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ステージ1
親友が画面から出てきました
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これは夢だ。夢に違いない。
俺は何度も自分にそう言い聞かせながら、妄想の産物を放置してベッドへ潜り込んだ。
「え、何お前。なんで今の流れで、そうなるのよ。オレたちは今から親交を深めるんだろ。親友になるべく」
やめてほしい。俺は本当に、君みたいなタイプが苦手なんだ。
「寝たふりやめろって」
掛け布団の上からゆさゆさと揺さぶられた。
「やめてください。お願いやめて。お願いします」
「ちょっ、しかも敬語だと! 親友から遠のくじゃねぇか! さっきは使ってなかったし、友達からお願いしますはノリだよな? なあ親友」
しかも一足飛びに親友認定されてる。いやそれはむしろ最初からだけど。勘弁してくださいマジで。
親交を深める過程はどこにあったんだと問いたい。
「親友とか、無理なんです。俺には」
「どうしてだよ。大丈夫だ、オレはわかってるから」
「な、何を……」
「お前が彼女なんてできたこともなくて、童貞で、それどころか友達の一人もいないことくらい」
「余計なお世話だっ!」
俺は思わず枕をそいつに投げつけた。しまった、つい顔を上げてしまった。しかも枕は見事にキャッチされた。
「で、なんで敬語なのよ」
「さっきは思わず、独り言みたいに喋ったけど……。初対面の人とタメ口で会話とか、俺には無理です」
「親友なのに?」
「いや、そもそもそれが……」
初対面で親友だなんて、一目惚れ以上に無茶がある。
それに俺が彼女できたことなくて童貞でしかも友達がいないということをわかっていることが、何故大丈夫につながるのかがわからない。
大丈夫どころか心の傷をえぐられまくって瀕死状態だ。
「なあ。オレに任せろって。オレが家に来た日から、お前は急につきまくってパチンコで勝ち、競馬で勝ち、宝くじは前後賞あわせて三億円、試験のヤマは全部当たってオマケに可愛い彼女もできました、みたいになるから」
「どんな幸福のペンダントですか」
「ほーらぁ、それだけ突っ込みができるなら問題ないって。な? もうオレと打ち解けてんじゃん、冬夜」
言われて気づく。さっきまであんなに怖かったのに、いつの間にか怖くなくなってる。
見た目はアレだけど、ギャルゲーから出てきた存在だというのが、どこか俺を安心させるのかもしれない。
ファンタジックだし、現実じゃなさそうだし、チャライけど、触れたら透けてしまいそうなくらいの美形だし……。
眼鏡で中学生ジャージをパジャマ代わりに深夜のギャルゲー、そんな俺とは大違いだ。
「よし、仲良くやろうぜ、親友」
「だから……困ります」
「どうして。一回くらい夢見たことあるだろう、こんな展開」
言われて、言葉につまった。
「おめでとう。今日から君が勇者です。なんつってな。ギャルを倒しにいきますか、冬夜くん」
「無理です」
最初のフレーズでちょっとときめいてしまった自分が情けない。
本当。本当に困るんだ。いきなり親友だなんて言われたって。何より、いきなりゲームの中から飛び出されて、困らない奴がいるなら見てみたい。明日からどうするんだよ、これ。
ダメだ。きっと本当に夢なんだ。ギャルゲーばっかりやりすぎて、変な夢を見ているか頭がおかしくなっているんだ。
目が覚めたら精神病院のベッドの上かもしれない。
寝よう。もう寝よう。俺はぎゃんぎゃん騒ぐそいつを無視して、再びベッドへ潜り込んだ。
こんな状況で眠れるはずがないと思ったのに、気づけば外は明るかった。
