やめて」
というか、僕にそれをさせるつもりで連れて来てるのに、何を今更。
できれば懐柔って言ってくれ……。
「撫でたらダメだぞ」
「撫でるよ。撫でてほしそうにしてたら」
そこまでショックを受けた顔をしなくても。
「オレ、ヤダって言ったのに」
「でもリゼルも撫でたくない? 動物好きだろ」
特に馬には思い入れがあるらしく、厩舎にいることも多い。
「だって絶対オレには撫でさしてくれねーもん……」
これは……実は僕が羨ましいだけでは……。
「仲良しできたら、きっとリゼルが触っても平気になるよ」
「ホントか?」
確信はないけど、僕の力が効く相手であれば、動物などはリゼルに怯えなくなったりもする。おそらく僕の中にリゼルの魔力が混ざっているからだと推測してる。
ただ今回は……。僕でも懐いてもらえるかが謎だからな。
性別から違う上に、清らかでもない……。
「なら、オレ気配がするほうとは逆の茂みにコッソリ隠れてるな!」
期待の視線が重い。ダメだったらあとでいっぱいリゼルを撫でてあげよう。逃げられて傷ついた僕の心も癒やされる。
さて。リゼルが隠れたのは向こうだから、ユニコーンはあっちか……。
僕にはなんてことない森の入り口に見える。
エメラルドのように綺麗な緑が風に吹かれ、朝日を浴びてキラキラと光る美しい光景ではあるけれど。
本当に……いるのかな。驚かせてしまうといけないから、ゆっくり、足音を立てないように近づいていく。
視線の先で、何かが動いた気がした。
更に進む? それとも待つ?
とりあえずこちらに敵意がないことは伝えたい。
敵意はなくても角を折るから、騙すみたいでちょっと申し訳ないな……。
「君の憩いの場所に来ちゃってごめんね。よかったら僕たちと一緒に過ごさない?」
人の言葉を解するのかどうかわからなかったけど、話しかけてみた。
慣れないとはいえ、なんだこのナンパでもするかのような台詞は。もう少し何か上手いこと言えなかったのか。
まあ僕は男だから、スルーされても当然なんだけど。
……すぐに逃げ出さないってことは、迷ってくれてる……ってことかな。
これで実は野ウサギでしたとかいったら、恥ずかしさが限界値を越えてしまう。
期待と高揚、羞恥心を入り混じらせながらジッと待っていると、今度はハッキリと草が揺れる音が聞こえて、真っ白い綺麗な馬がこちらを窺うようにおずおずとした様子で姿を現した。
凄い、大きい……! 神々しいって、きっとこういうことを言うんだ。
村に現れたとしたら神だと祀り上げられてもおかしくない美しさだ。
頭の上にはユニコーンの象徴である大きな角が生えている。
図鑑でしか見たことなかったけど、ひんやりして滑らかで触り心地が良さそう。
ユニコーンは無言で僕に近づいて、嬉しそうに鼻先を擦り寄せた。
これは、懐いてくれたって思っても良さそう?
「木陰の方へ行く? 水を飲む?」
言葉が通じているのか、視線で木陰のほうを示した。
「あのね、僕の……息子も、いるんだけど、仲良くしてくれると嬉しいなあ」
背中を撫でてみると、気持ち良さそうに目を細めた。
リゼルのモフモフ感とは違うけど、たとえるものが出てこないくらいすべすべしている。摩擦をまったく感じさせず、手のひらがとろけてしまいそう。ずっと撫で続けていたくなる。
これに頬を押し当てたら、どれだけ気持ちがいいだろう……。
一緒に木陰のほうへ歩いていって腰をおろすと、ユニコーンも僕の近くでゆっくりと膝を折った。
「リゼル、大丈夫そうだよ。出ておいで」
名前を呼ぶと、今では僕より高くなった背を縮めるようにしながら、抜き足差し足で登場した。
きっと少しでも威圧感を減らせるように頑張ってるんだ。可愛すぎる。
ユニコーンは少しだけビクッと身体を震わせたけど、鼻から長く息を吐き出して頭を垂れた。
良かった。逃げないみたいだ。リゼルもホーッと息を吐き出した。
「お、おおー……。凄いな。真っ白……。真っ白な馬だ。綺麗だなー!」
素直な称賛に、ユニコーンは満更でもなさそう。
リゼルは全身で好意を表すし、無意識にミラーリングもしている。相手に好かれる行動を素でとっている。
それでも肉食動物ではあるから、さすがにユニコーンも怯えはするかなと思ったけど……。割と、リラックスしてるな。
「撫でてもいいか? これ、美味しい草だ。オレ、草はキライなんだけどなー。これだけは香ばしい味がして結構好きなんだ」
しかも、いつの間にか賄賂まで用意してるし。
仲良くなりたい気持ちがこっちまで伝わってきて微笑ましい。
ユニコーンはふんふんと匂いを嗅ぐと、リゼルの手から草を食べて、ペッと吐き出した。
「ああっ!」
ショックをうけて悲しそうな顔をするリゼル。
……ダメだ。笑っちゃいけないってわかってるんだけど、おかしすぎる。
「に、肉食なリゼルとは、好みがあまり、あわないと思うよ」
「そっか。そうだな……」
「でも撫でさせてはくれるみたい。ほら。頭を誘うように揺らしてる」
「やったー! すべすべ! 気持ちー。顔も凛々しい! タテガミはフワッフワだな」
僕も触ってみる。本当にフワフワだ。たんぽぽの綿毛みたい。
ユニコーンはおとなしく、僕らに身を任せている。
「パンは? パンは食べるか?」
「人間の食べ物を与えるのは良くないんじゃないかな。ああ、でもリゼルも色々と食べるし……平気なのかな」
飼育すると弱って死んでしまう生き物なので、公表されている生態はあくまで自然環境下でのものだ。
「ニンジンとか、買ってくれば良かったね」
「そうだな。オレたちの餌ばっかだった」
ん。そういえば、採取した薬草がそのままになってたな。
ユニコーン退治の依頼、報酬高かったから、角を貰うお礼としてあげるのも有りか。
「この薬草はどうかな」
「ゲー。オレ、それすっげーキライ」
「だからこそ、ユニコーンは好きかもしれないだろ」
近づけてみると、匂いも嗅がずに食べた。美味しそうに食んでいる。
「ほら」
「ホントだ。オレもやる」
当初の目的を忘れて、僕らはユニコーンとの触れ合いをたっぷり楽しんだ。
お昼寝したり、お昼ごはんを一緒に食べたり、背中に乗せてもらったり。
清らかではないからさすがに背中は無理かなと思ったけど、僕もリゼルも気前よく乗せてくれた。
僕らはすっかり仲良くなった。
……角を折るとか、もう可哀想でできない気持ちなんだけど、リゼルはどうなんだろ。
「リゼル、依頼なんだけど」
「あっ……」
これはリゼルも忘れてたな。
ユニコーンはつぶらなクリッとしたおめめで、こちらを見ている。
こんなの、無理だよ。無理に決まってる。
「でもオレは、失敗するわけにはいかないんだ」
「友達を傷つけるリゼルなんて、らしくないよ。依頼のほうが大事だなんて、そんな子に育てた覚えはない」
「う、うぐっ……。シアンにそう言われると弱いんだけどさ。とりあえず、本人に訊いてみようぜ」
確かに、それからでも遅くはないか。人間の爪みたいに、切っても痛みのないものかもしれないし……。
「ユニコーンくん、その。僕たち、角がほしいんだけど、少し切らせてもらうことはできるかな?」
なんだか嫌そうにしてる気がする。
そうだよね。痛い痛くないは別としても、この美しい角が折れて平たくなってたら、アンバランスでカッコよさも薄れるだろうし……。僕らで言うと、服を脱げとでも言われているようなものかもしれない……。
痛くはないけど、裸は人には見せたくないもんな。リゼル以外には。
「どうしても、どうしてもダメか? オレには、どうしても角が必要なんだ。お礼にオレの肉をやるから。お前が食べて効果があるかはわかんないけど、多分、角も早く生えるかもだし、身体の悪いとこもよくなるかも!」
リゼル……。そうまでして失敗したくないのか。
昨日なんて、やっぱり依頼やめようかなとまで言ってたのに。
まあ、あれは冗談だったみたいだし、僕も無責任なのはよくないって言ったし……。それに、失敗したらあの女性にまた馬鹿にされるからっていうのもあるのかもなあ。
でもだからって、リゼルの身体を傷つけるのは僕が許せない。
「リゼルが自分の身体を差し出すくらいなら、僕のをあげる」
「何言ってんだ! それならオレが食いた……いや、別にユニコーンは、シアンの肉なんて食いたくないだろ!」
「そ、そんなのわからないだろ」
2人で同時にユニコーンを見やると、ヤレヤレと言った様子で身を横たえていた。それを見て少し冷静になった。
「……そもそもユニコーンは草食だから、どっちの肉も食べたくないよね」
「……それもそうだな」
こんな会話をしていても逃げ出さないのは、僕らが無理矢理角を折ったりしないという信頼があるからだろうし、その信頼を裏切りたくはない。
「こんなに立派な角だもの。切られたくなくて当然だよ」
いたわるように、優しく撫でる。ツルツルしていて気持ちがいい。
先のほうは尖っていて、きっとコレは武器にもなる。身を守るすべを奪うのはよくない。
「シアン、その撫で方やらしいぞ」
「やら……っ!? なんてこと言うんだ、君は」
とはいえ、言われてみれば確かにやらしい撫で方だった気もして、思わず手を離した。
しかも僕、立派とか……言ったし……。いや、何も、そう……そういう意味に取るのがおかしいんであって。
ヒュッと耳の傍を風が掠め、鈍い音と共にユニコーンの足から血が吹き出た。苦しそうな吐息と苦悶の表情に手を伸ばす。
リゼルはそんな僕を庇うように抱きしめた。
「クソッ。矢の届く位置まで接近に気づかないなんて油断しすぎた」
そのまま立て続けに飛んできた矢を、短剣で難なく払い落とす。
おそらく、かなり距離があった……。先程ユニコーンの足に刺さった矢はそんなに深くはない。回復魔法を使えるリゼルなら、これくらいはすぐに治せる。
こんな時、戦えない、守れないのがとてもつらくなる。
一応リゼルに作ってもらった発火弾は持ってるけど、これは投げつけても熱ッ! というくらいの効果しかないし。