部屋を見回してもあのおかしな男はいない。本当に夢だったのかもしれない。
せっかくの休日をつぶされずに済んでよかった。今日は朝からギャルゲーをする予定なんだ。
……ギャルゲー……。
俺は捨てるはずだったノートパソコンを起動させてみた。
立ち上がらない。CDトレイも出てこない。
昨日拾ってきたCDは剥き出しのままだったから、確認するすべはない。
どこからどこまでが夢だったのか。
タイトルのないゲームって時点でおかしいから、きっとそこから夢だったんだな、うん。
とりあえず朝飯でも食べようと一階へ降りていくと、妹が聞いたこともないような媚びた声で昨日の男と会話をしていた。
「あ。お兄ちゃん、起きてきたー。こんなカッコイイ友達がいたこと、どうして黙ってたのよ!」
「こんな可愛い妹じゃ、心配で紹介なんてできないよなあ。なあ、冬夜!」
「やだ、もう千里くんたら……」
タラシこまれてやがる。なんてことだ。こんな形で日常に浸食してくるなんて。普通に馴染んでいるのはゲーム世界の住人としてどうなんだ、それ。
「じゃあ夏流(なつる)ちゃん、オレは冬夜と話があるから、またね」
「俺は飯を……」
最後まで言う前に、部屋に連れ戻された。
こういう強引なタイプに弱い俺は、手を引かれるままついていった。
「いいじゃんいいじゃん、あの妹!」
部屋に入った自称親友が、やたらご機嫌な様子でまくしたてる。
「気に入ったんですか?」
「ま、そこそこ……って、また! 敬語やめろって」
「無理ですって」
「お前はゲームの登場人物に敬語を使うのか?」
「それは……」
「可愛いな、俺のギャル子は、くらい言うだろ?」
「いや、言いません」
目の前にいるのはどう見たって人間で、しかも俺が苦手なタイプ。こんなふうに普通に話せていることがすでに奇跡で、その理由は一応ゲームから出てきた存在だと認識しているからだ。でも、それで敬語まで抜けるかっていうと話はまた別になる。
大体、ギャル子ってなんだ、ギャル子って。そんな名前の嫁はいない。
「とりあえず、千里って呼んでみろ」
「む……無理」
いきなり呼び捨てとか、ハードルが高すぎる。
そんな、つまらなそうに唇を尖らせたって、無理なものは無理。
「じゃあ真山」
「真山……くん」
「んー……まあ、しばらくはそれでいいだろ。親友相手にくだけた話し方のできない主人公ってのもありっちゃありだ」
そんなギャルゲーはあまりない。そもそも俺はゲームの登場人物じゃないんだし、当てはめられても困る。
「妹はまず一人目のターゲットだな」
「ターゲット? ちょっと、まさか妹に手を出す気ですか? たまにはムカつくところのある妹だけど、さすがにその、君みたいな得体のしれない存在と付き合わせるのは」
「何を馬鹿なことを言ってるんだ。オレが付き合ってどうする。お前だよ、お前!」
……なんだって?
「妹ですよ?」
「それが? むしろ多少の障害は恋愛のスパイスだろ?」
何を馬鹿なことを言っているんだっていうさっきの台詞、そっくりそのまま返してやりたい。
「帰って、帰ってください」
俺は自称親友を壊れたノートパソコンに押しつけた。
「ちょ、やめろよ。無理だって。帰れない」
「いられても困りますから、帰ってください」
そんな傷ついた顔をしたって知るもんか。
ゲームから飛び出して来ましたなんて、そんなそれこそゲームみたいな展開、俺のキャパシティを越えている。
「待ってくれ、帰れないんだよ、本当に」
「そこから出てきたのにですか?」
「昨日だって言ったろう、想定外だって。オレは何も飛び出してきたくて飛び出した訳じゃない。ただのゲームなんだ」
「ただのゲームから人が飛び出してきてたまるもんですか。そんなの、呪われたゲームじゃないかっ!」