でも……。まあ、大丈夫そうかな。
さっきのはマグレかというくらい矢の命中精度は悪く、数は多いもののほとんどが見当違いな方向へ飛んでいく。
きっとそんなに強くはない。リゼルの相手にもならないだろう。
しばらく攻撃を続けた後、焦れたのか、それとも矢がなくなったのか、敵が姿を現した。
わかりやすい盗賊スタイル……。いや、密猟者かもしれない。
数は5人。どうりで矢の数だけは多いはずだ。
「なんだ。ユニコーンが懐いてるから、どんな美女かと思えば男じゃねえか。これは清らかっていうのも怪し」
べらべら喋りだしたリーダーらしき男の腹を、リゼルが目にも止まらない速さで走って殴る。舌を噛んだのか、潰れたカエルのような呻き声が上がった。
慌てて武器を構える他の敵も、右を蹴り一発、左を火魔法で燃やし、後ろにいた敵はナイフで指を切断する。狙ったんだとしたら精度は先程の矢の比じゃない。最後の一体は逃げようとしたその背を拾ったと思われる矢で刺した。本当にアッと言う間だった。
強いのはわかってたけど、ここまで強さに差があると敵が可哀想になってくるレベルだ。しかも喋ってる途中だったし。
リゼルは地面に転がった盗賊たちを、僕らが休んでいた木に縄で縛りつけた。
字面だけならアッサリしたものに思えるけど、実際はかなり惨憺たる状態だ。ある者は顔が酷い火傷で息も苦しそうだし、腹を押さえながら口から血を流していたり、片手の指がすべてなかったり……。いてぇよぉ……と、聞くに堪えない悲鳴が聞こえてくる。
「やっちまえ! って出てくりゃいいのに悠長に話してて、お前らのリーダーはバカなのか?」
ごもっともすぎて。
前ならともかく、最近では外見で侮られることも減ってきてたしな……。
湖のほとりでユニコーンと戯れながら、いちゃいちゃしてるバカップルだとでも思われた可能性はある。彼らもまさか、こんなことになるとは思ってもみなかっただろう。
「シアン、ユニコーンの傷は?」
「そんなに酷くないよ。……その人たちに比べれば、全然」
「あのな、オレにとってはシアンを傷つけようとする奴らは死んで当然だからな。お前が嫌がるから殺さないだけだ」
僕が押さえていた傷口を軽く見てから、リゼルは回復魔法を使った。
「毒とか塗ってなかったみたいで良かった。まだ痛むか?」
ユニコーンが首を振る。しかし、このユニコーン、中々に豪胆だ。あの鬼神の如きリゼルを見ても怯えないなんて。
強いってだけじゃなくて、容赦がないというか残酷なんだよな。
「さて、それじゃあ、次はコイツらだな……」
「ひっ……! 許してください、もうしませんから!」
こちらはすっかり怯えきっている。リゼルの言葉は、次はコイツらを回復してやろうって意味だったんだけど、もちろんそんなふうには微塵も捉えられていない。
回復魔法をかけられてもなお、許してくださいを連呼したり、何か呪いでもかけられたような悲鳴を上げていた。
「切った指は生えてこないし、火傷の痕も残るだろうけどな、これは罰だ。オレたちが弱かったら、命を奪うつもりだったろう」
「そ、そんなことは……ヒィッ、そ、そうです……」
「どうしてこんなことをしたのか言え」
男たちは口々に経緯を話し始めた。
このあたりにユニコーンが出没するという噂を聞いたこと。
清らかな乙女ならば冒険者と言えど、そんなに強くはなさそうだから横から戦利品を奪いやすく、ついでに純潔も奪ってしまおうという下衆な考えでいたこと。ちっとも角を折ろうとしない僕らに焦れて、油断してそうだし5人がかりならユニコーンもろともなんとかなるのではと遠方から風魔法を乗せた一撃を放ったこと。
他にも、さすがにそこまで正直に言わなくても……ということまで話し続けた。
リゼルに怯えすぎて正常な判断ができなくなってるのかもしれない。
あとで警備兵に捕まえてもらうことにして、彼らにはとりあえず眠ってもらった。魔法ではなく、物理で。
やっぱりコイツら、殺したほうがいいなというリゼルの低い呟きにより、殴る前から半分くらい意識を失っていたけど。
昔と違って変な言い訳を作る必要もない。リゼルが強いっていうだけで済むのは楽でいい。
それに僕から見ても、この盗賊たちは腕が立つほうじゃなかったから、リゼル一人で倒したとしても違和感はそんなにないだろう。傍目的には僕も数にカウントされるし。実際にはなんの役にも立たないけど。……応援役で……。
「へへっ。惚れ直したか?」
「うん。カッコ良かったよ」
えげつないまでに手加減なしの攻撃を繰り出してたけど僕も慣れたもので、今ではそれこそ恋する乙女のようにカッコイイーってウットリできるようになっている。前は正直、少し引いてた。
「人間はヒドイよなー。でも、こんなヤツばっかじゃないからな。シアン見ればわかるよな?」
リゼルがそう話しかけると、何が癇に障ったのかユニコーンが角でリゼルの膝を刺した。
「い、痛ーッ! や、やっぱ怒ったのか? オレたちのせいじゃないのに……」
「僕らが来たせいで痛い目にあったように感じたのかもしれないね」
それとも、さりげなくノロケられたのが嫌だったのか……。
攻撃してきたと捉えた僕たちだったけど、どうやらそういうわけではなかったらしい。ユニコーンは否定するように、首を横に振った。
「ん? なんか違うみたいだよ」
「角……。もしかして、角を折っていいのか? 回復したオレイ?」
ユニコーンは今度は少し渋めの顔をしながら、コクコクと頷いた。
言葉が通じなくてもしぐさや、ちょっとした表情でなんとなく通じるものだな。
「良かったね、リゼル」
「ああ!」
僕とリゼルは顔を見合わせて笑って、手を取り合って喜んだ。
「ありがとなー! あっ。オレが角をくれるなら肉をやるって言ったから、膝を刺したのか? 少しいるか?」
嫌そうにしてるのを見て、リゼルは違うのかーって首をひねっている。
でも角はくれるらしい。
「角、平たくなっちゃうけど、本当に大丈夫? 一年は元の長さには戻らないらしいよ」
僕はもうすっかり情が移っていて申し訳なさから何度か確認したけれど、ユニコーンの決意は変わらないようだった。
角を折られたユニコーンは同じ湖には立ち寄らなくなるというから……会えることも、もうないかもしれない。それも寂しい。
リゼルが見ていなかったら、頬に親愛のキスくらいしたいところだ。
かわりに撫でると、愛情を示すようにすりっと擦りつけてくれた。
「じゃあ切るぞ。痛みがあるなら嫌でもオレの血を飲んでくれよな。効果あるかわかんないけど」
リゼルがナイフを構える。僕は少しでも恐怖が和らぐよう、その身体に手のひらを触れさせていた。
一閃。それはそれは綺麗に、斬られた相手がそれに気づかないんじゃないかというくらい、スパッと切断された。
空中に放り出された角をリゼルが掴み取って掲げる。
「折れても綺麗な角だな。きちんと尖ったのが生えてくるのかな。痛くないか?」
角を折られた姿は見られたくないとでも言うように、ユニコーンは僕らに背を向けて駆け出した。
一瞥もくれない。名残りを惜しむこともしない。
取り残された気分になって、そっと指先を伸ばした。けれどそこに体温はなく、ただ空を掻くだけ。
「ろくなお礼もできなかったな。血も舐めていかなかったし」
角で刺されたという膝を見ると、ズボンが破け肉はえぐれ、中々にエグいことになっていた。
「シアン、舐めるか?」
「な、舐めないよ! というか、痛そう……大丈夫なの?」
「あんまり大丈夫じゃないな。それほど角を折られんのが嫌だったってことだろうな」
リゼルが角を手の上で転がし、キュッと強く握り締めた。
「なのに……。オレたちにくれたんだ。足くらい、どうってことない」
「どうってことある。早く回復して。見てるほうが痛い」
「でもこれは、ケジメっていうか」
「見られてるわけでもないのに。僕はリゼルが痛いのは嫌だよ」
「じゃあ、舐めて。そしたら痛くなくなるから」
熱っぽい視線。直視できないくらいの傷痕を舐めろとリゼルが言う。
肌に触れると熱が出ているのか、いつもよりも熱かった。
「僕が舐めたら、どうなるかわかってるくせに」
「ウン。興奮も、してて。傷つけられることなんて、最近はそうないしな」
「……やっぱり、ダメ! 無理! 痛そうすぎる!」
骨まで見えそうな勢いなんだよ? こんなところに口をつけられるわけがない。まだ僕がリゼルに肉を少し食べられるほうがいい。
「なんだ。意気地がねぇなあー。まっ、いいか」
単に僕に舐めさせたかっただけなのか、ケジメはどこへやらアッサリ回復魔法を使った。
ただ、凄くしんどそうに溜息をついている。
「ちょっと魔力を使いすぎた」
「あ……。だから、僕に舐めてって……」
「いや、それは単なるオレのシタゴコロだ」
正直だな! こういうところが、リゼルのいいとこではあるんだけど。少しくらい誤魔化してもいいんだ。僕だって言い訳ができるほうが、素直になれることもあるし。
「オレさ、思ったんだよ。これはユニコーンのシンボルとも言えるモノだろ?」
「なくても神々しさは変わらないだろうけど……。まあ、なければただの白い馬、みたいには見えるね……」
「だからオレにとって、チンコがなくなるみたいなもんじゃないかって。すなわち、オトコのシンボル。姿を見られたくなくて走り去ったのも、膝をえぐったのも頷ける話だろ?」
「チ……、い、いやいや……。待って、さすがにそれはない。ココ切られるとか、想像しただけでヒュンってするよ」
「シアンでもヒュンってするのか」
予想外のツッコミが返ってきた。
「するよ。僕だって男なんだから」
「メスみたいに抱かれてるのに?」
「……リゼルが、そういうふうに、したんだろ……」
「やべ。さっきより、すげーエロイことしたくなってきた」
もういっそのこと、もげてたほうが良かったんじゃないかな!?
今日一日、色々あったのに、リゼルのチンコ発言に全部もってかれてしまった。
ユニコーンとの綺麗な思い出が……。全部チン……。いや、よそう。跡を濁さず立ち去った後ろ姿だけを覚えておこう。
僕らはまっすぐ街へ戻り、まずは警備兵に盗賊のことを報告し、その後冒険者ギルドへ。
リゼルはシアンが酔っぱらいにナンパされそうで嫌だからと言って、僕がギルドへ行くのを嫌がる。それなら僕だって、リゼルのことだって心配だ。
でも……。僕がからまれているのを見たリゼルが暴れないかという不安のほうが勝っているので、いつもおとなしくお留守番をしている。
「じゃあ、先に宿へ帰ってるから」
特に今回はユニコーンを懐かせた『男』ということで注目をあびそうだったから、ギルド前で別れるつもりでいた。
依頼を請ける時に恋人自慢してそう疑惑もあるからなぁ……。
そんな中の依頼達成報告。想像しただけでいたたまれない。
「え。シアンのおかげで依頼が達成できたのにか?」
だけど珍しくリゼルのほうから引き留めてきた。手柄を独り占めするようで抵抗があったのかもしれない。
……それか、僕を見せびらかしたいか。
それで何かあれば妬くクセに、リゼルはこういうとこある。
「確かにきっかけは僕かもしれないけど、ユニコーンが角をあげようとしたのはリゼルにだよ。だからいいんだ」
「そのきっかけがなければ、貰えることもなかったろ」
「名誉の負傷までしたんだ。称賛は君だけが受けるべき」
「えー……」
唇を尖らせてはいるけど、強引に連れて行こうとはしない。
僕を見せたくない気持ちも存在しているからだろう。
ここはもう、さっさと帰ってしまおう。
「リゼルが宿に戻ってきたら、たくさんナデナデしてあげるね。それじゃ」
未練がありそうな顔をこれ以上は見ないように踵を返すと、街を出る前、難癖をつけてきた女性が立っていた。
僕らの会話を耳にしてしまったような顔をしている。恥ずかしすぎて死ぬ。
「ずいぶんと仲がよろしいこと」
違うんだ。違う。僕のナデナデっていうのは、そういうアレでは。モフモフ欲的なモノなんだ。
「あっ、お前は……! そうだぞ、オレとシアンは仲良しで、お前の入る隙間なんてないんだからな!」
リゼルが僕を後ろから盛大にハグしながら、フーッと唸る。
「それはもういいのよ。失敗してへこんでる顔を見てやろうと思って近づいただけだし」
どうやら会話の最初のほうは聞こえてなかったらしい。言い合っている姿が、失敗して揉めているようにでも見えたのかもしれない。
「なんだ。依頼なら成功したぞ?」
「なんですって!? どうやったって、あんなの追いつけないでしょ……」
逃げられることが前提か。その速さを知っているってことは、この人はものの見事に逃げられたんだろうな。
「そもそも逃げられなかったからな。なー? 背中に乗せてももらったもんなー」
「う、うん、まあ……」
僕を挟んで言い合いするの、やめてくれないかな。
逃げたくてもリゼルがかっちりホールドしてるので、身動きすら取れない。
「そんな、男に負けるなんて……」
よほどショックだったのか、女性はよろよろと数歩後退った。
「あの、でもほとんど僕の力じゃなくて、リゼルが身体を張ったからで」
「貴方にならともかく、こんなヤることしか考えてなさそうな男にも負けたってワケ!?」
「失礼なヤツだな。食うことも寝ることも考えてるぞ!」
三大欲求に忠実すぎるよリゼル。
そんなことばかり考えてるわけじゃない、とは返さないんだな……。
「フッ……。どうせニセモノでしょ。ニセモノ」
「ちょうど達成報告するとこだから、疑うなら一緒に来ればいい。じゃ、シアン、ちょっと行ってくるな」
「えっ……。あっ、やっ、やっぱり僕も行く!」
「なんだ、急に」
露出度の高い女性と連れ添って報告に行くのを黙って見守れるわけないだろ。リゼルの馬鹿。
「来てくれんのは嬉しいけど、ちゃんとナデナデもしてくれるか?」
「し、してあげるよ。してあげるから……」
可愛いけど、今その話題を出されるのは恥ずかしすぎる。
「あーあ。ごちそうさま。ほら、さっさと行くわよ。そんなことじゃ誤魔化されないんだから」
「ったく、疑い深ぇなあー」
リゼルは女性に先導されるようにして、僕の手を引いた。
今は自分が妬く側だと思ってるから僕の嫉妬には気づいてないと思う。それでもこういうことを、無意識でやってのける。こういうとこだよ、本当……。
はあ。行くつもりなんてなかったのに。
でもまあ、たまには依頼達成して喜ぶリゼルの姿を見るのもいいかもな。
この女性が呆気に取られる様も見てみたくはあるし。
久しぶりに冒険者ギルドへ入る緊張も、握られた手のおかげでだいぶ薄れた。
妙な組み合わせだからか、かなり注目を浴びていて恥ずかしい。
依頼達成報告の受付にいたのは女性だった。こちらに気づくと表情をパアッと明るくしてリゼルの名前を呼んだ。
顔、覚えられてるのか。やっぱりモテるよなぁ。いい男だもん。
こういう可愛いお嬢さんをお嫁さんに連れてきて、僕が喜ぶ未来もあったのかなぁ……。
なんか、今ではもう想像もできない。
「おーっ。ナターシャ! きちんと達成してきたぞ、依頼!」
「まあ! 例の素晴らしい女神様のおかげで?」
待って。待って。まさか、その女神様というのは僕のことじゃないよな。
「失敗続きで本当に困ってたんです! 例の湖は観光場所でもありますし。そろそろ暑くなりますしぃ……」
「喜んでくれてオレも嬉しい。ほら、これユニコーンの角だ」
「はい! それでは確認いたしますね」
受付さんはニコッと笑って虫眼鏡のようなものを出して片目につけた。
肩まであるピンク色の髪に白のベレー帽。ずいぶんと若く見えるけど手つきはかなり慣れている。達成報告担当の受付は、多岐に渡る知識と資格が必要だというから、よほど勉強したのだろう。
でも彼女は角を一通りぐるっと見て、すぐに溜息をついた。
「これは、ちょっと……」
「え、なんか変か?」
ナターシャというらしい担当受付嬢は、困ったような表情を浮かべている。それを見て、女性冒険者がフフンと嘲笑した。
「ほら見なさい。やっぱりニセモノなんじゃないの」
「ホンモノだぞ!」
僕が保証したところで証拠もないけど、僕も声を張り上げて言いたい。本物だと。
「これ、薄青くて少し透明なんですけど、本来は真っ白なだけなんです。凄く状態がいいとこうなると聞きますが、私では判断が難しくて」
「ホンモノだって。ユニコーンの背にも乗せてもらったし、角だって、くれるって言われてから切ったんだぜ」
「えっ。背中にですか……!? 少しズボンを見せてください」
受付嬢は身を乗り出して、リゼルのズボンの際どいあたりに触れた。
僕も慌てたけど、リゼルはもっと慌てたらしい。傍にいた僕にギュッとしがみついてきた。
「お、おい」
「ユニコーンの毛がズボンの繊維に混じってますね。お兄さんのズボンにも……。もしかして、貴方が女神様ですか?」
「いや、僕は……」
くっ……。やっぱり僕のことだったのか。
奇異の目ではなく、キラキラした目で見てくれるだけ、まだマシかもしれない。
「それに凄く信用できる気がしてきました! これは本物ですね!」
「やったー!」
それでいいのか、それで。僕の力に流されちゃってないか。
まあ実際、本物だからいいんだけど……。
「ありがとうございました。今、報酬をお持ちします」
踵を返そうとしたナターシャ嬢を、女冒険者が引き留める。
「待ちなさいよ! 貴女の鑑定では難しかったのに、そんな簡単に……。女神も何も、この人、男でしょう!?」
「要はユニコーンが懐けばいいので……。それに、彼は魔なしの方ですよね? しかも相当な魔力を身体に貯め込んでますよ。納得です。本当に女神様ですよ!」
興奮したのか、後半の声はかなり大きくて、僕はギルドにいる人から、女神……女神だってよ……とヒソヒソされて、もうその場で倒れてしまうかと思った。
やっぱり先に帰ってれば良かった。いや、それだと信じてもらえなかったかもしれないから、結果的にはコレが正解か。
「なら、ギルドの前で揉めていたのはなんだったの!?」
「あれは、シアンが行きたくないって言うから……」
「こういう視線に曝されるのが嫌だったんだよ……」
僕が顔を覆って言うと、女性もようやく納得したらしく、ああ……と低く唸って短い謝罪と共に頭を下げた。
ようやく謝罪の言葉が聞けたリゼルはふんぞり返ってこれでもかというほどドヤ顔をしていた。
そこへ、ちょうどギルドの責任者も帰ってきて、ユニコーンの角は完全に本物のお墨付きを貰うことができた。僕らは実に清々しい気分で、その場を後にしたのだった。
最後まで女神様と言われ続けたのだけは、勘弁してほしかった。
「はあぁー。もう、なんだよ、女神って! リゼル、どんなふうに依頼を受けたの?」
「文句を言いながらも、ナデナデしてくれるシアンが好き」
ベッドへ座った僕の膝に頭を乗せながら、リゼルが幸せそうに喉を鳴らした。返事になってないし、反省の色はまったくない。
「どうせデリカシーがないことでも言ったんだろ。だから、あの冒険者の女性に、あんなふうに絡まれてたんだ」
「あっ。なんだよー。向こうの肩を持つのかよ。受付で失敗の多い依頼ですけどって念を押されたから、心が誰よりも清らかなツレがいるから大丈夫だって言っただけだ」
「……本当にそれだけ?」
「まあ、あとはちょっと、ノロケたかな……。女神みたいに美人で優しいとか。オレにとっては簡単すぎる依頼だなとか」
リゼルの声が、だんだん小さくなっていった。
「今、考えると、ちょっとオレも悪かったかも。この依頼書、新しく貼られたばっかでさ、失敗したヤツも近くにいたんだろうし」
「それだよ……」
「でもな、オレ、どうしても受けたかったんだよ、この依頼。だから信用させるため、色々と大袈裟に言ってたのもあるんだ」
そういえば、初めに思ったっけ。
リゼルが受けるにしては珍しい依頼だなって。
「あっ、オレにとっては大袈裟でもなんでもなく、全部本当だけどな!」
僕が黙り込んだのをどう捉えたのか、必死に言い訳をするリゼルの髪を優しくすいた。
「それで……。どうしてそんなに受けたかったの? この依頼」