口から生まれたとばかりに喋り倒していた男が黙り込む。
滅多に人と向き合わない俺は、それだけでどうしたらいいかわからなくなる。妙な負い目を感じてしまう。
少しの沈黙のあと、真山くんはゆっくりと口を開いた。
「確かに……その通りかもな。昨日そのゲームを起動させた時、タイトルがなかったのを覚えているか?」
「タイトル……? 確かになかったけど……」
「その持ち主はなあ、ゲームを作ってる途中で死んじまったんだよ。引きこもりでさ、自分と同じような引きこもりのギャルゲーマニアがプレイしてくれるのを夢見てたんだ」
別に俺は、引きこもりってわけじゃない。昨日だってコンビニへ普通に行っていたし、ちゃんと大学にも通っている。
まあ、ボッチだけどさ。
「その無念が、こうしてオレって存在になってるんだと思う。お前がクリアすることで、きっと呪いはとけるはずなんだ」
「待った! なら、どうして普通にクリアじゃダメなんだ。君が実体化する必要がどこにも見あたらないじゃないか」
「鈍いな。このゲームを作っていた男は引きこもりだったと言っただろ? 心の奥底ではクリアしてみたかったのさ。現実というハードゲームをな」
オレかっこいいこと言ったみたいな顔してるけど全然かっこよくない。
俺にとっては普通に迷惑だし。本当に迷惑だし。
妹に頼んで演技してもらうにしろ、ついに狂ったと思われるのがオチか……。
というか、そういう展開ならせめて俺がゲームの中に入れればよかったのに。なんでわざわざゲームから出てくるんだよ。しかも嫁じゃなくて親友が。いや、認めてないが。
「それで、そのクリアっていうのは……」
「もちろん、お前の恋を叶えることだ」
やっぱりそうか……。
ここまで言われたなら予想はついていたけれど、俺にとってはよけいなお世話だ。俺は画面の中の女の子にしか興味がないんだから。
「無理ですよ。恋をしていないのに、どうやって叶えるつもりなんですか?」
「大丈夫だ。オレが恋を教えてやる!」
うわぁ……。何言っちゃってるんだ、この人。
そんな目をキラキラさせながら、慣れ慣れしく肩を叩いて親指を立てられたって困る。
「俺、二次元にしか興味ないんで」
「口ではそう言っても、実際に彼女ができたら考えなんて変わるさ。まあ、画面から飛び出してきたのが可愛い女の子じゃなくて申し訳ないが、後悔はさせない」
すでに思いっきり後悔してますが。
「まずは妹だろ」
「あのですね、だから……妹、なんですよ」
「でも、血が繋がってないんだろ?」
「なっ、何故それを!」
「妹さんが教えてくれたけど、ふつーに」
夏流の奴、今日あったばかりの男にそんな簡単に個人情報を教えるなどと……。危機感が薄すぎる。
やっぱり顔か。顔がいいからか。お兄ちゃんはそんな妹に育てた覚えはないぞ。
「それでも俺にとっては妹です」
「こんなオイシイシチュエーションなのに、馬鹿かお前は。他には? お前の女性関係、オレに全部教えろ」
「嫌です」
「いいじゃん、オレを信じろよ」
「いーやーでーす。パソコンに戻れないなら、もううちから出ていってくださいよ。俺はこれからゲームするんです」
「ゲームね……」
真山くんは急に真面目な表情になって、自嘲的な笑みを漏らした。
「ゲームの中から出てきたオレが、普通に現実世界でやっていけるものなんだろうか」
「ちょっ……。急に現実的なこと言わないでください」
「とりあえず、一人暮らし中のアパートが火事で焼けてしばらくお前の家にお世話になるという展開でかまわないか?」
「かまわないかって、そんな展開勝手に作られても……」
困る。でも、自分でも言っていたけれど、ゲームから出てきたこの男が現実世界で普通に暮らせるものだろうか? 追い出したら路頭に迷うんじゃないか?