「シアンも知っての通り、金が良かったってのもあるけど、失敗が相次いだおかげで報酬にコレが追加されててさ」
そう言ってリゼルは、小さな紙包みを懐から出した。
何か小さく文字が書かれている。
「えっ、これ……。ユニコーンの煎じ薬!?」
「そ。シアン、こっちの大陸来てから一度すげぇ風邪を引いただろ?」
「リゼルに物凄い心配かけちゃったアレか……」
「あの時はもー、本当に死ぬかと思った。シアンがっていうか、オレが! だからこれ、絶対に欲しくて!」
依頼を失敗したくないというだけで、友達になったユニコーンの角を折る……。これもリゼルらしくないとは思ってたけど、僕のためだったというなら頷ける。
ああー……。今、全部が腑に落ちた感じがする。
僕はリゼルのおかげで基本的に健康だから、きっと本当にビックリしたんだろうな。
あの時は熱で朦朧としながらも、リゼルのほうが死にそう……って思ってたし。
「ありがとうリゼル」
頭を屈めてリゼルの額に、ちゅっとキスをする。
「ん。こっち」
トントンと自分の唇を指で指し示している。
おねだりが可愛くて次は頬に、顎にと焦らしてみたら、引き寄せられて唇が重なり、そのままベッドへ押し倒されてしまった。
「もうナデナデはいいの?」
「キスのがいい」
相変わらず、僕の全部を食べ尽くすようなキスをする。
それが嫌ではないし、むしろ食べられたい。
「ん。んん……。リゼル……」
「あ。でも別の場所はナデナデしてほしいかな」
「ふふ……どこ?」
「ああ。オレの角! シアン、あれ撫でてんのすっげーやらしかったからさー! オレ、あの場で勃っちまうかと思った」
甘い雰囲気が完全に霧散した。
いや、いいんだけど。そこを撫でてあげるつもりだったんだけど。でもね、言い方ってものがあると思うんだ。
どうしてこう、どこかオヤジ臭いのか。
満面の笑顔は相変わらず、可愛いくてしかたないんだけどさ。
僕はリゼルのそこをゆっくりと撫でながら、角を失くしたユニコーンの憂鬱を憂うのだった。
難易度はそんなに高くないけど、何人もの冒険者が失敗している依頼だという。
こうして旅に出るまではパーティー依頼などにも参加していたリゼルだけど、今は単体のものだけだ。そして、あまり目立ちたくないという理由で、基本的には難易度の低いものばかり。
だから……。こんな依頼を請け負ってくるのは珍しい。
退治といっても本当に殺すわけではなく、生きたまま角を折ることが目的だ。
それを粉にして煎じることで万病を治す薬になると言われている。
銀色の魔物の肉と同じくとても貴重なものではあるけれど、殺してからでは薬効が得られず、逃げ足も速いため生態などは詳しく公表されている。
これだけ聞くと、難易度が高そうでは……? と、思うかもしれない。でも、攻略法が存在する。
ユニコーンは清らかで美しい乙女に弱い。そして何故かその審美眼は人間と共通している。人も魔物も、顔が整ってる者に弱いということだろうか。
「シアンがいればバッチリかなーって」
「うん。……えっ? いや、待って? 無理でしょ」
そもそも僕は女ではないし、リゼルの手によって清らかでもない。
まさか僕を依頼攻略の頭数に入れていようとは。
退治系のものに関してはいつも一人でサクサク狩っていたのに……。
「だってオレ、シアンよりキレイなヤツ、見たことないもん」
「そ、そういうアレじゃなくて」
単なる恋人同士のイチャイチャ会話としてならよくありそうなんだけど、実際に受けてきちゃってるんだよなぁ。本気なのかな、コレ。
「……まあ、逃げ足が速くても、リゼルなら追いつけるしね」
「さすがにこのままの姿じゃ厳しいぞ」
「やっぱり? じゃあ、本気で僕ならいけると思ってるんだ?」
「ウン!」
一点の曇りもないキラキラした瞳。
それを見ていると、なんだか本当にできそうな気になってくる。
……はずはない。
「性別はともかく、自分で言うのもなんだけど、清らかさが足りないと思う」
「シアンなら清らかに見える」
「見えたとしても……。その」
「大丈夫だ、わかってる。変態だし、エロエロだもんな」
「そ、そんなことはない!」
いや、いっそのこと、肯定してしまったほうが納得してくれるかも。
というか、こういう言葉を覚えてこないでほしい、切実に。
「シアンの匂いって、特別なんだよ。多分ユニコーンも、清らかかどうか判断してんのは、そこだと思うんだよな。だから、シアンならごまかせると思うって意味」
「ああ、そういう……」
つまりリゼルにとって僕はきちんと穢れていると。
それはそれで、今度は僕が納得できない感。
……まあ、いいや。
「リゼルが言うなら頑張ってみるけど、あまり期待はしないでね」
まだ一度も依頼を失敗したことがないのに、これで記録もストップだと思うと少し残念だ。
これも経験として、リゼルの成長につながればいいのだけれど。
案外、ユニコーンが見てみたいとか、そういう理由で受けたのかもしれない。
前に住んでいた大陸にはいなかったから、僕も少し見てみたい気持ちはある。
真っ白でしなやかで、タテガミもサラサラで、それはそれは幻想的だというし。
きっと綺麗なんだろうなあ。もし僕に懐いてくれるのなら、撫でたり乗ったりできるかな。
「……やっぱり、依頼、断ってこようかな」
「え? どうしたの、急に」
僕が色んな意味で乗り気になったと思ったら、リゼルがこれ。わけがわからない。
頬をふくらませて、とにかく機嫌悪そうにしている。
「シアンを乗せていいのは、オレだけだからっ!」
そこ!? 僕そんなわかりやすい顔してたのかな。
馬は望んで人間を乗せてるわけではないと思うけど……。
リゼル、僕を乗せたいの? 妬き方が可愛すぎて妙な声が出そうになる。
「あと撫でるのもオレだけにしてくれないとやだ。シアン、モフモフ好きだろ。オレ、知ってる」
「んんっ……。確かにリゼルの毛並みは素晴らしいけど、人の姿をしていても、撫でるのは好きだよ」
頬に手のひらをすべらせて優しくすりすりすると、リゼルが自分から擦りつけてきた。
「可愛くて、可愛くて、こんなに大好きだって思うのは、君だけだよ」
「んっ」
「だから、依頼はきちんとしよう? 無責任なのはよくないよ」
「ウン」
まあ……。あまり、上手くいくとも思えないんだけど。
初めから放棄するのはやっぱり違う。やるだけやってみないとね。
リゼルもさすがに、本気でやめると言っていたわけではないらしく、すぐに機嫌を直して明朝早くからユニコーン退治に出かけることになった。
なった、のだけれど。
「少しシアンの清らかさを減らしておかないと、ユニコーンに危険な目にあわされたら困る」
「ま、待って。人のこと、変態とかエロエロだとか言ったくせに」
ベッドに押し倒されて、襲われた。
僕もリゼルが大好きだし、慣らされた身体は簡単に受け入れる。物理的なことだけではなく、心も、快楽も。
だから基本的に、ほとんど拒まない。でも今日は別。
これ以上清らかさが失われたら、ますますユニコーンが寄りつかなくなるかもしれないだろ!
両腕を上にまとめて、片手で掴まれる。それだけでもう身動きが取れない。元々筋肉が多く、実際の見た目よりも重いリゼルに体重をかけられてしまうと、足も上手く動かせなくなる。
自分が非力なのはわかっているけど、こうまで容易いと男しては、やっぱり複雑。
「はは。拗ねてる顔、可愛い。あとさ、抵抗されるほうが燃えるんだよなー。狩猟本能ってヤツ? オレ、狼だから」
知ってる。そして僕もリゼルに無理矢理されるほうが好きという、上手いことハマる関係だ。
「あのね。僕はするのが嫌なワケじゃなくて……。リゼルの匂いがつきすぎたら、ユニコーンが逃げるよ?」
「大丈夫だ。多少オレの匂いがついてようと、シアンにはなつく。絶対に」
その自信はどこからくるんだよ。
尻尾を振って欲しがられたら、僕だってしたくなってしまう。
抱き合うのは気持ちいい。身体がとろける。リゼルのことが大好きって感情でいっぱいになる。これはもう、四六時中だけど。
「はあ。明日どうなっても知らないからね」
「ウン」
諦めたように力を抜くと、首筋を長くて熱い舌が這う。味見でもするようにねっとりと舐め上げられ、たまに牙が刺さる。最近ではたまに、ちゅっちゅっと吸い上げるようにもなってきた。
歯型は散々つけられていたけど、キスマークはなんだか少し照れくさい気持ちになる。
「ん、リゼル……」
服が手際よく脱がされて、素肌を大きな手のひらが撫で回す。
昔はあんなに小さくて柔らかいおててだったのに、今ではゴツゴツしていて、たまにビックリする。
もう……この手のひらにもだいぶ、慣れたはずなのにね。
指がすぐに下半身へ潜り込んで、僕の中を探る。いいところなんて秒で見つけられるほど何度もした行為。
それでもその瞬間は身体が強ばる。それに……。
「今日は、奥まで……ダメだから」
「えーっ。しないと満足できないカラダなくせに。どうせ最後はシアンから、シテシテって言うぞ」
「言わないよ!」
僕の中がリゼルでいっぱいになる。浅くても、動かなくても、それだけで気持ちがいい。
だから明日のことを考えたら、奥で吐き出してもらう必要はない。
まあ、中には出してもらったほうが、僕の身体的には元気になるんだけど。
……せ、性的な意味じゃなくてだよ。
そうして僕らは、清らかさの欠片もない濃密な時間を過ごした。
奥までシテとねだったかどうかに関しては、黙秘権を貫きたい。
街で食料を補充してから向かおうと、噴水前の広場にあるお弁当屋で美味しそうなものを選んでいたら、リゼルが急に僕の後ろに隠れた。
「どうしたの、リゼル」
「昨日、ギルドでオレにイヤミ言ってきた女がいる……」
「ええ?」
リゼルとは少し歳が離れていそうだけど、結構な美人だ。
かなり派手で露出の高い鎧を着ている。お腹とか丸出しなんだけど、あれは鎧の役目をはたしてるのかな。
その女性はこちらを……正確にはリゼルを、ジッと睨んでいる。
イヤミを言われたってそれ、誘いをかけられて断ったからじゃないよな。
リゼルはまだ少しあどけなさが残るけど、カッコイイし。というか、僕にとっては世界一カッコイイ。
「ちょっと、貴方……」
足早に近づきながら、声をかけてきた。
思わず身構える。リゼルは僕の後ろでビクッと身体を震わせた。
女性は僕の頭から爪先までを、舐めるようにジロジロと見た。
「これが自慢の恋人だって?」
値踏みをされているような気がする……。
やっぱりこれは、自分と僕を比べてるんだろうか。
「確かにかなりイイわね。こんなガキとだなんてもったいない。ねえ、アナタ、アタシとどう?」
想像とは違う感じだった。むしろ僕が誘われているような気がする。
「何言ってんだ。シアンはオレのだから絶対にダメ! 昨日は、お前みたいなガキにこの依頼が達成できるわけない、ってバカにしたくせに!」
……なるほど。推測でしかないけど、リゼルのことだから依頼を請けながら無邪気に恋人自慢でも始めて、失敗した女性のプライドを傷つけたってところか。
「アタシみたいな美女でもダメだったのよ? 最初に優しく忠告してあげただけでしょうが」
清らかさが足りてなかったのでは。とは、さすがに言えない。
それを言うなら僕だって全然だし、正直なところ自信はまったくない。
昨夜だって結局、散々……。いや、思い出さずにおこう。
「大体この人、男じゃないの。さすがに無理でしょ、ユニコーン退治は」
「シアンは動物に懐かれやすい魔なしだからな。絶対にいける」
「でもユニコーンよ? それくらいでごまかされるとは思えない。確かに……かなり、上質な魔力が漏れ出してるけど」
本当、リゼルのこの自信はどこからくるんだろ。動物の本能的な何かなのかな。
2人は水と油みたいな感じで、僕を挟んで唸り合っている。
リゼルは基本的には人間が大好きだから、こんなふうに敵意を向けているのは久しぶりに見るかも。
彼は相変わらず、僕のことになると狭量だ。
「そもそもオレは、今まで依頼を失敗したことはない」
それは難易度の低い依頼しか、請けてないから……。
まあ、僕はリゼルなら高いのでも余裕でこなせるって思ってるけど。
「もしそっちのお兄さんが上手いこと懐かせたとしたってねえ……。アンタが出てったら速攻で逃げられるわよ。まあ、失敗して泣きながら帰ってきなさい。笑ってあげるから。フフフッ」
すでに笑いながらそう言って、女性は背を向けて去っていった。
背中も目のやり場に困るくらい露出度が高い。薄く短いスパッツがムチムチした太ももを強調していた。
……あの姿で行ったのなら、それこそユニコーンは裸足で逃げ出す気がする。馬だから元々裸足だろうというのは置いといて。
「む、ムカツク……!! 絶対に成功させてやる!」
頑張るの僕なんだけど。そして、成功する気もしないんだけど。
ここはリゼルの動物としての勘を信じるしかない。
「いざとなったら追っかけて喉笛に喰らいついて……」
「やめなよ。その……。可哀想だし、噛むなら……僕に、しておきなよ」
「シアンのことは、そんなに強くは噛まないぞ」
「たまになら構わないのに」
「噛まないって」
リゼルは僕の頬にむちゅっとキスをした。
「キスならするけど」
ここお弁当屋さんの前ですけど。
うう。男前になりすぎだ。恥ずかしくて、キスされた頬を手のひらで押さえた。
「お騒がせしてスミマセン。あの、これください」
「シアンは魚か。オレは肉がいい。肉。血の滴るようなステーキが入ってるヤツ」
まだ怒りが醒めやらないらしく、リゼルは肉を噛みたそうに歯をガチリと鳴らす。
「ははは。仲いいねえ。兄弟で?」
幸い、ふざけあってるだけにでも見えたのだろう、そう言ったお店のおじさんに、リゼルは僕の肩を抱きながら恋人! と答えた。
リゼルの背が僕より高くなったことで犯罪っぽさは格段に減ったけど、それでも年齢が離れているのは見てわかる外見だ。……と、僕は思っている。
どんな酷い目で見られるかと思ったけど、おじさんの様子は終始好意的だった。
「そっちのお兄ちゃんは美人だもんな。羨ましい限りだ」
「だろー?」
「でも弁当だからな。ステーキはあってもよく焼いてあるんだ。ほらどうぞ」
「えーっ! 替わりにオマケして、オマケ。生肉でもいいから」
「傷むからダメだって。しかたねえなあ。オマケはしといてやる」
「ヤッター! オジサン、アリガト!」
大袈裟にバンザーイしてる。可愛い。
オマケでクロワッサンをつけてもらってほくほくのリゼル。
空気をよくするシアンが隣にいると、成功しやすいんだよなと言って笑った。
こういうとこ、昔からあざといっていうか、上手いっていうか。僕の体質を最大限利用できているのは、僕よりリゼルのほうかもしれない。
ちょっとしたいざこざはあったけど無事にお弁当とオマケまでゲットした僕らは、ピクニック気分で街を出るのだった。
ピクニック気分……。というのも、目的地が綺麗な湖だから。
そのほとりにユニコーンが現れて周囲の草を食み、木陰で穏やかに休んでいくらしい。
人前に姿を見せることが少ないので、幻獣とも呼ばれる真っ白で美しい姿。きっと、相当に幻想的な光景だろう。
「おおー。すげー、透き通ってる。オレ、こんな綺麗な湖、初めて見た」
「僕もだよ」
ほとりにしゃがんで、水を手ですくってみる。
「飲めるかな?」
横からひょっこりリゼルが顔を出してそう訊いてきた。
返事をする前に手のひらに口を近づけてきたので、慌てて水を解放する。
隙間から落ちた雫が広い湖にちゃぽんと波紋を残した。
「うーん。生水はそのまま飲まないほうがいいかも」
でもリゼルは獣だし、こういう水を飲むのは本来普通のことなのかもしれない。
人間の姿でいる時間のほうがずっと長いから錯覚しそうになるけど。
「なんかすっげー透明で、美味しそうに見えるんだよな……。シアンみたい」
「美味しそうイコール僕になってるよね、リゼルは」
「ははっ、そうかも」
綺麗な景色を見ては、シアンみたいに綺麗だ、とかもよく言う。
僕はその度、ドキドキする。慣れることは一生ない気がする。
でも。そうだな。この水の色は僕の髪色にも近いから、本日はリゼルの言い分も少しわかる。
「どうせ人前に姿を見せないなら、ずっと隠れてればいいのにな」
「ユニコーンだってたまにはのんびり、癒やされたいでしょ」
リゼルは自分を重ねているのかもしれない。
人の姿は見せてるけど、変身はまず解かない。どうしてもというなら、僕の前でだけ。
ユニコーンがどんなに美しかろうと、彼の銀色の毛並みには勝てないだろう。
彼の魔物姿を見せたくないなと思うのは、正体がバレると危険だからということもあるけど、きっと独占欲が多分にある。
ああ、久しぶりに……撫でたいなあ。全身、くまなく。
「シアンー。そういう顔してたら、ユニコーンも寄ってこないぞ」
「ッ、違うから! というか、どんな顔?」
思わず自分の両頬を手で挟んだ。少し熱くなってる。
どちらかというとモフ欲だったんだけど、僕の中では性欲に直結してるとか? 変態みたいじゃないか、そんなの。
「そ、それはともかく……。本当に現れるのかな……。リゼルが強そうだから、姿も見せないかも」
「うーん。確かにそうだな。オレは隠れていたほうがいいかもなー。でもシアンの傍は離れがたいし」
僕を抱きしめて、ギューッ、スリスリしていて、離れようという様子はまったくない。
「じゃあ、さっきオマケしてもらったクロワッサンでも食べてようか」
お腹が空いていたらしく、リゼルは顔を輝かせた。
早朝に出てきたから、何も食べて来なかったしな。僕も結構、お腹が空いてる。
ユニコーン退治の依頼を受けた人々が駆け回っていたからか、湖周辺はそこかしこに踏み荒らされた形跡がある。そのまま座ったら濡れてしまいそうだったので、僕らは木陰へと移動した。
「最近は暑くなってきたけど、ここはだいぶ涼しいね。木陰に入ると少し寒いくらいだ」
「まだ朝だからなぁ。暑くなってきたら、泳ぐのも気持ち良さそうだ」
「さっき触ったけど、水、かなり冷たかったよ。泳ぐのはちょっとキツくないかな」
「そっかー。気温ならなんとかなるんだけどなー」
リゼルは残念そうに唇を尖らせている。
それも香り立つクロワッサンを前に、すぐ笑顔へと変わった。
「いい匂い! すげー美味しそー!!」
「焼き立てだったんだろうね。いいタイミングで買いに行けて良かった」
綺麗な景色を前に、リゼルと2人でパンを食べる。
依頼だってことはわかってるけど、なんだか本当にピクニックみたいだ。
2人で楽しくパンを食べていると、リゼルの背がピンと伸びた。
「生き物の気配だ。多分、馬……。野生の馬って可能性もあるけどな。水場だし」
でも僕らは依頼を受けてここに来ているのだし、ユニコーンである確率のほうが高いはず。
リゼルもそう思っているんだろう、空気が張りつめている。
「……姿、現さないね」
「やっぱ、オレがいるからか」
僕ではダメだったと考えるほうが無難な気もするけど。
「こっちから近づいてみる?」
「ゆ、誘惑するのか?」
「その言い方やめて」
というか、僕にそれをさせるつもりで連れて来てるのに、何を今更。
できれば懐柔って言ってくれ……。
「撫でたらダメだぞ」
「撫でるよ。撫でてほしそうにしてたら」
そこまでショックを受けた顔をしなくても。
「オレ、ヤダって言ったのに」
「でもリゼルも撫でたくない? 動物好きだろ」
特に馬には思い入れがあるらしく、厩舎にいることも多い。
「だって絶対オレには撫でさしてくれねーもん……」
これは……実は僕が羨ましいだけでは……。
「仲良しできたら、きっとリゼルが触っても平気になるよ」
「ホントか?」
確信はないけど、僕の力が効く相手であれば、動物などはリゼルに怯えなくなったりもする。おそらく僕の中にリゼルの魔力が混ざっているからだと推測してる。
ただ今回は……。僕でも懐いてもらえるかが謎だからな。
性別から違う上に、清らかでもない……。
「なら、オレ気配がするほうとは逆の茂みにコッソリ隠れてるな!」
期待の視線が重い。ダメだったらあとでいっぱいリゼルを撫でてあげよう。逃げられて傷ついた僕の心も癒やされる。
さて。リゼルが隠れたのは向こうだから、ユニコーンはあっちか……。
僕にはなんてことない森の入り口に見える。
エメラルドのように綺麗な緑が風に吹かれ、朝日を浴びてキラキラと光る美しい光景ではあるけれど。
本当に……いるのかな。驚かせてしまうといけないから、ゆっくり、足音を立てないように近づいていく。
視線の先で、何かが動いた気がした。
更に進む? それとも待つ?