だからって俺は、三次元の女性に興味はないしハッピーエンドを迎える気もない。男に恋を教わる気はもっとない。寒いだけだ。
俺も今本当に困ってるけど、それはこいつだって一緒なんだよな。
そういう役割だから、俺と親友にならなきゃいけなくて、キューピッドの真似事なんかしなくちゃならなくて。
「な? 一週間でかまわないから」
「一週間……」
「そ、一週間。それまでにはオレも身の回りのことなんとかしてみせるし、お前の彼女候補も見つけてきてやる」
「いや、それはいいですから」
「まーまー。遠慮すんなって。あとさあ、せっかく友達から始めたんだから、親友までいってみせないとな」
本当にいい迷惑だ。俺にはゲームだけあればよかったのに。
後悔している。本当に後悔してる。やっかいなことに巻き込まれてしまった。
なのに……このゲームのような展開にときめいている自分がいるのも確かなんだ。
こうして俺に、現実世界で初めての親友ができた。
俺は何度も自分にそう言い聞かせながら、妄想の産物を放置してベッドへ潜り込んだ。
「え、何お前。なんで今の流れで、そうなるのよ。オレたちは今から親交を深めるんだろ。親友になるべく」
やめてほしい。俺は本当に、君みたいなタイプが苦手なんだ。
「寝たふりやめろって」
掛け布団の上からゆさゆさと揺さぶられた。
「やめてください。お願いやめて。お願いします」
「ちょっ、しかも敬語だと! 親友から遠のくじゃねぇか! さっきは使ってなかったし、友達からお願いしますはノリだよな? なあ親友」
しかも一足飛びに親友認定されてる。いやそれはむしろ最初からだけど。勘弁してくださいマジで。
親交を深める過程はどこにあったんだと問いたい。
「親友とか、無理なんです。俺には」
「どうしてだよ。大丈夫だ、オレはわかってるから」
「な、何を……」
「お前が彼女なんてできたこともなくて、童貞で、それどころか友達の一人もいないことくらい」
「余計なお世話だっ!」
俺は思わず枕をそいつに投げつけた。しまった、つい顔を上げてしまった。しかも枕は見事にキャッチされた。
「で、なんで敬語なのよ」
「さっきは思わず、独り言みたいに喋ったけど……。初対面の人とタメ口で会話とか、俺には無理です」
「親友なのに?」
「いや、そもそもそれが……」
初対面で親友だなんて、一目惚れ以上に無茶がある。
それに俺が彼女できたことなくて童貞でしかも友達がいないということをわかっていることが、何故大丈夫につながるのかがわからない。
大丈夫どころか心の傷をえぐられまくって瀕死状態だ。
「なあ。オレに任せろって。オレが家に来た日から、お前は急につきまくってパチンコで勝ち、競馬で勝ち、宝くじは前後賞あわせて三億円、試験のヤマは全部当たってオマケに可愛い彼女もできました、みたいになるから」
「どんな幸福のペンダントですか」
「ほーらぁ、それだけ突っ込みができるなら問題ないって。な? もうオレと打ち解けてんじゃん、冬夜」
言われて気づく。さっきまであんなに怖かったのに、いつの間にか怖くなくなってる。
見た目はアレだけど、ギャルゲーから出てきた存在だというのが、どこか俺を安心させるのかもしれない。
ファンタジックだし、現実じゃなさそうだし、チャライけど、触れたら透けてしまいそうなくらいの美形だし……。
眼鏡で中学生ジャージをパジャマ代わりに深夜のギャルゲー、そんな俺とは大違いだ。
「よし、仲良くやろうぜ、親友」
「だから……困ります」
「どうして。一回くらい夢見たことあるだろう、こんな展開」
言われて、言葉につまった。
「おめでとう。今日から君が勇者です。なんつってな。ギャルを倒しにいきますか、冬夜くん」
「無理です」
最初のフレーズでちょっとときめいてしまった自分が情けない。
本当。本当に困るんだ。いきなり親友だなんて言われたって。何より、いきなりゲームの中から飛び出されて、困らない奴がいるなら見てみたい。明日からどうするんだよ、これ。
ダメだ。きっと本当に夢なんだ。ギャルゲーばっかりやりすぎて、変な夢を見ているか頭がおかしくなっているんだ。
目が覚めたら精神病院のベッドの上かもしれない。
寝よう。もう寝よう。俺はぎゃんぎゃん騒ぐそいつを無視して、再びベッドへ潜り込んだ。
こんな状況で眠れるはずがないと思ったのに、気づけば外は明るかった。