とりあえずこちらに敵意がないことは伝えたい。
敵意はなくても角を折るから、騙すみたいでちょっと申し訳ないな……。
「君の憩いの場所に来ちゃってごめんね。よかったら僕たちと一緒に過ごさない?」
人の言葉を解するのかどうかわからなかったけど、話しかけてみた。
慣れないとはいえ、なんだこのナンパでもするかのような台詞は。もう少し何か上手いこと言えなかったのか。
まあ僕は男だから、スルーされても当然なんだけど。
……すぐに逃げ出さないってことは、迷ってくれてる……ってことかな。
これで実は野ウサギでしたとかいったら、恥ずかしさが限界値を越えてしまう。
期待と高揚、羞恥心を入り混じらせながらジッと待っていると、今度はハッキリと草が揺れる音が聞こえて、真っ白い綺麗な馬がこちらを窺うようにおずおずとした様子で姿を現した。
凄い、大きい……! 神々しいって、きっとこういうことを言うんだ。
村に現れたとしたら神だと祀り上げられてもおかしくない美しさだ。
頭の上にはユニコーンの象徴である大きな角が生えている。
図鑑でしか見たことなかったけど、ひんやりして滑らかで触り心地が良さそう。
ユニコーンは無言で僕に近づいて、嬉しそうに鼻先を擦り寄せた。
これは、懐いてくれたって思っても良さそう?
「木陰の方へ行く? 水を飲む?」
言葉が通じているのか、視線で木陰のほうを示した。
「あのね、僕の……息子も、いるんだけど、仲良くしてくれると嬉しいなあ」
背中を撫でてみると、気持ち良さそうに目を細めた。
リゼルのモフモフ感とは違うけど、たとえるものが出てこないくらいすべすべしている。摩擦をまったく感じさせず、手のひらがとろけてしまいそう。ずっと撫で続けていたくなる。
これに頬を押し当てたら、どれだけ気持ちがいいだろう……。
一緒に木陰のほうへ歩いていって腰をおろすと、ユニコーンも僕の近くでゆっくりと膝を折った。
「リゼル、大丈夫そうだよ。出ておいで」
名前を呼ぶと、今では僕より高くなった背を縮めるようにしながら、抜き足差し足で登場した。
きっと少しでも威圧感を減らせるように頑張ってるんだ。可愛すぎる。
ユニコーンは少しだけビクッと身体を震わせたけど、鼻から長く息を吐き出して頭を垂れた。
良かった。逃げないみたいだ。リゼルもホーッと息を吐き出した。
「お、おおー……。凄いな。真っ白……。真っ白な馬だ。綺麗だなー!」
素直な称賛に、ユニコーンは満更でもなさそう。
リゼルは全身で好意を表すし、無意識にミラーリングもしている。相手に好かれる行動を素でとっている。
それでも肉食動物ではあるから、さすがにユニコーンも怯えはするかなと思ったけど……。割と、リラックスしてるな。
「撫でてもいいか? これ、美味しい草だ。オレ、草はキライなんだけどなー。これだけは香ばしい味がして結構好きなんだ」
しかも、いつの間にか賄賂まで用意してるし。
仲良くなりたい気持ちがこっちまで伝わってきて微笑ましい。
ユニコーンはふんふんと匂いを嗅ぐと、リゼルの手から草を食べて、ペッと吐き出した。
「ああっ!」
ショックをうけて悲しそうな顔をするリゼル。
……ダメだ。笑っちゃいけないってわかってるんだけど、おかしすぎる。
「に、肉食なリゼルとは、好みがあまり、あわないと思うよ」
「そっか。そうだな……」
「でも撫でさせてはくれるみたい。ほら。頭を誘うように揺らしてる」
「やったー! すべすべ! 気持ちー。顔も凛々しい! タテガミはフワッフワだな」
僕も触ってみる。本当にフワフワだ。たんぽぽの綿毛みたい。
ユニコーンはおとなしく、僕らに身を任せている。
「パンは? パンは食べるか?」
「人間の食べ物を与えるのは良くないんじゃないかな。ああ、でもリゼルも色々と食べるし……平気なのかな」
飼育すると弱って死んでしまう生き物なので、公表されている生態はあくまで自然環境下でのものだ。
「ニンジンとか、買ってくれば良かったね」
「そうだな。オレたちの餌ばっかだった」
ん。そういえば、採取した薬草がそのままになってたな。
ユニコーン退治の依頼、報酬高かったから、角を貰うお礼としてあげるのも有りか。
「この薬草はどうかな」
「ゲー。オレ、それすっげーキライ」
「だからこそ、ユニコーンは好きかもしれないだろ」
近づけてみると、匂いも嗅がずに食べた。美味しそうに食んでいる。
「ほら」
「ホントだ。オレもやる」
当初の目的を忘れて、僕らはユニコーンとの触れ合いをたっぷり楽しんだ。
お昼寝したり、お昼ごはんを一緒に食べたり、背中に乗せてもらったり。
清らかではないからさすがに背中は無理かなと思ったけど、僕もリゼルも気前よく乗せてくれた。
僕らはすっかり仲良くなった。
……角を折るとか、もう可哀想でできない気持ちなんだけど、リゼルはどうなんだろ。
「リゼル、依頼なんだけど」
「あっ……」
これはリゼルも忘れてたな。
ユニコーンはつぶらなクリッとしたおめめで、こちらを見ている。
こんなの、無理だよ。無理に決まってる。
「でもオレは、失敗するわけにはいかないんだ」
「友達を傷つけるリゼルなんて、らしくないよ。依頼のほうが大事だなんて、そんな子に育てた覚えはない」
「う、うぐっ……。シアンにそう言われると弱いんだけどさ。とりあえず、本人に訊いてみようぜ」
確かに、それからでも遅くはないか。人間の爪みたいに、切っても痛みのないものかもしれないし……。
「ユニコーンくん、その。僕たち、角がほしいんだけど、少し切らせてもらうことはできるかな?」
なんだか嫌そうにしてる気がする。
そうだよね。痛い痛くないは別としても、この美しい角が折れて平たくなってたら、アンバランスでカッコよさも薄れるだろうし……。僕らで言うと、服を脱げとでも言われているようなものかもしれない……。
痛くはないけど、裸は人には見せたくないもんな。リゼル以外には。
「どうしても、どうしてもダメか? オレには、どうしても角が必要なんだ。お礼にオレの肉をやるから。お前が食べて効果があるかはわかんないけど、多分、角も早く生えるかもだし、身体の悪いとこもよくなるかも!」
リゼル……。そうまでして失敗したくないのか。
昨日なんて、やっぱり依頼やめようかなとまで言ってたのに。
まあ、あれは冗談だったみたいだし、僕も無責任なのはよくないって言ったし……。それに、失敗したらあの女性にまた馬鹿にされるからっていうのもあるのかもなあ。
でもだからって、リゼルの身体を傷つけるのは僕が許せない。
「リゼルが自分の身体を差し出すくらいなら、僕のをあげる」
「何言ってんだ! それならオレが食いた……いや、別にユニコーンは、シアンの肉なんて食いたくないだろ!」
「そ、そんなのわからないだろ」
2人で同時にユニコーンを見やると、ヤレヤレと言った様子で身を横たえていた。それを見て少し冷静になった。
「……そもそもユニコーンは草食だから、どっちの肉も食べたくないよね」
「……それもそうだな」
こんな会話をしていても逃げ出さないのは、僕らが無理矢理角を折ったりしないという信頼があるからだろうし、その信頼を裏切りたくはない。
「こんなに立派な角だもの。切られたくなくて当然だよ」
いたわるように、優しく撫でる。ツルツルしていて気持ちがいい。
先のほうは尖っていて、きっとコレは武器にもなる。身を守るすべを奪うのはよくない。
「シアン、その撫で方やらしいぞ」
「やら……っ!? なんてこと言うんだ、君は」
とはいえ、言われてみれば確かにやらしい撫で方だった気もして、思わず手を離した。
しかも僕、立派とか……言ったし……。いや、何も、そう……そういう意味に取るのがおかしいんであって。
ヒュッと耳の傍を風が掠め、鈍い音と共にユニコーンの足から血が吹き出た。苦しそうな吐息と苦悶の表情に手を伸ばす。
リゼルはそんな僕を庇うように抱きしめた。
「クソッ。矢の届く位置まで接近に気づかないなんて油断しすぎた」
そのまま立て続けに飛んできた矢を、短剣で難なく払い落とす。
おそらく、かなり距離があった……。先程ユニコーンの足に刺さった矢はそんなに深くはない。回復魔法を使えるリゼルなら、これくらいはすぐに治せる。
こんな時、戦えない、守れないのがとてもつらくなる。
一応リゼルに作ってもらった発火弾は持ってるけど、これは投げつけても熱ッ! というくらいの効果しかないし。
でも……。まあ、大丈夫そうかな。
さっきのはマグレかというくらい矢の命中精度は悪く、数は多いもののほとんどが見当違いな方向へ飛んでいく。
きっとそんなに強くはない。リゼルの相手にもならないだろう。
しばらく攻撃を続けた後、焦れたのか、それとも矢がなくなったのか、敵が姿を現した。
わかりやすい盗賊スタイル……。いや、密猟者かもしれない。
数は5人。どうりで矢の数だけは多いはずだ。
「なんだ。ユニコーンが懐いてるから、どんな美女かと思えば男じゃねえか。これは清らかっていうのも怪し」
べらべら喋りだしたリーダーらしき男の腹を、リゼルが目にも止まらない速さで走って殴る。舌を噛んだのか、潰れたカエルのような呻き声が上がった。
慌てて武器を構える他の敵も、右を蹴り一発、左を火魔法で燃やし、後ろにいた敵はナイフで指を切断する。狙ったんだとしたら精度は先程の矢の比じゃない。最後の一体は逃げようとしたその背を拾ったと思われる矢で刺した。本当にアッと言う間だった。
強いのはわかってたけど、ここまで強さに差があると敵が可哀想になってくるレベルだ。しかも喋ってる途中だったし。
リゼルは地面に転がった盗賊たちを、僕らが休んでいた木に縄で縛りつけた。
字面だけならアッサリしたものに思えるけど、実際はかなり惨憺たる状態だ。ある者は顔が酷い火傷で息も苦しそうだし、腹を押さえながら口から血を流していたり、片手の指がすべてなかったり……。いてぇよぉ……と、聞くに堪えない悲鳴が聞こえてくる。
「やっちまえ! って出てくりゃいいのに悠長に話してて、お前らのリーダーはバカなのか?」
ごもっともすぎて。
前ならともかく、最近では外見で侮られることも減ってきてたしな……。
湖のほとりでユニコーンと戯れながら、いちゃいちゃしてるバカップルだとでも思われた可能性はある。彼らもまさか、こんなことになるとは思ってもみなかっただろう。
「シアン、ユニコーンの傷は?」
「そんなに酷くないよ。……その人たちに比べれば、全然」
「あのな、オレにとってはシアンを傷つけようとする奴らは死んで当然だからな。お前が嫌がるから殺さないだけだ」
僕が押さえていた傷口を軽く見てから、リゼルは回復魔法を使った。
「毒とか塗ってなかったみたいで良かった。まだ痛むか?」
ユニコーンが首を振る。しかし、このユニコーン、中々に豪胆だ。あの鬼神の如きリゼルを見ても怯えないなんて。
強いってだけじゃなくて、容赦がないというか残酷なんだよな。
「さて、それじゃあ、次はコイツらだな……」
「ひっ……! 許してください、もうしませんから!」
こちらはすっかり怯えきっている。リゼルの言葉は、次はコイツらを回復してやろうって意味だったんだけど、もちろんそんなふうには微塵も捉えられていない。
回復魔法をかけられてもなお、許してくださいを連呼したり、何か呪いでもかけられたような悲鳴を上げていた。
「切った指は生えてこないし、火傷の痕も残るだろうけどな、これは罰だ。オレたちが弱かったら、命を奪うつもりだったろう」
「そ、そんなことは……ヒィッ、そ、そうです……」
「どうしてこんなことをしたのか言え」
男たちは口々に経緯を話し始めた。
このあたりにユニコーンが出没するという噂を聞いたこと。
清らかな乙女ならば冒険者と言えど、そんなに強くはなさそうだから横から戦利品を奪いやすく、ついでに純潔も奪ってしまおうという下衆な考えでいたこと。ちっとも角を折ろうとしない僕らに焦れて、油断してそうだし5人がかりならユニコーンもろともなんとかなるのではと遠方から風魔法を乗せた一撃を放ったこと。
他にも、さすがにそこまで正直に言わなくても……ということまで話し続けた。
リゼルに怯えすぎて正常な判断ができなくなってるのかもしれない。
あとで警備兵に捕まえてもらうことにして、彼らにはとりあえず眠ってもらった。魔法ではなく、物理で。
やっぱりコイツら、殺したほうがいいなというリゼルの低い呟きにより、殴る前から半分くらい意識を失っていたけど。
昔と違って変な言い訳を作る必要もない。リゼルが強いっていうだけで済むのは楽でいい。
それに僕から見ても、この盗賊たちは腕が立つほうじゃなかったから、リゼル一人で倒したとしても違和感はそんなにないだろう。傍目的には僕も数にカウントされるし。実際にはなんの役にも立たないけど。……応援役で……。
「へへっ。惚れ直したか?」
「うん。カッコ良かったよ」
えげつないまでに手加減なしの攻撃を繰り出してたけど僕も慣れたもので、今ではそれこそ恋する乙女のようにカッコイイーってウットリできるようになっている。前は正直、少し引いてた。
「人間はヒドイよなー。でも、こんなヤツばっかじゃないからな。シアン見ればわかるよな?」
リゼルがそう話しかけると、何が癇に障ったのかユニコーンが角でリゼルの膝を刺した。
「い、痛ーッ! や、やっぱ怒ったのか? オレたちのせいじゃないのに……」
「僕らが来たせいで痛い目にあったように感じたのかもしれないね」
それとも、さりげなくノロケられたのが嫌だったのか……。
攻撃してきたと捉えた僕たちだったけど、どうやらそういうわけではなかったらしい。ユニコーンは否定するように、首を横に振った。
「ん? なんか違うみたいだよ」
「角……。もしかして、角を折っていいのか? 回復したオレイ?」
ユニコーンは今度は少し渋めの顔をしながら、コクコクと頷いた。
言葉が通じなくてもしぐさや、ちょっとした表情でなんとなく通じるものだな。
「良かったね、リゼル」
「ああ!」
僕とリゼルは顔を見合わせて笑って、手を取り合って喜んだ。
「ありがとなー! あっ。オレが角をくれるなら肉をやるって言ったから、膝を刺したのか? 少しいるか?」
嫌そうにしてるのを見て、リゼルは違うのかーって首をひねっている。
でも角はくれるらしい。
「角、平たくなっちゃうけど、本当に大丈夫? 一年は元の長さには戻らないらしいよ」
僕はもうすっかり情が移っていて申し訳なさから何度か確認したけれど、ユニコーンの決意は変わらないようだった。
角を折られたユニコーンは同じ湖には立ち寄らなくなるというから……会えることも、もうないかもしれない。それも寂しい。
リゼルが見ていなかったら、頬に親愛のキスくらいしたいところだ。
かわりに撫でると、愛情を示すようにすりっと擦りつけてくれた。
「じゃあ切るぞ。痛みがあるなら嫌でもオレの血を飲んでくれよな。効果あるかわかんないけど」
リゼルがナイフを構える。僕は少しでも恐怖が和らぐよう、その身体に手のひらを触れさせていた。
一閃。それはそれは綺麗に、斬られた相手がそれに気づかないんじゃないかというくらい、スパッと切断された。
空中に放り出された角をリゼルが掴み取って掲げる。
「折れても綺麗な角だな。きちんと尖ったのが生えてくるのかな。痛くないか?」
角を折られた姿は見られたくないとでも言うように、ユニコーンは僕らに背を向けて駆け出した。
一瞥もくれない。名残りを惜しむこともしない。
取り残された気分になって、そっと指先を伸ばした。けれどそこに体温はなく、ただ空を掻くだけ。
「ろくなお礼もできなかったな。血も舐めていかなかったし」
角で刺されたという膝を見ると、ズボンが破け肉はえぐれ、中々にエグいことになっていた。
「シアン、舐めるか?」
「な、舐めないよ! というか、痛そう……大丈夫なの?」
「あんまり大丈夫じゃないな。それほど角を折られんのが嫌だったってことだろうな」
リゼルが角を手の上で転がし、キュッと強く握り締めた。
「なのに……。オレたちにくれたんだ。足くらい、どうってことない」
「どうってことある。早く回復して。見てるほうが痛い」
「でもこれは、ケジメっていうか」
「見られてるわけでもないのに。僕はリゼルが痛いのは嫌だよ」
「じゃあ、舐めて。そしたら痛くなくなるから」
熱っぽい視線。直視できないくらいの傷痕を舐めろとリゼルが言う。
肌に触れると熱が出ているのか、いつもよりも熱かった。
「僕が舐めたら、どうなるかわかってるくせに」
「ウン。興奮も、してて。傷つけられることなんて、最近はそうないしな」
「……やっぱり、ダメ! 無理! 痛そうすぎる!」
骨まで見えそうな勢いなんだよ? こんなところに口をつけられるわけがない。まだ僕がリゼルに肉を少し食べられるほうがいい。
「なんだ。意気地がねぇなあー。まっ、いいか」
単に僕に舐めさせたかっただけなのか、ケジメはどこへやらアッサリ回復魔法を使った。
ただ、凄くしんどそうに溜息をついている。
「ちょっと魔力を使いすぎた」
「あ……。だから、僕に舐めてって……」
「いや、それは単なるオレのシタゴコロだ」
正直だな! こういうところが、リゼルのいいとこではあるんだけど。少しくらい誤魔化してもいいんだ。僕だって言い訳ができるほうが、素直になれることもあるし。
「オレさ、思ったんだよ。これはユニコーンのシンボルとも言えるモノだろ?」
「なくても神々しさは変わらないだろうけど……。まあ、なければただの白い馬、みたいには見えるね……」
「だからオレにとって、チンコがなくなるみたいなもんじゃないかって。すなわち、オトコのシンボル。姿を見られたくなくて走り去ったのも、膝をえぐったのも頷ける話だろ?」
「チ……、い、いやいや……。待って、さすがにそれはない。ココ切られるとか、想像しただけでヒュンってするよ」
「シアンでもヒュンってするのか」
予想外のツッコミが返ってきた。
「するよ。僕だって男なんだから」
「メスみたいに抱かれてるのに?」
「……リゼルが、そういうふうに、したんだろ……」
「やべ。さっきより、すげーエロイことしたくなってきた」
もういっそのこと、もげてたほうが良かったんじゃないかな!?