部屋を見回してもあのおかしな男はいない。本当に夢だったのかもしれない。
せっかくの休日をつぶされずに済んでよかった。今日は朝からギャルゲーをする予定なんだ。
……ギャルゲー……。
俺は捨てるはずだったノートパソコンを起動させてみた。
立ち上がらない。CDトレイも出てこない。
昨日拾ってきたCDは剥き出しのままだったから、確認するすべはない。
どこからどこまでが夢だったのか。
タイトルのないゲームって時点でおかしいから、きっとそこから夢だったんだな、うん。
とりあえず朝飯でも食べようと一階へ降りていくと、妹が聞いたこともないような媚びた声で昨日の男と会話をしていた。
「あ。お兄ちゃん、起きてきたー。こんなカッコイイ友達がいたこと、どうして黙ってたのよ!」
「こんな可愛い妹じゃ、心配で紹介なんてできないよなあ。なあ、冬夜!」
「やだ、もう千里くんたら……」
タラシこまれてやがる。なんてことだ。こんな形で日常に浸食してくるなんて。普通に馴染んでいるのはゲーム世界の住人としてどうなんだ、それ。
「じゃあ夏流(なつる)ちゃん、オレは冬夜と話があるから、またね」
「俺は飯を……」
最後まで言う前に、部屋に連れ戻された。
こういう強引なタイプに弱い俺は、手を引かれるままついていった。
「いいじゃんいいじゃん、あの妹!」
部屋に入った自称親友が、やたらご機嫌な様子でまくしたてる。
「気に入ったんですか?」
「ま、そこそこ……って、また! 敬語やめろって」
「無理ですって」
「お前はゲームの登場人物に敬語を使うのか?」
「それは……」
「可愛いな、俺のギャル子は、くらい言うだろ?」
「いや、言いません」
目の前にいるのはどう見たって人間で、しかも俺が苦手なタイプ。こんなふうに普通に話せていることがすでに奇跡で、その理由は一応ゲームから出てきた存在だと認識しているからだ。でも、それで敬語まで抜けるかっていうと話はまた別になる。
大体、ギャル子ってなんだ、ギャル子って。そんな名前の嫁はいない。
「とりあえず、千里って呼んでみろ」
「む……無理」
いきなり呼び捨てとか、ハードルが高すぎる。
そんな、つまらなそうに唇を尖らせたって、無理なものは無理。
「じゃあ真山」
「真山……くん」
「んー……まあ、しばらくはそれでいいだろ。親友相手にくだけた話し方のできない主人公ってのもありっちゃありだ」
そんなギャルゲーはあまりない。そもそも俺はゲームの登場人物じゃないんだし、当てはめられても困る。
「妹はまず一人目のターゲットだな」
「ターゲット? ちょっと、まさか妹に手を出す気ですか? たまにはムカつくところのある妹だけど、さすがにその、君みたいな得体のしれない存在と付き合わせるのは」
「何を馬鹿なことを言ってるんだ。オレが付き合ってどうする。お前だよ、お前!」
……なんだって?
「妹ですよ?」
「それが? むしろ多少の障害は恋愛のスパイスだろ?」
何を馬鹿なことを言っているんだっていうさっきの台詞、そっくりそのまま返してやりたい。
「帰って、帰ってください」
俺は自称親友を壊れたノートパソコンに押しつけた。
「ちょ、やめろよ。無理だって。帰れない」
「いられても困りますから、帰ってください」
そんな傷ついた顔をしたって知るもんか。
ゲームから飛び出して来ましたなんて、そんなそれこそゲームみたいな展開、俺のキャパシティを越えている。
「待ってくれ、帰れないんだよ、本当に」
「そこから出てきたのにですか?」
「昨日だって言ったろう、想定外だって。オレは何も飛び出してきたくて飛び出した訳じゃない。ただのゲームなんだ」
「ただのゲームから人が飛び出してきてたまるもんですか。そんなの、呪われたゲームじゃないかっ!」
口から生まれたとばかりに喋り倒していた男が黙り込む。
滅多に人と向き合わない俺は、それだけでどうしたらいいかわからなくなる。妙な負い目を感じてしまう。
少しの沈黙のあと、真山くんはゆっくりと口を開いた。
「確かに……その通りかもな。昨日そのゲームを起動させた時、タイトルがなかったのを覚えているか?」
「タイトル……? 確かになかったけど……」
「その持ち主はなあ、ゲームを作ってる途中で死んじまったんだよ。引きこもりでさ、自分と同じような引きこもりのギャルゲーマニアがプレイしてくれるのを夢見てたんだ」
別に俺は、引きこもりってわけじゃない。昨日だってコンビニへ普通に行っていたし、ちゃんと大学にも通っている。
まあ、ボッチだけどさ。
「その無念が、こうしてオレって存在になってるんだと思う。お前がクリアすることで、きっと呪いはとけるはずなんだ」
「待った! なら、どうして普通にクリアじゃダメなんだ。君が実体化する必要がどこにも見あたらないじゃないか」
「鈍いな。このゲームを作っていた男は引きこもりだったと言っただろ? 心の奥底ではクリアしてみたかったのさ。現実というハードゲームをな」
オレかっこいいこと言ったみたいな顔してるけど全然かっこよくない。
俺にとっては普通に迷惑だし。本当に迷惑だし。
妹に頼んで演技してもらうにしろ、ついに狂ったと思われるのがオチか……。
というか、そういう展開ならせめて俺がゲームの中に入れればよかったのに。なんでわざわざゲームから出てくるんだよ。しかも嫁じゃなくて親友が。いや、認めてないが。
「それで、そのクリアっていうのは……」
「もちろん、お前の恋を叶えることだ」
やっぱりそうか……。
ここまで言われたなら予想はついていたけれど、俺にとってはよけいなお世話だ。俺は画面の中の女の子にしか興味がないんだから。
「無理ですよ。恋をしていないのに、どうやって叶えるつもりなんですか?」
「大丈夫だ。オレが恋を教えてやる!」
うわぁ……。何言っちゃってるんだ、この人。
そんな目をキラキラさせながら、慣れ慣れしく肩を叩いて親指を立てられたって困る。
「俺、二次元にしか興味ないんで」
「口ではそう言っても、実際に彼女ができたら考えなんて変わるさ。まあ、画面から飛び出してきたのが可愛い女の子じゃなくて申し訳ないが、後悔はさせない」
すでに思いっきり後悔してますが。
「まずは妹だろ」
「あのですね、だから……妹、なんですよ」
「でも、血が繋がってないんだろ?」
「なっ、何故それを!」
「妹さんが教えてくれたけど、ふつーに」
夏流の奴、今日あったばかりの男にそんな簡単に個人情報を教えるなどと……。危機感が薄すぎる。
やっぱり顔か。顔がいいからか。お兄ちゃんはそんな妹に育てた覚えはないぞ。
「それでも俺にとっては妹です」
「こんなオイシイシチュエーションなのに、馬鹿かお前は。他には? お前の女性関係、オレに全部教えろ」
「嫌です」
「いいじゃん、オレを信じろよ」
「いーやーでーす。パソコンに戻れないなら、もううちから出ていってくださいよ。俺はこれからゲームするんです」
「ゲームね……」
真山くんは急に真面目な表情になって、自嘲的な笑みを漏らした。
「ゲームの中から出てきたオレが、普通に現実世界でやっていけるものなんだろうか」
「ちょっ……。急に現実的なこと言わないでください」
「とりあえず、一人暮らし中のアパートが火事で焼けてしばらくお前の家にお世話になるという展開でかまわないか?」
「かまわないかって、そんな展開勝手に作られても……」
困る。でも、自分でも言っていたけれど、ゲームから出てきたこの男が現実世界で普通に暮らせるものだろうか? 追い出したら路頭に迷うんじゃないか?
だからって俺は、三次元の女性に興味はないしハッピーエンドを迎える気もない。男に恋を教わる気はもっとない。寒いだけだ。
俺も今本当に困ってるけど、それはこいつだって一緒なんだよな。
そういう役割だから、俺と親友にならなきゃいけなくて、キューピッドの真似事なんかしなくちゃならなくて。
「な? 一週間でかまわないから」
「一週間……」
「そ、一週間。それまでにはオレも身の回りのことなんとかしてみせるし、お前の彼女候補も見つけてきてやる」
「いや、それはいいですから」
「まーまー。遠慮すんなって。あとさあ、せっかく友達から始めたんだから、親友までいってみせないとな」
本当にいい迷惑だ。俺にはゲームだけあればよかったのに。
後悔している。本当に後悔してる。やっかいなことに巻き込まれてしまった。
なのに……このゲームのような展開にときめいている自分がいるのも確かなんだ。
こうして俺に、現実世界で初めての親友ができた。
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