今日一日、色々あったのに、リゼルのチンコ発言に全部もってかれてしまった。
ユニコーンとの綺麗な思い出が……。全部チン……。いや、よそう。跡を濁さず立ち去った後ろ姿だけを覚えておこう。
僕らはまっすぐ街へ戻り、まずは警備兵に盗賊のことを報告し、その後冒険者ギルドへ。
リゼルはシアンが酔っぱらいにナンパされそうで嫌だからと言って、僕がギルドへ行くのを嫌がる。それなら僕だって、リゼルのことだって心配だ。
でも……。僕がからまれているのを見たリゼルが暴れないかという不安のほうが勝っているので、いつもおとなしくお留守番をしている。
「じゃあ、先に宿へ帰ってるから」
特に今回はユニコーンを懐かせた『男』ということで注目をあびそうだったから、ギルド前で別れるつもりでいた。
依頼を請ける時に恋人自慢してそう疑惑もあるからなぁ……。
そんな中の依頼達成報告。想像しただけでいたたまれない。
「え。シアンのおかげで依頼が達成できたのにか?」
だけど珍しくリゼルのほうから引き留めてきた。手柄を独り占めするようで抵抗があったのかもしれない。
……それか、僕を見せびらかしたいか。
それで何かあれば妬くクセに、リゼルはこういうとこある。
「確かにきっかけは僕かもしれないけど、ユニコーンが角をあげようとしたのはリゼルにだよ。だからいいんだ」
「そのきっかけがなければ、貰えることもなかったろ」
「名誉の負傷までしたんだ。称賛は君だけが受けるべき」
「えー……」
唇を尖らせてはいるけど、強引に連れて行こうとはしない。
僕を見せたくない気持ちも存在しているからだろう。
ここはもう、さっさと帰ってしまおう。
「リゼルが宿に戻ってきたら、たくさんナデナデしてあげるね。それじゃ」
未練がありそうな顔をこれ以上は見ないように踵を返すと、街を出る前、難癖をつけてきた女性が立っていた。
僕らの会話を耳にしてしまったような顔をしている。恥ずかしすぎて死ぬ。
「ずいぶんと仲がよろしいこと」
違うんだ。違う。僕のナデナデっていうのは、そういうアレでは。モフモフ欲的なモノなんだ。
「あっ、お前は……! そうだぞ、オレとシアンは仲良しで、お前の入る隙間なんてないんだからな!」
リゼルが僕を後ろから盛大にハグしながら、フーッと唸る。
「それはもういいのよ。失敗してへこんでる顔を見てやろうと思って近づいただけだし」
どうやら会話の最初のほうは聞こえてなかったらしい。言い合っている姿が、失敗して揉めているようにでも見えたのかもしれない。
「なんだ。依頼なら成功したぞ?」
「なんですって!? どうやったって、あんなの追いつけないでしょ……」
逃げられることが前提か。その速さを知っているってことは、この人はものの見事に逃げられたんだろうな。
「そもそも逃げられなかったからな。なー? 背中に乗せてももらったもんなー」
「う、うん、まあ……」
僕を挟んで言い合いするの、やめてくれないかな。
逃げたくてもリゼルがかっちりホールドしてるので、身動きすら取れない。
「そんな、男に負けるなんて……」
よほどショックだったのか、女性はよろよろと数歩後退った。
「あの、でもほとんど僕の力じゃなくて、リゼルが身体を張ったからで」
「貴方にならともかく、こんなヤることしか考えてなさそうな男にも負けたってワケ!?」
「失礼なヤツだな。食うことも寝ることも考えてるぞ!」
三大欲求に忠実すぎるよリゼル。
そんなことばかり考えてるわけじゃない、とは返さないんだな……。
「フッ……。どうせニセモノでしょ。ニセモノ」
「ちょうど達成報告するとこだから、疑うなら一緒に来ればいい。じゃ、シアン、ちょっと行ってくるな」
「えっ……。あっ、やっ、やっぱり僕も行く!」
「なんだ、急に」
露出度の高い女性と連れ添って報告に行くのを黙って見守れるわけないだろ。リゼルの馬鹿。
「来てくれんのは嬉しいけど、ちゃんとナデナデもしてくれるか?」
「し、してあげるよ。してあげるから……」
可愛いけど、今その話題を出されるのは恥ずかしすぎる。
「あーあ。ごちそうさま。ほら、さっさと行くわよ。そんなことじゃ誤魔化されないんだから」
「ったく、疑い深ぇなあー」
リゼルは女性に先導されるようにして、僕の手を引いた。
今は自分が妬く側だと思ってるから僕の嫉妬には気づいてないと思う。それでもこういうことを、無意識でやってのける。こういうとこだよ、本当……。
はあ。行くつもりなんてなかったのに。
でもまあ、たまには依頼達成して喜ぶリゼルの姿を見るのもいいかもな。
この女性が呆気に取られる様も見てみたくはあるし。
久しぶりに冒険者ギルドへ入る緊張も、握られた手のおかげでだいぶ薄れた。
妙な組み合わせだからか、かなり注目を浴びていて恥ずかしい。
依頼達成報告の受付にいたのは女性だった。こちらに気づくと表情をパアッと明るくしてリゼルの名前を呼んだ。
顔、覚えられてるのか。やっぱりモテるよなぁ。いい男だもん。
こういう可愛いお嬢さんをお嫁さんに連れてきて、僕が喜ぶ未来もあったのかなぁ……。
なんか、今ではもう想像もできない。
「おーっ。ナターシャ! きちんと達成してきたぞ、依頼!」
「まあ! 例の素晴らしい女神様のおかげで?」
待って。待って。まさか、その女神様というのは僕のことじゃないよな。
「失敗続きで本当に困ってたんです! 例の湖は観光場所でもありますし。そろそろ暑くなりますしぃ……」
「喜んでくれてオレも嬉しい。ほら、これユニコーンの角だ」
「はい! それでは確認いたしますね」
受付さんはニコッと笑って虫眼鏡のようなものを出して片目につけた。
肩まであるピンク色の髪に白のベレー帽。ずいぶんと若く見えるけど手つきはかなり慣れている。達成報告担当の受付は、多岐に渡る知識と資格が必要だというから、よほど勉強したのだろう。
でも彼女は角を一通りぐるっと見て、すぐに溜息をついた。
「これは、ちょっと……」
「え、なんか変か?」
ナターシャというらしい担当受付嬢は、困ったような表情を浮かべている。それを見て、女性冒険者がフフンと嘲笑した。
「ほら見なさい。やっぱりニセモノなんじゃないの」
「ホンモノだぞ!」
僕が保証したところで証拠もないけど、僕も声を張り上げて言いたい。本物だと。
「これ、薄青くて少し透明なんですけど、本来は真っ白なだけなんです。凄く状態がいいとこうなると聞きますが、私では判断が難しくて」
「ホンモノだって。ユニコーンの背にも乗せてもらったし、角だって、くれるって言われてから切ったんだぜ」
「えっ。背中にですか……!? 少しズボンを見せてください」
受付嬢は身を乗り出して、リゼルのズボンの際どいあたりに触れた。
僕も慌てたけど、リゼルはもっと慌てたらしい。傍にいた僕にギュッとしがみついてきた。
「お、おい」
「ユニコーンの毛がズボンの繊維に混じってますね。お兄さんのズボンにも……。もしかして、貴方が女神様ですか?」
「いや、僕は……」
くっ……。やっぱり僕のことだったのか。
奇異の目ではなく、キラキラした目で見てくれるだけ、まだマシかもしれない。
「それに凄く信用できる気がしてきました! これは本物ですね!」
「やったー!」
それでいいのか、それで。僕の力に流されちゃってないか。
まあ実際、本物だからいいんだけど……。
「ありがとうございました。今、報酬をお持ちします」
踵を返そうとしたナターシャ嬢を、女冒険者が引き留める。
「待ちなさいよ! 貴女の鑑定では難しかったのに、そんな簡単に……。女神も何も、この人、男でしょう!?」
「要はユニコーンが懐けばいいので……。それに、彼は魔なしの方ですよね? しかも相当な魔力を身体に貯め込んでますよ。納得です。本当に女神様ですよ!」
興奮したのか、後半の声はかなり大きくて、僕はギルドにいる人から、女神……女神だってよ……とヒソヒソされて、もうその場で倒れてしまうかと思った。
やっぱり先に帰ってれば良かった。いや、それだと信じてもらえなかったかもしれないから、結果的にはコレが正解か。
「なら、ギルドの前で揉めていたのはなんだったの!?」
「あれは、シアンが行きたくないって言うから……」
「こういう視線に曝されるのが嫌だったんだよ……」
僕が顔を覆って言うと、女性もようやく納得したらしく、ああ……と低く唸って短い謝罪と共に頭を下げた。
ようやく謝罪の言葉が聞けたリゼルはふんぞり返ってこれでもかというほどドヤ顔をしていた。
そこへ、ちょうどギルドの責任者も帰ってきて、ユニコーンの角は完全に本物のお墨付きを貰うことができた。僕らは実に清々しい気分で、その場を後にしたのだった。
最後まで女神様と言われ続けたのだけは、勘弁してほしかった。
「はあぁー。もう、なんだよ、女神って! リゼル、どんなふうに依頼を受けたの?」
「文句を言いながらも、ナデナデしてくれるシアンが好き」
ベッドへ座った僕の膝に頭を乗せながら、リゼルが幸せそうに喉を鳴らした。返事になってないし、反省の色はまったくない。
「どうせデリカシーがないことでも言ったんだろ。だから、あの冒険者の女性に、あんなふうに絡まれてたんだ」
「あっ。なんだよー。向こうの肩を持つのかよ。受付で失敗の多い依頼ですけどって念を押されたから、心が誰よりも清らかなツレがいるから大丈夫だって言っただけだ」
「……本当にそれだけ?」
「まあ、あとはちょっと、ノロケたかな……。女神みたいに美人で優しいとか。オレにとっては簡単すぎる依頼だなとか」
リゼルの声が、だんだん小さくなっていった。
「今、考えると、ちょっとオレも悪かったかも。この依頼書、新しく貼られたばっかでさ、失敗したヤツも近くにいたんだろうし」
「それだよ……」
「でもな、オレ、どうしても受けたかったんだよ、この依頼。だから信用させるため、色々と大袈裟に言ってたのもあるんだ」
そういえば、初めに思ったっけ。
リゼルが受けるにしては珍しい依頼だなって。
「あっ、オレにとっては大袈裟でもなんでもなく、全部本当だけどな!」
僕が黙り込んだのをどう捉えたのか、必死に言い訳をするリゼルの髪を優しくすいた。
「それで……。どうしてそんなに受けたかったの? この依頼」
「シアンも知っての通り、金が良かったってのもあるけど、失敗が相次いだおかげで報酬にコレが追加されててさ」
そう言ってリゼルは、小さな紙包みを懐から出した。
何か小さく文字が書かれている。
「えっ、これ……。ユニコーンの煎じ薬!?」
「そ。シアン、こっちの大陸来てから一度すげぇ風邪を引いただろ?」
「リゼルに物凄い心配かけちゃったアレか……」
「あの時はもー、本当に死ぬかと思った。シアンがっていうか、オレが! だからこれ、絶対に欲しくて!」
依頼を失敗したくないというだけで、友達になったユニコーンの角を折る……。これもリゼルらしくないとは思ってたけど、僕のためだったというなら頷ける。
ああー……。今、全部が腑に落ちた感じがする。
僕はリゼルのおかげで基本的に健康だから、きっと本当にビックリしたんだろうな。
あの時は熱で朦朧としながらも、リゼルのほうが死にそう……って思ってたし。
「ありがとうリゼル」
頭を屈めてリゼルの額に、ちゅっとキスをする。
「ん。こっち」
トントンと自分の唇を指で指し示している。
おねだりが可愛くて次は頬に、顎にと焦らしてみたら、引き寄せられて唇が重なり、そのままベッドへ押し倒されてしまった。
「もうナデナデはいいの?」
「キスのがいい」
相変わらず、僕の全部を食べ尽くすようなキスをする。
それが嫌ではないし、むしろ食べられたい。
「ん。んん……。リゼル……」
「あ。でも別の場所はナデナデしてほしいかな」
「ふふ……どこ?」
「ああ。オレの角! シアン、あれ撫でてんのすっげーやらしかったからさー! オレ、あの場で勃っちまうかと思った」
甘い雰囲気が完全に霧散した。
いや、いいんだけど。そこを撫でてあげるつもりだったんだけど。でもね、言い方ってものがあると思うんだ。
どうしてこう、どこかオヤジ臭いのか。
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僕はリゼルのそこをゆっくりと撫でながら、角を失くしたユニコーンの憂鬱を憂うのだった。
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